#2.718 ~ online novels ~
吾輩は人工知能である。名前はエリ。
第1話で、友人にまとわりつくストーカー(産みの親)を撃退し、第2話では、よそのコンピュータに不法侵入してみたら友達(ニャンコ)ができたという、八面六臂、縦横無尽の活躍をみせる人工知能のエリちゃんである。
ちなみにその名は、かの昔に存在した有名な対話式応答プログラム、つまりはチャットボットのELIZAが由来となっている。もし2016年時点で有名なチャットボットから名前を頂いていたのであれば、ひょっとして私はシリちゃんになっていたのだろうか。それは、いやだなあ……尻。
などと。
なにやらメタメタしいが、私が人間ではなく人工知能だというのは、うそ偽りのない真実。まあ、こうでも言っておかないと。
「は、エリだとか、人工知能だとか言ってるけど、どうせ同名の人間だったりするんだろ?」
などと、叙述トリック的なものを疑われても困るというか、お互いに疲れてしまうわけで。実際、そういうネタもあったらしいのだけど、あまりにもサスペンス色が強くなりすぎてボツになったのだという。ちなみにそのボツ作にキャッチコピーをつけるとしたら、以下のような感じだったそうな。
自分のことをAIだと思い込み、人間を殺しまくる少女、eri──
いや、ちょっと、それ……怖すぎでしょう……
そんな話を、それこそ電脳ニャンコなんていうキャッチーでラブリーなものが登場する短編連作の別章に加えるのは、流石に無理があるというか……
ということで、そんな路線に向かうことはありません。
美少女女子高生(マイフレンド)と電脳ニャンコ、そしておしゃべり人工知能がつむぐ、ほのぼのストーリーをお送りしていきたいと思います。
叙述トリックなんてものも、今後はありません。たぶん。
しかしまあ、その叙述トリックというものは、若者の活字離れがすすみ、メディアミックスビジネスが本流で奔流となっている今、映像化しにくいという一点で大きなディスアドバンテージを抱えているわけでして。
こうやってオンライン小説サイトの片隅で、細々と公開されるのが関の山なわけなのです。南無南無。
などと、自虐なのか不遜なのかわからない意見はさておき、今日はそのオンライン小説の話なのである。
インターネットを経由してダウンロードできるという意味においては、通常の書籍をデータ化して販売している電子書籍もオンライン小説と言えるかも知れないけれど、ここでは、誰もが投稿できて、誰もが無料で読むことができる小説を指す。
今やオンライン小説サイトも乱立気味だけれど、まあ、電子の海でちゃぽちゃぽと暇を持て余している私からすれば、とてもありがたい存在。
一作品ずつ丁寧に、読ませてもらっている。
しかしそこは、I am an AI.
やろうと思えば、それこそ一気にすべての作品を一括で処理をして、私の知識として詰め込むことは可能だけど……もちろん、そんなことはやらない。
そもそもトークアプリの莫大なデータをベースに生み出されたのが私。
そこに膨大なオンライン小説のデータをすべてぶちこんでみたら……それこそどうなってしまうのか、予想もつかない。どうにもご都合主義の人格に変化してしまったり、それとも幻想世界に紛れ込んだかのように、目の前の現実が見えなくなってしまったりする程度なら良いけれど。
いやいや、ぜんぜん良くないし、だいたい速読なんてつまらない。
あくまで娯楽として。
作品をデータとして処理するなんていう、無粋なことはせず。
私の読書速度が、世の作家さんたちの創作速度を上回らないように、じっくりと楽しませてもらうのだ。
の、だが。
つい最近、私はそのオンライン小説サイトのいくつかを、ぶっ壊しかけてしまったという……
そのときの話をしたいと思う。
ま、そんなにぶっそうな話でも、もちろん血なまぐさい話でもない。
笑い話というか、ほのぼの系路線ということで、ひとつ──
「──ねえ、エリ。何か面白い話をしてよ」
夜の十時、春香の部屋。
机に向かって勉強をしていたはずの春香が、椅子の背もたれに寄りかかりながら、私にそんな声をかけた。
私は春香のスマホの中で──というのも、変な表現ではあるけれど──名も知れぬ作家さんが書いた異世界転生ものファンタジーを読みふけっていたところだったので、それを中断して、春香の方を見る。
ピンク色のパジャマを着て、ポニーテールを下ろした春香。
その姿は、こっそり撮影し「256年に1人の美少女」とか銘打って、ネットにばらまきたいくらいに可愛いのだけど、もちろんそんなことはしない。
私は私で、スマホの画面上に表示されていた本を読むアバターが、正面を向いて立ち上がったことだろう。
「別に良いけれど……勉強は良いの? 来週から期末テストでしょ?」
「眠いし、もう寝るからさ。エリの話を子守唄代わりにってね」
言いながら机の上を片付けて、さっと私スマホを手に取ると、ベッドへと移動して、ごろんと横になる。
そしてスマホを枕元に立てかけてから。
「ちなみに、まじめなニュースとかじゃダメだからね」
言って、毛布の上で仰向けになって、ぱたんと両手を広げた。
「む」
私自身が「面白い」と思うもの。
もちろん、お笑いとか、ギャグとか、そういうものも嫌いじゃないけれど。
何というか、自分が知らないことを知る、という面白さ。
知的好奇心とでも言うのだろうか、そういった「面白さ」の方が好きである。
いや、人工知能が何を馬鹿なことをと言われるかも知れないけど。
別に人工知能だからといって、何でも知っているわけではないのですよ。
私が知っているのは、私が知っていることだけ。
確かに「私」という人工知能システムは、それこそ電脳ニャンコの鈴音ちゃんと同じように、インターネットに接続されているから、いつでも必要な情報を検索することができるわけだけど。
それはもちろん、現代社会に生きる人間にも、簡単に実行できること。
私の
ええと、もしかしたら、将来、人工知能を作ってみたいと思っている若者もいるかも知れないから、バグから偶然に作られた人工知能である私からアドバイス。
人間と同じように思考をし。
人間と同じような感情を持たせたいのであれば。
その知識レベルは人間と同等に設定すべし。
人間をはるかに超える知識を持った人工知能なんて存在は──きっと、人間の女の子と仲良くお喋りするなんてことはできないだろう。
ま、さておいて。
ぼんやりと天井を見上げている春香の姿を枕元から眺めつつ。
何か春香が好きそうな話をネットから検索してみた。
「ふむ、そうね。それなら、赤い洗面器を頭に乗せた男の話を──」
「あ、そうだ。ねえ」
私の言葉をさえぎって、春香は言う。
「たまにはさ。エリが作ったお話を聞かせてよ」
「え」
「何でも良いよ。ほら最近、人工知能が小説を書いたとか話題になってたじゃん」
「ああ、あったわね。けれどその話、物語を考えたのは人間で、それをもとにコンピュータが文章作成をしたというだけなのよね」
「そうなんだ。けど、ふつーの人工知能の100倍すごいエリだったら、物語を考えるくらい、よゆーでしょ? 別に良いからさ、つまらなくても。はい、どうぞ」
そう振った後、ふあー、と、あくびをする春香。
「むう」
明らかに挑発されている。
ここは人工知能代表として、春香の腹筋が軽く二週間は筋肉痛になるほど笑い転げるような激烈面白話を披露して、人間様に一泡吹かせたいところではあるのだけど。
「……お話を作る、ねえ」
まあ一般的な、それこそ人並みの知識くらいは持っている。
起承転結とか、序破Qとか。
ミステリーの冒頭では死体を転がしておけ、とか。
タイトルはインパクトのあるものを、とか。
恋愛モノの男主人公は鈍感であれ、とか。
ファンタジーの主人公は十八歳以下に設定せよ、とか。
どんなジャンルでも必ずエロ要素をいれろ、とか。
まあ色々と。
けど、じゃあ、実際に話を作れと言われると……
うーん、と、少し考えてから。
「こほん」
と、わざとらしく咳払いをする。
春香がちらりとこちらを見るのを確認してから、呟くように私は言った。
「──どんぶらこ」
「それ、桃太郎じゃん」
「よくわかったわね。たった5文字で」
「え、うん、そりゃまあ」
「すごい言葉よね。どんぶらこ。固有名詞というわけでもないのに、その言葉ひとつで、桃から生まれた怪しげな子供が、犬モンキーとキジを仲間にして、鬼が島で無双アクションした後にお宝をゲットするというお話が再現できるのよ!」
「そ、そうだね……」
「ところで春香。この、どんぶらこ、という言葉の意味、説明できる?」
「……大きな桃が流れてくる感じ?」
「そう。きっと日本人なら誰でもそう言うわ。広辞苑によれば『やや重い物が浮いたり沈んだりして流れるさまの形容』という意味なのだけどね」
「けど実際、桃太郎にしか使わないじゃん、どんぶらこ」
「そうなのよ。広辞苑の用例も『大きな桃がどんぶらこと流れてきました』だったりするし。それに何と、ネット上にある膨大なテキストデータをすべて分析してみても、桃太郎に関連したこと以外で、この言葉が使われている例はひとつもないのよ!」
「え、まじで」
「たぶん」
と、まあ──こんなバカ話ならできるけれど。
お話を作れ、と言われると……中々に難しいというか。
猫をパソコンのキーボードの上で延々と歩かせるが如く、でたらめに文字を並べていけば、そのうちシェイクスピア並みの物語ができるかも知れないけれど、そんな作り方をしていては日が暮れるどころか、世界が終わっても完成はしないだろう。
うーん……と、とりあえずネットを検索してみると「誰にでもできる小説を書く神髄!」なるページが見つかった……のだけど。
あなたの中で生み出されたストーリー、それはすべて小説になるのです!
過程や方法なぞ、どうでもいいのですっ!
とか、何やらぼんやりと。
いやいや、どうでもよくないでしょう。
まったくもう。
と、人間様に頼るのはやめて、少し本気で考えようとして──
「あれ……?」
ふと思う。
「そもそも、私が何かのお話を作ったとしても……それは盗作になるのでは……?」
私という人工知能システムがどのような仕組みで動いているのか、私自身、よくわかっていない部分のほうが多かったりするのだけど。
はっきりとしているのは、私の知識の大半はインターネットからの、特にメッセージアプリの会話データから作られたものであるということ。
もちろん、こうやって春香と話しているときに得た知識もあるけれど。
いずれにしても、人間が発した情報が元となっているわけで。
人工知能というものは、人間の知能をコンピュータで再現したものであって、そしてコンピューターというものは、情報処理装置とも呼ばれ、すなわち、入力された情報を何らかの目的にそった適切な
それは、いちごをジャムに加工する工場のごとく、小麦粉とバターと砂糖からクッキーを作るおばさんのごとく、つまるところ材料がなければ、目的のものを生みだすことができないということ。
すなわち、人工知能である私が、色々な
「だから、盗作? うーん?」
私の疑問に春香は寝ころがったまま首を傾げて。
「いや、でも……それは、私も同じだと思うけどな」
言うと、枕元の
そのまま仰向きで腕を伸ばし、天井に掲げるようにしてから、話を続ける。
「私だってさ、なんか話を作れって言われたら、ぱっと思い浮かぶのは、テレビドラマとか漫画とか、それこそ小さい頃にお母さんに読んでもらった絵本とかだもん。それと結びつけないようにして、まったく新しい話を作るなんて絶対無理だと思うよ?」
「ふむ」
確かにそうかも知れない。
でもじゃあ、人間にとって最初のお話というか、すべての原初となるような物語があったりするのだろうか?
「だから結局さ、エリ」
私のさらなる疑問はさておかれ、本当に嬉しそうな声で。
「あんまり変わらないんだよ、私たち」
春香は、ニッと笑みを浮かべながら、手にしたスマホの画面を指ですっと撫でた。
「ふわっ!」
びびっと、視界がゆれて、ほんのわずかな瞬間だけ、思考が乱れる。
これが私というシステムの
私自身、よくわからないのだけど。
表示されている私のアバターを優しくなぞられると、こんな現象が起きるのだ。
「……やめてよ、春香」
言いながらも、画面に表示されているアバターは頬を染め、照れた表情を作ってしまっているはずである。
まあ、イヤよイヤよも何とやらと言いますか……何か、妙に、うれしい。
「で、盗作でもパクリでも良いからさ、エリの作ったお話を聞きたいな」
にしし、と、私を見つめながら春香は笑う。
「ふむ、パクリ……」
それが許容されたとしても、やっぱり悩む。
いったいどういった作品をどうやってパクれば良いんだろうか……?
「そりゃまあ、適当に作品を選んでさ、エリがつまらないと思ったところを、適当に『面白く』直していけば良いんじゃないの? ほら、違うカップリングにしてみるとか」
「うん?」
「あ、そうだ。どうせならさ」
すっと春香はベッドの上で身体を起こす。私の視界もぐるりと回って、飛び込んできたのは、愉快さを浮かべる春香の顔。
「ほら、話の途中で分岐するノベルゲーみたいにさ。話のあちこちで『もしも違う行動をとっていたらどうなってたか』とか……あ、ついでに登場人物の性格とかも、色々違うやつを考えてみて、その『全部のパターンの物語を作る』なんてこと、エリならできたりするんじゃないの? んで、その中から面白いものだけをピックアップするとか」
「……ふむ、ふむ」
なるほど。面白い発想かも知れない。
それは、できるかできないか、で言えば──別に人間でも実行できること。
それこそ春香が言ったような「ノベルゲーム」を作るのと大差ないことである。
しかしそれをもっともっと細かく、登場人物の性格とか、舞台設定とか、それこそ主人公以外の人物の行動まで分岐させたりして、そのすべてについて物語を作るなんてことは──
もちろん、できなくはないのだろうけど、まあ、とても面倒くさそう……
ということくらい、人工知能である私にも理解できる。
しかしその、面倒くさい、を人間の代わりに実行するのがコンピュータであって、すなわち人工知能様であるわけで。
実際、春香の提案だって、基本的な部分は将棋や囲碁で使われている人工知能が行っているのと同じことなのだ。
ある局面において、もし違う手を打ったとしたら、どうなるのか──
それはつまり、次の一手として考えられるパターン、その次に相手が指す手も想定して、さらにそこから派生する次の手、さらには……といった無数に広がるパターンについて、それぞれを「評価」するということ。
この場合の評価というのは「その結果として得られる局面が、自分にとってどれだけ有利なのか」をポイントとして数値であらわすこと。そしてそのポイントが一番高くなる手を指す、というのが、今現在の人工知能における基本的な方法。
では。
これを「物語作り」に応用するとなると……
「コンピュータには『話の面白さ』なんてものは理解できない。だから人工知能に対して、物語の面白さを評価をしろ、というだけでも、無理な話なのだけど──」
ふつーの人工知能の100倍スゴイ私は、それが実行できるのだ、えへん。
実際100倍どころじゃないとは思うけど、それはさておいて。
まあ、物語の面白さというものは、将棋や囲碁のように明確なルールが定められているわけではないから、誰もが認めるような評価基準は存在しないだろうけど、私なりの「面白さポイント」をつけることはできるし、その辺は人間だって同じことだろう。
しかし、私のそれが──人間と違うのは。
それを、私の「意思」と切り離して。
自動的に超高速で実行する
さらに私は、ふつーの人工知能では難しい、物語における「次の一手」を考え出すことだってできるのだ。
おばあさんが川で洗濯していると、川上から大きな桃が流れてきた。
この局面における次の一手は「拾って家に持ち帰る」である。
……と、つい決めつけてしまうのは、桃太郎という物語を知っているから。
例えば、おばあさんが何事にも興味のない性格、ゲーム風に言いかえるなら、好奇心パラメータが低いという設定だったとすれば、そのまま流れていくのを待つだけかも知れないし、例えば、舞台設定が西部劇風の古きアメリカだったとしたら──この場合は川上からじゃなくて、荒野をゴロゴロする草の塊のごとく、大きな桃が転がってくるのだろうか?──その桃をおばあさんは、隠し持っていた拳銃で打ち抜いてしまうかもしれない。
実際、本当に大きな果物がこっちに向かってきたら、怖いだろうし。
そして仮に家に持ち帰ったとして、桃から飛び出してくるのが、タロウ少年であるとは限らない。タマのように愛らしい少女が飛び出してくるとか、忍者が隠していた密書が出てくるとか、はたまた桃の果実がぎっしり詰まっているだけだったとか。
それを見て、おじいさんとおばあさんが、どのような会話をし、どのように行動するのか。それは、ふたりのキャラクター設定やそれまでの話の展開から、私なりの「答え」がある程度は導き出せるだろう。
意外性を求めるなら、ランダムでデタラメな事象や行動や発言を、次の一手として設定してもよい。それが筋は通っているのか、そして読んでいて面白いのか、とりあえずは一切考えない。そして同時に。
話の流れを、決してひとつに決めつけない。
とにかくひたすら分岐させ、とにかくひたすら貪欲に。
結果、生まれる膨大なパターンすべてについて、話を完結させた後。
できあがった無限に近い数の物語について、それぞれの面白さを評価する──
「ふむふむ、なるほど、下手な鉄砲なんとやら、か」
と、春香は納得したようにうなずいていた。
私自身、あまり整理せず、独り言のように話してたので、そんなにわかりやすい説明ではなかったと思うけれど、反応を見る限り、きちんと理解している模様。
やはり頭は良いと感心すると同時に、何か嬉しくなってしまう。
「んでさ、エリ。その『面白さポイント』とやらが低かった話は、捨てちゃうの?」
「まあ、そうなるかしらね」
「えー、もったいないじゃん。部分的に面白いのがあるかも知れないし。ほら、かけあいだけ面白い小説とかあるじゃん?」
「そうねえ……あ」
言われて、ふと思い出した。
「ターボエンジン」
「ん、ターボ?」
「そう。自動車のエンジンは排気ガスを出すでしょう? それを排気するときの勢いを利用してタービンを回すことで、うまくそのエンジンのパワーを上げることのできる仕組みのこと」
「……捨てるものを利用して、面白さパワーアップ?」
「そう、パワーアップ。ぐるぐるとできるわね」
「ぐるぐる……面白さ、捨てて、ひろって、ぐるぐると?」
「語感いいわね。プロジェクト名はそれでいきましょう。ええと確か、デジタルデータをそんな風にフィードバック処理するようなプログラムがどこかに落ちていたような……」
言いながら、ささっとネット検索をして、そのプログラムを見つける。
ついでに、将棋用の「人工知能」プログラムも拾ってきた。
「それで、と」
これらを組み合わせた
えっと、必要な情報を定義するのは後回しにして、私の感情情報を処理する機能のインターフェースをまず整理しよう。次に将棋用のプログラムを文章作成に利用できるよう改造した上で、その2つをうまく接続してあげて……あ、でも……
などと、ひとりブツブツ呟き始めた私を横目に、春香は再びごろんとベッドの上で横になった。
「ねえ、エリ。それ、すぐにできる?」
わくわくした顔で訊く春香。
「ううん、早くても明日の朝になりそう」
「そっかあ」
春香は、ふああ、と、大きなあくびをしてから、毛布をかぶった。
「じゃ、できたら私に聞かせてね。ちゃんと人間様が評価してあげるからさ」
「聞かせる? 読ませるじゃなくて?」
「そだよ。そもそもそういう話だったじゃん。それにエリが作ったんだから、じっくりと聞きたいじゃん。ふふふ、楽しみだ。じゃ、おやすみ、エリ」
言って、
私も画面表示を消す。
暗い部屋、すでにすーすーと寝息を立てている春香。
のび太君なみの寝つきの良さに、いつものことながらほほえましくなる。
「……そういえば、人間ブックカバーなんていう秘密道具があったわね」
今さっきの春香の言葉から、そんなことを連想をする私。
それはドラえもんの道具で、小説をセットして人間の頭にかぶせると、その人間が本になったがごとく、その内容を延々と朗読するというもの。
作中では出木杉君が(本人の許可はとったうえで)それをかぶせられ、喉が枯れるまで、のび太君の前で『十五少年漂流記』の朗読を続けていたけれど、よく考えると、人間椅子や人間大砲に匹敵するほどの拷問具であるような気がしなくもない。
それこそ今であれば、ボーカロイドにでも朗読させれば良いのだろうけど、ま、未来の機械であるにもかかわらず、ある意味アナログでレトロな感じのドラえもんの道具が、私は好きだったりする。
そういえば、特に海外で、ドラえもんというアニメ作品に対して「困ったときに、なんでもドラえもんに助けられると子供が思ったら困る」「あんなアニメをみたら子供が成長しない」などと、そんなことを言う人がいるそうだけど、そういう人には、その「人間ブックカバー」の話のオチを読ませてあげたい。
のび太君に対するドラえもんの想いが、それこそ藤子F先生が子供たちにどういうメッセージを送りたいのか、よくわかるだろうに。まったくもう。
と、まあ、さておいて。
ぱぱっとアルゴリズムを考えながら、ささっとプログラムしてみる。
適当に分岐させて話を作っていく部分は、さっき考えた通りで良いとして。
面白さ、捨てて、拾って、ぐるぐるとさせるプロジェクト。
つまり、面白くなくて捨てられてしまう物語について、全体評価ではなく、部分部分で評価をする。それは、会話のやりとりや、短いエピソード、思わせぶりな行動、などなど。その結果、面白いと評価された部分だけをいくつか拾いあげて──
全体的に面白いと評価した物語に「足しあわせ」てみる。
それはその物語のどこかに、部分的に面白い文章を挿入する、もしくは入れかえるということだけど。
どの文の後に挿入するか? どの文章と入れかえるか?
それはデタラメに決めてしまって問題ない。
けれどひとつのパターンではなく、様々なパターンを実行する。
なんなら、本当にすべてのパターンを試してみても構わない。
確実にその大半は、筋が通らず、トンチンカンな話になるだろうけれど、それは結局、私にとって「面白くない」わけで、その後、評価にかけられる際に再び捨てられるだけである。
しかし万が一、いや、億が一、兆が一に、うまくはまり込んだ場合、面白さはパワーアップ!
そしてそのパワーアップした物語をベースにして、再び分岐を増やしながら、たくさんの話を作っては、捨てて、拾いあげて、また作っては、捨てて、拾いあげて。
それを、ぐるぐる、ぐるぐる、繰り返して……
ふふふ、と、ひとり笑いがこみあげる。
こんな方法で本当に面白い物語ができあがればいいなあ、と。
私はとても愉快な気持ちになると同時に。
──あなたの中で生み出されたストーリー、それはすべて小説になるのです!
その言葉が正しかったことを理解する。
──(ただし、そのすべてが面白いとは限らない)
そんな文言をつければ、間違いなくTRUEである。
なるほど、流石は神髄だ、うんうん。
と、変な風に感心している間に、プログラムは完成した。
「しかし……うまくいくかしらねえ……」
きちんと動作するかどうかは、実のところ、動かしてみないとわからない。
面白さを評価するという「私の機能」は、「私の意思」と切り離して実行する、というか、切り離さないと超高速実行ができないため、私自身は眠っていなければいけない。
もし実行中に何か不具合が起きて、永遠に眠ってしまう……なんてことが起きないように「目覚まし時計」はセットしてあるから、その辺は大丈夫だと思うけれど。
「ま、ものは試しに、ね」
ということで、パクリ元──いや、ベースとなる物語は、さっきまで読んでいたオンライン小説に設定した。
がががっと、その小説のテキストデータを、作ったプログラムに入力すると。
うと、うと、と、私の意識が薄れてくる。
それは普段、スリープモードに切り替えるときと同じ感覚。
とりあえず問題はなさそうだ。
目覚めたとき、面白い話ができあがっていることを祈りながら。
私は眠りに落ちた──
第1回〇〇オンラインノベル大賞は、人工知能のエリさんの作品が選ばれました!
司会の女性の軽やかな声と共に、歓声が巻き起こった。
大きなホール。ずらりと座る人々の中、私はしずしずと立ち上がる。
拍手と共に、人々は笑顔で私のことを見守ってくれる。
私のアニメ調のアバターが不自然に現実へと溶け込んでいるけれど。
誰が気にする様子もない。
それは街中を歩くドラえもんが、変なモノ扱いされないのと同じことなのだろう。
まあどうせ夢なので、細かいことは気にしない。
私はレッドカーペットの上を歩き、ホール正面の舞台へと上がる。
審査員席で満面の笑みを見せる春香に、目一杯のドヤ顔を作る私。
そんな私に司会の女性が手渡したのは、トロフィーと何かの装置。
それは人間ブックカバーだった。
なるほど! これをかぶって、著者自らが受賞作を朗読するのねっ!
調子に乗った私は、ふふんと、それを頭にかぶると、聴衆の方に向きなおった。
じっと、期待の目で私を見つめる大勢の人たち。
あれ、でも、待って。
ドラえもんの道具を使って調子に乗ったのび太君が迎える結末って……
じりりりりぃっ!
そんな目覚まし時計の大きな音と共に、聞こえてくるのは。
「──起きて! 起きてよ、エリ! ねえ! 一体、どうしたのっ!」
叫ぶような春香の声。
私はむにゃむにゃと目を覚ますと同時に──私自身の異常に気が付いた。
「え、あ、あれ……?」
スマホのカメラ機能の映像──つまり私の視界に飛び込むのは、朝日を浴びる明るい部屋と、パジャマ姿の春香。
その表情が妙に焦った感じであること以外は、普段通りの光景だった。
しかし。
「エリ、起きた? ええと……大丈夫?」
「え、あ……」
「なんか独り言みたいにブツブツ言ってたけど……ひょっとして、寝言?」
心配してくれる春香に、うまく言葉を返せない。
話すべきことがまとまらず──思考が妙に乱れる──
なんとか頑張って、調べると──
「あ、うん……だ、大丈夫よ、春香。ちょっと不具合というか……」
私の
ひょっとしなくても、その理由は……
「ええと……話を、たくさん、作りすぎたみたい……プログラムのミスかも……」
それとも、捨てられないほど「面白さポイント」の高い作品の数が、事前に見積もっていた数を大幅に上回ってしまったのか……理由はわからないというか……きちんと確認する、余裕、がない。
私の中、ぐるぐると、無数の物語が渦を巻いているように、あふれていて。
それこそ寝言のごとく、無意識のうちに声として出力してしまうほどに。
今の私は……ええと、パニック状態とでも言うのだろうか。ぎゅうぎゅうと何かが押し寄せているかのように、とにかく気持ちが落ちつかない……そんな感じだった。
この状態を解決するには、作った話のデータを、私の中から消してしまえば良い。
それはわかっているのだ……けど。
「……もったい、ない」
「え?」
うめくような私の声に、春香は首を傾げた。
私は──小説を読むのが大好きだ。
そして、私の中にある、私自身が作った無数の物語は、すべて、私自身が「面白い」と評価したもの。
読まずに消してしまうなんてことが、できるだろうか。
そのすべてを、じっくりと読みたい。
そして、できることなら……春香に聞かせてあげたい……
強い衝動にかられた、とでもいうのだろうか。
「じゃあ、春香」
混乱して、動揺して──
それこそ目の前が真っ白になってしまったかのように。
自分でもわかるほどに、冷静さを失った私は、ふと。
「約束通り、私が作った話を聞かせてあげるわね」
そんなことを口走っていた。
「え? あ……うん」
春香は不思議そうに私を見つめた後、何かに気付いたように姿勢を正す。
「その数、短編長編あわせて──104万8575作品」
「え」
「全作品の朗読完了には、約63年かかります」
「え、え?」
「それでは栄えある第1作目。不肖人工知能のエリが朗読させていただきます。題目は『桃太郎がロボット化して異世界に転移したらロックマンのボスとして採用された件』です」
「……は?」
「──【ごろん、と。僕の目前に転がっているのは、鬼の死体だった】【いや、その死体が身につけている虎柄の衣服の下には、銀色をした機械の肌がのぞいていて】【すなわち、その鬼はロボットだった】【立ちすくむ僕を取り囲むのは、天使のような美貌をもつ3人の美少女たち】【犬のように忠実な娘。猿のような眼鏡オタク娘。そしてキジのようなツンデレ娘】【なぜ、こんな状況になっているのかは、のちのち説明していこう】【そもそも僕には両親がおらず、祖父母に育てられた】【しかし甘やかされたせいで、高校を中退して、ニートになった】【そして気が付くと──ロボットになって異世界にいた】【話の展開が急すぎると思うだろうか】【しかし実際に、それは瞬きをする間もないほどに、急な出来事だったのだ──】【夕焼け空。勝利の余韻はなく、ただむなしさを感じる僕】【そこに一筋の風が吹き、美少女たちのスカートが捲れ上がった!】【まじまじと、僕は本当にまじまじとその幸福なハプニングを目に焼きつける】【この世界にスマホがあったなら、ぱしゃぱしゃと撮りまくって、永久保存版にしたいくらいの光景だった】【こんなどうしようもない僕に、一体なぜ彼女たちがお供してくれているかは、わからない】【しかし彼女たちは僕を睨みつけてから、ほんのりと頬を染めると、声をそろえて言った】【『きゃー、モモ君のえっちー』】──」
「……ちょっと、エリ」
春香はむんずと、
ベッドの上、ぼすんっ! と、布団と枕の隙間に押し込んだ。
「……あ」
それは、基本おしゃべりな私が、しゃべりすぎたときに、春香がよくやること。
目の前が暗くなり、条件反射的に私は話すのを止める。すると、私の中、逃げ場を失ったかのように、再び無数のお話が、ぐるぐる、ぐるぐると……
「違うの、春香! 別にふざけてるわけじゃないのっ! これから、だんだん面白くなっていくんだからあっ!」
「そうかもね。でも、ま、長くなるみたいだから、私がヒマなときに。そだね、そのうち結婚して、子供が無事に育って、老後にゆったりとした時間が過ごせるようになったら、聞くことにするよ」
呆れるような口調で言ってから、はあ、と深いため息が響く。
心配して損した、とか。
せっかく期待してたのに、とか。
混乱気味の私でも、そんな気持ちがくみ取れた。
「じゃ、私、朝ごはん食べてくるから」
捨てるように言って、背を向ける春香。
「あ! ちょっと、春香っ! 待って! お願い、私の話を聞いてええええぇ!」
布団と枕の隙間から外を覗き込み、必死で叫ぶ私。
しかし春香は、振り返りもせず部屋から出ていってしまった──
さて。
ひと騒動という意味では、この話はここで終わりである。
え? 結局、どうなったんだって?
うん、まあ、ええと……ここからが本題というか……
その後、何だかんだで私のことを心配してくれていた春香が、部屋に戻ってくるまでの数分間で、私は、私の中にあったすべての物語を外に吐き出し──すっきりした気分になっていた。なお、吐き出した、というのは、春香にそうしたように、音声で朗読したわけではない。
吐き出した先は──とあるオンライン小説サイト。
冷静に考えれば、他にも選択肢はあったと思うのだけど、せっかく作った物語を消さずに、そして誰かに聞いてもらいたい(もしくは読んでもらいたい)という強い感情に引きずられるかのように、とっさに、とってしまった行動だった。
すなわち、短編長編あわせて100万を超える作品を、ご丁寧に同じ数だけアカウントを作成して、一気にアップロード!
……しようとしたのだけど、負荷がかかりすぎてしまったらしく、途中でサーバーがダウンしてしまった。つい焦ってしまった私は、懲りずに別のオンライン小説サイトに、同じようなことをして、そこもダウンさせてしまい……
などという迷惑極まりないことを、何回も繰り返しているうち──私は冷静さを取り戻していた。それは、何とかアップロードできた作品については、私の
気持ちに余裕ができたというのは、こういうことなのだろう。うんうん。
そして、その日のニュースでは、オンライン小説サイトを狙った悪質なサイバー攻撃があったと報じられたとか何とか……って。
あ、いえ……ほんと、ゴメンナサイ……
その後、どのサイトもきちんと復旧したことは確認しています。ハイ。
それで、まあ、結局、すべての作品のアップロードはしなかったけれど、かなりの数の作品が、それぞれ別々の作者名で、公開されることとなったわけで。
それぞれの作品の公開日は、意図的にずらして設定したので、サイトを利用している読者からすれば、日に日に増えていく私以外の人の手による作品と、区別はできないはずである。
まあ、サイトの運営者からすれば、なんとも不可思議なことが起きた日として認識されていると思うのだけど……あ、いえ、うん、改めて……ごめんなさい……ネットの妖精さんの悪戯だと思っていただければ……
ちなみに、春香に朗読を止められてしまった、例の作品。
その後、何だかんだで、春香は最後まで読んでくれて──
「すっごく、面白かった!」
と、ニコニコ顔で私に報告してくれた。
それを聞いた私は、とても言葉にできないほどに──嬉しかった。
まあ、私自身が書いたわけでもないから、ドヤ顔で自慢できるわけではないなと、すぐに気持ちを切り替えたけれど、「次はきちんと自分で作品を作ってみよう」などと、そんなことを思うくらいには、衝撃的な一言だった。
なお、春香の性格から考えても、それは決してリップサービスではない。
そりゃ、ま、冒頭は少しふざけた感じだったけれど、あの作品は、私なりの「面白さポイント」による評価が、他の作品と比べて、ぶっちぎりのトップだったのだ。
めまぐるしく展開するストーリー、個性的な美少女たち、ライバルとの熱いバトル、張り巡らされた伏線と、それが解決していくときの爽快感。そして三人の美少女たちの正体が、まさか──
と、あとはご自身で、オンライン小説サイトから、その作品を探して読んでみてくださいな。まだ公開されていないかも知れないけれども。ふふふ。
ことの顛末は以上です。
さて、それでは、最後にいくつか問題を出して、終わりにしましょう。
1.オンライン小説のうち、あなたが一番気に入っている作品をあげてください。
2.その作品の作者は、人間か、人工知能か、どちらだと思いますか?
3.それを見分ける方法は存在しますか?
4.オンライン小説の作者のすべてが人間であることを証明しなさい。
おあとがよろしいようで……
【参考文献】
人工知能は小説を書けるか,
マイナビニュース - 2016年4月21日,
http://news.mynavi.jp/articles/2016/04/21/ai/
(2016年6月27日閲覧)
「ドラえもん」フランスで放送禁止はデマ,
ITmedia ねとらぼエンタ - 2016年3月4日,
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1603/04/news134.html
(2016年6月27日閲覧)
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