魔法の種
ナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイィ!
……だってウメノだぞ!?
長井、お前目が腐ってるんじゃ……
って、いや、確かに見てくれだけは悪くないヤツだから遠巻きにしてる分には良いように見えるのも仕方はない、かも知れん。
だけど、だ。同じクラスにランやアヤメがいるのに、ナニユエわざわざウメノに興味を示さなきゃいけない??
アレは――あの[でつまつ野郎]は決して女じゃない。いや、それどころか人かどうかも疑わしいもんだ。
悪いこと言わない、考え直せ
――と、言えたらどんなにいいだろう。
さっき、長井は「仲良いよね?」と訊いた。すなわちそれは、暗にオレとウメノの関係のことも尋ねているんだ、と思う。
もしも今ここで「ウメノだけはやめとけ」などと忠告しようもんなら、オレがウメノに恋愛感情的な何かを持っている、と勘繰られてしまう可能性は非常に高い。
これまで取り次いでくれと頼んできたヤツらには別にどう勘違いされようと構わなかったから、バッサリと可能性がないことを宣告してきた。
そのことでオレが彼氏であると勘違いして諦めるヤツもいたが、それはオレの知ったこっちゃないし気にも留めてなかった。だけど長井はなあ……。
晩ごはんはいらないとお袋には伝えてあった。さすがのケーキ三個だ。今頃になって胃にキテる。まあ、最近バイトが続いていたオレの晩ごはんは端っから用意されていなかったようだが。
オレは自室のベッドに寝転がりながらさっきのやり取りを思い返す。
結局あの場では思い留まらせるような意見は何も言えなくて、
「うーん、多分いない、と思う……」としか答えられなかった。
挙句に「ちょくせつ連絡とりたいんなら、アドレス教えてもいいか訊いといてやろうか?」とか、おせっかいな申し出までしてしまった。
だってよ、長井の不安そうな目見てたら、何か力になってやりたくなっちまって。
それに、アレだ。ウメノから直接断られる方が、長井もスッキリと諦められるだろうしな。
ああ、長井が実際にウメノと会って話をするのもありかもな。そうすりゃ恋も数秒で終わるだろうし。
うしっ! そうと決まればゼンは急げだ。
オレはスマホに手を伸ばす。ウメノにメールして、もうサッサと済ませちまおう。
〈3組の長井ってヤツが危篤にもお前に興味があるらしい
アドレス教えてもいいか?〉
用件のみを伝える簡潔な文。シンプル・イズ・ベストだ。
といってもウメノへ送るメールはいつもこんなのだけど。ちなみに危篤は誤字じゃあない。
〈いいでつお〉
返信早ぇ、と思ったらオレに輪をかけたシンプルさ。つか、いいのかよ。
意外だ。にべもなく断られるかと思ってた。
いや、それにしてもさ、フツーは「どんなヤツ?」とか何かあるだろ?
まあ、許可が下りたんならそれでいいや。
〈じゃあ教えとくぞ
それにしても、これまで全部断れって言ってたクセに今回はえらく簡単だな〉
もしかするとウメノも彼氏が欲しくなってきたんだろうか。
それとも長井のことを知ってたのか。
ああ、それなら頷ける。なにしろ中々のイケメソだからな。
〈おみゃーがいいと思ったからオイラに許可とってんダロ?
だったらそれでいいでつ〉
ああ、確かに長井はいいヤツだ。ウメノにはもったいないぐらいに。
だけどまあ、どのみちこんな妙な喋り方のヤツは直接会えばそこまでだろう。
それにしても、わざわざメールの文章まで口調で貫き通すのってかなり面倒くさいんじゃないのか?
さて、ウメノのアドレスを教えてやった長井が、その後ウメノとどんなやり取りをしたのか、オレは知らない。もちろん知りたいわけじゃないけど。
で、翌日。
普段と変わらないこの弁当タイムに、少しだけ普段と違うことがあった。
ついさっき、普段と変わらない様子で教室の後ろのドアから出て行くウメノの後ろ姿をなんとなく眺めていると、廊下に面した窓の外に普段には見ない長井の姿を見つけた。
バイトあがりに一緒に帰るようになってから、夜は親しく話をするようにはなってたけど、長井が学校の中でわざわざオレを訪ねてくることはなかった。
珍しいな……いや、そうじゃないのか。オレじゃなくてウメノに会いに来たんだ。
ヤツは隣の3組なんだし、この2組の前を通っても、もちろん何もおかしいことなんてない。だけど、昨日の今日だからメールで約束でもして会いにきたんだと考える方がやっぱ自然だろ。
二人で弁当でも食べながら話そうってトコかな。それとも学食か。まあどこだっていいんだが。
でももし、長井も魔術士仲間だったら、わざわざどこかに行かなくても保健室が使えたのに残念だよな。
だいたい、魔術士の才能ってなんなんだろ。魔法を使えない一般の人と魔術士は一体どこが違うんだ?
「才能」という、とりあえず分かったような気になれる便利な言葉では説明されてるけど、実際には何も分かっていないらしい。けっこう研究はされたみたいだけど遺伝でもないようだ。
霊感という胡散臭い代物ですら、霊感家系なんて言葉もあるぐらいなのにな。
どうやら魔術の才能――異界のカミさんと交信する能力ってヤツは霊感よりも捉えどころがないらしい。
そう言えば魔術の種『シード』なんて説もあったよな。
魔術士の心臓に――
「魔術士の心臓に宿るとされる、体性感覚上のみ器官。魔術の種という意味からシードと呼ばれる」
ん? この説明はもちろんオレの声じゃない。サブローだ。
「シードがどうしたの? 弁当食べる手まで止めてさ」
オレのモノローグに唐突に説明を突っ込んできたサブローは不思議そうにオレを覗き込んでる。
「え? いや、オレ何か言ってた?」
「だからシードでしょ? 魔術士の。ブツブツ言ってたよ」
やべぇ、声に出てたか。気を付けねえと。
オレが魔術士だというのはコイツらにもひた隠しにしてるからな。
だけどこっちこそ、一般人のサブローからそんな言葉が出たことに驚いてた。
……いや、コイツならあり得るか。とにかくムダな知識をムダな詳しさでムダに知ってるヤツだから。
そしてそのムダ三乗の知識を解説することにも喜びを見出してる変態だからな。
ロリコンだし。
ついこないだなんて「量子コンピューターって何?」って訊いただけで昼休みの間中講義を受けるハメになったんだぜ。しかも結局よく分からなかったし。まあそれはオレの理解力の問題なのかも知れんが。
「で、シードがどうかしたの?」
「いや。シードって何だったけかな? と思ってな」
「試合は一戦一戦が心と体の全てを研ぎ澄ませる真剣勝負だ。シードで出ればその負担が一戦分少ない。そりゃ有利に決まってる」
「アキラ、それはシード違いだよ。世の中の事柄が全て剣道に関係しているという幻想はそろそろ捨てた方がいいよ」
アキラのボケのムリヤリ感も大概だけど、サブローのツッコミもよく分からん。
だいたいな、四角張ったアゴに引き締められた口元のままで言われても、それがボケだなんて絶対に分からんし、ペースも声の大きさも変わらんまま淡々と解説するみたいに言われても、それがツッコミだなんて想像すらできんわ。
そういえば、この変わり者二人に良識人のオレを加えた弁当パーティーも、こないだのように各々が自分の世界にダイブしてるばかりじゃないんだ。
なんつか、緩急自在と言うかまんじゅうこわいと言うか。
静かな時はトコトン静かだが、盛り上がる時もトコトンまで発言が飛び交う、そんな感じなんだ。……いや、まんじゅうこわいは忘れてくれ。
「体性感覚上のって何のことだ?」
謎のボケツッコミの応酬が始まりそうな所を質問で食い止める。
「実際には無いのにあるように感じる器官のことだよ」
「よく分からないな。無いのにあるように感じることなんてあるのか?」
「丹田なんかがそうか?」
アキラが挟む口は絶対に話の腰を折るだけだろうと思ったのだけど、意外にサブローが頷く。
「うん。武道なんかだとそういうのあるでしょ?」
丹田……聞いたことあるような。
「まあ丹田を締めろとか、軸を意識しろとかは言われるけどな。でもそんなので魔法が使えるようになるなんて気はしないけどな」
そりゃそうだ。
逆にオレからしたら、幾ら魔法が使えるからといっても、そんな不思議な感覚なんて感じたことはない。
「あくまで仮説だからね。他にもシード腫瘍説ってのもある」
「シュヨウってデキモノか?」
「そう。心室内にできる腫瘍が異界にコンタクトをとるためのアンテナの役割を果たすって仮説なんだ」
オレの魔法の才能はデキモンのお陰ってか。
「だけどそれなら仮説に留めておかなくても解剖すりゃ一発で見つけれるだろ?」
ぶっそうなこと言うなよ。
オレは思わず心臓の上に手を当てる。
「もちろんCTもエコーもあるんだし、魔術士の献体だってなくはないだろうから、見つけることは難しくないと思う。
それでもまだ見つかっていないということは、仮説そのものが間違いなのか、見つけられないだけの理由があるのか」
「どっちなんだよ?」
「僕に分かるわけないでしょ。
まあ血流がある間だけ腫瘍という形態をとれる腫瘍なんだとか、ちょうど冠動脈の裏側に貼り付くように出来る小さな腫瘍だからエコーには映りにくいだとか、それ自体が特殊な放射線や磁気を放出しているからCTやMRIには映らないのだとか、色々と仮説だけはあるみたいだけどね」
「なんか仮説といってもデキモンを見付けられない理由を考えてるだけで、根拠はなさそうな感じだな」
あれ? オレ何だかサブローとアキラの会話に入れない……。
サブローの言葉って漢字が多いんだよ。剣道バカには通じてるみたいだけどさ。
と、とりあえずウンウン頷いておくか。
「こればっかりは動物使っての研究もできないだろうから、どうしてもデータが少なくなるんだろうね」
「モノがないから研究は理論一辺倒になっちまうワケだな。そもそも俺たちからすると、魔術士なんてホントにいるのか? って感じだしな」
「そうだよね。でもまあどちみち学説なんてのは、ボクら一般人が思ってるよりもけっこうテキトーなものみたいだよ」
コイツらの話してることはなんとなくそれっぽい。いや、よく分かんないんだけどな。
でも、それに加えて魔術士の研究ってほとんどカンパニーの独占状態だから、あんまり画期的な研究ってのも出てこないってのもあるだろうな。
オレの見た感じじゃ、魔術士の研究よりも異界の研究の方に重きを置いてるような感じだし。
「だがよ、そのオモイコミかデキモンかが、今後俺の心臓に生えてくる可能性もあるわけなんだよな」
「可能性はもちろんゼロじゃない。大人になったらこの中の誰かが魔術士になってるかもね」
ごめん、すでに魔術士なんだ。
んで、多分なんだけどそんなものはオレの心臓にはないような気がする。
「だが俺はあんまりなりたくはないな」
って、アキラ、オレを全否定かよっ!?
「どうして?」
「魔法の中には力が強くなる魔法とかもあるらしいじゃないか。そんなのが使えるようになるんだったら、俺の日々の鍛練は何なんだって話になるだろ?」
ああ、それはそうか。
ウメノのあの人間離れした動きを見る限り、練習でどうこうできるレベルじゃないもんな。確かにズルっちゃあ、ズルだよな。
「もちろん公の大会なんかだと、魔法が使われていないかのチェックはしてるらしいんだが、俺が目指す剣道というのは何も記録だけじゃないからな」
アキラが拳を握りしめると袖口から覗く手首に筋が盛り上がる。
つか、やたら太い腕してやがる。コイツの振る竹刀なんてのは魔法掛かってなくてもオレなら絶対に受けたくねえけどな。
「ふうん。ボクはなりたいけどなあ、魔術士」
サブローが両手を頭の後ろで組んで言う。デカいクセに仕草も顔もどっか子供っぽい。
「そうなのか? なんとなく意外だな」
アキラが言って、オレも頷く。
サブローって知識としてはともかく、魔法を実際に使うコトとかには興味なさそうなんだよな。いや、本を読むこと以外には興味がなさそう、の間違いか。
「世界中のどこのどの本にどんなコトが書かれてあるかを知れる魔法があるらしいんだよ。ボクはなれるものなら魔術士になってその魔法を使ってみたいんだ」
普段から図書室の目録なんかと睨めっこしてると、趣味嗜好までが歪んでくるらしい。
フツーの健全な高校生男子なら、もしも魔法が使えるとなると、手から火を出したい! とか、かめはめ波みたいなのを撃ってみたい! とか思うもんじゃないのかな。
あ、それから透明人間になって女子更衣室に忍び込みたい、とかもか。
いや、オレはやってないけど。ホントにやってないけど。
……ちくしょう、透明人間になる魔法ってムチャクチャ高いんだよなあ……。
「でさ、アレはどういうことなの?」
サブローの、何のことを指すのかがよく分からない唐突の質問はオレに向けられてるようだ。
「何がだ?」
「さっき、長井と鳴滝さんが一緒にどっか行ったろ?」
なんだよ、コイツも見てたのか。
つか、なんでその話をオレに振る。
「そうなのか? で、それが?」
別にしらばっくれたワケじゃないぞ。
結局その瞬間は見てないから、ホントに一緒にどこかへ行ったのかどうかオレは知らなかったからな。
「長井ってこないだサブローが言ってたヤツか? ん? ユキト、お前鳴滝と付き合ってるんじゃなかったのか?」
いや、なんでそうなる!?
「いいの? けっこう親しげに見えたけど。鳴滝さんにしたら珍しいよね」
たぶんコイツにオレをからかおうなんて気はないんだ。それは分かってる。だけど、今すぐコイツの首を絞めて黙らしてえ。
「あり得えねぇぞ」
だけど何とか言えるのはそれぐらいだ。
「剣道部のイッコ上の先輩が、鳴滝との仲をとりもってくれってお前に頼んだら、オレの女に手ぇ出すんじゃねえって凄まれたって言ってたけどな」
それどこのワイルドさんのキャラだ!? 剣道部の先輩にそんなこと言えるワケねえだろ。怖ぇえよ。
……いや、そこじゃねえ。なんでオレがウメノのことをオレの女とか言うはずがある!?
はい、終わり。この話もう終わりだ。
「ん、もしかして破局したの?」
おい、本読み! 破局の意味って知ってるか!?
敵対し合うヤツラの片方が片方にオトコ紹介するのは破局とは言わねえんだぞ?
和解? 敵に塩を送る? なんかそんなヤツだ、この出来事は。
「遠目だけど中々の男前だったじゃないか、その長井というヤツは。鳴滝も満更でもなさそうだったしな」
コイツは完全におちょくる気だ。
何がそんなに嬉しいんだよ、ニヤニヤしやがって。つか、テメーはあの二人を見てなかっただろ。
この手の、悪意ある言葉に気の利いた切り返しができない自分がうらめしい。
……いや、もういっそのコト、肉体強化魔法で天井まで身体能力あげてコイツを剣道で叩きのめしてぇ!
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