サプリメント

オレの落ち着かない気持ちが一気に脹れあがったのは、昼休みに3組のクラスまで出向いていった時だった。

何となく教室の中に入るのがはばかられて、扉のところで中の様子をうかがっていると、ちょうどアヤメと目が合った。

寄せた机でお喋りをしていたアヤメは、オレに気付くと「何か用事?」と問い掛けるように小首を傾げてから、こっちまで来てくれた。


「今日、長井は来てないのか?」


「長井君? あ、今日はお休みみたいだね」


たぶん昨夜のオレの災難についての話だと思ってたんだろう。一瞬意外そうな顔をした後、振り返って一度長井の席らしい辺りを確認してからアヤメはそう答える。

来てない――予想通りでありつつも、覚悟はしていなかった返事に、オレはドキリとする。


「そか」


「どうしたの?」


「いや、そのな……」


アヤメ他、魔術士パーティーのみんなには、まだモロモロの話をしてないもんだから説明しづらい。


「昨日の夜にくれたメールのことと関係あるの?」


関係があると言えばあるんだけど、長井は関係があるようなないようなで、やっぱりなんて説明すればいいのか困るよな。

コンビニの裏で私服の黒ずくめ(というのも変だけど)たちに襲われて撃退したって話は、その後ファミレスに着いた時点でみんなにはメールしておいた。

そんで、みんなそのメールにはすぐに返事をくれたワケなんだけど、約一名、うんともすんとも返信をよこさないヤツがいた。ウメノだ。

実は昨日、昼休みにいなくなったウメノは五限目になっても教室に戻ってこなかった。

長井と一緒だったら色々と話すことなんかもあって、昼からの授業はサボタージュしたのかも知れないと思ってたんだけど、夜のメールに返信もよこしやがらねえし、何より今日は学校を休んでやがる。

子供じゃああるまいし心配をしてるとかじゃないんだぜ。でも長井とのコトの顛末がどうなったのかにはキョーミがある。いわゆる野次馬ってヤツだ。


「そうだ、昨日の午後はどうだった? 長井は午後の授業はちゃんと受けてたのか?」


「え? えと、どうだったかな……」


アヤメはそこにカンペでもあるかのように何もない宙をしばらくの間注視する。コイツに限ってゼッタイ狙ってるわけじゃないだろうが、少し唇をすぼめて記憶を探る表情なんて、そこらの清純派アイドル顔負けの可愛さだよな。


「あ、いなかったよ。当てようとした先生が繰り返し名前呼んでたの何となく聞こえてたから」


何で教壇に立ってる教師の声が何となくにしか聞こえない!?

オレが不思議そうな顔してたんだろう。アヤメはてへへと笑いながら続ける。


「お昼のお弁当で食べた煮込みハンバーグとかの事を思い返してたらそのままちょっと寝ちゃってたの」


……コイツが幸せそうに寝てたら教師も黙って見守ってそうだよな。

いや、それにしてもやっぱり長井も昼休みの後は戻ってこなかったんだな。

それにしても昨日の昼からそのまま今日までか……。もしも二人が付き合ったとしても、その日にお泊まりとかってするもんなのか?

つか、二人とも制服のままでどこに泊まるんだ? やっぱ家か?

そういやウメノの家ってどこだか知らないよな。

長井の家だったら親父さんの喫茶店の方じゃないんだろうな。もしかするとお袋さんがたまたま旅行に行ってるとかか?


「でも昨日は大丈夫だったの? 黒ずくめの人たち三人もいたんでしょ?」


……おっと、いけね。心配げなアヤメの声が、走り出しそうになるオレの妄想にブレーキをかけてくれた。


「え? ああ、魔法は使えないけど、その分機転を利かせて切り抜けたよ。

たまたま同じクラスのツレも一緒だったから、そいつらに危害が及ばないかヒヤヒヤだったけどな。

まあそのことは落ち着いた時にまた話すよ」


いや。でもそうか。

二人一緒のところをオレみたいに黒ずくめの野郎どもに襲われて……って可能性もある、か。

けど、あの化物ウメノさんに限ってそんなあっさりと攫われたりはしないよな。魔法だって使えるんだし。

やっぱ実際のトコは付き合い始めてテンションのあがり過ぎたアイツらがハメ外して遊んでるだけって可能性の方が高いのか。


「でもユキトくんのトコに来たってことは他の子のところにも来るかもしれないのかな……?」


「ああ、どうなんだろうな」


やっぱり不確かな憶測を口にすることはやめておくか。

今ここで一から説明するのもめんどくせえし。オレがアイツのことを気にしてるように思われてもイヤだし。


「アヤメ、今日の放課後は時間とれそうか?」


「うん、大丈夫。全員集合ね。でも今のってちょっとデートのお誘いみたいで、なんか嬉しい」


そんな真っ直ぐに、こっちこそが嬉しくなっちまうようなことを言わないでくれ。


「またみんなにもメール入れとく」


気の利いたセリフの一つでも言いたいのにビミョーに視線を外してしまう。くそ、オレの意気地なし。

とりあえず放課後にみんなで集まることにして、もう一度ウメノにも呼び出しメールを送ろう。もし万が一それにも返事がなかったら、その時にみんなに言えばいいか。


「放課後はカリン先生来られないだろうから、今から保健室に報告兼ねて顔出して来るわ」


昼休みはまだ少しだけ時間残ってる。


「わたしも行こうか?」


とは言うけど、アヤメはちらりと教室の中を振り返る。お喋り途中だった友だちが気になるんだろう。


「いいよ。先生には報告だけだし。友だち待ってるだろ」


アキラやサブローみたいな友だちは、きっと一般的じゃないだろうからな。


「分かった。あ、ところでね」


アヤメが何か言い掛けて一度口を噤む。


「おい、どうした?」


「ん。ちょっとこっち、来て」


言葉を濁したままのアヤメは、廊下のドアから少し離れたトコまでオレの袖を掴んで引っ張ってく。教室から見えない位置だ。


「え、 え」


なんだ、この急展開は?

ちと……いやかなりドギマギするじゃまいか。


「あのね、ユキトくん……」


アヤメの顔がオレの顔に寄せられる。


「あっ……うん、なに?」


女子とこんなに近いの初めてだ。

目ぇでけえ……。

あ、ふわっと、甘い匂いが……シャンプーとかリンスとかの匂いかな?

頬にアヤメの息遣いを感じる。

コレって、なんていうか変な感想なんだけど、手を伸ばせば触れるところに本当に居るってのが実感できるというか。

いま廊下には人いないし……教室の中からは見えないし……ちょっとだけ、その柔らかそうなほっぺた触ってみてもいいの、かな?


「あの、アヤメ……」


「こないだみんなに断れって言われてたサプリメントの話なんだけど……」


「って、それかい!!」


「あっ、もちろん断ったんだけどね。でもその友だちがちょっと気になること言ってて……」


「なんでもいいけど、そんなの勧誘してくるのなんて友だちじゃねえだろ」


自分でも声がぶすっとしてるのが分かる。

いや、アヤメにじゃなくて、その友だちとやらに怒ってるだけなんだぜ。もちろん期待してドギマギしたのが勘違いだったからやり場のない腹立ちを感じてるとかじゃないんだぜ。


「それはそうなんだけど……」


「う、ごめん強く言い過ぎた。で、どうした?」


だめだ、アヤメがしゅんとするとほとんど脊髄反射で慰めにまわっちまう。


「うん、あのね。ゼッタイに秘密らしいんだけど、その子が言うには、その元気になれるサプリメントってのが本当は日本ではまだ開発されていない〈魔法が使えるようになるサプリ〉なんだって」


は? 何なんだ? その夢のような健康食品は。ってか、それはすでにサプリじゃないよな。


「そりゃあ、完全にサギだろ?」


飲むだけで魔術士になれるんなら、そりゃもちろん夢のような薬だろうけど、そんなものがマルチ商法で回ってくるはずがないじゃないか。

もしそんな物を開発できるとすれば、それはカンパニーだけだろうし。んで、カンパニーがそんな薬を作ることに成功したんならオレたちにも何らかの報告があるだろうし。


「しっ、ユキトくん、声大きい。でもやっぱりそうだよね」


「そもそも魔術士としての資質が何なのかさえ解明されてないらしいからな。腫瘍説とか色々あるみたいだけど」


「うんうん。ただその子があんまり真剣だったもんだからちょっと気になっちゃって」


「だいたい、そいつ自身は魔術士になったのかよ?」


「それがね、自分の下になる会員さんを1人勧誘しないとそのサプリは扱えないんだって。だからその子も必死なんだと思う……」


「ホラ、やっぱ胡散臭せえ。何にしても、そんな話には絶対に乗ったらダメだぞ」


「うん、わかってるよ。ありがとう」


「じゃあまた放課後に」


「ばいばい」


コレが二人っきりで会う約束ならどんなにいいか。

ニコニコと手を振ってくれるアヤメをもうちょっと見ときたかったが、断腸の思いでオレは保健室へ向かう。

保健室の前に着くと、中から話し声が聞こえてきた。珍しい。

昼休みにここに一般の生徒が来ていることはほとんどない。授業中に具合が悪くなったりケガをしたりして保健室にやってくる生徒も、昼休みに食い込むほどに状態が悪い場合は家に帰されるからだ。だからこそ、オレたちが溜まり場にできるんだ。


「なんだ、ウメノ来てたん……」


てっきり授業に出ていなかったウメノが保健室にだけ顔を出してたのかと思って、オレはドアを開けながらそう声を掛けかけた。

だけどカリン先生に向かい合って座っていたのはウメノじゃなかった。


「って、あれ、ランか」


カリン先生と何やら話し合っていたらしいランが振り返る。


「あら、ユキトさん。どうしましたの? 昨日のこと?」


ごく淡く、ほんのりと爽やかな甘い匂いが漂っている。煎茶かな。珍しく今日は紅茶じゃないのな。


「ああ、そうだ。一応カリン先生に報告しとこうと思ってな。ランは? 珍しいよな、一人で来てるの」


そう言えば、さっき教室にランの姿を見なかったな、と今更になって気付く。


「そうでもありませんわ。たまに先生が美味しいお茶菓子を用意してくださるから」


言ってちらりとデスクの方に目を向ける。

すでに空になった二つの小さな皿。

脇には和菓子屋の物らしき包み紙。茶碗の煎茶を思わせる淡いグリーン地に、落款っていうのか、赤と白の四角いハンコみたいなのが散らされてる。店名かな? 読めないけど。


「私の通勤路に一鶴庵って和菓子屋があってな。個人の店だけど、ランがえらく気に入ってるから、たまに買ってくるんだ」


オレの目が包みに向けられていることに気付いたらしい、カリン先生が淡々と説明する。


「なんだよ、二人だけで」


ずっこいよな。これはダンコ抗議するとこだ。


「いや、それは誤解だぞ。今日はたまたまランだけだが普段はみんなも来てるからな」


普段って、え? オレ呼ばれたコトねえっ!?

え?

え?

……オレって〈みんな〉の中に含まれてないの??


「どうせ君は和菓子になど興味ないだろう?」


カリン先生はカリン先生らしく冷たくそう言い放つ。


「って、なんでそんな決めてかかるんすか!? オレ勧められたこともないですよ」


「じゃあ訊くが、上品な甘さのしっとりとした求肥をこの一鶴庵の売りである少し塩の効いた黒餡で包んでこっくりとした最高級丹波栗の蜜煮をあしらった栗鹿の子なんぞに君は興味があるのか? 男子高校生なんぞ目玉焼きハンバーグとフライドポテトとドリンクバーがあればそれで満足なのではないのか?」


「あるよ、あります! オレだってその何とかいうお菓子にキョーミシンシンです!!」


「分かった。分かったから泣くな、鬱陶しい」


泣いてなんかないやい。コレはちょっと汗が目に入っただけだい。


「とにかくコレでも飲んで落ち着け、ユキト」


言いながら先生は指先で摘んだ小さなカプセルを掲げてみせる。


「なんの毒ですか?」


「パラコートだ。液体ではなく、君のためにわざわざ結晶をカプセルに入れたんだ。飲んですぐに死ぬというんけではなく、一週間ぐらいかけてジワジワと死に至る。まあサプリメントとでも思ってもらえばいい」


「ジワジワとですか」


「ああ。肺をやられてな」


「サプリと言えば」


「飲まないのか?」


「飲みません」


当たり前だ。

それよりサプリと聞いてオレはさっきアヤメがしていた話を思い出した。


「気が変わったら今すぐにでも言ってくれ」


「今すぐって、どんなに気分屋なんですか」


「で、サプリがどうした?」


会話のキャッチボールにはあんまり固執はしないんだな、先生。


「こないだアヤメが言ってたマルチのサプリなんですけど、なんでも魔術士になれるサプリらしいんですよ」


「魔術士になれる?」


「ありえませんよねえ」


HAHAHAと笑いかけるオレを無視して、カリン先生は何か考え込む。


「なあ、ありえないよな? ラン」


アメリカンな笑いを空振らせないために、ランにも意見を求める。


「そうですわね……いえ、実は……」


ランが確認するようにカリン先生を見る。

カリン先生は頷く。


「この前にユキトさんが言ってた、キュクロープスのハント報酬の支払い先の件なのですけど」


「キュクロープス……」


って何だっけ? ……あ、そうか、オレがランに訊いたんだ。横取りされたキュクロープスの報酬が誰に振り込まれたのか分からないのかって。


「分かったのか?」


「ええ、担当の方が今度のはすぐに調べてくださったのですが……」


すぐにって言っても、お父様の名前をだしたら、なんだろうけどな。


「で、誰だって?」


「報酬は、支払われていないそうですわ」


「え? 誰もお金貰ってないってのか?」


報酬が誰にも支払われていない――もちろん、まったく無いケースではない。

バグの消滅が魔術士の手によるものでなく、他の異界体の攻撃や偶発的に起きる流入魔力にぶつかってダメージを負ったりした場合。

オレたちは経験ないんだけど、ダメージを蓄積して、あと少しで倒せるという段になってそんなことになることも極々まれにはあるらしい。たぶんむちゃくちゃ悔しいだろな。

だけど今回はそうじゃない。黒ずくめたちが愛しのキュクロープスたんを倒しちまうところをオレたちはしっかりと見ている。

それはつまりどういうことかというと……。


「あいつら、カンパニーに登録されている魔術士じゃなかったのか」


「ええ。でもカンパニー所属でない魔術士なんてあり得ないという話を今ちょうど先生としていたところでしたの」


「普通に考えれば魔術士になれる薬なんてマユツバもいいところだとは思う。だがこの状況だ」


アヤメの言葉を受けたカリン先生が続ける。


「カンパニーじゃない他の企業がそういう薬を開発して、その効果で魔術士となったヤツらが黒ずくめたちってコトか……?」


「そういう推測も成り立つってだけだがな。しかし――」


カリン先生はメガネの蔓をクイッとあげて、オレに鋭い視線を向ける。なんも悪い事してないのにゴメンナサイって謝りたくなっちまう。んでも、ずっと見られていたい……。


「ユキト、昨日三人に襲われたんだろう? どんなヤツらだった?」


ゴメンナサ……じゃなかった


「もうランから聞いてるんですね。えと、ちょいとガラの悪い感じだけど、フツーのヤツラでしたよ。たぶん齢もオレらよりちょっと上ってぐらいで。あ、車使ってたから18にはなってんのかな」


オレがそう答えると、先生は大きく頷く。


「今更になるが未成年者の魔術士は少ない。なぜならば異界と交信する能力は後天的に発現するもので、しかもその発現は統計的にみてある程度の年齢以上に偏っているからだ」


「わたくしたちは特殊な例、ということですわね」


「そう、その特殊な例が君たち以外にも少なくとも三人集まっている。そしてこれは君たちの話を聞いてのただの印象に過ぎないのだが、黒ずくめの集団の他の者たちもそれほど年配者はいないのではないか?」


「あ、はい。みんなマスクと帽子で顔は隠してたけど、言われてみるとみんな若そうでした」


確かに黒ずくめたちはどいつもこいつもおっちゃんおばちゃんって雰囲気はしなかった。改めて考えると確かに特殊過ぎる状況だよな。


「もしも本当にそんなお薬がマルチ商法のネットワークで売られたのだとすれば、年齢的には符合しそうですわね」


ランの表情は硬い。この〈もしも〉が本当だった場合を考えるとそれも当然か。


「もちろん異界、あるいは人類の側になんらかの異変が起きて低年齢層の魔術士が大量に現れた、という考え方もできるのだがな」


そう言いながらも、先生自身もそのケースはないだろうと思ってる感じだ。それじゃハント報酬の件の説明が付かないからな。


「偶然にしちゃ出来過ぎてるって。ゼッテー関係あるよ」


もう間違いないだろ。

んで、これでヤツラに辿り着く糸口が掴めたことになるな。


「でも、だとしますと、アヤメさんのご友人も魔術士になられたんでしょうか?」


「なんでもまだ下っ端だからその薬は扱えねえらしい」


「そうなんですの。でもそのご友人の線から、あの方たちを手繰ることはできますわね」


「ああ、さっそく今日の放課後にでもアヤメに連絡とってもらおうぜ」


しかしオレとランのそんなやり取りにも、カリン先生は慎重な態度を崩さない。


「それにしても、まだ向こうの目的がはっきりとしてないのだがな」


肘を抱いて手にアゴを乗せると半ば独り言のように呟く。


「そんなの捕まえてから聴き出しゃいいじゃないですか」


――キーンコーンカーンコーン


ここでタイムアップ。予鈴だ。そろそろ教室に戻らないとな。

そして地味に楽しんでいた、この双璧ならぬ双山……いや双双山か、ともお別れの時間だ。

とりあえず、今の話と放課後の集合の件は授業中にコソッとウメノとサクラにメールしとくか。


「ところで、さっきどうしてウメノが来てると思ったんだ?」


「ユキトさん、わたくしだと分かってとっても残念そうでしたわ」


う。

もう説明する時間もないんだが……。

いや……じゃあとりあえず三行で。残念そうじゃなかったことも証明しとかないとな。


「ランのクラスに長井っているだろ。アイツに頼まれてウメノとの仲取り持ってやったら、二人とも昨日の昼にフケたまま、今日もガッコ休んでやがんだよ。んでもココにだけは顔出しに来たのかなあと思っただけで……」


「ユキト」


あれ、カリン先生、すごく顔こわいですよ。なんで?


「はい」


「君はバカか?」


「ユキトさん、忘れたんですか!? 盗聴機はここ、学校内の保健室に仕掛けられていたんですよ!」


あれ。なんで、ランまでものすごい顔してんだ……?


「 えと……えっと?」


えと、えと……。

だめだカリン先生にバカと言われたショックと、何だか怒っている双双山に責め立てられてちゃ、何が問題なのかが分からん。


「少なくとも黒ずくめたちのメンバーのうちの一人はこの学校の関係者である可能性が高いと前にも話したろう」


あ、そうか。この二人は長井を疑ってるんだ。


「いや、違うって! 長井はいいヤツなんだって!!」


「君がその長井君に騙されている。その長井君が騙されて使われている。長井君が脅されて使われている。あるいは長井君自身も気付かないうちにその行動が利用されている。可能性は色々あるが、この状況でウメノが姿を消したというのに、君は何をノンビリとしている!」


オレはカリン先生のこの言葉に頭をガツンと殴りつけられたような衝撃を受けた。


「いや、まだ姿を消したとかじゃ……」


我ながら弱々しい返事。

ダメだ……完全にカリン先生の言う通りだ。もしも余計な心配だったとしても、オレは今朝にでもみんなに連絡をとって、すぐにウメノを探しに行くべきだったんだ。

今頃になって手が震えはじめる。


「ラン、みんなに連絡しといてくれ!」


言い放つと、保健室のドアを開けるのももどかしくオレは廊下に飛び出す。

走りながらスマホを取り出すとウメノに電話を掛ける。

階段を三段ぬかしで駆け下りる。

すでに人気のない廊下を走り、校舎を出る。

この時点でまだウメノは電話に出ない。

留守番設定にしてないのかコール音だけが鳴り続けてる。

一度切り、今度は長井に掛け直す。

今度は4コールで留守電が応答する。

校舎裏の駐輪所に急ぎながら何度も掛け直すが出ない。


――しくった!


駐輪所に着いたところでオレは自分の失敗に気付く。チャリの鍵が教室のカバンの中だ。

もう授業は始まっちまってる。取りに戻ったら、また出るのが難しくなる。


「捜すアテはあるんですの?」


「うおっ!」


不意に声を掛けられてめちゃくちゃビックリした。

って、ランか。先生に見つかったかと思ったじゃねえか。

つか、もう追いつかれたのか。デカパイなのに走るの早いな。


「長井の親父さんがやってる喫茶店がある。とりあえずそこに行ってみるつもりだったんだけど……」


「二人とも電話には出ないんですのね」


「ああ」


「もしかすると一刻を争うかも知れませんわね」


「ああ」


「校門の方に車を呼んでいます。それから魔法を使おうと思います」


「魔法?」


「とにかく車に向かいましょう」


「分かった」

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