第11話
<アルビオン軍ブラボー隊・パワープラント行き通路付近>
〇九二五
彼らは次の攻撃で全滅するだろうと悲観していた。だが、敵からの攻撃は数分前から止まり、通路は静けさを保っていた。
(どういうことかしら? デンゼル大尉の言っていた“敵を引き付ける”というのが成功したのかしら?)
ブラボー隊の指揮官ナディア・ニコール中尉はそう思っていたが、まだ敵が待ち構えているはずだと、ここから逃げ出したい衝動を無理やり抑えつける。
全員が息を潜めていると、“カツカツ”という硬い足音が聞こえてきた。
敵の大型レーザーが空けた穴を敵兵の影が
五秒後、一人の敵兵がゆっくりと入口を覗き込んだ。
「攻撃開始! 通路に向けてグレネード発射! ミラー、リード、付いてきなさい!」
ブラボー隊の六名は、中尉の命令と共に一斉に攻撃を開始した。不用意に顔を出した敵兵を撃ち殺した後、三発のグレネードを通路に向けて発射した。
通路に三回の爆発音が鳴り響く。
ニコール中尉はフレッド・ミラー一等兵とジェレミー・リード二等兵の二人を引き連れ、通路に飛び出していく。
彼女たちの前には数人の敵兵が倒れ、その後ろには立ちつくす五、六人の敵兵がいた。
彼らは思わぬ反撃と派手に鳴り響くグレネード弾の爆発に怯み、一瞬反撃が遅れた。
ニコール中尉たちは更に三人にダメージを与えると、二発のグレネードを奥に放っていく。グレネードの爆発により、更に敵は混乱し、我先にと後退していった。
ニコール中尉はこの隙を逃さず、危険なこのエリアから撤退することを即断した。
「全員、撤退! この隙に撤退する! ラングフォード候補生、先頭を行きなさい!」
彼女は二人の兵と共に
グレネードの爆発の直後、敵から数条の熱線が走る。
その攻撃を受け、リード二等兵が負傷するが、敵も再反撃を恐れ、それ以上追撃してこなかった。
ブラボー隊はBPX――監視装置を無効化する特殊塗料――により保安システムが無効化された通路を、負傷者を庇いながら脱出ルートに向け、必死に進んでいく。
<アルビオン軍アルファ隊・ドック内>
〇九三〇
アルファ隊はゾンファ軍の通商破壊艦P-331の巨大な
その赤い光が点滅するドック内では、破壊された機器の大小様々な破片や部品が飛び交い、混沌としている。真空かつ無重力なため、爆発のエネルギーを受けた破片は、壁やP-331の艦体にぶつかり、跳ね返った後も宙を漂い続け、更に壁などにぶつかり、ブラウン運動にも似た無秩序な混沌を作り上げていく。
「
デンゼル大尉は満足げに頷き、「了解。あとは撤退だけだな。クリフ、撤退するぞ!」と叫ぶ。だが、その直後、大尉の体が壊れた人形のように横に飛んでいった。
フォックスが大尉の体を支えると、
フォックスが左を見ると、ドックの反対側からハードシェルを着た多数の敵兵の姿があった。
「ミスター・コリングウッド! 敵兵です! た、大尉が撃たれました!」
クリフォード・コリングウッド候補生は、ブラスターのビームが頭上を掠めていく中、ライフルを構えたまま、「全員、遮へい物に退避! フォックス、大尉の状況を教えてくれ」と落ち着いた口調で命令する。
アルファ隊の兵士たちは、それぞれ手近な遮へい物に身を屈め、敵兵の攻撃から身を隠した。
「デンゼル大尉は意識不明……バイタルは……血圧低下……自動救命システム作動確認……心拍数安定。ハードシェル
一時の混乱から立ち直ったフォックスは冷静さを取り戻し、プロらしい口調で報告した。
クリフォードはデンゼル大尉の容態が安定していることに安堵するが、すぐに自分が指揮を執らなければならないことに気付き、戦慄する。
(僕が指揮を執るのか。初陣の半人前以下の僕が……でも、僕しかいない……)
彼はすぐに「フォックス、技術兵にも応戦させろ! バトラー、キーオン、二人で大尉をエアロックまで運べ!」と次々と指示を出していく。
クリフォードは命令を発しながらもブラスターライフルで味方の援護をするが、それ以上に敵兵からの攻撃が激しく、敵の接近速度が緩むことはなかった。
敵兵たちは手榴弾のような対人兵器を投げつけられたと思い、咄嗟に身を伏せ、遮へい物の陰に飛びこむ。爆発に身を固くしているが、数秒経っても爆発しない、このため、彼らは不発弾と判断し、再び接近し始めた。
クリフォードはジェンキンズの意図を理解し、敵の銃撃の中、身を乗り出してCX爆薬を狙撃する。
敵兵の周辺が真っ白な閃光に包まれた。兵たちは慌てて遮へい物に隠れるが、空気の無いドック内では直撃でもしない限り、ダメージは与えられない。それでも生存本能が勝り、反射的に隠れてしまったのだ。
その隙を突き、バトラー一等技術兵とキーオン二等技術兵は、意識を失ったデンゼル大尉の体を侵入に使ったエアロックに押し込んだ。
クリフォードたちも敵の混乱の隙を突いて、エアロック近くの大型コンテナの陰に逃げ込むことに成功していた。
「全員、各自の被害状況とグレネードの残数、ブラスターのエネルギー残量を報告してくれ。ジェンキンズ、CX爆薬の残量を確認してくれ」と静かに命令を出していく。
フォックスから順に報告が始まる。幸いなことにデンゼル大尉以外、負傷者はなく、ブラスターのエネルギーもまだ充分に残っていた。だが、切り札となるグレネードはあと五発、CX爆薬も四個しか残っていなかった。
(敵の数は三十人くらいか……ブラボー隊を後方から襲ったP-331の増援のようだ。これでブラボー隊が退却するまで時間を稼げるかな)
彼は全員に反撃を命じると共に、銃撃の手を緩めないまま、通信機のスイッチを入れる。ブラボー隊のニコール中尉に回線を繋ぎ、声が裏返らないよう注意しながら、中尉を呼び出す。
「こちら、アルファツー、ブラボーリーダー応答願います。アルファリーダーが負傷しました」
「こちらブラボーリーダー、アルファツー状況を報告しなさい」と通信機からニコール中尉の緊迫した声が聞こえてきた。
「アルファリーダーは意識不明。現在、指揮はアルファツーが代行中。ドック内の破壊はほぼ完了。撤退準備中です」
「判ったわ。ブラボー隊は潜入したエアロック横保守エリアまで撤退中よ。あと五分で到着できるはず。アルファ隊も準備完了次第、すぐに撤退しなさい」
彼女はクリフォードにそう命じるとすぐに通信を切った。
クリフォードは、撤退できるならすぐにでもしたいのだがと思いながら、撤退方法を考えていた。
「フォックス、我々が撤退する時にこのエアロックを爆破したい。さっきいた保守エリアから遠隔操作は可能か?」
フォックスは躊躇いも無く、「可能です」と短く答える。
クリフォードは敵に銃撃を加えながら、「このエアロックを破壊した場合、全エリアの緊急用シャッターは下りると思うか?」と掌帆手であるフォックスに確認する。
フォックスは銃撃が頭上を飛び交う中、プロらしい落ち着いた口調で報告する。
「推測になりますが、
クリフォードは小さく頷くと、「バトラーはエアロック破壊準備を、キーオンは大尉の撤退補助の準備を、他の者は敵を近づけさせるな!」と、最後にはブラスターライフルを撃ちながら叫んでいた。
二、三人に有効なダメージを与えたと思うが、敵は徐々に接近してくる。
(最終的に脱出する際には、このエアロックを破壊するとして、この状況からどうやって全員で逃げ出すかだな。敵の数はまだ減っていない。別の通路で回りこまれる前に脱出したいんだが……)
追撃をどう防ぐかで彼は悩むが、時間が貴重だとすぐに頭を切り替える。
「全員聞いてくれ! グレネードの残弾をすべて敵に撃ちこむ。その隙を利用してエアロックに退却、すぐにドック側扉を閉鎖し通路に退却する。私のカウントダウンでグレネードを撃ってくれ!」と早口で指示を出す。
そして、全員から了解の返事を待ってから、「五、四、三、二、一、発射!」と命じると、敵兵が集中している場所目掛けて五発の擲弾が放たれた。
数秒後、ほぼ同時にグレネード弾が爆発し、僅かにドックの床を揺らす。
爆発による破片が飛び交う中、クリフォードは最後まで援護射撃を行い、締まりつつある扉の隙間に体を滑り込ませた。
その直後、エアロックのドック側扉は完全に閉止された。アルファ隊はエアロックに退避することに成功した。
<ゾンファ軍P-331派遣部隊・ドック内>
〇九三五
ワン・リー艦長に率いられたP-331派遣部隊は、滅茶苦茶に破壊されたドックの設備を目の当たりにし、怒りにうち震えていた。
大型の整備機械が破壊され、自分たちの愛艦P-331の整備が行えなくなったことと、ここまで状況が悪化するまで対応できなかったクーロンベース司令部に対しての怒りだった。
ワンはアルファ隊が侵入したエアロックとは別の二ヶ所のエアロックからドック内に入っていく。
敵が破壊活動をしているため、飛び交う機械部品を避けながら、慎重に、だが素早く敵に近づいていった。
二方向から進んだため、遮へいから体が丸見えになっている敵兵がいた。彼はこの破壊活動を止めさせるため、やや遠い位置ではあるものの発砲を許可する。
数条のブラスターの光が敵兵に吸い込まれ、一条の光が脇腹に直撃すると、敵は真横に吹き飛んでいった。その直後、敵部隊が混乱する。
ワンは“人数は十人以下だな”と考えながら、敵が行っていた破壊活動を思い出す。
(爆薬を投げさせ狙撃する。口で言えば簡単だが、これだけの破壊を短時間で行うためにはかなり優秀な狙撃兵がいるのだろう。不用意に近づくと損害は馬鹿にならんな……)
彼は
(通路にいた敵兵の戦い方は
「チャン・ウェンテェン! 遮へい物を利用して敵に接近する。援護しろ!」
彼は甲板長に向かってそう叫ぶと、十名の部下を引き連れ、敵に接近していった。
敵からは闇雲に撃ち込まれるブラスターの光跡が、飛び交う破片に乱反射し、頭上を明るく照らしていく。
(うん? 三、四人しか撃ってこない。それも碌に照準も合わせていない乱射だ……さっきの男が狙撃兵だったのか?)
「敵は少ない! チャン、制圧射撃を! 敵の攻撃が緩んだら突っ込む!」
その命令を聞いたチャン・ウェンテェン甲板長は部下たちに指示を出していく。その直後、二十本近い光の矢が敵の隠れるコンテナなどに突き刺さる。その勢いに敵兵からの攻撃は緩んだ。
ワンはこの機会を生かすべく、一気に前進していった。
その時、飛び交う工作機器の破片の間をゆっくりとした速度で接近してくる物体を発見する。すぐに爆薬だと判断した彼は、「爆薬だ! 伏せろ!」と咄嗟に叫んでいた。
部下たちはその言葉に慌てて近くの遮へい物に飛び込み、体を伏せる。
心の中で三つほど数を数えたが爆発する気配がない。焦れた部下たちが再び立ち上がった時、真っ白な光が彼らの周りを埋め尽くしていく。数名が爆発の勢いで吹き飛ばされた金属片に晒されるが、硬質の外殻を持つ戦闘用装甲服に弾かれ、損害は無かった。
「ただの爆薬だ! 直撃されなければダメージはない! もう一度チャンスを見て接近する!」
ワンは敵の策略に嵌った自分に怒りを感じるが、冷静に部下たちに指示を出し、彼の部下たちもその言葉に応え、敵に攻撃を加えていく。
だが、敵は大型コンテナを盾にしており、有効なダメージを与えられない。
一方、味方は敵にいるたった一人の優秀な狙撃手のため、既に二人が戦闘不能に陥り、接近もできない状況に陥っていた。
彼はこれでは埒が明かないと、別働隊を後ろに回りこませることにした。
「チャン! 十名を率いて常用エアロックの反対側に回れ! 敵が引く時を狙って殲滅しろ!」
彼はそう叫びながら、頭の片隅で自分は私掠船乗りであって、陸戦隊ではないと自嘲気味に考えていた。
(防衛戦は専門外なんだがな。まあ、ここの保安部員たちよりマシだが、突撃する方が性に合っている……敵が引くタイミングで一度は攻勢があるはずだ。その後の敵の退却にあわせて突っ込むか……)
敵が引く時に状況を変えるため、何か手を打つはずだと考え、それを利用しようと思っていた。
元来、降伏した商船に乗り込んだり、破壊した輸送艦に乗り込んだりするのが、彼らの戦闘スタイルであり、このような基地内での攻防戦の経験はなく、なまじ味方の数が多いため、つい強引な方法を選びたくなってしまう。
そう考えていると、突然、敵の攻勢が弱くなった。
(次のタイミングで大掛かりな攻勢があるはず。それが収まったら突っ込むか……)
「すぐに敵の攻勢が始まるぞ! なあに撤退のための花火だ。そいつが収まったら俺に続け!」
彼の予想通り、すぐにグレネードらしき爆発物が複数撃ち込まれる。
五回の爆発音と共にドック内に飛び交う破片が更に数を増し、細かい破片が戦闘用防護服の外殻を叩いていく。
彼は攻勢が収まると判断し、「突撃!」と叫んで、敵に肉薄していく。
彼の後ろには部下たちが続くが、敵の狙撃兵はまだ残っているようで、更に一人の部下が負傷した。
その正確な銃撃により僅かに動きが鈍った隙を突いて、敵は常用エアロックに逃げ込んでしまった。
(逃げられたか……冷静で相当切れる奴がいるな。逃がすのは癪だが、まだ敵が外にいる。出て行ってくれるなら、それでも問題はないだろう……)
彼は敵が使った常用エアロックの通路側扉が開放されたという表示を見ながら、そう考えていた。
「チャン、そっちはどうだ?」と別働隊の甲板長に連絡を入れた。
甲板長から「まだ、エアロックを出たところです」という報告がすぐに入る。
「敵が常用エアロックから通路に出た。恐らく撤退するつもりだろう。
MCRのオペレータから状況報告と了解の声が聞こえるが、すぐに「何をしている艦長! すぐに追撃して全滅させろ! 敵を絶対に逃がすな!」という司令であるカオ・ルーリン准将の喚き声が被さってきた。
彼は何を感情的になっているんだと司令に対して怒りを覚えながら、「敵が逃げるなら放っておきましょう。外のスループ艦も味方を拾えば撤退するでしょう」と内心の怒りを抑え、努めて冷静な口調で司令に提案する。
だが、司令からは、「絶対に逃がすな! これは命令だ!」という甲高い命令が聞こえ、通信を切り忘れたのか、「どいつもこいつも無能な奴ばかりで……」という呟きが聞こえてくる。
ワンは通信を切り、「追撃命令だ! 俺たちは常用エアロックから追うぞ! チャン・ウェンテェンと挟み撃ちにすればすぐに片付く。気合を入れろ!」と部下たちに命じていった。
<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制御室内>
〇九三〇
クーロンベース司令、カオ・ルーリン准将は集まらない情報に不満を爆発させていた。
「
通路にあるセンサー類はアルビオン軍の潜入部隊により、ほとんどが無効化されていた。
PP行き通路ではブラボー隊の反攻により派遣した部隊の指揮官が負傷し、指揮命令系統に混乱が生じていた。
ドック内については、機器の状況を監視するはずの制御装置まで破壊され、更に多数の機器が同時に破壊されたことから、MCRの遠隔監視ディスプレイの当該機器の状態表示は
唯一、通商破壊艦P-331の状況のみ、損傷なしとの連絡を受けていた。
「P-331は損傷なし! 但し、残燃料は三〇%を切っているとのことです!」
「ドック内は遠隔監視装置が破壊され状況把握は不可能。現在監視カメラにて状況把握中です」
「PP通路は敵の反撃を受け、PP側に一時退却した模様。指揮命令系の回復後、再度状況を確認します」
次々と情報は上がってくるが、カオの欲しい情報は上がってこない。
更に苛立ちを募らせていると、オペレータの一人がワンと話しているのに気付く。
「常用エアロックの状況を教えてくれ!」という艦長の声に、オペレータは「常用エアロックドック側扉閉止……通路側手動開放状態です。MCRからの遠隔操作はシステム強制リセットと立ち上げに時間が掛かります。ええ……五分ほどお待ちください……」と言ったところでカオ司令は通話に割り込む。
「何をしている艦長! すぐに追撃して全滅させろ! 敵を絶対に逃がすな!」
それに対して、ワン艦長の冷静な声が返ってきた。
だが、感情的になっているカオは「絶対に逃がすな! これは命令だ!」という命令を下した。
彼は「どいつもこいつも無能な奴ばかりで使えん! 敵を逃がせば私の面子が立たなんじゃないか! クソッ!……」と呟いていた。
彼の通話はMCR内のオペレータたちにも流れており、彼らは自分たちの上司に冷たい視線を向けていた。
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