第3話
長居はしないようにと、すぐに壁を壊す作業に取り掛かり、森の中へと姿を消し、シェイルとテレパシーを交わす。
(シェイル、城はどうだ?)
(相変わらず平和ですよ)
その言葉には、いいから早く帰ってきてください。と、鬼の形相をしているようだった。
魔王がいない間は、シェイルが魔王の間を護るという形をとっているため、軍に指導もまともにできない。報告等があれば魔王の間に入ってくるが、特別ない限りは、魔王が戻るまでシェイルがその間を護る。
(そうか。ちょっと相談があるのだが)
(どうかなさいましたか?)
(境界の地域が狙われてて、争いに混じったんだけど…)
(何しているんですか! ケガは? 汚れは!? ありませんか? 無事なんですよね!?)
魔王を心配する側近って…。
確かに、シェイルほどの残酷な潰し方はしないけれど、魔王なりに強いってことをシェイルはすっかり忘れてしまっているのだろうか。
シェイルが傍にいるときは、俺が手を出す前に潰しにかかり、見ていることしかできないのが現実だけれども、弱いわけではない。そこを主張したいが今はそんな話をしているわけではない。
(無事だよ。なめてんの? ったく。問題はそこじゃなくて、)
(どこですか)
(最近になってこの地域が相当狙われやすくなってるってわけ。なんでも、魔王を潰すって人間どもが、この地域から攻撃をかけてくるんだってよ)
(迷惑ですね)
(だろ? で思ったんだが、シェイルがOK出した軍の奴らを、各境界地域に配属させるのはどうだっておもったの)
(実際、今まで争いが多かった地域には配属させてますが)
(…えー。知らなかったんですけどー)
(言いましたよ? ただ、魔王が流しただけです)
(あーまーねー)
難しい話は嫌いだ。そのため、そういう話は右から左。もしくは左から右へと流してしまい、聞いていなかったのだろう。
認めます。
(しかし、そこの地域は今まで争いが少ないほうでしたから、配属はさせてません)
(シェイルも知ってるだろう? 最近ここ激しいって)
(はい)
知っている。ならば、どうしてここには配属させなかったのか。
確かに俺が配属しろといったわけではないが、今まで俺が理解せずに配属させていたのならば、ここだって配属させてもよかったのではないのだろうか。
もし理由があるというのであれば、配属させるほど、強い魔物が出来上がらなかったのだろうか。それだったら納得できるのだが。
シェイルは頑固だ。
ある基準を超えた魔物でしか、城の警備や街の配属は行わないだろう。
(なぜ配属させなかった? こだわりか?)
(はい。配属させられるほど、信用を得る強い魔物がいなかったので)
(配属の数を増やせ。他の地域には何匹だ?)
(争いの多さで違いますが、平均リーダー二匹と、100匹ほど)
(じゃあ、ここもその数で。主に剣術に長けてる者を。後、魔力に長けてる者数匹。最初はそれで様子を見よう)
(わかりました)
いったんシェイルとそれだけで交渉をやめ、野原に足を下ろした。
疲れた体をいやすため、身体を仰向けにして背中を芝生に預けた。その瞬間、背中に鈍痛が走る。
「いっ…たぁ」
反射的に身体を起こし、芝生を見る。しかし何か鋭利なものがあるわけでもない、フサフサな芝生だ。
何がそんなに痛みを走らせたのだろうと、周りを見てみるが、何もない野原だ。
先ほどの戦いで傷を負ったと考えてみれば、魔術者と戦っているときも、別に攻撃を受けた感覚がない。そう考えていると、最初に戦った大男の大剣を受けた時、放り投げられたのを思い出した。
あぁも簡単に投げられるものなのかと、少しだけパニックに陥っていたが、その時に背中から木々に体当たりしてしまった。その時の傷だろう。
「さいあく…シェイルに無事って言っちゃった」
嘘をつくつもりはなかったが、罪悪感。
背中をかばうように、うつ伏せになった。すると、遠くのほうから一体の気配がある。
この気配を俺は知っている。
「アマシュリか…?」
ぼそりと呟き、こちらに向かってきている気配のほうに顔を向けた。すると、飛ぶのが得意ではない、緑色の髪をした幼い顔つきの男が走ってきていた。
アマシュリだ。誰かを探すように、キョロキョロしているが、何かあったのだろうか。
立ち上がりアマシュリのほうに向かって足を進める。
「アマシュリ?」
「あっ…」
声をかけると、ようやく俺に気づきにっこりほほ笑んで足を速めていた。
近寄ると、小声で怒鳴ってくる。
「魔王! おひとりで何をしているんですか! さっきだってここらの地域で争いがあったみたいですし!」
魔王だとあまり周りにばれてはいけないと気付いたから小声なのだろうが、周りに魔物や人はいない。しかし、外ではアマシュリは気をつけている。“魔王”という単語を、できるだけ使わないように。
「あーほらっアマシュリを探して」
「そんな名目いりません。本題はなんですか?」
「ここらの地域が最近奇襲をくらってるということで潰しに来ました…」
「やっぱり」
「それより、誰か探してたんじゃないのか?」
「あなたを探してたんです! まったく…シェイルから連絡が入って、さっさと合流して連れ戻してくださいなんてあの人に言われたら、そうせざるを得ないじゃないですか」
「シェイルからぁ? 俺は自分で探すって言ったんだぞ!」
心配してだろうが、なんだか裏切られた気分。
確かに魔王が魔王の間にいないのはまずいのだろうが、ずっとあそこに閉じこもっているだなんて、無理。つらい。
「でしたら連絡ください。いる場所くらいはお伝えできます」
「それじゃあドキドキ感が味わえないじゃないか」
「いりません! って…怪我してるじゃないですか! 暫く監禁されますね。シェイルに」
「うっ…。治ってから帰るもん」
「治ってからって…。ちょっと冗談だったんですけど、もしかして…いや、確かに今まで見たことないかも…」
「なんだよ?」
ぶつくさ言うアマシュリを、じーっと見つめる。
言うことはなんとなくわかっている。
「もしかして、治癒魔法…得意じゃないのですか?」
「……。そういうのは今までヴィンスに任せてたもん」
「ヴィンスは庭師でしょう。確かに、利用できる者はしておいたほうが良いですが、きちんと治癒専門の魔物をつけたほうが良いんじゃないですか?」
「んー。考えておく」
「というより、治癒魔法、覚えてくださいよ」
「うるちゃいなぁ」
「可愛こぶらない!」
アマシュリと二人っきりで会うと、こうなることは分かっていた。
シェイル並みに口うるさい。が、シェイルがいる魔王の間では大人しい。だからこそ、二人っきりいになると、シェイルがいるときの分までしゃべる。なので、シェイルに叱られた後、アマシュリにも叱られること多々。
「ほらっ早く上着脱いでください! 手当はできますから」
「ぶー…」
「あ、後で文句言われるの嫌ですから言っておきますけど、怪我したのはシェイルに伝えておきました」
「えぁっちょっと! 言わないでよー」
「言いますよ。人間たちが決めた勇者を潰したという報告もしておきました」
「は? 勇者?」
手当て中、いきなりわけのわからないことを言い出すアマシュリに、首をかしげて振り向く。
新たな情報だ。
勇者というのは、よくゲームをしていると「魔王を倒すため、勇者が立ち上がった!」とかっていう場面や、「あなたは勇者だ! 是非魔王を…」という場面に遭遇する。人間が作ったゲームは、だいたい人間が主役なため、魔王が魔王を倒している気分で、ちょっといたたまれない部分がある。
アマシュリが言っているのは、その“勇者”なのだろうか。
「はい。最近ですが、人間全国の中から“勇者”という魔王討伐を目的とした人を出し、仲間を集め、数人…数十人を連れて魔物の領域に向かうっていう話です」
「へぇ、その勇者が潰されたのか?」
「はい。先ほどあそこの地域で」
「あれ? さっきの地域?」
「そうです。魔王様が戦ったあの団体は、勇者が築き上げた魔王討伐団体。あの中に勇者がいたのです」
「あー。じゃあ、また人間たちで勇者を祭り上げるかもしれない?」
「そうです。よくわかりましたね。あまりそういうのに頭を使われる方ではないと思っていましたが」
「んー。そうあってほしかったからかも」
「はい?」
勇者がいたら魔物にとってはしつこく、邪魔な存在だ。それを、また勇者を立たせるかもしれないということに、“そうあってほしかった”なんていえば、素っ頓狂な声が出てもおかしくはない。
今勇者がいないのであれば、勇者をまた選び出すだろう。アマシュリもそう言った。そこで考えたのは、人間のフリをして、自分が勇者になるようにし向けさせるのはどうかと考えた。
実際どうやって勇者になるかはわからないが、何かの選手権だの、投票だの行うのだろう。人間が考えることだ。
「つまり、それに参加するつもりですか?」
考えを伝えると、またややこしいことをお考えで。と言わんばかりに、いやな顔をされた。
まぁ魔王が勇者という面白い事をしたら、どうなるのかという想像をしたら、楽しそうだった。
もし、勇者の信頼が厚くなったのちに、「わたくし、魔物でしたー」なんて言ってみろ。勇者に決めた国の大恥だ。しかも、魔王だなんてばれたときには、恥を通り越して大馬鹿扱いだ。
想像するとなんだか面白そうだ。
「魔王。尻尾。出てます。可愛いですけどしまってください。楽しんでいるのがバレバレですよ」
「あ。あはっ」
呆れた顔でアマシュリがいうものだから、すぐにしまって笑って見せる。
「アマシュリ、人間にいい情報を持った者はいないのか?」
「…本当になるつもりですか?」
「まぁな。一応シェイルにも報告はするが、もし、人間に知り合いがいるのであれば、どうすれば勇者になれるのかを調べてほしいんだが」
「確認します。それは、魔王としての命令でしょうか?」
「いんや。お願いだ」
『一度お城にお戻りください。情報を収集次第、ご連絡いたします』
そう言ったアマシュリの言うことを聞くように、俺はすぐに城に戻った。アマシュリが、シェイルに怪我をしたことを伝えていることなんか、すっかり忘れて。
「魔王様…」
「……シェイル? 落ちつけよ」
「落ち着いていられますか! 怪我をしているならそう言ってください。何が無事ですか」
「その時はすっかり忘れてたんだよー」
魔王の間に戻ると、ドヨンとした空気が流れていた。
色で表すなら、黒。黒とグレー。主に黒。そこに死体があっても不思議じゃないような空気だった。窓を開けて空気の入れ替えをしたかったが、そんな時間は許されなかった。
椅子に座らされ、見降ろされる。そして今に至る。つまり、戻ってきてすぐにいやな空気を察し、すぐに座らされ、すぐに説教。他のことを考えている暇なんか与えてくれなかった。
「忘れていた? 怪我を?」
「そうだよ。ほんのちょっとだったんだって。切り傷をいちいち気にしていられるか? それと同じだ!」
「見せてみなさい」
「やだ! せっかくアマシュリが手当てしてくれたんだ。ほどくなんて勿体ない」
「いいから。今ヴィンスを呼びました。すぐに手当てさせます」
いきなり脱がされ、椅子を逆から座るように、背中を向けさせられた。
こんな空気の中ヴィンスを呼ばれるのか。かわいそうでならない。呼ばれるようなことをした自分が悪いのだが、すごく申し訳ない気持ちになってしまう。
時間がかからずヴィンスは現れたが、空気を察した瞬間魔王の間に入る足が止まった。が、傷を見た瞬間、そんなことなど気にせず足を踏み入れてきた。
会話を交わすことなく、ヴィンスは怪我の治癒に入った。
ヴィンスは庭師希望で、外の仕事ということで魔力はそれなりに強く、自分を護るには十分なほどだ。一時期、人間の土地に子供の姿に変化し身を隠していて、人間の習慣等を知っていて、よく人間の土地にいたころの話を聞いている。
出会いは、たまたま他の魔物の庭に遊びに行ってた時、転んでヴィンスが愛用している工具で腕を怪我したという間抜けな事をした時、治癒してくれたのがヴィンスだった。魔王だと知らないとしても、自分のもので傷つけたということで、相当謝ってくれたが、何もないところで転んだ俺を笑うことはなかった。
単純だろうが気に入った俺は、荒れ地となりかけていた城の庭師としてスカウトした。
もちろん連れ帰った時はシェイルにひどく怒られたが、治癒能力に長けているのを知り、庭師としてではなく、医療専門としようとした。が、ヴィンスの希望は庭師ということで、無理やりシェイルを納得させた。というか、逃亡してやる。と脅した。むしろ、俺よりも魔王としてシェイルのほうがお似合いな気がしている。
「終わりました」
そういうと、俺の背中から手を離し、お辞儀をした。
「サンキュ」
上着をはおい、ヴィンスに礼を言う。
この空気に少しは慣れたようだが、やはり長居はしたくないようで、すぐにこの一室から出て行った。
「で? 今回は何をたくらんでいるんですか?」
「そうそう。あのさ、いい情報を得たんだよね」
「勇者の話ですか?」
「なんで知ってんだよ」
「アマシュリに聞きました」
「じゃあ、計画も聞いてる?」
椅子にいつものように、足を組んでだらしなく座る。
勇者があの地域にいた。気付いた時には勇者を潰していた。そこまでアマシュリに聞いているのだったら、計画もなんとなく知っているような気がした。
「勇者になる。ということですか?」
「…やっぱり聞いてたんだ。アマシュリから」
「はい。しかし、いい案だと思いました」
「え?」
まさか、俺の案に賛同するとは思わなかった。だいたい俺が考えていることは却下されるという、冷たい男だと思っていたから余計に。
「しかし、問題があります」
「ん?」
「その間、ここの魔王はどうしますか?」
「…そうか。そこがネックだな」
考えていなかった。
魔物に示しをつけるためにも、年に数回。定期的にではないが、広場にて魔王の姿を見せる。その隣にはシェイルがいて、シェイルの恐ろしさを知っている者がいるため、手を出さない。手を出さないし、出す必要はない。ただ、魔王を殺すと企てている魔物がいないわけではない。
魔王の座はおいしいものなのだろう。
うまくすれば、魔物を利用して、人間を滅することができるかもしれない。しかし、それなりの能力を必要とする。信頼とか、信頼とか信頼とか。少なくとも魔王を潰すには、シェイルの相手をするということだ。シェイルの相手をしたのちに、魔王を相手になんてできる体力が必要だ。数人で来たとしても同じ。
(魔王の座かぁ)
そもそも、俺はそこらの魔物に負ける気はしない。が、もし何かあった時は、勇者と魔王。どちらも失うこととなる。その際は、周りからの指示としてシェイルがなるだろう。人間にそれがばれた際には、ラッキー。と、人間としての恥。どちらもあるだろう。
相当な魔力を必要とするが、一ついい案はある。もちろん俺が死してしまえば意味がないものだが。
「やるしかないかな」
「何をですか?」
「一度だけしかしたことはないんだけど、一つだけ俺の無駄にある魔力を利用できるいい方法があるんだけど…」
「…いい方法とは?」
スッと立ち上がり、シェイルに付いてこないように手で示し、部屋の真ん中に足を肩幅くらいに開いてしっかりと立つ。
右手を広げて、自分の前まで上げ、手の甲を見つめる。顔から約15センチくらい。手の平に魔力を集め、そっと目をつむる。
目の前に自分がいるのを想像し、自分の今の右手と、目の前の自分の左手を合わせた形の、同じ格好をした自分を。
自分の手が手に触れるのがわかった。少し冷たいが、自分だ。シェイルが奥で驚いているのが分かる。それはそうだろう。俺は今、自分のコピーを作っている。いや、コピーではない。俺の意思で動かせる入れ物を。
だからこそ、維持をするには精神力を問われるし、気を抜いただけで魂のないただの人形になってしまう。普段はそれでもいいかもしれないが、年数回の面会時にそれはないだろう。
ゆっくりと瞼を上げると、そこには色も形も姿も同じ自分がいる。こんなものだろう。
「どうよ」
「…完璧です」
「“そうだろう?”」
「ほぉ。声まで同じなのですね」
「まぁね。ただ、動くのはまだしも、しゃべらすには相当精神力を問われます」
技や術の説明をする先生のような口調でしゃべってみた。
実際、そのまま立たせていたり座らせたり、歩かせたりする程度だったら、他に集中する何かをしていない限り問題はない。
精神力を研ぎ澄まし、静かな場所であれば、精神を交換することも可能だ。
「では、これで問題は済むということですね。逃亡を企てられなさそうで楽そうです」
「だろだろ」
「但し…」
「ん?」
「十分気をつけてくださいね。怪我とか…許しませんよ?」
「ちょっとした怪我ぐらいは許せよ」
「駄目です。誰かを護衛としてつけさせますよ」
「まずいだろそれ」
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