第14話
<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制御室内>
一〇三〇
クーロンベース所属の小型汎用艇は準備を整え、いつでも発進できる状態になっていた。しかし、敵スループの攻撃を受ける可能性があり、未だ発進できないでいた。
ベースの
その時、通商破壊艦P-331から発進準備が完了したという報告が上がってきた。
「こちらP-331艦長
「ご苦労、グァン
「了解しました」と言ってグァン・フェンからの通信が切れる。
カオはP-331を発進させることを、今さらながら躊躇していた。
(P-331を出した時に沈められないか? ベースへの損害は問題ないレベルだろうか? 敵の主砲がP-331に直撃し爆発したら、ベースが誘爆することはないのだろうか?……)
そして通信を切ったばかりのグァン・フェンを再び呼び出し、「艦長、ちょっといいかな。確認したいのだが……」と自分の懸念を伝えていく。
心配顔の司令に対し、グァンは彼の懸念の一つ一つに答えていく。
「P-331の損傷の可能性はあります。ですが、完全に破壊されるようなタイミングで出撃することはありません。よって、ベースが誘爆により破壊されることはありません。ベース自体の損傷ですが、当艦の出撃時にドックが多少損傷するかもしれませんが、敵の攻撃が奥まで届く可能性はほぼありません」
少し安心したのか、カオは笑みを浮かべられるほど余裕が出てきた。ただ、その笑顔はMCR要員にとっては引き攣ったようにしか見えなかった。
カオは鷹揚に「了解した、艦長」と答え、「ではタイミングを見て、出撃してくれたまえ。戦果を期待しているよ」と命じた。
グァンは「それでは失礼します」とだけ言い、通信を切る。
通信を終えたカオはMCR内のクルーに「敵スループを沈めれば、この作戦は成功したも同じだ。P-331への支援を頼むぞ」と先ほどまでの高圧的な態度とは打って変わって明るく振舞っていた。
MCRにいるオペレータたちは皆、「ワン艦長が最初に言っていたスループを二隻とも沈める案と同じじゃないか。こんな奴が総参謀部で作戦を練っていたのか……」と心の中で思い、自分たちの行く末とともに、祖国の行く末を案じていた。
<ゾンファ軍通商破壊艦P-331・戦闘指揮所内>
一〇三五
ゾンファ軍通商破壊艦P-331の
「MCRからの指示があり次第、この穴蔵から出るぞ! ドックは少々壊しても構わん。最大加速で行く!」
CICに、やる気に満ちた「了解!」の声が響く。
戦闘艦乗りである彼らも狭いベースの中でブラスターの撃ち合いような戦闘は本意ではなく、
グァンがベースMCRのオペレータたちと調整した内容は、ベースの防御スクリーンを三十秒間停止し、その間にP-331が出撃するというものだった。
出撃の際には艦の防御スクリーンが使えない。その時間は約二十秒と想定されていた。その二十秒がP-331とクーロンベースの命運を握っているといっても過言ではない。
グァンはこの無防備になる二十秒間に、少なくとも二回は攻撃を受けるだろうと予想していた。
百m級の小型艦とは言え、軍艦として設計されたスループ艦の主砲は商船を改造したP-331の装甲を容易に突き破ることができる。防御スクリーンが万全ならば、スクリーンの能力で防ぐことも可能だが、今回のようなスクリーンが展開できない状況では不利であることは否めない。
だが、彼は楽観していた。敵の攻撃はここ四時間ほぼ一定のリズム、二十秒に一度のペースで続いていたからだ。フラワー級と呼ばれるスループの主砲は連射性能に劣り、一発撃った後には十秒程度のチャージが必要と言われ、その事実はゾンファでも知られている。
そうであるなら、撃たれた直後に出撃すれば、受ける攻撃は一度だけで済む。更に敵の位置がこちらの主砲の射角内なら油断している相手に逆襲すらできる。
(ワン艦長ならこんな賭けには出ないんだろうな。意見を聞いてみたいが、まだ意識が戻っていない……とにかく
彼は気付いていなかった。
敵の潜入部隊が脱出したのなら、敵はそれを救出し、そのまま撤退する。そのことに気付いていなかった。
沈着冷静で経験豊富なワンなら、容易に洞察できただろうが、グァンは好戦的な性格であり、更に視野が狭いことが欠点と言われていた。与えられた条件下での課題達成能力は高いものの、柔軟性に欠けることが、この事実を見逃す要因となった。
彼もこのような状況ではなく、今少し余裕のある状況ならば気付けたかもしれない。
更に言うなら、本来、ベースの司令であるカオが考えるべきことだが、彼は自らのキャリアのことだけを考え、あえて敵スループを沈めるという選択肢しか取るつもりは無かった。このため、グァンを止めるものは誰もいなかった。
そして、運命の歯車は後戻りできないところまで進んでいた。
<アルビオン軍ブルーベル34号搭載艇アウル1・操縦室内>
一〇四五
クリフォード・コリングウッド候補生とサミュエル・ラングフォード候補生はブルーベル搭載艇アウル1の操縦室に到着し、発進準備を進めていた。
サミュエルが操縦席に座り、アウル1の機関の始動準備を進め、クリフォードが副操縦席で兵装関係と通信関係のチェックを行っていく。
サミュエルの緊急発進マニュアルに沿ったチェックが終わると、「こっちのチェックは終わった。すぐ飛ぶぞ」とクリフォードに声を掛ける。
クリフォードも「
一〇五〇
サミュエルの「始動」という声とともに、アウルの主機が起動した。そして、機体が小刻みに振動すると静かに小惑星表面から上昇していく。
全くぶれることなく方向転換すると、潜入部隊が待つ地点
(やはりサムはうまいな。僕だったらもっと吹かしていただろう。ニコール中尉の言葉じゃないけど迷子にならないにしても、着地まで行ったり来たりしたかもしれない……)
クリフォードは心の中でサミュエルの繊細な操縦技術に手放しの賞賛を行っていた。
宇宙空間での二十五kmなど無いに等しい。
ごく僅かな加速を加え、すぐに減速に入っていく。
クリフォードは念のため、アクティブセンサーも総動員して敵の攻撃に警戒した上で、ブルーベルに通信を入れた。
「こちらはアウル1、コリングウッドです。ブルーベル応答願います。こちらアウル1……」と呼びかけると、「こちらはブルーベルのクインよ。ミスター・コリングウッド、無事で何より。すぐに艦長に報告を」と弾むような声のクイン中尉の声が聞こえてきた。
「報告しま……」と彼が口にした時、アウルの警報システムが警告を発してきた。
「小型艇接近中、
「サム!」とクリフォードが叫ぶと、サミュエルはすぐにアウルを最大加速の三kGで加速させ、回避運動を開始する。
その間にクリフォードは敵小型艇の情報を確認していく。
「敵はヤシマ製の汎用小型艇アカツキ級の改造型の模様。アカツキ級の最大加速は四kG、標準武装なし。サム、敵の外部兵装はミサイル系みたいだ!」
「了解! 敵との相対速度が小さすぎる……敵に機首を向ける! クリフ、攻撃に手が回るか!」と言いながら、サミュエルはアウルの機体が軋むほどの急旋回を行っていた。
「判った!」と答えた後、アウルの固定武装である硬エックス線パルスレーザーを稼動させる。
クリフォードはこの局面をどう打開するか考え、サミュエルに口早に指示を出していった。
<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制御室内>
一〇四〇
クーロンベースの
カオ司令は“これだけ時間が経ったのに近くにいるということは搭載艇を取りにいったんだろう。搭載艇を沈めないと敵に逃げられる”と考え、
「P-331のグァン・フェン艦長に連絡を入れろ! こちらで小型汎用艇のK-001と002を出すから、敵が反応したら即座に発進しろと!」とオペレータに命じた後、小型艇の発進の可否を確認する。
「K-001および002発進可能か」
「K-001は敵スループの攻撃範囲に入っています。出たところで撃ち落されるだけです。K-002のみ発進させることを提案します」と勇気を振り絞ったオペレータが沿う提案する。
カオ司令は頷き、「K-002のみ発進させろ。目標はH点検通路に向かう敵搭載艇だ。H点検通路出口付近で待ち伏せさせろ」と命じた。
(敵の搭載艇を破壊すればスループは味方を見捨てざるを得なくなる。ならば破壊されないようにこちらの小型艇を攻撃してくるはずだ。そのタイミングを狙えば、P-331を無傷で発進させられる……)
<アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号・戦闘指揮所内>
一〇五〇
アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号の
潜入部隊の次席指揮官ニコール中尉のノイズ交じりの聞き辛い報告では候補生二人が向かったとあったが、経験の少ない候補生たちが遭難してしまったのではないかという不安がCIC内を支配し始めていた。
その時、情報ディスプレイにアウル1の識別表示信号が点滅し、すぐにコリングウッド候補生の声が聞こえてきた。
「こちらアウル1のコリングウッドです。ブルーベル応答願います。こちらアウル1……」
すぐに情報士のクイン中尉が「こちらブルーベルのクインよ。ミスター・コリングウッド、無事で何より。すぐに艦長に報告を」と明るい声で応えると、コリングウッド候補生から生真面目そうな声での報告が聞こえ始めた。
しかし、「報告しま……」と聞こえたところで、アウルの警報システムの「小型艇接近中、
彼女はその警告を聞き、すぐに状況を確認する。
敵の小型汎用艇が死角になったところから発進したようでアウル1に急速に接近していく様子がスクリーンに映っていた。
彼女はすぐに「アウルに敵小型艇接近中! ヤシマ製の汎用小型艇の改造型と思われます」と状況を報告するが、心の中では「早く救援に向かって!」と叫んでいた。
マイヤーズ艦長はアウル1から聞こえてくる候補生たちの会話を聞きながら、
「敵の通商破壊艦が出てくる可能性がある。ベースの監視を怠るな! ロートン大尉、主砲の連続使用の可能性があることを
CIC内は一瞬、訳が判らず、全員が艦長の方を振り向き、戦術士のオルガ・ロートン大尉ですら、復唱することを忘れていた。
マイヤーズ艦長は「オルガ! 復唱はどうした! 全員任務に集中しろ!」と、普段では考えられないほど強い声音で命じていた。
全員が各自のコンソールに向かうと、クイン中尉が、「アウルはどうされるおつもりですか! 潜入部隊が危険です!」と口に出していた。
マイヤーズ艦長は「アウルは候補生たちに任せる。今、アウルを救いに行けば、敵通商破壊艦が無傷でベースから出てくる。この速度では無傷の敵と渡り合えない。さあ、任務に戻ってくれ」と冷徹とも言える口調で説明した後、黙ってメインスクリーンを見つめる。
マイヤーズ艦長は無理やり無表情な顔を作りながら、指揮官の孤独を味わっていた。
(冷血漢と思われても仕方がないな。だが、アウルを救いにいけば本艦が危険になる。任務が成功した今、できるだけリスクを減らすのが指揮官の務めだ……それに……あの候補生なら何とかしてくれるような気もしている……これだけはアナベラ――アナベラ・グレシャム副長――にも言えないな……)
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