第6話

 ブルーベル34号が第二惑星の陰で反転してから、二十四時間が過ぎた。

 敵の通商破壊艦“神戸丸”は未だベースに入らず、時折針路を変えながら、トリビューン星系の暗赤色の恒星に照らされる小惑星帯の中を悠然と航行している。


 更に四時間が過ぎ、デイジー27号が破壊されてから、四十時間を過ぎた時、遂に神戸丸の動きに変化が見えた。


 情報士のフィラーナ・クイン中尉は部下の索敵員から神戸丸が減速し始め、小惑星の一つに向かうようだとの報告受ける。

 彼女はその情報を確認すると、直ちに当直責任者である戦術士のオルガ・ロートン大尉に「大尉、神戸丸が減速を始めました。現在の動きから、AIの予測では小惑星AZ-258877に向かう可能性が最も高いとのことです」と状況を報告した。

 ロートン大尉は「了解した。艦長に報告するわ」と言って、艦長室に回線を繋ぐ。


戦闘指揮所CICのロートンです。敵に動きが現れました」とやや興奮気味に報告するロートン大尉に対し、艦長のエルマー・マイヤーズ少佐は「了解した。すぐにそちらに向かう。副長ナンバーワン航法長マスターにもCICに向かうよう連絡を入れてくれ」と言って、彼は通信を切った。


 三分後、CICに艦長、副長、航法長、戦術士、情報士が集まり、神戸丸の動向を注視している。

 副長のアナベラ・グレシャム大尉は、クイン中尉に「欺瞞行動の可能性は?」と聞く。

 クイン中尉は「巧みに変針していますが、AIの予測ではAZ-258877に向かう可能性は九十%以上、目的地到着時刻は四時間後が現状の最確値になります。但し、AZ-258877に向かうこと自体が欺瞞の可能性は否定できません」と答える。


 ロートン大尉は「このタイミングで欺瞞行動を取る理由が判らないわ。こちらを発見しているのなら、もっとギリギリのタイミングを計ったほうがいいはず……」と呟く。

 艦長は航法長のブランドン・デンゼル大尉に「ブランドン、君はどう思う?」と意見を求める。

 デンゼル大尉は少し考えた後、「AZ-258877に向かうことは間違いないでしょう。根拠はありませんが、エネルギー消費をかなり抑えた機動をしているように見えますね」と艦長の問いに答える。

 艦長はクイン中尉に向かって、「AZ-258877の詳細情報を整理してくれ」と指示した後、集まった副長たちを解散させ、自らも艦長室に戻っていった。


 小惑星AZ-258877は長方向約二十五km、短方向約十kmのピーナッツのような形状をしている。

 表面スペクトル解析によれば、珪素系鉱物と鉄系鉱物の混合岩石で構成され、総質量は約十二兆トン。短方向を恒星に向ける形で浮かんでおり、自転はほとんどしていない。


 神戸丸は減速から四時間二十分後、AZ-258877の夜側――恒星の反対側――に入った。その後、ブルーベル34号のセンサー類では検知することができなくなった。


 マイヤーズ艦長は士官集会室ワードルームに当直士官であるロートン大尉を除く士官全員と主計長を除く准士官全員を集めた。

 彼は指揮官らしい毅然とした態度で、これからの行動について説明を始めた。


「神戸丸は小惑星AZ-258877の陰に入り、既に一時間が経った。我が艦のセンサーは神戸丸を見失った」と、ここで言葉を切り、全員を見回す。


「私はこの小惑星に敵の拠点ベースがあると判断した。このベースと神戸丸を破壊、若しくは無力化するため、攻撃を掛けることを決めた。攻撃方法について、諸君らの意見を聞きたい」


 慣例通り、副長であるグレシャム大尉が口火を切る。


「この速度では接近までにまだ二十四時間以上掛かります。速度を上げて接近し、遠距離からの攻撃に期待するのが最も安全な策でしょう」


 それに対し、デンゼル大尉が、「加速すればその分発見されやすくなる。〇・二光速に上げても五時間以上掛かることを考えれば、出来るだけ発見されないように接近した方がいいのではないか」と反対意見を述べる。

 更に「こちら側からは敵の拠点の規模が判りません。一旦、通り過ぎ、反対側から観測する必要があるのではないでしょうか」と付け加えた。

 マイヤーズ艦長は、「反対側に回りこむことについては私も賛成だ」と頷く。「だが、あまり時間をかけることも避けたいと考えている」と付け加える。

 クイン中尉が「敵の拠点の位置を確認後、キャメロットに帰還するという選択肢はないのでしょうか」と艦長に尋ねる。


「それは考えていない。拠点の位置が判明したとしても彼らに行動の自由を与える時間の長さに変わりは無い。前にも言ったとおり敵を無力化する必要性については状況に変化は無い」と彼女の提案を退けた。


「前にコリングウッド候補生が提案した強襲作戦について、どうお考えですか」と最年少のナディア・ニコール中尉が質問した。


「選択肢の一つだと考えているが、代償が大きすぎる。他の選択肢を優先したいと考えている」


 掌砲長のグロリア・グレン兵曹長が挙手をして発言を求めた。艦長は頷くことで発言を許可すると、彼女は立ち上がり、


「ブルーベルは砲艦ではありません。彼女・・の兵装では小惑星どころか敵艦にもダメージが通りませんが」


 それに対し、艦長は「掌砲長ガナーの言うとおりだ。ブルーベルの兵装では想定されるベースのスクリーンを貫くことはできないだろう。チャンスがあるとすればベースを出入りする瞬間だけだろう」と答える。


 機関長のデリック・トンプソン大尉が「リバプールワンだったかな。それで運ばれたパワープラントだけなら、チャンスはある」と話し始めた。

 全員が機関長の方を見つめる。

「あのヤシマ製のパワープラントPPは民生用だった。民生用はコストを下げるため、ふねのようなツインシステムにはしていないんだ。最もヤシマ製は信頼度が異常に高いから、シングルでも問題ないんだろう。だが、過負荷状態になったときはツインシステムの方が頑健ロバストだからな」と呟いていた。

 艦長は「機関長チーフ、そのPPを過負荷にさせるのにどの程度の攻撃が必要か判るか」と質問する。


「あの質量-熱量変換装置MECのスペックだとブルーベルうちリアクターかまが燃え尽きるくらい連続で攻撃しても無理でしょうな。ブルーベルで岩でも引っ張ってぶつければ過負荷にできるかもしれませんが」と答えた。


アウル搭載艇のリアクターを暴走オーバーロードさせるのは駄目ですか」と掌帆長のトバイアス・ダットン上級兵曹長が提案する。


「ああ、アウルこうもりのリアクターをオーバーロードさせた上で攻撃を加えれば、何とかなるかも知れんな」とトンプソン大尉が答える。


 デンゼル大尉が首を横に振りながら、「無理だな」と一言、言った後、「掌帆長ボースンの案だと、アウルを自動操縦で突っ込ませる必要があるが、アウルの防御力なら、小型の搭載艇の兵装で充分に破壊できる。小型艇の発進口はスクリーンと別に作るだろうから、ベースにたどり着くこと自体が難しい」と否定した。


 マイヤーズ艦長はそれまでのやりとりを聞き、「どうやら外から破壊することは難しいようだな」と小さく言った後、機関長、掌帆長、掌砲長に向かって、


「内部から破壊するとして、どうやって潜入するか。内部構造が不明だが、どの機器を狙うかを考えて欲しい。想定する防衛システムはゾンファ製とヤシマ製の両方で考えて欲しい」


 そして、デンゼル大尉に向かい、「ブランドン、君に別働隊の指揮を執ってもらう。機関長チーフたちの意見を参考に四時間後、一四〇〇(午後二時)に素案を出してくれ」と言って立ち上がる。


了解しました、艦長アイ・アイ・サー。一四〇〇までに潜入作戦の素案を提出します」と復唱した後、敬礼する。


 全員が立ち上がると、艦長は「これにて解散する」と言った後、ワードルームを後にした。

 副長のグレシャム大尉は何か言いたそうだったが、黙ったまま、艦長を追いかけていく。

 彼女は艦長と二人だけになったことを確認し、「デンゼル大尉でよかったのですか? 私かロートン大尉の方が適任だと思いますが」と別働隊の指揮官について、意見を具申する。


「確かにオルガの方が向いているんだろうが、今回はブランドンの方が無事に帰還してくれそうな気がするんだ」と自信無げにそう言った後、「副長の君は駄目だ。判っているだろう?」と微笑む。


 彼女も「判っています」と笑いながら答え、すぐに表情を引き締め「もう一人の士官は誰をお考えですか?」と尋ねる。


 彼は「ニコール中尉を考えている。候補生二人のいずれかくらいか……」と考えながら呟く。それに対し、「ニコール中尉はともかく、候補生は足手纏いでは?」と疑問を呈してきた。


「コリングウッドを付けようかと考えているんだ。士官学校の成績だけなら、彼の射撃の腕は本艦一だ。それに現場で何かやってくれそうな、そんな予感もする……」


「それでしたら、ラングフォードも行かせるべきです。先任候補生が残されるのでは彼も納得いかないでしょう。言っては悪いですが、候補生二人はふねに残っても残っていなくても影響ないですから」


 彼は「そうだな」と答えた後、「ブランドンが来るまで少し休む」と言って艦長室に入っていった。

 残されたグレシャム副長は、掌帆長とアウルの整備状況を確認することにし、Fデッキに向かっていった。



 ブランドン・デンゼル大尉は機関長たち技術兵の意見を聞き、スクリーン外のセンサー用ケーブルからシステムに侵入する案を採用することにした。

 彼の作戦案の概要は、ブルーベルの攻撃でスクリーン外、特に恒星側のセンサーを破壊する。アウルは本艦がベースの入口側に回りこむ前に切り離し、慣性航行で小惑星に接近する。

 ベース入口側の情報と最終の作戦案は高集束レーザー通信でアウルに送り、別働隊はその指示に従って行動を開始する。

 小惑星の恒星側に死角となる窪みがあり、そこにアウルを隠し、小惑星上を人員のみで走破する。距離は直線距離で約十km。重力が無いに等しい小惑星であるので、ジェットパックを使えば一時間も掛からずに接近できる。スクリーンの外側に到着後は、ブルーベルからの事前情報を頼りにセンサーの残骸を探す。

 センサー用のケーブルからシステムに侵入し、出入口を見つけ、敵ベースに潜入する。

 通商破壊艦の行動に制限を加えられるベースの動力源、制御装置、燃料貯蔵庫、整備用機械、防御スクリーンなどから目標を選定し、破壊活動を実施。その後、ベース外に撤退、アウルに乗り込みブルーベルに帰還する。

 想定している人員は二十五名。士官二名と技術兵十名、その他は艦内でも接近戦を得意とする者を選抜する予定だ。

 更に彼はこの作戦が失敗したときのため、できるだけ艦の運営に影響が出ないような人員を選ぶつもりでいた。


(候補生を連れて行くのは止めておいた方がいいな)


 彼はこの危険な任務に経験の少ない候補生を加えないでおこうと考えていた。


(経験云々を言い出したら、この艦の人間は全員未経験なんだよな……)


 以前、ロートン大尉が指摘したように敵基地への潜入作戦など第三次アルビオン-ゾンファ戦争終戦以降、一度も行われていない。

 戦争中も宙兵隊による強襲揚陸作戦が何度か行われただけで、小型艦による奇襲作戦が行われたのは数十年前のスヴァローグとの紛争時が最後だったはずだ。


(歴史に名を残すのは間違いない。英雄としてか、愚か者としてかは判らないが……)


 彼はコリングウッド候補生の作成した“実習”作戦案をもう一度見直し、自らの作戦案と見比べていた。


(これが試験なら、ほとんどカンニングだな。だが、彼の作戦案の考察にもあるように、これだけ情報が制限されると賭けの要素が強すぎるから、作戦案通りには行かないだろう。結局、臨機応変の対応ということか……)


 クリフォードの作った作戦案は、いくつかの選択肢ごとに対応策が並べられていた。

 例えば、ベースのシステムへのアクセスを失敗した場合の対応策として、二つのグループに分け、一つのグループが強襲を掛けている間に他方が破壊工作を行うなどの概念的な方策が記載されていた。


(私に臨機応変の才があるのかと言われれば、間違いなくないと答えるだろう。今回、私が指揮官に選ばれたのは、副長に次ぐ先任順位ということもあるが、今回の作戦では航法長が最も不要なポジションだからだろうな。コリングウッドの言ではないが、別働隊が全滅してもブルーベルが残れば、祖国にとってリスクはない。私が死んでもブルーベルにリスクが無いと考えれば、艦長が選んだ理由も判るというものだ)


 彼が考えるほど航法長の責務が小さいわけではない。だが、このトリビューン星系のような比較的航路情報の豊かな星系では人工知能AIで充分だ。逆に言えば、敵の支配星系に侵攻する場合、航法担当士官の責務は非常に大きいと言える。

 彼は作戦案をもう一度確認すると、艦長の個人情報端末PDAに送信した。

 そして、艦長室に向かった。


 艦長室にはマイヤーズ艦長とグレシャム副長、次席指揮官になるニコール中尉が待っていた。

 デンゼル大尉は「案はお送りした通りです。別働隊の人員については、志願した者から選抜します。もちろん、技術兵は機関長チーフの推薦を受けたものになりますが」と自らの考えを話していく。

 艦長は「候補生は二人とも連れて行け。君とナディアに一人ずつ付ければ何かの役に立つだろう」と命じる。

 デンゼル大尉は思わず、「候補生を連れて行くのですか!」と声を上げるが、すぐに冷静になり、「今回の任務に余剰人員を連れて行く余裕はありません。お考えを聞かせてください」と艦長に問う。


「余剰人員ではないよ。ラングフォードは人間的な完成度はまだまだだが、能力は高い。コリングウッドは少なくとも射撃の腕だけなら艦内一だろう。これだけでも連れて行く価値はある」


しかし……ノー……了解しました、艦長アイ・アイ・サー。二人を連れて行きます。ナディアもそれで構わないな」としぶしぶといった感じで了解する。

「ミスター・コリングウッドはよく判らないですけど、ミスター・ラングフォードは少なくとも緊張のあまり馬鹿なまねをするような子ではないと思います。私は艦長の命令に従います」とニコール中尉はいつものおっとりとした感じではなく、少し緊張気味に答える。


 彼女は哨戒任務しか経験がなく、未だ戦闘経験が全く無い。デンゼルは、彼女がいきなり潜入部隊の次席指揮官になったことでかなり緊張しているようだと思っていた。


(それを言ったたら、私も同じか)


 彼がそんなことを考えていることに関係なく、艦長は計画案の確認作業を開始した。


「では、詳細をもう少し詰めようか」という艦長の言葉でニコールは再び計画案に集中し始めた。



 士官次室ガンルームの自室にいるクリフォード・C・コリングウッド候補生は、今回の潜入部隊に自分は選ばれないだろうと考えていた。


(常識的に考えれば、クイン中尉かニコール中尉が次席指揮官でミスター・ラングフォードとベテランの下士官が付くはず。学校を出てまだ一ヶ月の僕に出番はない……)


 彼はそう思いながらも自分が選ばれればいいのにと思っている。


(子供っぽいと言われようとも、こういう冒険・・のチャンスを逃したくないという気持ちもある。でも、選ばれたら皆の足を引っ張らないかってドキドキするんだろうな……)


 その時、彼のPDAに「至急、士官集会室ワードルームに集合すること」というデンゼル大尉のメッセージが送られてきた。


 彼はすぐに飛び起き、一デッキ上のワードルームに走る。

 途中で同じように走るラングフォードと合流する。


「何だ、ミスター・コリングウッドも呼ばれたのか。じゃあ、潜入部隊に選ばれたわけじゃないな」とラングフォードは嫌味ったらしく声を掛けてくる。

「何の話なんでしょう?」と彼が聞くと、ラングフォードは「行けば分かる」とだけ答え、そのまま走っていく。


 士官集会室の前に到着すると、ラングフォードが「ラングフォード候補生、及びコリングウッド候補生です! 入室許可願います」と声を上げた。

 扉が開くと、艦長、副長、デンゼル大尉、ニコール中尉と機関長、掌帆長、掌砲長が座っていた。

 艦長が「ご苦労」と一言言うと、二人にすぐに空いている椅子に座るよう指示した。


「潜入部隊に君たち二人も選抜するつもりだ。デンゼル大尉、ニコール中尉に何かあったときは君たちが指揮を執る可能性もある。責任は重大だが、志願するつもりはあるか?」


 そう艦長が問いかけると、二人は間髪入れずに「「はい、艦長イェッサー!」」と声を揃えて、立ち上がった。


 二人の姿に年長者たちは苦笑するが、すぐに副長が引き締めに掛かる。


「今回の任務は危険なのよ。そこのところはきちんと理解しているでしょうね。あなたたちの失敗が任務の失敗、人員の損失に繋がるのよ」


 艦長はそこで引き取り、「では、デンゼル大尉から作戦案を説明してもらう。その後でチーフたちの意見を聞き、志願者を募ることにする。作戦開始時刻は今から十五時間後の〇三〇〇(午前三時)となる……」


 その後、二人は興奮気味にデンゼル大尉からの作戦案の説明を聞いていった。

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