第10話

 宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間〇八時三〇分


<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制御室内>


 〇八三〇

 ゾンファ共和国T方面作戦司令部であるクーロンベースの主制御室MCR内に激しい警報音アラームホーンが鳴り響く。


 オペレータが「H点検通路減圧! 常用エアロック故障! H点検通路監視システム全停ブラックアウト! 原因不明、調査します!」と警報音に負けじと大声で叫ぶ。

 その報告にクーロンベース司令カオ・ルーリン准将が「流れ弾か? 工程管理者、Hブロックでの作業予定は?」と緊迫感に欠けた声で担当者に確認すると、「作業予定はありません。Hブロックの先は二時間前に損傷が確認されており、敵の攻撃が止むまで損傷は放置しております」という答えが返ってきた。

 カオ司令は保安長に対し、「Hブロックの状況を確認させろ。敵の強襲部隊の可能性がある。念のため武装させておけ」と命じた。

「了解しました」と保安長が答え、すぐに保安要員と技術者に指示を出して行く。


(工事途中だからな。また、故障か……攻撃のタイミングで故障しなくてもいいものを……)


 カオはそんなことを考えながら、未だ続く敵スループ艦からの攻撃を眺めていた。


(それにしてもしつこい。無駄だということが判らないのか? ふっふっ、豆鉄砲では効かないと教えてやりたいくらいだ……)



 〇八四〇

 突然、侵入者防護警報――フィジカルプロテクションアラームが鳴り響く。

 カオは指揮官シートから立ち上がり、「状況を報告しろ! 何をやっているか!」と怒鳴る。

 保安長は、「Hブロックから正体不明の武装集団約二十名が侵入。Hブロックに派遣した兵が現在交戦中です!」と叫ぶ。

 カオは怒りを滲ませた声で、「何だと!」と叫ぶと、


「保安システムはなぜ作動していない! システム責任者は直ちに原因を究明しろ! クソッ、何から何まで私が言わなければいけないのか! 自分の判断で直ちに行動し、正確な情報を報告しろ!」


 額に青筋を立て、金切り声でMCRの部下たちに当り散らしていた。


「Hブロック派遣者からの連絡途絶! 全滅した模様!」


 カオは保安長のその言葉に再び怒りを露にしながら、「ワン艦長を呼び出せ!」と命じた。すぐにスクリーンに通商破壊艦の艦長ワン・リーが姿を現す。

 彼はすでに戦闘用装甲服を身に着けており、肩には無骨なアサルトライフルを担いでいた。


「君の言っていた通り、敵が侵入してきた。こちらの保安責任者が無能で困っているよ。済まないが指揮を頼みたい」とそれまでの金切り声とは打って変わって鷹揚に応対する。

 ワンは「了解しました。それではMCRとPPに十五名ずつ付けます。そちらはシステム防御をお願いします」と言ってすぐに通信が切られる。

 カオは未だ完全に冷静さを取り戻してはいなかったが、システムのプロテクトと非戦闘員の退避を命じ、シートに深々と座り込んだ。



 ワンはカオ司令からの命令を受け、“最初から俺に任せておけばいいものを!”と心の中で罵った後、P-331の部下たちに命令を出していく。

 副長であるグァン・フェンに向き直ると、


「俺が戻るまでここの指揮を頼む。チャン、三十名の部下と共に俺について来い。クーロンのパワープラントエリアに向かうぞ!」と言って、指示を出した二人の返事を待つことなく、戦闘指揮所から飛び出していった。


 甲板長のチャン・ウェンテェンはすぐに艦長を追いかけ、残されたグァン副長は肩を竦めながら、“自ら出なくても、自分に任せてくれればいいのに”と考えていた。



<ゾンファ軍通商破壊艦P-331派遣部隊・パワープラント行き通路>


 〇九〇〇

 ワン艦長に率いられた三十名の重武装の兵たちは、パワープラントPP行きメイン通路に到着した。前方では先に送り込んだP-331の兵十五名が足止めをしており、保安システムが復旧したのか、自動迎撃システムのレーザーも敵の装甲服に命中し、白い閃光を弾けさせていた。


「よし、ここで挟み撃ちにするぞ! どうせ造りかけの拠点ベースだ。少々吹き飛ばしても構わん! 壁ごとぶち抜いてしまえ!」と車載用と思われるほどの大型高出力レーザー砲の使用を許可した。

 レーザーにより敵兵士の上半身が蒸発すると、「こりゃ、オーバーキルもいいところだな。まあいい。重要設備にさえ当てなければ、気にする必要は無いぞ!」と努めて陽気な声で部下たちを鼓舞する。

 だが、彼の心中はそれほど楽観的なわけでもなく、敵の意図を計りかねている。


(本当にこいつらだけなのか? PPを狙うのはいい。最初の遭難船の積荷を調べればヤシマ製のPPシステムだと判るからな。本体でなくともエネルギー伝送系を破壊するだけでも目的は達せられる。しかし、どうも気になる……)


 彼は目の前の敵兵たちが陽動ではないかと疑っていた。カオ司令の言葉ではないが、敵スループの人員数、搭載艇の能力から考えて、二十名程度が限界だろうから、全数と見てもおかしくは無い。更に保安システムが回復してからも新たな敵発見の報告が無いことから、考えすぎかもしれないと思い始めていた。



 十月二十三日 標準時間〇九時一〇分


<アルビオン軍潜入部隊アルファ隊・ドック制御室>


 〇九一〇

 アルビオン軍潜入部隊アルファ隊の指揮官ブランドン・デンゼル大尉は、ドックの爆破準備を部下たちに任せ、陽動を行っているブラボー隊の状況を確認しようとしていた。


「ブラボー隊に連絡する。何かあればすぐ教えてくれ」とガイ・フォックス三等兵曹に言った後、ブラボー隊指揮官ナディア・ニコール中尉を呼び出す。


「こちらアルファリーダー、ブラボーリーダー応答せよ。ブラボーリーダー状況を報告せよ」


 すぐに通信機からニコール中尉の報告が返ってきた。その声は普段は間延びするようなしゃべり方ではなく、焦りを含んだ早口の報告だった。


「こちらブラボーリーダー! 現在PP行き通路で敵の挟撃にあっています。特に後方から来た部隊が強力です! 現在、通路脇の倉庫に立て篭もっています!」とニコール中尉の焦りの混じった声と激しい爆発音が聞こえてくる。

 デンゼル大尉は報告以上に危険な状況だと感じ、「ナディア! どのくらいもたせられる」と小声で確認する。

「分かりません! 敵は三十人以上です! 既にこちらは六名戦死、二名負傷しました。何とかグレネードで抑えていますが、二十分、いえ、十分が限界です! 嗚呼! また一人戦闘不能……できるだけ早く支援を!」と叫んだ後、小声で「敵が多すぎます。大尉たちだけでも脱出して下さい」と付け加えてきた。


 彼は一瞬言葉に詰まるが、「諦めるな! 何か考えてみる!」と鋭く言った後にもう一度、「諦めるな」と付け加えた。


 通信を切り、クリフォード・コリングウッド候補生たちの作業状況を確認する。


「爆薬の設置状況は?」とクリフォードに確認すると、「通常空間航行用機関NSD調整設備と超光速航行機関FTLD調整設備は制御装置の破壊準備が完了、大型マニピュレータと自動溶接機の制御装置は三十%完了、あと十分くらいで終わりそうです」という答えが返ってきた。


 デンゼル大尉はクリフォードだけに、「ブラボー隊が拙い状況になっている。通商破壊艦からの応援部隊に挟撃されているようだ。もって二十分だ……」と言った。

 クリフォードは感情を押し殺した声で「この後はどうしますか? ブラボー隊は?」と確認する。

 デンゼル大尉は、周りに聞こえないようクリフォードだけに「この状況ではブラボー隊は諦めるしかない」と言った後、「何も思いつかない……」と呟いていた。


 クリフォード・コリングウッド候補生は、反撃があることは予想していたが、これほど迅速に、そして強力な反撃があるとは思っていなかった。

 自らの策で味方が窮地に陥っていることに彼は自責の念を感じ、奥歯をぎしりとかみ締める。


(何か方法は! 冷静になって考えるんだ。敵の数は? 通路の状況は? 敵は何を考えている?……)


 数秒考えたあと、彼は冷静な口調を保つことに注意しながら、「大尉、ブラボー隊を救う方法を考えました」という彼の言葉にデンゼル大尉は頷き、先を促す。


「ブラボー隊が危機的な状況なのは後方からの増援が原因です。増援は通商破壊艦から派遣された部隊と思われますから、この部隊を引き上げさせれば脱出の可能性は出てくると思われます……」


 彼の考えは、P-331から派遣された部隊を引き上げさせれば、ブラボー隊は退路が確保できる。更に前方にいる敵はPPを守るため、追撃をかけにくいことから、うまく動けば脱出できる可能性がある。

 派遣された部隊を引き上げさせるためには、P-331に直接的な危機が迫っていると認識させることと、P-331から追加の増援が出せない状況にすることが必要になる。

 P-331から追加増援を出させないためにはドック内での破壊活動を断続的に継続させ、P-331のハッチを開けると危険な状況と認識させればいい。

 こうしておけば、ブラボー隊の他に別働隊がいることが判るため、派遣された部隊が引き上げざるを得ない。

 ドック内は無重力状態になっており、また、火災防護と酸素の節約の観点から真空状態になっている。

 この状況を利用し、まず、ドック内で大きな機械を破壊、その後、時間差を付けて、その他の機器類を破壊していけば、破片が飛び散り、P-331は自らの損傷を避ける意味からエアロックを容易に開けることができず、増援は出てこられない。

 その後も時間差を付けて破壊活動を繰り返せば、ブラボー隊への圧力は減るはずで、アルファ隊は退路を確保しつつ、派遣部隊に攻撃を掛け、ブラボー隊が脱出した後に脱出する。その際、使った退路を破壊して追撃を受けないようにすればいい。


 問題点は今回の作戦ではドック内に入ることなく、制御装置を中心に破壊する予定であったが、この作戦変更案ではドック内の機器を直接破壊する必要があることだ。

 ドック内のセキュリティシステムはまだ生きている状態で、侵入すればすぐに気付かれてしまう。このため、機器を破壊するための爆薬設置の時間が無い。

 クリフォードはドック内侵入後に爆薬を投げつけてもらい、ブラスターライフルで狙撃することにより、爆発させることを提案した。


 デンゼル大尉が「しかし、それでは確実性にかけるのではないか?」


いいえ、大尉ノー・サー。大丈夫です。私が狙撃し、確実に爆発させます」とクリフォードが僅かに上気した顔で自信有り気に答えるが、内心はそれほど余裕があるわけではなかった。


 彼の考えを聞いたデンゼル大尉は、「了解した。クリフ、ジェンキンズに今の話をして早急に準備をしてくれ。私はニコール中尉に連絡する」と言って、ブラボー隊に通信を始めた。

 クリフォードはジェンキンズ兵曹ら技術兵に簡単に説明していく。

 ジェンキンズは、一瞬驚いた表情を見せるものの、「了解しました。ガイ、どこに投げたら一番効果的?」と、すぐに艤装に詳しい掌帆手、ガイ・フォックス三等兵曹と目標について検討を始めていた。



 〇九二〇

 クリフォードは、ジェンキンズ三等兵曹とフォックス三等兵曹とで手順を協議していく。そして、アルファ隊の技術兵たちにCX爆薬と持たせ、目標を指定すると共に手順を指示していった。

 彼は技術兵たちが理解したことを確認し、「準備完了です。いつでもいけます」と、すべての準備が完了したことをデンゼル大尉に報告した。

 デンゼル大尉は静かに「突入開始」と命令を下す。

 ドック行きのエアロックを手動操作し、ドック側の扉を開放した。八名のアルファ隊員がドック内に侵入する。

 有重力から無重力に切り替わる吐き気を伴う感覚を感じた後、彼らは遮へい物になりそうな固定された大型コンテナの陰に隠れる。そして、デンゼル大尉の命令に従い、CX爆薬を次々と投げていく。

 クリフォードはブラスターライフルを構えながら、自らを落ち着かせるようとしていた。


(落ち着け! 訓練を思い出せ。百m先でも楽に当てられたんだ。できる。自信を持て!)


 彼がそう考えながら、飛び去っていくCX爆薬を凝視していた。最初の攻撃目標である大型マニピュレータにCX爆薬が変形しながら一瞬張り付いた。

 目標は五十m先の直径二十cmほどの樹脂の塊。

 彼は爆薬を爆発させるべく、ブラスターライフルの引き金を引いた。

 煌くような白い可視光がマニピュレータに吸い込まれると、眩い閃光が辺りを照らす。 

 すぐにドーンと突き上げるような衝撃が床を走るが、さすがに大型のマニピュレータは一回の爆発では破壊できなかった。

 既に投げられていた次のCX爆薬がマニピュレータの固定部付近に張り付いた。クリフォードはその爆薬にも一発で当て、再び床に衝撃が走った。

 フォックス兵曹が「よし!」と言っている声が聞こえ、前方を見ると二十mはあろうかという大型マニピュレータが根元から千切れ、宙を漂っていくのが見えた。


 その巨大な機械の腕はドックの中央に鎮座するP-331に向かって飛んでいく。

 クリフォードは次の目標である多数の腕が付いた自動溶接機に視線を固定する。

 三つのCX爆薬が溶接機に飛んでいく。三つ目の爆薬が張り付いた瞬間を狙い、正確な三連射でほぼ同時に爆発させていく。


(士官学校の射撃の成績通りだな。五万人の候補生の中でトップスリーに入る腕前というのは本当らしい。しかし、この状況であの冷静さはどういうことだ? クリフの奴はこういう“危機的状況崖っぷち”に来ると“切れ味エッジ”が鋭くなるのか……正に“クリフ・エッジ”だな)


 デンゼル大尉は周囲を警戒しながら、頭の片隅でそんなことを考えていた。



<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制御室内>


 〇九一五

 クーロンベースの主制御室MCRでは、敵の潜入部隊を殲滅できそうだという楽観的な空気に支配されつつあった。

 司令のカオ・ルーリン准将は、P-331のワン・リー艦長の率いる部隊が施設の損害を無視していることが気になり、ワン艦長を呼び出す。


「艦長、施設を壊さないように敵を倒すことができないのか。敵ではなく艦長にこのクーロンが落とされそうだよ」と厭味を言いながら、「艦長、施設に損害を与えることを禁ずる。これは命令だ」と言って、返事が戻ってくる前に通信を切る。


(何を考えているのだ! いくら重要機器が無いとはいえ、補給が難しい“外地”なんだぞ、ここは! これだから戦うだけしか能がない士官は困る……)


 彼の中では、既に敵の潜入部隊は殲滅できており、また、スループ艦の攻撃は実害が無いため、考慮する必要が無い事項と分類されていた。



 パワープラントPP行き通路で戦っているワン艦長は突然の通信に困惑し、回答する間もなく切られたことに苛立つ。


(施設を壊すなだと! 現場も見ずに椅子にふんぞり返って偉そうに言いやがって……)


 しかし、上官からの命令でもあり、無視するわけにもいかず、「司令が施設を壊すなと言っている。大型レーザーは使うな」と渋々といった感じで指示を出していった。



 〇九二〇

 MCRでは全員がPP行き通路での戦闘の状況と、外からのスループ艦からの攻撃に気を取られていた。

 そんな中、オペレータの一人がドック行きのエアロックが手動で開放されたことに気付く。そして、作業担当者にドックに誰か向かったか確認している。


 そのやりとりを聞いたカオ司令は、「何をコソコソ話している! 疑問点があればすぐに報告しろ!」と不機嫌そうに怒鳴る。

 オペレータが「ドック行きのエアロックが手動で開放されました。作業者の……」と言ったところで、遠くでドーンという低い音が聞こえ、MCRの床が微かに振動した。

 誰もがPP行き通路の戦闘で新たな事態が起こったのかとスクリーンを確認するが、大きな変化は無い。


 MCRに新たな警報音が鳴り響き、オペレータの一人が自らのコンソールを覗き込みながら、「ドック内で爆発確認! 一号マニピュレータ損傷! 爆発は断続的に継続中!」と叫ぶ。

 カオは、「状況を、もっと詳しい情報は無いのか! さっさと判断できる情報を報告しないか!」と再び金切り声を上げ始めた。


 MCRにいる整備作業担当者が「作業者は全員ドックから退出済みです」という報告があるが、カオは一瞥するだけで特に何も言わない。ただ、自分が命じたにもかかわらず、タイミングを逸した報告をあげてきた担当者を心の中で罵っていた。


(破壊工作に決まっているだろう! タイミングを外した情報など何の価値も無いことが分からないのか!)


 彼はPP行き通路で指揮を執っているワンを呼び出し、「ドック内に別働隊が侵入したようだ。そこはもういいから、ドックへ向かえ」と命じた。

 ワンが「了解」と答えたのを聞くと、すぐに通信を切った。


 そして、「まだ情報は集まらないのか! P-331の状況は! 設備の損傷状況、敵の人数、爆発物の種類……報告すべき事項は山ほどあるんだぞ! 早くしろ!」と再び、喚き始める。

 MCR要員たちは命令を実行するため、目の前のコンソールに向かうが、彼に背を向けた瞬間に辟易とした表情になる。

 彼らはカオの態度に腹を立て、指揮能力にも疑問を持つが、自分たちが生き残るため、自らに与えられた仕事に没頭していった。



<ゾンファ軍通商破壊艦P-331派遣部隊・パワープラント行き通路>


 〇九二〇

 PP行き通路でブラボー隊を追い詰めていくワン艦長にカオ司令からの通信が入った。


「ドック内に別働隊が侵入したようだ。そこはもういいから、ドックへ向かえ」というカオ司令の言葉にやはり別働隊がいたかと考え、追加情報を求めようと思ったが、青筋を立て余裕のなくなった司令からまともな情報が与えられるとは思えず、短く了解とだけ伝える。

 カオが彼の言葉を最後まで聞かずに通信を切ると、彼の表情は苦々しいものに変わっていく。


(これだから前線での経験の無い“参謀”は始末に負えない。現地の状況を把握した上で戦力を動かさないと後でしっぺ返しが来ることすら分からないようだ……)


 彼はすぐに表情を元に戻し、部下たちにドックに戻ることを命じた。


「ドックに別働隊だ。ここの敵は先発の連中に任すぞ。最後に盛大に撃ち込んでおけ。ああ、大型レーザーもついでに撃ち込んでいい」


 彼の命令で敵が隠れている倉庫に大型レーザーが数回撃ち込まれ、他の部下たちからの激しい銃撃も加わっていく。

 倉庫の入口は元の形が判らないほど変形し、反撃は一切無くなった。

 それを確認したワンは、最短距離にあるエアロックに向かって三十名の部下たちと走り始めた。



<アルビオン軍潜入部隊ブラボー隊・パワープラント行き通路>


 〇九一五

 PP行きメイン通路から少し奥まったところにある倉庫では、ニコール中尉率いるブラボー隊が必死に防戦していた。

 既に7名が戦死、三名が負傷しているため、戦闘に耐えられるのは、彼女を含め七名に減っていた。

 幸い、大型レーザーの使用が止み、狭い通路に入っての防戦であったため、この程度の損害で済んでいるが、ちょっとしたきっかけでも均衡が崩れる状態が続いている。


(兵たちの士気も最悪ね。元気なのはラングフォードくらい……大尉たちは脱出できるかしら?)


 彼女は既に自分たちが生還できると思っていなかった。

 ここに至っては、アルファ隊の脱出を支援することしかやることが無いと思っている。

 その時、デンゼル大尉からの連絡が入る。


「ブラボーリーダー、こちらアルファリーダー。聞こえるか」とデンゼル大尉のやや早口な声が聞こえてきた。


「こちらブラボーリーダー。どうしま……」と、彼女が答えようとした時、デンゼル大尉の声が被ってきた。


「今からドックへの攻撃を行い、敵の主力を引き付ける……何とか脱出の機会を窺ってくれ」と伝えてきた。

 彼女は「了解」と短く答え、「大尉が何かやってくれるそうよ。まだ望みはあるわ」と、惰性で攻撃している部下たちを励ます。


(ドックを攻撃するのは予定通りだけど、どうやって敵の主力を引き付けるのかしら?)


 彼女はデンゼル大尉の考えが理解できなかったが、議論している暇は無いと考え、チャンスを伺うことにした。



 〇九二〇

 ブラボー隊の逃げ込んだ倉庫の壁がビリビリと揺れている。自分たちが撃っているグレネードの衝撃ではなく、もっと大きな爆発によりベース全体が揺さぶられている感じだ。


(アルファ隊の攻撃ね。これで敵の攻勢が弱くなってくれれば、まだ脱出の目はあるんだけど……)


 ニコール中尉はそう考えながら、「アルファ隊がドックを爆破したわ。敵が混乱するかもしれないから、全員、移動の準備を。ミスター・ラングフォード、負傷者の移動は可能かしら?」


「ハードシェルの損傷は応急処置済みです。一名は補助なしで行動可能、二名は補助が必要です」


「判ったわ。移動の準備を頼んだわよ」


 彼女がそう言った瞬間、倉庫の入口が発光し、急速に熱せられた空気が爆発的に倉庫内を駆け巡る。

 通路側を見ると、入口横の壁が赤く溶け出し、敵の大型レーザーが再び使用され始めたようだ。


「全員、奥へ! 今の攻撃の損害を報告して!」とニコール中尉が叫ぶ。


「ランサムがやられました! もう駄目だ……!」と誰かが叫んでいる。


 彼女は、「リード二等兵、落ち着きなさい! すぐに後ろに下がって!」と声を張り上げていた。十秒ほどその激しい攻撃が続いたかと思うと、突然攻撃が止んだ。


 彼女は全員に動かないよう手で合図し、入口に向けてブラスターを構える。


 五秒、十秒と時間が過ぎるが、次の攻撃は無い。

 だが、彼女は息を潜めていることを部下たちに再度指示を出した。

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