第13話
<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制御室内>
一〇三〇
ベース所属の汎用艇の発進準備は既に完了していたが、敵スループの攻撃を受ける可能性があるため、未だ発進できていない。
カオ司令がイライラとした表情でイスの肘掛を指で叩く音がクーロンベースの
その時、P-331から発進準備が完了したという報告が上がってきた。
「こちらP-331艦長
「ご苦労、グァン
「了解しました」と言ってグァン・フェンからの通信が切れる。
カオ司令はP-331を発進させることに今更ながら躊躇いを覚えていた。
(P-331を出した時に沈められないか? ベースへの損害は問題ないレベルだろうか? 敵の主砲がP-331に直撃した場合、ドック内で誘爆することはないのだろうか?……)
そして通信を切ったばかりのグァン・フェンを再び呼び出し、
「艦長、ちょっといいかな。確認したいのだが……」と自分の懸念を伝えていく。
心配顔の司令に対し、グァン・フェンは彼の懸念の一つ一つに答えていく。
「P-331の損傷の可能性はあります。ですが、完全に破壊されるようなタイミングで出撃することはありません。よって、ベースが誘爆により破壊されることはありません。ベース自体の損傷ですが、当艦の出撃時にドックが損傷するかもしれませんが、敵の攻撃が奥まで届く可能性はほとんどありません」
少し安心したのか、笑みを浮かべられるようになったカオ司令がグァン・フェンに声をかける。
「了解した、艦長。ではタイミングを見て、出撃してくれたまえ。戦果を期待しているよ」
グァン・フェンは「それでは失礼します」とだけ通信を切った。
そして、司令はMCR内に「敵スループを沈めれば、この作戦は成功したも同じだ。P-331への支援を頼むぞ」と先ほどまでの高圧的な態度とは打って変わって明るく振舞っている。
MCRにいるオペレータたちは皆、「ワン艦長が最初に言っていたスループを二隻とも沈める案と同じじゃないか。こんな奴が総参謀部で作戦を練っていたのか……」と心の中で思い、自分たちの行く末よりも、祖国の行く末を心配した。
<ゾンファ軍通商破壊艦P-331・戦闘指揮所内>
一〇三五
ゾンファ軍通商破壊艦P-331の戦闘指揮所では、新たに艦長に任命されたグァン・フェンがクーロンベースの
「MCRからの指示があり次第、この穴蔵から出るぞ! 少々ドックを壊しても構わん。最大加速で行く!」
部下たちからはやる気に満ちた「了解」の声が帰ってくる。
彼らもベースの中でブラスターの撃ち合いをするより、宇宙空間での艦同士の戦闘を望んでいたのだった。
グァン艦長がMCRのオペレータたちと調整したところ、ベースの防御スクリーンは三十秒間停止し、その間にP-331が出撃する。
出撃の際には
この二十秒がP-331とクーロンベースの命運を握っているといっても過言ではない。彼の予想ではこの無防備の二十秒間に少なくとも二回攻撃を受ける。
百m級とは言え、軍艦として設計されたスループ艦の主砲は、元商船のP-331の装甲を簡単に突き破る。防御スクリーンが万全ならスクリーンの能力で防ぐこともできるが、スクリーンが展開できない状況では不利であることは否めない。
しかし、彼は楽観していた。
敵の攻撃はここ四時間ほぼ一定のリズム、二十秒に一回のペースだ。あのフラワー級と呼ばれるスループの主砲は連射性能に劣り、一発撃った後には十秒程度のチャージが必要と言われている。
そうであるなら、撃たれた直後に出撃すれば運が良ければ一発だけで済む。更に敵の位置がこちらの主砲の射角内なら油断している相手に逆襲すらできる。
(ワン艦長ならこんな賭けには出ないんだろうな。意見を聞いてみたいが、まだ意識不明で聞くことはできない……とにかく
彼は気付いていなかった。
敵の潜入部隊が脱出したのなら、敵はそれを救出してそのまま撤退することに。
ワン艦長が健在なら、そのことを指摘したのだろうが、彼は元々好戦的な性格であることと、やや視野が狭く、与えられた条件下での課題達成能力は高いものの、柔軟性に欠ける性格であることがこの事実に気付かせなかった。
彼もこのような状況ではなく、もう少し余裕のある状況なら気付いたかもしれない。
更に言うなら、本来、ベースの司令であるカオが考えるべきことだが、彼は自分のキャリアだけを考え、あえて敵スループを沈めるという選択肢しか取るつもりは無かった。このため、グァン艦長を止めるものは誰もいなかった。
そして、運命の歯車は後戻りできないところまで進んでいた。
<アルビオン軍ブルーベル34号搭載艇アウル1・操縦室内>
一〇四五
クリフォード・コリングウッド候補生とサミュエル・ラングフォード候補生はブルーベル搭載艇アウル1の操縦室に到着していた。
サミュエルが操縦席に座り、アウル1の発進準備を進め、クリフォードが副操縦席に座り、兵装関係と通信関係のチェックを行っている。
サミュエルの緊急発進マニュアルに沿ったチェックが終わると、「こっちのチェックは終わった。すぐ飛ぶぞ」とクリフォードに声を掛けてきた。
クリフォードも「了解、
一〇五〇
サミュエルの「発進」の合図とともにアウルの主機が起動。機体が小刻みに振動すると静かに小惑星表面から上昇していく。
すぐに方向転換し、潜入部隊が待つ地点
(やはりサムはうまいな。僕だったらもっと吹かしていただろう。ニコール中尉の言葉じゃないけど迷子にならないにしても着地まで行ったり来たりしたかもしれない)
クリフォードはサミュエルの繊細な操縦技術に手放しで賞賛していた。
宇宙空間での二十五kmなど無いに等しい距離だ。
ごく僅かな加速を加え、すぐに減速に入っていく。
クリフォードは念のため、アクティブセンサーも総動員して敵の攻撃に警戒した上で、ブルーベルに通信を入れた。
「こちらアウル1のコリングウッドです。ブルーベル応答願います。こちらアウル1……」と呼びかけると、
「こちらブルーベルのクインよ。ミスター・コリングウッド、無事で何より。すぐに艦長に報告を」と弾むような声のクイン中尉の声が聞こえてきた。
「報告しま……」と彼が口にした時、アウルの警報システムが警告を発してきた。
「小型艇接近中、
「サム!」とクリフォードが叫ぶと、サミュエルはすぐにアウルを最大加速の三kGで加速させ、回避運動を開始する。
クリフォードは敵の小型艇の情報を確認する。
「敵はヤシマ製の汎用小型艇アカツキ級の改造型の模様。アカツキ級の最大加速は四kG、標準武装なし。サム、敵の外部兵装はミサイル系みたいだ!」
「了解! 敵との相対速度が小さすぎる……敵に機首を向ける! クリフ、攻撃に手が回るか!」と言いながら、サミュエルはアウルの機体が軋むほどの急旋回を行っていた。
「分かった!」と答えた後、アウルの固定武装である硬エックス線パルスレーザーを稼動させる。
クリフォードはこの局面をどう打開するか考え、サミュエルに口早に指示を出していた。
<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制御室内>
一〇四〇
クーロンベースの
暗号化されているため、内容はまだ判明しないが、H点検通路のすぐ外から本隊に報告を行っていると考えていた。
カオ司令は、「これだけ時間が経ったのに近くにいるということは搭載艇を取りにいったんだろう。搭載艇を沈めないと敵に逃げられる」と考え、
「P-331のグァン・フェン艦長に連絡を入れろ! こちらで小型汎用艇のK-001と002を出すから、敵が反応したら即座に発進しろと!」とオペレータに命じた後、小型艇の発進の可否を確認する。
「K-001および002発進可能か」
「K-001は敵スループの攻撃範囲に入っています。出たところで撃ち落されるだけです。K-002のみ発進させることを提案します」と勇気を振り絞ったオペレータがそう提案する。
カオ司令は頷き、「K-002のみ発進させろ。目標はH点検通路に向かう敵搭載艇だ。H点検通路出口付近で待ち伏せさせろ」と命じた。
(敵の搭載艇を破壊すればスループは味方を見捨てざるを得なくなる。ならば破壊されないようにこちらの小型艇を攻撃してくるはずだ。そのタイミングを狙えば、P-331を無傷で発進させられる……)
<アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号・戦闘指揮所内>
一〇五〇
アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号の
潜入部隊の次席指揮官ニコール中尉のノイズ交じりの聞き辛い報告では候補生二人が向かったとあったが、経験の少ない候補生たちが遭難してしまったのではないかという不安がCIC内を支配し始めていた。
その時、情報ディスプレイにアウル1の識別表示信号が点滅し、すぐにコリングウッド候補生の声が聞こえてきた。
すぐに情報士のクイン中尉が応答するものの、敵小型艇を確認したという
彼女はその警告を聞き、すぐに状況を確認する。
敵の小型汎用艇が死角になったところから発進したようでアウル1に急速に接近していく様子がスクリーンに映っていた。
彼女はすぐに「アウルに敵小型艇接近中! ヤシマ製の汎用小型艇の改造型と思われます」と状況を報告するが、心の中では「早く救援に向かって!」と叫んでいた。
マイヤーズ艦長はアウル1から聞こえてくる候補生たちの会話を聞きながら冷静に命令を下していく。
「敵の通商破壊艦が出てくる可能性がある。ベースの監視を怠るな! ロートン大尉、主砲の連続使用の可能性があることを
CIC内は一瞬、訳が分からず、全員が艦長の方を振り向き、戦術士のオルガ・ロートン大尉ですら、復唱することを忘れていた。
艦長は、「ロートン! 復唱はどうした! 全員任務に集中しろ!」といつもよりも強い声音で命じた。
全員が各自のコンソールに向かうと、クイン中尉が、「アウルはどうされるおつもりですか! 潜入部隊が危険です!」と口に出していた。
「アウルは候補生たちに任せる。今、アウルを救いに行くと敵の通商破壊艦が無傷でベースから出てくる。この速度では無傷の敵と渡り合えない。さあ、任務に戻ってくれ」と冷たいとも言える口調で説明した後、黙ってメインスクリーンを見つめている。
マイヤーズ艦長は無理やり無表情な顔を作りながら、指揮官の孤独を味わっていた。
(冷血漢と思われても仕方がないな。だが、アウルを救いにいけば本艦が危険になる。任務が成功した今、できるだけリスクを減らすのが指揮官の務めだ……それに……あの候補生なら何とかしてくれるような気もしている……これだけは
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