第5話

 デイジー27号が沈められてから、八時間が過ぎた。四時間後には第二惑星の陰に入り、減速と再加速を行うが、今のところ敵艦の動向を追うだけで、特にすることが無い。


 クリフォード・C・コリングウッド候補生はCICの航法士席に座り、艦長が示した行動方針について考えていた。


 艦長の示した方針は自分が艦長室で話した意見をもとにしており、欺瞞行動を取った後、密かに小惑星帯に戻り、敵の拠点ベースを探すと言うものだった。

 艦長の考えでは、いくら長期間活動できる通商破壊艦とはいえ、ゾンファ共和国を出発したのであれば、母港を出発して既に三ヶ月以上経ち、補給と整備のためベースに戻るだろうと言うものだった。


 ベースの建設がいつから行われたのかは判らないが、動力源パワープラントと工作機械を持ち込んだと思われる商船リバプールワンの消息が途絶えてから、まだ二ヶ月も経っていない。これらを設置し、運用し始めたのはつい最近のことだと考えられる。


 一方、ここトリビューン星系からキャメロット星系に行き、再び戻ってくるには単純に往復するだけでも二十六日、キャメロットでの報告、部隊の編成などを考えれば、一ヶ月以上は掛かる。

 ブルーベルがここに残り、通過する商船に情報を託すと言う選択肢も無いわけではないが、三隻の商船が行方不明になっているため、アルビオン側からの商船の出港は見合わせられており、恐らくヤシマ側でも同様の処置がなされているはずだ。

 結局、確実に情報を持ち帰るためにはブルーベルが行かざるを得ない。

 それならば、この一ヶ月と言う期間をチャンスと考え、通商破壊艦の補給と整備に回すため、ベースに入る可能性は高い。


 幸い、通商破壊艦の位置はまだ把握できている。

 小惑星帯と通商破壊艦の優秀なステルス機能のため、時々足跡が途切れるが、一度把握している四百メートル級の大型艦はスループ艦の優秀なパッシブセンサー類で容易に追跡できる。

 こちらは三光時離れた第二惑星の陰で減速・再加速した後、0.05光速という比較的低速で星系内を進んでいく。

 デイジー27が沈められ、ブルーベルが逃げ出したと思わせた時から、三日くらい掛けて、ゆっくりと接近していく感じになる。

 この三日間を使って、ベースの位置の特定、潜入部隊の作戦の立案、シミュレータでのリハーサルなどを行う予定になっていた。


(しかし判らないのはゾンファの思惑だな。艦長たちの前では実効支配の可能性と言ったけど、ゾンファの支配星系からは飛び地になっている。そんなところで実効支配と言ってもわが国アルビオンはともかく、ヤシマと連合から非難され、結局放棄することになるんじゃないのか?)


 彼はゾンファの思惑が判らず、この作戦が正しいのか判断に苦しんでいた。


(艦長はもっと悩んだんだろうな。ゾンファとは休戦しているとは言え、自分の決断が戦争の引き金になるかもしれないんだから)


 彼は自分が同じ立場になったら、こんな決断が下せるのかと考えてしまう。


(まあ、自分がその立場になれるかも判らないのに悩んでも仕方ないな。それよりゾンファの目的の方を考えよう。今なら時間もあるし、大尉に相談してみようか……でも、この前のこともあるし……)


 彼が悩んでいると、デンゼル大尉が気付き、「どうした? 何か思いついたことでもあるのか?」と尋ねてきた。

 彼は恐る恐る「少しよろしいでしょうか」と指揮官席に座るデンゼル大尉に話しかけた。

 デンゼル大尉が頷くのを見て、「ゾンファの思惑についてなのですが、どうしても引っ掛かるのです」と話し始める。


「この前はこのトリビューン星系の実効支配と言いましたが、飛び地になるこの星系の実効支配を目論む可能性は低いと思います。何か別の思惑では無いかと……」


 デンゼル大尉は「続けろ」と言って、先を促す。


はい、大尉アイ・アイ・サー。気になる点として、デイジーだけを攻撃しただけで、なぜ我々には手を出さなかったかという点です。あのタイミングなら、デイジーに神戸丸へ接近させ、我々が支援のため小惑星帯に入ってから攻撃を仕掛ければ、二隻とも沈めることができたかもしれません」


 彼は思っていた疑問点を吐き出していく。


 それに対し、大尉は、「艦長が一番気にしたのはその点だよ」と頷いた。

 彼は自分が指揮官の考えを聞いてもいいのかと思ったが、大尉の表情を伺いながら、「艦長のお考えを伺ってもよろしいでしょうか?」と尋ねる。

 大尉は彼の葛藤に気付かず、士官候補生ではなく、同僚に話すような感じで話し始めた。


「ああ、艦長はあえて我々を逃がしたのではないかと考えておられる。我々を逃がしてキャメロットに通報させることにどんな意味があるのかは判らないが、最初から一隻を逃がすつもりだったと」


 彼も同じ疑問を持っているため、「もし、キャメロットに報告に行ったら、その後はどうなったのでしょうか?」と軍が取り得る方策について大尉に確認してみた。

 大尉もその点は考えていたのか、すぐに答えが返ってくる。


「四百メートル級の通商破壊艦か私掠船に対するには四等級艦(重巡航艦)以上を派遣するのは間違いないだろうな。万全を期すために十隻程度の小戦隊を編成する可能性もあるな……」


 彼はその言葉を聞き、「十隻ですか……。中立星系に戦隊を派遣させることが目的だとすれば……」と呟いた後、「大尉、こうは考えられないでしょうか」と思いついた推論を話していく。


「中立星系に戦隊を派遣する場合、ヤシマと自由星系国家連合の了解が必要になります。もし、了解なしに進入すれば国際的な非難を受けるのではないでしょうか」


 デンゼルは頷き、「続けろ」と更に先を促す。クリフォードは頷くと、自分の考えを話していく。


「連合と我が国の関係は対ゾンファという点で一致しているに過ぎません。連合にしてみれば、対アルビオンと言う点でゾンファと合意しても自分たちに被害が出なければ、アルビオンとゾンファが噛み合い血を流すのは好都合と考えるのではないでしょうか」


 デンゼルはその可能性に驚き、「すると、君は連合がアルビオンとの関係を捨てて、ゾンファと結ぶこともあり得ると考えるわけだな。うーん、ゾンファが油断ならない野心丸出しの国だと知っていてもそうする可能性があると」と、ありえないだろうという顔で彼を見る。


いいえ、大尉ノーサー。あくまでゾンファがそう考えるのではないかと言うことです。連合、特にヤシマはゾンファの圧力に辟易していますから、少々のことではゾンファになびくことは無いでしょう。ですが、ヤシマ以外の連合各国はアルビオンとゾンファが勝手に戦ってくれるなら、火に油を注ぐのではないでしょうか」


 デンゼル大尉は「なるほどな。よく考えたものだ」と感想を述べた後、


「もう一点ありそうだな。キャメロットとゾンファのジュンツェン星系の間は中立星系を経由するこのスパルタン星系ルートと直接ぶつかるアテナ星系ルートがある。アテナルートは防備が充実しているが、スパルタンルートはヤシマとの関係からスパルタンにすら基地はない。もし、ヤシマがゾンファに対しスパルタンルートを使うことを承認すれば、我々は二つのルートからの侵攻を考えなければならなくなる」


 クリフォードは頷き、「アルビオン星系に直接侵攻した十年前のゴグマゴグ会戦の例もあります。敵は我が軍を分散させることに成功したと習いました」と付け加える。



 ゴグマゴグ会戦とは、約十年前のSE四五〇一年に発生した有名な会戦で、アルビオン側にとっては歴史的な勝利に終わった戦いである。

 概要は、SE四五〇一年、停戦協定を一方的に破ったゾンファ軍がアルビオン王国の主星系であるアルビオン星系に奇襲を掛けてきた。

 後に第三次アルビオン-ゾンファ戦争と呼ばれる戦争の開始を告げる奇襲作戦であったが、このとき、アルビオン王国は建国以来、初めて存亡の危機に立たされた。

 第二次アルビオン-ゾンファ戦争までは、ゾンファ共和国に近いキャメロット星系のみで戦闘が行われ、アルビオン星系は戦争の間も平和を享受していた。

 だが、このとき、約五十パーセク(約百六十三光年)離れたジュンツェン星系から、ゾンファ軍は直接アルビオン星系に侵攻してきた。

 それまでの軍事理論では補給拠点の無い星系を渡ってくる侵攻作戦では約三十パーセク(約百光年)が限界とされていた。

 更にジュンツェン星系からの侵攻ラインであるバルベルデ星系側は、隣接する星系の間が八パーセク(約二十六光年)と大きく離れたところが二箇所あり、艦隊随伴型の輸送艦の超光速航行ドライブFTLDの能力である六パーセク(二十光年)を大きく超えていた。

 このため、哨戒艦は配備されていたものの、バルベルデ側には艦隊と呼べる戦力が配備されていなかった。

 ゾンファ軍は長距離侵攻用輸送艦を極秘裏に配備し、主力艦隊三万隻で奇襲を掛けてきた。

 当時、アルビオン星系には全軍の一割、約一万隻の戦力しかなかった。そのため、なすすべもなく、第五惑星ゴグマゴグの軌道まで侵攻を許してしまった。

 一方、ゾンファ軍の方も補給の関係で余裕が無く、短期決戦を目指して強引に攻勢をかけていた。

 当時のアルビオン軍の責任者は齢七十歳を超える老将ビーチャム大将であったが、彼は老練な手腕を見せ、敵をゴグマゴグの衛星スプリガンに釘付けにすることに成功する。

 更に補給線を断ち切るため、大胆にも保有戦力の三十%に当たる三千隻をバルベルデ星系側のジャンプポイントJPに配置した。

 ゾンファ側はこれを各個撃破のチャンスと考え、主力戦闘艦二万五千隻を第四惑星タイタニア付近に進めて決戦を挑むが、エネルギー不足のため、満足な機動ができず、三分の一以下の七千隻アルビオン軍に翻弄されていく。

 一方、バルベルデ星系行JPに配備された三千隻はスプリガン付近に待機する輸送艦隊を急襲した。

 生命線である輸送艦を失うわけに行かないゾンファ軍は急遽ゴグマゴグに転進するが、満足な艦隊運動もできず、七千隻のアルビオン本隊と三千隻の別働隊による挟撃を受け、三万隻のゾンファ侵攻部隊は壊滅した。

 ゴグマゴグに落下した艦を含め、全損一万隻、投降二万隻、逃亡できた艦は僅か二十数隻に過ぎず、ゾンファ軍は全戦力の三十%を失った。一方、アルビオン軍も窮鼠と化したゾンファ軍の反撃を受け、司令官ビーチャム大将――戦死後元帥に昇進――の戦死を含む、四千隻が沈められ、残りの六千隻の九十五%が何らかの損傷を負っていた。

 これがゴグマゴグ会戦又はゴグマゴグ殲滅戦と呼ばれるアルビオン軍の歴史の中でも最も偉大な勝利をもたらした会戦であった。

 そんな中、大勝利にも拘らず、アルビオン軍および政府首脳はこの事態に憂慮していた。

 安全だと思われたアルビオン星系が無理をしたとは言え、主力艦隊による奇襲が行われた事実に防衛方針の転換を迫られたのだった。

 この後、アルビオン星系の防衛体制が強化され、その影響でキャメロット星系の防衛部隊が縮小される結果となった。

 ゾンファは、侵攻自体は失敗したものの、キャメロット星系の戦力を低下させるという戦略上の目的は達成していた。

 そして、アルビオン王国は、その後の第三次アルビオン-ゾンファ戦争の全期間において、キャメロット方面の戦力不足に悩まされることになる。

 クリフォードが指摘した戦力の分散の話はこのことを指す。



 デンゼルはキャメロット星系を思い浮かべながら、第三惑星ランスロットと第四惑星ガウェインの軌道を回る要塞の存在を思い出すが、アテナ星系からとスパルタン星系からの二方向を防備することは戦力の分散を招くか、キャメロットに引き込む作戦しか取れなくなることから、アルビオン軍に選択の幅が小さくなると考えていた。


 デンゼルは笑いながら、「相変わらずゾンファのやることは性質たちが悪い。まだ、ゾンファの仕業という証拠は無いがね」と言うと、クリフォードも「そうですね。確かにゾンファが仕掛けたと言う証拠はないのですが……」と笑って返した。


 デンゼルがCICにいる部下たちの視線に気付き、コホンと咳払いをした後、「コリングウッド候補生。実習のため、潜入作戦案の作成を命じたが、その後の検討状況を報告してもらおうか」と少し真剣な表情で話し始めた。


 彼は「申し訳ありません。まだ、敵のベースが特定できていませんので、作戦案は作成しておりません」と答えた。


「いや、それならいい。だが、素案くらいは考えてあるんだろ?」


 デンゼルのその問いに「はい、大尉イェッサー。ブルーベルによる攻撃を囮にしてベースに潜入させる隙を作るのが良いのではと思っています」


 デンゼルはスクリーンをチェックしながら、「詳しく話してくれ」と先を促すと、クリフォードは考えを話し始めた。


 彼の考えた案は、敵のベースが発見できれば、ブルーベルで密かに接近し、小惑星の陰などから搭載艇であるアウルを発進させる。

 ブルーベルは敵のベースに遠距離からカロネードで攻撃を掛ける。カロネードは金属製の散弾をリニアコイルで加速させる質量兵器だが、遠距離から攻撃すると広範囲に広がる特性があり、防御スクリーンの外縁を狙って反復攻撃を掛ければスクリーン外にあるセンサー類を破壊できる可能性が高い。

 更にベースの中にいる敵艦はブルーベルが攻撃している間は不用意に外に出られない。出るためにはスクリーンを開く必要があるが、間断なく攻撃を掛けている最中、スクリーンを開けば、ベースに被害が出るだけでなく、満足にスクリーンを展開できない敵艦にも被害が出るからだ。

 このような攻撃は敵の焦りを誘えることと、こちらの意図を悟らせないことができる。

 この隙にアウルはセンサー類が最も破壊されているであろう地域を目指し、接近する。最終的にはアウルをどこかに隠し、小惑星の表面を人員だけで接近していくことになるが、急造ベースに対人用のセンサー類が大量に配備できるとは思えないので、この方法が最も成功率が高い。


「ここから先は技術兵の分野になりますから、機関長チーフ掌砲長ガナー掌帆長ボースンなどに提案してもらったほうがいいかもしれません」


 彼は潜入時のセキュリティの無効化や潜入後の敵ベース内での攻撃目標などは技術兵プロの意見を聞くべきだと付け加える。


「どうせ、こちらの姿が見えなくなるまで、敵はベースに入らないだろうから、まだ時間はある。潜入作戦の立案もあるが、接近ルートの設定と航法計算をしておくように」


 大尉はそう言うと話を打ち切り、クリフォードも航法士席に戻り、第二惑星から小惑星帯への航法計算に没頭することになった。



 エルマー・マイヤーズ艦長は艦長室で副長のアナベラ・グレシャム大尉と通商破壊艦への対応について協議していた。


 艦長は「まずは君の意見を聞きたい」とグレシャム大尉に話を振る。

 彼女は、「不確定要素が多過ぎますね。敵の思惑はともかく、戦力があの一隻だけだとは限らないのではないでしょうか?」とまず情報が足らないことを指摘する。


「判っている。だが、少なくとも神戸丸は排除しなければならない……そのためにすべきことを考えたいと思っている」


 彼女は「了解です。艦長アイ・サー」と答えた後、安全な策と断った上で話し始めた。


「まず、第二惑星TR2の陰で反転してからは索敵に専念すること。敵のベースがあるとして、その位置を特定できなければ作戦自体が成立しませんから」と述べた後、「敵のベース位置が判明し、神戸丸がそこに入った場合ですが、ベースの外から攻撃を加えることが一番危険の少ない方法ですね」


 彼は消極策過ぎると思い、「だが、それでは神戸丸は沈められないんじゃないか」と疑問を呈した。


 それに対し、「そうですね。ベースに設置されたリアクターがリバプールワンの申請通りだったとしても、ベース自体の大きさにもよりますが、防御スクリーンの能力は我が艦の主砲の能力を超えます。ですから、ベース及び神戸丸にダメージを与えることは無理でしょう」とあっさり認めた。


 その上で「我々に小惑星自体を破壊できる兵器があれば問題ないのですが、ブルーベルの兵装では粒子加速砲とカロネードしかないですから、岩塊である小惑星に攻撃を掛けるのは嫌がらせ以外の何物でも無いです。運良く我慢比べに負けて穴蔵から出てきてくれれば御の字と言ったところでしょう」と案にこの作戦が無謀であることを告げる。

 更に「穴蔵から出てくるまで、この辺りに潜み、スクリーンが開かれる瞬間を狙うという方法もありますが、さすがに何日もベースの近くに潜めば、敵も我々を発見できるでしょう。発見されにくい遠距離ではスクリーンの開閉時に有効な攻撃を掛けられないでしょうから、結局、この案も無理があります」と言った後、「考えられるのはこのくらいですが」と付け加える。


「確かに君の言うとおりだが、候補生の言ではないが、我々がここを離れるわけには行かない。やはり、潜入作戦しかないのか……」


 それに対し、「潜入作戦は更に下策だと思いますよ」と辛らつな言葉で否定する。

 そして、「そもそも潜入作戦と言っても強襲に近いわけですから、元から成功率が低い作戦です。それにこの艦には宙兵隊が乗り組んでいません。宙兵隊なしの強襲作戦など失敗すれば艦長の経歴に傷がつきます」と続けた。


 宙兵隊は海兵隊マリーンズの流れを汲む軍艦に乗組む陸戦隊だ。無重力、低重力下での作戦を主に、敵基地への強襲、敵艦の拿捕などの任務をこなす戦闘集団である。

 マイヤーズ艦長は「私の経歴などどうでもいいが、確かに宙兵隊なしでは損害が大きすぎるかもしれないな。穴に入り込んだ狡賢い狐を追い出す方法が思い浮かばない……」と普段は見せない落胆した表情を見せる。


 そして、「心を攻める……か」と呟いた。


「“心を攻める”ですか? それはどう言ったことでしょう?」


「ああ、コリングウッド候補生の実習で作成した作戦案にあった言葉だよ。相手の焦り、油断、思い込みを誘い、こちらの思い通りに相手を誘導させるため、相手の最も嫌がること、実害は無くても嫌がればいいそうだが、それを行うか、相手が最もして欲しいと思っていることを行うことで相手を誘導することを言うそうだ」


 彼女は片方の眉を上げ、「ぼう、いえ、ミスター・コリングウッドですか……。彼の考えは確かに理屈通りですが、経験が皆無です。あまり気にし過ぎると思わぬ落とし穴に嵌るかも知れません」と注意を促す。


 彼はバツが悪そうに頭を掻きながら、「そうだな。顔を見て話せばその通りだと思うんだが、彼の作戦案を見るとベテランの将官が書いたようにしか見えないんだ」と言った後、「君にも彼の“実習”結果を送るよ。一度見てみるといい」と言って、携帯情報端末PDAを操作し始めた。


 彼女は送られてきた情報を見始めると思わず口に出して読んでしまった。


「……本作戦案で最も重要な点は敵の心を攻めることである。すなわち、敵の目的を洞察し、敵の最も忌避するであろう行動、あるいは最も望ましい行動を取ることにより、彼らの思考を制限することが肝要である……敵の企図するところは我が国への侵攻とその成功であるが、本星系での作戦がその企図するところに合致していると考えるのは早計かも知れない……敵がゾンファ共和国であると仮定すると、彼の国の権力構造は複数の派閥による複雑な政治力学によって形作られているため、国としての企図と権力者の企図が常に一致するとは限らない……この作戦自体が派閥の力関係により企画されたものであるなら……現地責任者は中央の権力者が求めている以上の結果を出そうと、自らの能力以上の行動を取る可能性は否定できない……現地指揮官の思惑に沿ったように見せ掛け……」


 彼女はその全文を五分ほどで読みきると、「これは……」と言葉を失くしてしまった。


 彼は笑顔で「どう思った?」と尋ねてきた。

 彼女は首を横に振り、すぐに言葉が出てこなかった。そして、「これがあの航法計算で四苦八苦している坊やの案ですか? 私にはこんな作戦案は考えられません……」と再び言葉を失った。


「それを読む限りは我々にもチャンスはあるように見える。確かに彼は経験不足、いや、経験は皆無だが、そこは我々が考えればいい。私はそれに賭けてみようかと思っているんだ……」


 彼女は「副長としては艦長の命令に従いますが、指揮官の考えに対案を示すのも副長の責務と考えております。ですから、私はまだこのプランに対し、納得できているとは申しません」と言った後、「ブランドンが彼をかわいがるのも分かる気がします」と微笑みながらそう言って立ち上がる。


「そうだな。まだ、敵の規模、位置が判明していない。もう少し情報を集めてから、相談することにしよう。だが、副長ナンバーワン。君までミスター・コリングウッドを甘やかすなよ。それから、航法長マスターが甘やかすようなら、彼にも一言釘を刺しておいてくれ」と言って、立ち上がった。


 彼女も立ち上がり、「了解しました、艦長アイ・アイ・サー。ブランドンには一度釘を刺しておきます」と言った後、敬礼してから艦長室を出て行った。

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