第15話

宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間一〇時五〇分


<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制御室内>


 一〇五〇

 ゾンファ軍クーロンベースの主制御室MCRでは、司令であるカオ・ルーリン准将が敵のスループ艦の動きを見て満足げな笑みを浮かべていた。彼は敵が味方を救いに行くという自分の考えに間違いが無く、罠に掛かったと確信する。

 徐にシートから立ち上がると、満面の笑みを隠そうともせず、「よし、敵は私の策に引っ掛かったぞ! P-331のグァン・フェン艦長に出撃を命じろ!」と叫ぶように命じた。

 オペレータの一人が、「グァン艦長に連絡しました。五分以内に出撃するとのことです」という報告を行った。

 カオは鷹揚に頷くと、「防御スクリーン開放時にベースが損傷するかもしれない。念のため、各エリアの閉鎖と緊急補修体制を取らせておけ」と命じた。


(これで敵は沈められる。あとはP-331の超光速航行機関FTLD対消滅炉リアクターが損傷しないことを祈るだけだ。まあ、敵が私の策に掛かった以上、杞憂かもしれないがな)


 彼は自分の思ったとおりに敵が動いていることに安堵していた。

 ブルーベルの副長アナベラ・グレシャム大尉であれば、コリングウッド候補生の作戦案にあった「……相手が最も望ましいと思う行動を取ることにより、彼らの思考を制限する……」という言葉を思い出したかもしれない。



 一〇五五

 オペレータの「P-331から出撃許可と防御スクリーン開放要請が来ました」という声が響く。カオ司令は「出撃許可を出せ、防御スクリーンはグァン・フェンの指示に合わせてやれ」と鷹揚に命じた。

 メインスクリーンには敵のスループ艦が味方の搭載艇の援護に向かうため、ドック正面から離れ始めている様子が映っている。

 オペレータの「P-331係留解除、十秒後に防御スクリーン開放します」という声がMCRに響いているが、彼の耳には入っていなかった。


(よし、そのまま加速していけ。そうだ、いいぞ……)


 彼は自分の策の成功を疑うことなく、スクリーンを見つめていた。

 この瞬間がこのクーロンベースを襲撃されたあとにおける唯一幸せな時間だということに彼は気付いていない。




<ゾンファ軍通商破壊艦P-331・戦闘指揮所内>


 一〇五〇

 ゾンファ軍通商破壊艦P-331のグァン・フェン艦長代行はクーロンベースのMCRからの報告を受け、出撃のタイミングを計っていた。

 カオ司令が自慢げに自分の策に敵は嵌ったと言っていることに辟易とするが、確かに敵は司令の思惑通りに動いている。


(あの“頭でっかち”の策が本当に効いているのか? そもそも策と言うレベル話でもなかったと思うが……どうも嫌な予感がするな……だが、この“穴蔵”から抜け出すチャンスでもある。敵の動きだと出撃時に一撃加えることはできそうにないが、もし撃たれたとしてもベースの被害は少なそうだな……)


 部下たちの出撃準備完了の言葉を聞き、ベースのMCRに連絡を入れた。


「P-331のグァン・フェンだ。本艦の出撃準備は完了した。出撃許可と防御スクリーン開放を要請する」


 MCRから「出撃を許可。防御スクリーンは貴官の指示で開放します」という答えが返ってきた。



 一〇五五

 彼は「よし。出撃だ! さっさとあの鬱陶しいスループを沈めて、国に帰るぞ!」と部下たちに言ったあと、「P-331発進!」と命令した。


 P-331を係留していたロックアームが銃を捧げる敬礼のような動作で上がっていく。そしてP-331は静かにドックの中を進み始めた。


 防御スクリーン開放のカウントダウンが始まると、P-331は狭いドック内で通常では考えられないような急激な加速を始めた。

 ドック内はアルビオン軍により破壊された機器類が多数浮遊していたが、P-331の加速により、更に滅茶苦茶に飛び跳ねる。

 壁や床に大型の破片が当たり、更にドック内の設備を破壊していくが、グァン・フェンは気にしていなかった。


(どうせもう使えないドックだ。少々壊れても気にする必要はないな)




<アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号・戦闘指揮所内>


 一一〇〇

 アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号は敵ベースからわずか〇・一光秒の位置にいた。その位置で味方の潜入部隊を救いに行くという欺瞞行動を続けていた。


「敵ベースの防御スクリーン消滅! ゲート開放中!」という情報士のフィラーナ・クイン中尉の叫び声が戦闘指揮所CICに響いた。

「ロートン大尉、艦首回頭、敵ベースゲート付近を主砲及びカロネードにより攻撃せよ。主砲が壊れても構わん。安全規定は無視していい」と、艦長のエルマー・マイヤーズ少佐が静かに命じる。


了解しました、艦長イェッサー! 攻撃開始!」


 戦術士のオルガ・ロートン大尉が力強く命じると、メインスクリーンには光速付近まで加速された荷電粒子が主砲から撃ち出され、星間物質のプラズマ化による残光が白い光の柱を作り出す姿が映し出される。


「初弾、ゲートに命中。出力五〇%で三秒ごとに発射。五秒後散弾――カロネード砲の射出した金属弾――が着弾……」


 ロートン大尉の抑えた声音の報告がCIC内に響く。


「敵通商破壊艦現れました! 神戸丸のも……」と言うクイン中尉の報告に、ロートン大尉の報告が被る。


「主砲、敵艦に命中。散弾三〇%命中。円筒状弾薬容器キャニスター――カロネードの散弾容器――残量八。更に攻撃を加えます……」


 メインスクリーンには敵通商破壊艦の艦首から小さな爆発による発光が確認でき、更に四百mの艦体の右舷側の真ん中辺りに大きな爆発が二回見え、商船特有の太い艦体がグラグラとよろめいているのが確認できる。

 マイヤーズ艦長はその映像を一瞥し、


「了解。操舵長コクスン、最大加速に切替えてくれ。ロートン大尉、敵艦のスクリーン展開まで撃ち続けさせろ。クイン中尉、敵艦の状況を確認してくれ」


 演習と同じような落ち着いた声で次々と指示を出していく。

 CIC内は敵艦の損傷に興奮することなく、全員が艦長の命令に従い、淡々と自らの仕事をこなしていった。


「敵艦、艦首および右舷中央部損傷確認! 敵艦防御スクリーン展開します!……」


「最大加速開始! 針路安定! 十秒後変針……」


「ロートン大尉、主砲の状況を報告させろ」


 艦長の命令が転送されると、すぐに主兵装ブロックMABから掌砲長ガナー、グロリア・グレン兵曹長の報告が上がってきた。


「こちらMAB。主砲各コイル温度高インタロック強制解除中。主兵装冷却系MACCSに加え、緊急冷却系を併用していますが、あと二回でコイル温度異常高による強制シャットダウンとなります」


「了解。ガナー、シャットダウン後何分で使えるようになる?」という艦長の問いに、「コイルの再調整に二十分、いえ、十五分必要です」というグレン兵曹長のプロらしい冷静な声が返る。


「了解した。攻撃を一旦停止する。その間に再調整を行ってくれ。頼むぞ、ガナー」


了解しました、艦長アイ・アイ・サー


 マイヤーズ艦長はすぐにコクスンのアメリア・アンヴィル兵曹長に「このまま、三百秒間加速を続けてくれ。〇・〇一光速になったら左に回頭する。回避パターンは任せる。クイン中尉、敵艦の状況を大至急解析してくれ……」と命じた。


 艦長の声に被るように機関長チーフのデリック・トンプソン機関大尉の報告が上がってくる。


「CIC、こちら機関制御室RCR質量-熱量変換装置MECチャージ量二十%以下。運用規定逸脱。艦長、この加速で主砲をあと二、三発撃ったら、MECが空になるぞ」


「了解した、チーフ。加速だけなら問題ないな」


「ああ、問題ない。対消滅炉かまは二基とも順調だ。だが、MECが空になると二基のバランスが崩れやすい。どちらかが過出力OPになるかもしれないから注意してくれ」


 トンプソン機関長もやや焦り気味なのか、いつもは敬語で話すように注意している彼から敬語が消えていた。

 機関科士官には上官に対してもぶっきらぼうな物言いをする者が多いが、彼は普段はできるだけ若い艦長を立てようと注意していた。だが、数年振りの実戦で少々メッキが剥がれてしまったようだ。

 マイヤーズ艦長は全く気にすることなく、「了解、チーフ」と答え、「リアクターは任せた。だが、MEC残量が五%を切るかもしれないから覚悟しておいてくれ」と伝えた。




<ゾンファ軍通商破壊艦P-331・戦闘指揮所内>


 一一〇〇

 ゾンファ軍通商破壊艦P-331は出入口ゲートをぶち破る勢いでドック内を進み、彼らがいるべき宇宙そらにようやく戻ろうとしていた。

 ゲートがゆっくりと開かれると、漆黒の宇宙が彼らの前に広がっていく。


「敵の攻撃が来るぞ! 撃てそうなら攻撃しても構わん! 各自の判断に任せる!」


 艦長代行のグァン・フェンはそう言い放つと、シートに腰を下ろし、メインスクリーンに映る宇宙空間を見つめていた。


(さて、あの・・司令は策が成功したと叫んでいたが、本当にそうかな? 敵はどう出る?)


 ゲートが完全に開いた直後、P-331はドックから出て行く。ゲートと艦の間はほとんど無く、僅かにタイミングがずれただけで接触していた可能性もあった。


 ゲートが開いた瞬間、敵の攻撃が襲い掛かってきた。

 初弾はベース側に命中したようで艦自体に被害はなかったが、すぐに何かに衝突したような大きな衝撃が戦闘指揮所を襲い、床に爆発による振動が伝わってくる。

 普段の戦闘はほぼ無音なのだが、戦闘指揮所内には警報が鳴り響き、非常照明の赤い光が緊迫感を高めていく。


「艦首被弾!」


 部下の悲鳴にも似た声が喧騒の中に響く。


(やはり待っていやがったか。……あの・・司令の策に掛かるわけはないか……)


 グァン艦長は頭の片隅で自嘲気味そう考えるが、「落ち着け! 被害状況を確認しろ! あと数秒耐えればこちらの勝ちだ!」と吠えるように叫ぶと、指揮所内に落ち着きが戻り始める。

 そんな中、グァンは敵の攻撃の間隔が短いことに驚き、敵の強い決意を感じ取っていた。


(主砲、いや、リアクターも壊すつもりか? 俺の予想の倍以上の手数で攻撃してきやがった……ここで決着を付けるつもりだな……)


 彼が僅かな時間、自分の思いに浸っていると、次々に報告が上がってくる。

 ふねの損害は彼の予想とそれほど変わらず、P-331の継戦能力に甚大な問題は発生していなかった。


「艦首損傷大! 主兵装ブロック減圧、連絡途絶! 主砲制御コイル十%機能低下、射角調整能力五十%低下します! 機関に損傷なし! 幽霊ユリンミサイル発射装置、艦尾砲損傷なし!」


(まだ、充分戦える。機関やドライブ類に異常もない。いけるぞ)


「了解! よしゲートを抜けるぞ、すぐに防御スクリーンを張れ!」とグァン・フェンが命じたところで、再び艦が大きく揺れる。

 今回は衝撃と共に大きな爆発音の後、小さな爆発音が連続し、その後、空気が流れるシューという音が戦闘指揮所内を包み込む。


「右舷第三十一から三十五ブロックまで損傷! 隔壁緊急閉鎖! ああ、超光速航行機関FTLD室で火災発生! 自動消火装置起動! FTLD室との連絡途絶! 右舷防御スクリーン出力低下中、五十、三十、二十……十五%まで低下!……」


 運用担当士官の悲鳴に似た報告に指揮所内は息を呑む。


「緊急対策班! 損害を確認し、直ちに応急処置に当たれ! 敵スループの状況は!」


「敵スループ、六kG加速で離脱中!」


「防御スクリーンを張れ! ユリンミサイル発射! 逃がすなよ!」


 グァンはそう命じた後、「被害状況を報告せよ! チャン・ウェンテェンは無事か!」という問いに対し、すぐに甲板長のチャン・ウェンテェンから「無事です! 緊急対策所からFTLDに向かうところです」との返事が戻ってきた。


「FTLDより右舷防御スクリーンを見てくれ。敵が戻ってくる可能性がある」


 グァンは敵のスループ艦がこのまま逃げるとは思っていなかった。

 なぜなら、敵潜入部隊がまだクーロンベース付近に残っており、それを回収するためには必ず引き返す必要があるからだ。

 今までの行動を見る限り、彼らが味方を残して逃げ去ると言う選択をするとは思えなかった。


(潜入部隊は負傷者を抱えて脱出している。ほとんど損傷を受けていないスループがそのまま味方を見殺しにするとは思えん。まして、こちらがこれほど派手に損傷した今は……)


「砲術士! 主砲を撃てるか! 敵はまだ速度が遅い。出力を落としてでもいい。撃ち続けろ!」


 満身創痍のP-331は敵スループ艦に攻撃を加えながら、クーロンベース付近に留まっていた。



<アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号・戦闘指揮所内>


 一一〇五

 ブルーベル34号は敵通商破壊艦に攻撃を加えたあと、最大加速で戦場を離脱し始めていた。

 ベースを攻撃していたため、充分な相対速度が保てず、武装に勝る敵に一方的に蹂躙されるのを避けるためだ。

 戦闘指揮所CIC内では、情報士のフィラーナ・クイン中尉が敵艦の損害状況を報告していた。


「艦首及び右舷に損傷を確認。右舷側スクリーン強度低下の可能性大。主砲のコイルの一部の損傷も確認。人工知能AIの評価では右舷防御スクリーン能力五十%低下。主砲の使用は可能、但し、出力が五十%以下に低下している可能性八十%。その他、加速、姿勢制御等の航行能力の低下は認められず。戦闘指揮所への影響の可能性ゼロ……」


「了解した。引き続き、敵の解析を頼む」


 敵艦のベース出撃時に仕留められなかったという事実が、マイヤーズ艦長に重く圧し掛かっていた。


(敵の戦闘力を奪いきれなかった……せめて防御スクリーンか主推進装置に損害を与えたかったのだが……この中途半端な状況をどうすべきか……)


 彼は潜入部隊を見殺しにするか、ふねを危険に晒すか悩んでいた。

 ベースに一定のダメージは与えられ、敵艦にもある程度のダメージを与えた今、潜入部隊を見捨てて撤退するのが、最もリスクの少ない道だ。しかし、命懸けでベースに潜入し、ベースの破壊を終えて外に脱出した彼らを見捨てることができない。

 彼はこの五分間の加速中に結論を出すべく、黙って考えていた。


 彼のそんな思いとは関係なく、戦闘指揮所CICに警報が鳴り響く。


「敵艦よりユリン級ミサイルらしき高速飛翔体四基射出! 敵主砲の作動も確認! ミサイルは二分後に本艦に接触、敵主砲の狙点はまだ合っていません」


 艦長は今後の方針に関する思考を中断し、


「回避機動継続。ミサイルは適宜迎撃せよ。変針を早める。三十秒後に変針し、敵に向かう」


 その言葉にCIC内は一瞬沈黙が支配するが、すぐに全員から「「了解しました、艦長アイ・アイ・サー!」とやる気に満ちた声が上がった。


 彼はその声に一瞬戸惑うが、すぐに敵の動きに考えを集中させる。

 彼が敵艦を攻撃すると判断したのは、敵の攻撃が思いのほか早く、かつ的確であることから、自分たちだけでも逃げ切れる可能性は低いと判断したためだ。

 三百秒間の加速では〇・〇一光速にしかならない。だが、敵の主砲の射程から逃れるためには更に三百秒以上の加速を続ける必要がある。この場合、回避機動を繰り返しながら百回近い攻撃をかわし続けなければならず、防御スクリーンの薄い後方から一撃でも食らえば即行動不能になる可能性がある。


(損傷している主砲は普段より扱いが難しいはずだ。出力が低下しているなら、ブルーベルの防御スクリーンでも何とか対応できる。相対速度を上げ、カロネードで包み込むように攻撃すれば、防御スクリーンの能力が低下している箇所に当たるかもしれない……ふっ、賭け以前の無謀な作戦だな……しかし、この状況で嬉しそうにするとは……俺もそうだが、馬鹿な奴らばかりだな……)


 彼はやる気に満ちたCICを見回し、


「クイン中尉! アウルの状況を確認してくれ! ロートン大尉、反転するまでに主砲の調整を完了させろ! チーフ、聞こえるか! 今から質量-熱量変換装置MECにたっぷりチャージできるぞ!」


 明るい声で各員に指示を出した後、


「よし! みんな、もう一度攻撃を掛けるぞ!」


 その言葉にCICだけでなく、艦内全体で歓声が上がっていた。




<アルビオン軍ブルーベル34号搭載艇アウル1・操縦室内>


 一〇五五

 アルビオン軍スループ艦搭載艇アウル1は敵ベース所属の小型汎用艇の攻撃範囲に捉えられていた。

 解析の結果、敵の方が機動力は高く、短距離ミサイルを二発乃至四発搭載していると判明した。

 クリフォード・コリングウッド候補生はこの状況を打開すべく、思い切った手を打つため、操縦中のサミュエル・ラングフォード候補生に考えた作戦を説明していく。


「ミサイルを撃たせる前に沈めるしかない。サム、僕の合図で慣性航行に入って欲しい。敵に主機が故障したのか悩ませたいんだ。敵が悩んでいる時間を利用してパルスレーザーで攻撃する」


 その言葉にサミュエルは驚く。


「大丈夫なのか!? 慣性航行すればいい的だぞ。ブルーベルのほうに引き込んで沈めてもらうわけにはいかないのか?」


 クリフォードは首を横に振りながら、真剣な表情で状況を説明する。


「ブルーベルの位置は確認したんだが、この加速だと敵を引き付けるのに五分以上掛かる。それにブルーベルが隙を見せれば、敵の通商破壊艦が出てこないとも限らない。サム、僕を信じてくれ!」


 クリフォードの真摯な言葉にサミュエルはこれ以上の議論は不要と判断する。


「了解、クリフ。君に命を預ける! いつでも言ってくれ!」


 クリフォードはその言葉に応えることもなく、真剣な眼差しでレーザー砲制御装置のディスプレイを睨み、タイミングを計っていた。


「僕のカウントダウンで主推進装置と姿勢制御を止めてほしい。頼む!」


 クリフォードはやや緊張した声でサミュエルに指示を出す。


 サミュエルが「了解! クリフ!」と応えると、すぐにカウントダウンが始まった。


「五、四、三、二、一、停止……」


 機首を敵に向ける途中でアウルは加速と姿勢制御用のバーニアを停止する。慣性でゆっくりと機体が錐揉みのような回転を始め、気分が悪くなるような複雑な動きをし始める。

 クリフォードはアウルが回転し始めるとすぐに固定武装である硬X線パルスレーザー砲の照準を合わせていく。

 敵の汎用艇は複雑な機動をやや緩やかなものに変え、ミサイル発射の準備を慎重に行っているように見える。


「チャンスは一度。敵の動きが……よし!」


 彼は小さく呟き、レーザー砲のトリガーを握った。


 次の瞬間、「再加速! 回避!」と叫んでいた。


 X線レーザーが確認できるよう可視化処理された映像が操縦席のモニターに映るが、敵の破壊を確認する余裕はなく、サミュエルもすぐに反応し、アウルは敵汎用艇とその背後の小惑星AZ-258877に向かって、落ちるように加速していく。

 姿勢制御を生かすと気分が悪くなるような回転がすぐに収まり、ガクンという衝撃と共に最大の三kG加速が始まった。

 クリフォードたちは敵の汎用艇の位置を一瞬見失うが、アウルの戦術/汎用コンピュータは敵の位置をしっかりと把握し、人工知能AIの中性的な声が敵汎用艇の撃破とミサイル接近を告げる。


「ミサイル一基接近中。二十秒後本艇に接触。現状での回避成功率三〇%……敵ベース所属汎用艇、主推進装置機停止。損傷度五〇%以上……」


 敵の撃破は成功したものの、敵の攻撃の方が一瞬早く、ミサイルが一基発射されていたようだ。

 サミュエルは必死の形相で回避運動にランダムな動きを加えていく。


「ミサイル接近、十、九、八……」


 AIの声が響く中、モニターには回避確率が僅かずつ上昇している。だが、このペースでは五〇%以上の確率で命中してしまう。

 クリフォードは黙ってレーザー砲の照準装置を見つめながら、ミサイルを撃ち落そうと必死にレーザーを撃ち続けている。


「……五、四、三……」


 そこまでカウントダウンが進んだところで、モニターが一瞬真っ白に発光した。その直後、二人の「うわ!」という叫びがヘルメット内に響いていた。

 無音の操縦室内にガンガンという金属片が打ち付けるような衝撃が響く。


「接近中のミサイルの迎撃に成功。爆発により一部に損傷が発生。左舷アクティブセンサー機能停止。左舷光学センサー機能停止。五番バーニア損傷……」


 AIの損傷を伝える声が続いている。


「AI! 敵の状況を再報告しろ!」とサミュエルが鋭く命じると、


「敵ベース所属汎用艇、反応炉出力一〇%以下。主推進装置完全停止。損傷度五〇%以上。敵攻撃能力喪失九五%以上。敵汎用艇は無力化に成功の模様」


 その声を聞き、一瞬の間が空いたあと、「やった!」と二人は同時に声を上げる。


「念のため、止めを刺しておくか?」とサミュエルが尋ねると、


「了解! まだ完全に死んでいないかもしれないから、回避運動を継続したまま、接近して欲しい」


 敵汎用艇に接近していくと、大きな穴が開き、その穴から細かな部品が飛び散っている敵汎用艇の姿がモニタに映っている。

 三発の近距離ミサイルが機体に取り付けられており、彼らの目にはまだ脅威は去っていないように見えた。


 彼らは慎重に汎用艇に接近し、パルスレーザーを撃ち込み離脱する。

 その直後、反応炉リアクターかミサイルに命中したようで派手な爆発とともに敵汎用艇はその形を失った。

 敵の汎用艇を葬った後、サミュエルがブルーベルの状況を確認する。


「ブルーベルがベースを攻撃している!」


「やはり出てきたか……サム、みんなを早く拾いに行こう」


 彼は敵の汎用艇の出てきたタイミングが遅かったことから、ブルーベルに対する囮に使われたと思った。


(艦長はそのことを見越して敵艦への攻撃を待っていたんだな。アウルが落とされるかもしれないと考えながら、決断するのは……僕には無理そうだな……)

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