第2話
城から出て森に入り、気配がないのを確認すると姿を変える。
魔王の姿でいろいろな場所を歩きわたるつもりはない。少なくとも、今回は魔王の仕事というわけではないためだ。
シェイルには、アマシュリを探すという名目を伝えはしたが、実際は最近領域に入り、魔物に危害を加える人間が邪魔だった。
確かに、魔物が人間の領域に入ることは稀にあるし、殺人を行う魔物もいる。別にそれを咎めることはしない。なぜなら人間も魔物の領域に入り、害することがあるから。但し、最近それが多くなった。
されたらし返す。というものからかけ離れているのがわかる。
被害が多い地域に足を進めるため、走っていくよりは飛ぶほうが早い。
背中に魔力を集め、翼を具現化する。魔力の量により、その翼の大きさは左右する。もちろん大きければ大きいほど早い。しかし、今はそんなに急いでいるわけでもないし、“魔王”ではないため、平均な大きさにする。自在に大きさを変えられるのも、魔力の強さと器用さだった。
俺は幼いころから割かし強い魔力の持ち主だった。
しかし、もちろん負けることなんてよくあったし、俺よりも強いやつらがたくさんいた。すでに亡くした父なんか、誰とも比べ物にはならないくらい強かった。そんな父が大事にしていた母の形見を、死に際俺に託した。
自分の母を知らない。みたこともないし、話を聞いたこともなかった。でも、父は母を大事にしていた。形見を肌身離さず持っていたのが良い証拠だ。だから、父の形見と母の形見として、涙の形をしたネックレスを首からぶら下げ、服の下にしまいこんだ。
だが、それだけでは安心できずに、魔力でその胸元に埋め込んだ。もちろん取り出すことは可能だが、あまり取り出すことはしない。傷をつけるのはもったいないし、盗まれたりなんかしたら死にたくなってしまうだろうから。
なんていうネックレスかは知らないが、とても綺麗だった。
水色。よりも薄く、かといって白というわけでもなかった。濁っているようで、よく見たら透き通っていて、中で何かが揺れているようだった。
父のことを思い出しながら空を飛んでいたら、魔物と人間の領域の境目にさしかかっていた。
最近騒がれている地域だ。
今日もまた、騒がしく争っている様子がある。
もちろん、人間の死体があれば、魔物の死体もある。魔物の領域でなんてことを…と思いながらその争いの中に翼をしまい、足を下ろした。
争いに参加しようとしている魔物に近づき、声をかける。
「おい。これは何の騒ぎなんだ?」
「人間が魔王を倒すためって言って入り込んでるんだ。人間なんかじゃ魔王にかなわないってわかっているが、軽々と通してなんかやれねぇだろ!」
「そうだな。俺も手伝う」
「助かるが、自分の身は自分で守れよ」
「あぁ。そうするよ」
情報は得た。ここの魔物たちはいい奴らだ。
たぶん、魔王のため。と表面上は言っていたが、実際は暴れられる絶好のチャンスだとでも思ったのだろう。しかし、これは正当防衛。魔物は自分の領地を護っているだけであって、悪いのは人間。懲らしめるのにはちょうどいい。
(でも、魔王が俺だって気付いてないのはありがたいけど、“自分の身は自分で守れよ”か…)
当たり前だ。
実際争い時に、いきなり参入した魔物を護ることなんかしやしないだろう。しかし、ちょっとした寂しさが。きっと、魔王だと全ての魔物が分かっているのであれば、さらにここの収拾を張り切るだろう。
魔王のお傍にいたいだとか、魔王と顔見知りだと、自慢ができる。という心がある魔物がいるという話をアマシュリから昔聞いた。
そんなことを思い出していると、一人の人間が大剣を振り上げ、俺に向かって振り下ろしてきた。
「うああぁあぁぁっ!」
「おっと」
なんの準備もしていなかった俺は、右足を引き、身体を90度回して避けた。
地面に刺さった大剣はゆっくりと持ちあがり、片手に持ち替え横に振りまわす。二度目は交わすことなく、自分の髪を一本抜き、それを剣に具現化させ、刃先を下に向けて地面に刺すような体勢で大剣を受け止めた。が、あまり腕力が自慢できないため、数センチ引きずられたのちに放り投げられた。
後ろにあった木を数本背中でおり、勢いがなくなった体は、数本目で身体を止めた。
「いってぇ…剣嫌い…」
剣術や銃の使用はあまりしてこなかったし、習ってもいない所為で相手にするのがあまり好きではない。
すこし遊びたかったというのがあって相手をしたが、やはり大人しく剣でのやり合いは無理そうだ。
相手は標的を俺に決めたのか、大剣を片手に持ったままこちらに向かって走ってきた。
受けた時、相当な重みを感じたから相応に重みのある剣だろうに、片手で持ちあげられるなんてゴリラか。そう思いながらも、使い慣れない剣を捨て、片手デコピンをするように中指を丸め、親指で爪先を止める。狙いを定め、溜めた魔力を男の胸元に向かって親指を離し、中指に溜めた魔力を飛ばした。
反応した男は、大剣を自分の前に起き、その弾を大剣で受け止めようとした。
しかし、その弾は弾き返したり、受け止める事などできない。触れたもの全てが“無”となる。
自慢のように振り回していたその大剣は、受け止めた部分のみ弾の形をして消えた。刃先は崩れ落ち、大男くらいの長さがあった大剣は、短剣のような短さになり、太さは変わらなかった。
折れた大剣に、男は呆然としてしまった。その隙を狙い、身体を大男の真ん前に立ち、自分の腕を心臓を狙って胸元に突き刺した。
「残念だったね」
意識のなくなった大男は、そのまま前に倒れこむ。
受け止める腕力のないは俺は、胸から手を引き抜き、横に避ける。
「さよーなら」
そう言った瞬間、争いが起きているほうから、いきなり炎の球がこちらに向かって数発撃ちこまれる。
「魔術か」
撃ち込んだ奴の顔はまだ認識できないが、それを避けることなく魔力で水の壁を作り、森に引火しないよう護る。他にも炎の魔術を使う人間がいるかもしれないと思い、森と争いが起きている境目に、魔物なら入れるくらいの魔力で水の壁を作ってやる。
その水の壁で血で汚れた腕を洗い、水滴を振り払う。
引火を恐れていた魔物からホッとした声があちらこちらから聞こえてきた。魔王は魔物をできるだけ護ってやりたいし、領域を焼け野原になんかさせられない。
こういうところは、よく「魔王らしいところがあってよかった」とシェイルやアマシュリにホッとされる。
「らしい…か」
そういわれて、ホッとする自分もいる。
剣士や柔術者等は他の魔物に任せ、俺は魔術者を中心に潰しにかかった。
魔術者が嫌いだ。
魔物が使う魔法に対抗しようと、いつだったか“魔術”というものを編み出し、研究する者が増えていた。最近は扱える人間が増え、魔物を脅かす。
魔法のように、魔力によっての威力の違いがない。その代わり、儀式をおこなうように呪文みたいなものを詠唱している。
みてきた中では、その詠唱時間が長ければ長いほど、強い魔術を繰り出していた。
魔力を持つ者を魔物というが、魔術を使うものだって、人間ではないんじゃないか。別の種族になるんじゃないかと思う。が、アマシュリが言うには、人間だということだ。幼いころから修行に出され、魔術を習わされている。と言っていたから、人間なのだろう。
「お前すげぇな。助かったよ」
ここの地域の魔物だろう。
器用ではあるが、細かい作業が嫌いなせいで、作りだした魔力の水壁を一気に崩せないという欠点と戦い、踏むように水壁を崩していると、一人の男が声をかけてきた。
「あぁ。お前らも強いじゃないか。やっぱり今みたいなの多いのか?」
「多いな。たぶん境界に属する地区は苦労していると思う。特にここはひどい。だから、周りの地区の奴らが手伝ってくれてるから何とかなるけど…」
「ふぅん。警備つければもう少しましになりそうだよね」
「警備かぁ。魔王の下に配属してる魔物だったら強いだろうし、そういう奴らが来てくれれば大分違うと思うんだけどなぁ」
そうため息を漏らす男。
俺が魔王だと知ってのことか、知らずのことか。
口調からして、俺を魔王だと知っていればこのような言い方ではなく、お願いという形での話になるのだろうが、お願い。というよりも、こういう形で聞いたほうが動きやすい。
魔王だとばれないように、俺は口を開いた。
「確かにそうだよね。魔王って、王ってだけでなんか仕事してるのかなぁ」
「王はきっと忙しいんだ。きっとこの騒ぎのことだって知っているだろう。でも、もっとしなくちゃいけないことがきっとあるんだ。だからきっと、きっとその仕事が終わったら、こっちのことも気にかけて頂けるもんさ」
そうつらい顔ではなく、嬉しそうな顔でしゃべるこの男に、少しだけ親近感がわいた。
“きっと”という仮定だけだが、それでも魔王がいつか…。と思っているだけで、俺は何かをしなきゃいけないんだという気持ちにさせられる。その状態が好きだ。
何かあったらと、シェイルは警備や軍として数百人の魔物を育て、強くしている。その数百人の中でも、もっとも力のあるものを城の警護として日々動いている。その下にいる奴らでも、もっと人数を増やし、各境界地区に配属させるのもいいかもしれない。
いろいろ楽しいことを思いついてきたせいで、壁を壊す手が止まり、座り込む。
ついついテンションが上がると、自然と具現化してしまう尻尾を地面を這わせるように、右に左に揺らす。その姿が猫みたいだと、リベリオに好まれている。
「あんた、名はなんていうんだ?」
「あ? 俺か?」
楽しんでいた最中に、名を聞かれた。
魔王の名を伝えるのはまずいし、かといって適当に名前を言ったって、忘れてしまって呼ばれて気付かない。だなんて状況もまずい。
「んー。適当に呼んでよ。固定の名前ってないからさ俺」
「固定の名前って…親になんてつけられたのかって聞いてんだけど…」
「それがさー。幼いころに亡くなっちまったみたいで、知らないんだよね。あちこちに転々としてるうちに、名前忘れちった」
なんてホラを吹いたところで、その嘘自体も忘れてしまうんだろうなぁ。と思いながら、適当に口を開く。
「そっかぁ。つらい思いをしてるんだな」
「結構適当に付けられるの楽しいんだよ? 忘れるけど」
「はははっ。忘れちまうのか」
「うん」
「でも、本当に今回はありがたい。またどこかにいっちまうのかい?」
「うん。まぁね。転々とするの楽しいし」
「じゃ、またよったら声かけてくれよ。俺はずっとこの地区にいるからよ」
「うん。そうするよ」
結局名をつけられず、その男は俺の近くから去って行った。
魔物だって、手を出さなければ人間と同じように、話して仲良くなって、友達になる。人間と魔物の違いは、魔力があるかないかの違いだけだ。そう思っている。
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