友だちとB系と
さて、昨日は休みだったけど今日はバイトだ。
オレの入る時間帯の仕事はほとんどレジ打ちに終始するが、一緒に入っている店長が少し客足が引くとすぐにバックヤードに引っ込むのはもはやデフォルト。
店長と入るのはイヤなのに、何故かオレは店長ばかりと組まされる。たぶん他のスタッフもみんな嫌がるから、新人のオレに貧乏くじが回ってくるんだろう。
そして少し客足が引き店長も裏に引っ込んだ午後七時過ぎ、またもや店に意外なヤツらのご来店。つか、みんなヒマか?
「よう、ユキトやってるか?」
手を挙げてズカズカといった態度で店に入ってきたのは剣道バカ。
竹刀袋のストラップを肩から提げてるところを見ると部活の後か。
「この時間にこの店来るのは初めてだな」
後に続くのはチャリで来たんだろうに何故か手に本を持ってるノッポ。
「他に幾らでもコンビニはあるだろうに、何しに来たんだよ?」
コイツら、人のバイト先にまで押しかけて昼休みの続きをやろうってんじゃないだろうな。
「ボクは図書館帰り、アキラは部活帰りだよ」
んなことは見りゃあ分かる。何しに来たのかが問題なんだ。
「失恋した友人を慰めてやろうと思ってな」
早く給料日こないかな……。そしたらオレ、アキラに剣道の試合申し込むんだ。
「えー、すんませんけど、他のお客さんの邪魔になりますんで」
とりあえずは相手にしない、コレに限るな。
こちとら勤労少年は、ちゃらちゃらしたヤツらになんて構ってられないんだぜ。
「客なんていねえじゃん」
「さっきまではいたし、これからまたすぐに来るんだよ」
「学校も会社も近くにないこの立地なら、この時間は暇だよね」
「この店の客入りは立地になんか左右されねえんだよ」
つか、店長。ランたちが来た時にはすぐに出てきやがったクセに、男だったら出てこねえのかよ。頼むから勤務中のスタッフに構うなとかなんとか言って、コイツらを追い出してくれよ。
と思ったら、
「友だちかい?」
うをっ!?
まさかの降臨!
「はい、クラスメイトなんです」
ハキハキとした返事。
アキラ、目上にはやたらと爽やかだな。これが体育会系ってヤツか。
「うん、そうか。だったらユキト君、今日はもう上がっていいよ」
「え!? いや店長一人になっちゃいますよ?」
「大丈夫、私が二人分働くから」
店長はそう言うとキラリと歯を輝かせた(つもりらしい)。
いや、別にカッコよくねえし。余計なお世話だし。
てか、それコンビニのルール的に問題あるんじゃないのか?
「サーバーが落ちたかしてサイトにアクセスできないんだよ。復旧は25時頃になるらしいし……」
ああ、オンラインゲームできなくなってヒマになったんだな。
だけど店長、頼むからそういうことをセキララに言うのカンベンしてくれ。
「せっかく友だちも来てくれたんだ。人手が必要だった先週とかユキト君には随分と頑張ってもらったから、今日は特別に早上がりしてくれていいよ」
うん、最初からそのセリフだけで良かったんだよ。
で、上がった。てか、上がらされた。
上がれって言われてんのに居座り続けるほどの情熱もなかったからなんだけど、男子高校生三人がガン首並べて、じゃあこれからどうしようか? って感じなんだが。
「メシは?」
アキラが訊く。部活の後だから腹減ってんだろうな。
「食べてないよ。どこか行く?」
いいかげんサブローも本を鞄に入れる。
「マックかガストなら、なんとか」
いつまでもセブンライフズの前で立ち話もなんだし、どちらの店もチャリならばすぐだ。
外食なんてゼータクすぎるが、このまま帰っても、きっとオレの分の晩ごはんはない。それにコイツらと学校の外で会うのも滅多にない機会だし、たまにはいいだろ。
「じゃあガストな」
オレの言葉が終わるか終わらないかのウチに、サブローが決断を下した。
「オレ、チャリンコ裏だから取ってくる。ちょっと待っててくれ」
コンビニの店舗前にお客用の駐輪スペースはあるが、スペースが限られているためスタッフは店の裏側に自転車を置くことになっている。
そこはバックヤードにある締め切りの窓にこそ面した裏側だけど、一旦通りに出てから隣の雑居ビルの向こう側の路地から入って大回りをしないと行けないようになっている。
狭い路地に入ると、オレは小走りに愛車へと向かう。
――ん?
袋小路でこそないものの、通り抜けをする意味もないような道。9月も終わりだというのに幾つかの室外機が唸りを上げてむっとしている。
こんな場所に喜んで留まるヤツなんていないだろうに、スタッフ用駐輪スペースには三つの人影があった。
パーカーのフードの下にキャップ。
ダブダブのトレーナーとジーンズ。
光沢の黒ナイロンパーカーに後ろ向きに被ったキャップ。
……三人ともがいわゆるB系だな。
多分みんな十代。オレと同じか少し上ぐらいか。何となく雰囲気の良くないヤツらだ。
あ、ナイロンパーカーのヤツが勝手に座ってるのはたぶん店長の原チャリだ。まあオレのじゃないから別にモンクはないけど。
オレは目を合わせないように気を付けながらそいつらに接近する。もちろん接近なんてしたくはないんだけど、オレのチャリンコは店長の原チャリの隣だし。
目逸らすとか接近したくないって言っても、別にビビってるワケじゃないぞ。
ホラ、あれだよ。オレってラブ・アンド・ピースだからよ。平和主義で博愛主義で非暴力・不服従だからよ。
三人はオレに気付くと会話を止めた。なんすか、揃いも揃ってその獲物を見つけたジャイアンのような瞳は!?
ダブトレーナーが、喫っていたタバコを指で弾いて捨てる。
「おい」
黒ナイロンが低い声を発する。
やたらと偉そうにしてやがる。どうやらコイツが三人のリーダー格のようだ。
「は、はい!?」
オレの声が裏返ったのは変声期だからだ。念のため。
「夏目ユキトか?」
「は、はい!?」
声が裏返ってるのは同じだけど、今度のは驚きと疑問が込められた多義的な「はい」だ。この黒ナイロンなんでオレの名前知ってんだ?
あ、どーでもいいけど、黒ナイロンって不燃物のゴミ袋みたいだな。
「聞いてた時間よかだいぶ早ぇえな」
キャップ・オン・フードが地面に唾を吐いて言う。
痰が絡むなら一度呼吸器科の受診をオススメします。
「いいじゃん。早く済んで」
ダブパーカーがダブダブジーンズのウエストをずり上げながらオレのすぐ傍まで歩いてくる。
いや、何が済むんすか!? 何にしてもたぶんオレが良くないんですけど……。
「あの、どちら様で?」
何だよ急に寒波が襲来したんじゃねえか? 寒くて歯がガチガチ鳴っちまうからまるでオレの声が震えてるみたいじゃないか。
と、
パンッ!
視界に火花。
左のほっぺたから耳にかけて、ジンジンと熱いような痛み。じわりと勝手にこみ上げてくる涙。
「なあ夏目クン? オレたちと一緒に来てくれない?」
いや、ビンタしてから質問って順番おかしいだろ。
ダブパーカーが立てた親指で指す先は通りに出る道。オレが来たのとは逆方向で、通りにワゴン車が停められてるのが見える。
日焼け対策バッチリの車だな、おい。全部の窓が真っ黒じゃないか。
UVカットに関してだけはお客様をもてなそうという気概が感じられるけど、そんな唐突なお誘いに乗っかるほど、オレは尻軽じゃねえし。
でもコレ、イヤって言ったらもう一回ビンタ飛んできそうだよな。
「よっこらしょっ」
どうやらオレの戦略的黙秘に痺れを切らしたらしい黒ナイロンが原付きから降りる。
ポケットから手を出す動きそのままの流れで、手首を振る。ショキンという音と銀の光が閃いたかと思うとそこにはナイフ。
「 抵抗したら脚でも腕でも刺す。コッチは殺しさえしなけりゃどんな状態でもいいんだからな」
――バタフライナイフ!?
見憶えがある、その凶器。コイツら……。
「アンタら黒ずくめの!?」
「そーだよ」
「魔法、使う金ねえんだろ?」
ナイフをクルクルと弄びながら黒ナイロンがニヤリと笑う。
オレが金欠ってコトまで知ってやがる。やっぱり保健室の盗聴器でオレたちの会話は筒抜けだったんだ。
コイツらが黒づくめなら、刺すと言ったのもハッタリじゃ……ないよな、やっぱ。
だけどおとなしく付いて行ってもゼッテー明るい未来は待ってねえ。逃げる……しかない。
このさっきから武者震いを続けてる足がしっかりと動いてくれればだけど。
「しかしまあ、念のためだ」
ナイフの動きが止まる。
「夏目クンの逃げ足が速くないとも限らねえからな」
にやけた顔が心もち素になる。天を仰ぐように顎をあげるとその口を開く。
黒ナイロンは魔式ダウンロードの呪文の詠唱を始めた。
『名を喪いし兎よ 我にその脚を貸し 時の針を飛び越えさせたまえ
――クロック・ラビット』
宙空に走る切れ目。
〈こちら〉に滑り込んでくる蒼く輝く魔式。
ダウンロードされた術字の列は渦を巻いて、金色の懐中時計の形をとる。
だが魔力がその形の像を結ぶのは一瞬で、
「カマン!!」
黒ナイロンの一声。
時計はすぐに力強い金色の光に変わり、黒パーカーの脚全体に纏わりつく。
そして一際強く発光し消える。
「んー、いい感じだ」
黒ナイロンに再び品のない笑みが戻る。
……終わった。
速力強化魔法『クロック・ラビット』はあの晩にも目撃したが、目で追うことさえできないスピードを発揮していた。あの速度で動かれれば、戦って勝てないどころか、100メートルのハンデを貰って逃げてもすぐに追いつかれちまうだろうな。
んで、あとの二人もたぶん魔術士で、コイツには刺すことにタメライはない、と。
おとなしく付いていくしかないか。その先は考えたくないけど。
と、その時――
「おーい、ユキトー」
背後から声がした。アキラだ。
この路地に入ってきたのか。
「いま何か光らなかった?」
サブローも来たのか。
だけど、
「なんでもない。すぐに行くからちょっと待っててくれ」
オレの口からは咄嗟にそんな言葉が出ていた。
黒ナイロンが不思議そうにオレの顔を見た。なんで助けを求めないんだ?って顔だ。
いや、オレだって言い終わったこの瞬間にはもう後悔してるさ。
二人が来たら助けになったかも知れないのに、こんなくだらないヤセガマンとか、自分でも意味分かんねえ。
……いや、そうじゃない。別にカッコつけてるんじゃない。
黒パーカーはオレを殺さなけりゃどこ刺しても構わないって言ったんだ。それはオレに用があるってことなんだろうけど、言い換えりゃオレ以外は殺してもいいって考えてるかも知れねえんだ。
事情も知らない二人が何の警戒もせずにこの場に来てしまったら、問答無用でコイツに刺される可能性が高い。
それならオレがおとなしくついて行った方が、被害は少ない……はず。
アキラの性格なら、こんな状況を見たら黒パーカーに戦いを挑むかも知れねえ。もちろんコイツらが魔術士だなんて知らねえし。
まあ知ってても向かっていきそうだけど。
だが、魔法で速力アップしてるコイツにはいくら剣道の段持ちのアキラでも勝てるわけがない。
だからオレはB系魔術士たちが何かを言う前に、アキラたちの足を止めさせなければいけなかったんだ。んー、オレってこんな時でもクールでクレバーだ。
……って、あれ?
オレのすぐ近くのダブトレーナーの顔がオレじゃなく、オレの背後を向いている。
黒ナイロンと、キャップフードの視線もオレを通り過ぎ後ろに向けられてる。
「何やってんすか? もしカツアゲならそいつ金ないっすよ?」
アキラの声が近い。
すぐ後ろだ。来ちまったんだ。
そうだ、来るなって言ったらコイツらなら来ちまうよな。失敗した!
「なんだ、仲間いるなんてのも聞いてなかったよな。
護衛か?」
キャップフードが地面に唾を吐く。
「刻印がないところを見るとバリソンのではなさそうだね。
ステンレス製かな。
国内メーカーのナイフっぽいよね」
サブロー……お前がナイフにまで詳しいのは分かったけど、今はそれを語る時じゃねえし。
「ナイフ使ってカツアゲね……。こんなモヤシオタ一人を相手に穏やかじゃねえな」
アキラの声が張り詰めてく。
ジッと竹刀袋のジッパーを開く音。
ダメだ! ヤバいって! コイツらを刺激するな!
そしてどさくさに紛れてオレを罵倒すんなし!!
「……剣道少年か。めんどくせえな」
黒ナイロンがニヤリと口元を歪める。その下品な笑いの形とは対称的に、ギラつく目にタメライはない。
ナイフを構えて、その足にグッと力が込められる。
次の瞬間――
「くぅぉてっ!!!」
――気合いの声
パァンッ
――乾いた破裂音
黒ナイロンのいたハズの位置には竹刀を構えた姿のアキラ。
そして、
その足元には右の腕を押さえて悶えてる黒ナイロン。
ナイフは少し離れた先の地面。
いっ!? 一体なにが起きた???
黒ナイロンが仕掛けようとした所で、アキラがコテを打った。それは分かる。
だけど何でアキラの方が速力強化の黒ナイロンより速いんだ!?
「〈先の先〉ってヤツかな。初めて見た」
サブローが嬉しそうな声を上げる。
って、お前、武道の知識があるのもいいけど、この状況で無邪気すぎるだろ!?
「まあ剣道じゃ基本だけどな」
黒ナイロンが起き上がってこないと見ると、アキラは竹刀の先をコチラ――オレの隣のダブトレーナーに向ける。
「ってか、そのセンノセンって何だよ?」
「敵の動きの起こりを察知して、その機先を制して打ち込むことだよ」
言うとアキラは無造作に歩いてダブトレーナーとの距離を詰める。
相手が凶器を手にしてないことから余裕があるんだろう。もし仮にダブパーカーが魔法を使おうとしても、これなら魔式をダウンロードする暇なんて全くないな。
突然、擦りガラスがガラリと引かれた。
「何してる! 警察を呼んだぞ!」
店長がガラケーを握りしめて声を張り上げる。
事務所のバックヤードの窓、開くんだ。はめごろしだと思ってた。
そか、ガラス一枚だから、騒いでるのも魔法が(魔法とは分からないだろうけど)光ってたのもツーツーだったんだ。
でも、だったらもっと早く出てきてくれても良かったんじゃ……店長……。
「チッ、いつまでも痛がってんな。オラ、行くぞミツル!!」
「くそっ、テメエがコイツでも大丈夫だって言うから!」
キャップフードとダブトレーナーがそれぞれ吐き捨てるように言う。
黒ナイロンは激しく顔をしかめながらも立ち上がると、さっさと車へ戻っていく二人の後をよろめきながら追いかける。
てか、黒ナイロンはミツル君っていうんだ。意外とフツーの名前だな。
「警察呼んだなんてウソだよ」
ヤツラが乗り込んだ車が発進するのを見届けてから店長がキラリと歯を光らせた(つもりの)笑顔を見せる。
そしてそれ以上は何も言わずにガラガラと窓を閉める。
いや、そこは呼んどけよ。本当に事件になってたらどうすんだよ。
まあ結果的には何にもならなかったから、警察なんて来ない方がヤヤコシクなくていいけどさ。
ああ、そうか。店長の立場からすると店的に問題が起きない方がいいから……。
いや、違うな!
きっと警察にアレコレ訊かれてゲームする時間が削られるのがイヤなんだ。
ふぅーーーっ
アキラが膝に手を置いて大きく息を吐く。
「怖かったね」
サブローが言う。
いや、お前全然怖がってなかったろ?
「ああ、ビビった」
アキラが笑顔を見せる。
意外にもそこに安堵の色が見てとれて、オレは訊く。
「ビビったって、余裕の一撃だったじゃないか」
何より一般人が魔法を使って身体能力をあげた魔術士を撃退したことにオレはかなり驚いていた。
「刃物持ってたからな、コッチも必死だ。
もちろん手加減なんてするヨユーもねえから、もしかしたらアイツの手首折っちまったかも」
「ああ、それなら……」
大丈夫だろって言い掛けてオレは言葉を濁した。
黒ずくめの仲間たちの中には治癒魔法を使えるヤツもいるだろうけど、それをアキラに言うワケにもいかないからな。
「つか、さ……」
オレは改めて向き直る。
それから深々と頭を下げた。
「助けてくれてありがとう!」
実際ものすっごく感謝もしてるし、その上、実はビビってたなんて聞いちまったら、もうただただ「ありがとう」って言うしかないじゃないか。
「いや、あのな……別にフツーだぞ? ツレが絡まれてたら、な」
なにビミョーに目逸らしてんだよ。しかも、その存在感のある頬骨赤くなってんぞ。ガラにもなく照れてやがる、オレの礼言い勝ちだな。
……て、アレ? やべえ……。アキラが照れてやがるから、なんかコッチまで恥ずかしくなってきた。
「男二人でなに照れ合ってんのさ?」
サブロー黙れ。
オレは照れてないし。
「それより早くガスト行こうよ。ボクもうお腹空いて」
マジか!?このモロモロを「それより」の一言で片づけやがった。
つかやっぱりお前、全然ビビッてなかったろ。
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