土下座と薔薇紅茶
「土 下 座 し ろ で つ お」
「はい」
ボクは潔く額を床に擦り付けます。
謝罪の意を表すじぇすちゃあの中でも最上位のすたいる――Japanese Dogeza――にござひます。
場所はいつもの保健室。時は黒ずくめをとり逃して一夜明けた昼休み。
ああ、ウメノ様のお怒りは鎮まりません。後頭部にグリグリと押し付けられる感触は、ウメノ様の上履きの靴底のものでせうか。
しかしこの仕打ちも当然です。
何しろボクの失敗のせひで、ウメノ様がふん縛ってひた黒ずくめたち二十人近くを解放するハメになってしまったのですから、そのお怒りもごもっともなのです。
「もういいではないか。ユキトも悪気があったわけじゃないんだ」
このお優しいお言葉は、白衣の女神、カリン先生様のものです。
「さあ顔を上げて、とりあえずコレでも飲みたまえ。ドクウツギの実をリキュールに漬け込んだドクウツギ酒だ。中枢神経が元気になる」
女神様はいつものように紙コップを差し出してくださいます。
ドクウツギ……名前からして毒なのでせうね。でも、こんな役立たずのボクなどは毒の実験体になるぐらひしか、人様のお役に立てる機会はないのでせう。
「いただきます」
「ダメですわ!」
止めてくださるのはラン様。
ですが、そのお美しいお顔には「せっかく黒ずくめたちを罠に嵌めれたのに邪魔しやがって」との思いが隠しきれずに表れております。ええ、ええ、さうに決まっています。
「 今毒なんて飲まれたら、本題に入れませんもの」
やつぱり……。
「ユキト君が踏まれてる……。鞭も……キャットオブナインテイルも用意しなくっちゃ」
小さな声で独り言を囁かれてるのはサクラ様ですね。
失敗をしでかしたさあかすの猛獣は鞭打たれて当然ですものね。ですが、さあかすに猫はいなひと思ふのですが。
「あの、ユキトくん」
どうかされましたか、アヤメ様。
「こないだみんなに断れって言われた石鹸の話なんだけど……」
まるちのことでござひますね。何か?
「一応その友だちには断ろうと電話をしたんだけど、なんか石鹸だけじゃなくてとっても元気になれるサプリなんかもあるって話になって……」
さぷりめんとも定番でござひますね。
「なんでも潜在能力を開花するサプリらしくて、それを飲むとすごくシャッキっとしてやる気が出てきてご飯も美味しく感じられるようになるらしいの。日本ではまだそこしか取り扱ってないらしくって」
出ましたね、独占状態。
と申しますか、えっと、それって合法……いや、もしかして非合法のシャ……いえ、分かりました。入会いたしませう。
こんな僕などはマルチの餌食にされるぐらひでちやうど良いのです。
母さん、ボクのあの帽子、どうしたんでせうね?
ええ、夏、ウスイからキスミーへゆくみちで、
谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。
「をい! おみゃー」
「キスミー、ストローハット?」
パカン!
ウメノ様が脱いだ上履きでボクの頭を叩きます。
「本当は全く反省しとらんだろ?」
「何のことでせう?」
パカン!
もう一発。
「その鬱陶しい語りを一体何ページ続けるつもりでつか?」
ページとかいうなよ。じゃあそろそろやめにしとくけどさ。
「いや、ホントのホントに反省してるけど……」
言いながらオレはいい加減土下座から起き上がる。
イスやベッドに腰掛けたみんなに対して、スカートの高さと目線の角度的にこの姿勢も悪くなかったんだけどな。
「けど? けど、ってなんでつ」
「そもそも、オレにも教えといてくれたら、近付いたりなんてしなかったのに」
「それは――」
「メンドウだったからでつ!」
アヤメが口を開きかけるの遮るようにウメノが言う。
そんなにふんぞり返ったからって、無い胸は強調されねえぞ。
つか、
「面倒ってなんだよ」
流石にオレも腹が立って詰めよる。
おとといはわざわざココに呼び出されたのにも関わらず、教えてくれなかったどころか、ウソを教えられてたんだから。
「すまない」
険悪になりかけるオレとウメノの間を割った凛とした声はカリン先生。
「元はと言えば私のミスのようなものなんだ」
先生は組んでいた足を解き、姿勢を正すと頭を下げた。
「ちょ、先生?」
「カリンたん、このバカに頭下げる必要なんてないでつ」
突然の謝罪に驚くが、話は見えない。と言うより、カリン先生が頭を下げた時点で、また毒を盛るための作戦か、としかオレには思えないんだが。
「盗聴機、だよ」
顔を上げた先生は眼鏡の奥からしっとりとした眼差しをオレに向ける。
うん。ゾクリとする大人の色香。やっぱり毒飲んでもいいかなって思っちまう。
「この保健室に盗聴機が仕掛けられていたんだ」
言って先生は、デスクの上に三つ口のコンセントタップをコトンと置く。どこの家庭にもありそうな白いヤツだ。
「トーチョーキって……、カリン先生のストーカーが!?」
「やっぱり、おみゃーバカでつお! なんでこの流れでカリンたんのストーカーなんでつかっ」
だってファンも多いし……。でも、ストーカーじゃなかったら、何で盗聴機なんて……あ。
「なるほど。ココでの会話が漏れてたのか」
「やっと分かったでつか」
「いつから仕掛けられてたのかは判然としない。だが、キュクロープスハントよりも前であることは間違いない」
「じゃあ昨日のはソレを利用して……」
おととい、ハブにするオレまでわざわざこの保健室に呼び出してハントを行う予定を話したのは黒ずくめのヤツラに聴かせるためだったからか。
「これまでの会話でユキト、キミが金欠なのは向こうにも漏れているだろう。だから不自然さをなくす意味も込めてキミ抜きのハント宣言をしたというワケだ」
「あの時はユキトさんはさっさと教室に戻ってしまいましたけど、みんなはあれから時間と場所も確認したんですの」
オレがもう少しココに残っていれば、嘘ハントの場所と時間も知らされてたってことか。もしも知ってれば偶然出くわしちまうこともなかったのにな。
……って、あれ?
「だったら、そのへんの事情も含めてメールでもなんでもくれれば良かったんだ。ソレ、みんなはメールか何かでやり取りして決めたんだろ?」
「だからさっきから言ってるでつお」
「え、何か理由言ってたっけか?」
「メンドウだったんでつお」
はぁー、と、オレは盛大にため息を吐く。
ダメだ。ウメノなんて相手してられん。
それに、オレがバトルに遭遇しちまったのは連絡がなかったせいもあるのだから、これ以上気に病む必要もないだろ。
「そうだ! カンパニーに問い合わせてみたらどうだ?」
ウメノはいないものとし、昨夜の出来事はなかったことにするとして、オレは思い付きを口にしてみる。
……いや、思い付きにしても、コレは中々良いアイデアじゃまいか。なんでこれまで思い付かなかったんだろ。
「魔式をダウンロードするのに口座からお金が引き落とされるってことは、カンパニーにはいつどこで誰が魔法を使ったか分かってるってことじゃないか」
話しながらオレは自分の頭の良さに感動すら覚える。
そうだ。敵を逃がそうが別に関係ないんだ。記録をあたれば、すぐに犯人が分かるんだから。
「昨日でもこないだのキュクロープスを横取りされた時でもいいけど、オレたち以外に魔法を使ったヤツを調べて貰えば、犯人はイッパツで特定できるじゃないか」
「もちろんそれは最初に問い合わせましたわ」
ランがいつの間に淹れていたのか、優雅な仕草で先生のデスクの上のオレ寄りに紅茶を置いてくれる。
白地に植物の蔓やら花やらが深いブルーで描かれたカップとソーサーはダイソンだかマイセンだか言ってたっけ。
「でも、裁判所の令状がない限りたとえ警察の方が来てもお教えできません、と断られましたわ」
うぬう、そうなのか。
「事情をお話しして、お父様の名前も出してみたのですが……」
〈お父様〉という単語と、ビスクドールのような憂いた顔から「深窓の令嬢」という言葉が思い浮かぶけど……なにサラッと権力行使しようとしてんだよ。
「誰か特定の方の魔式通信明細でしたら、過去三か月ならばデータを閲覧できるようなのですが、魔式通信が行われた記録そのものとなると……」
「できないのか?」
「研究所内のメガコンピューターには過去データは全て保管されるらしいのですが、そこからいつどこでどんな魔式がダウンロードされたかを調べるのは事実上不可能、と言われました」
そうなのか。良い思い付きだと思ったんだけどな。
ひと息ついて、オレは紅茶を一口飲む。って、なんだコレ、バラ?めちゃくちゃ美味ぇ!
紅茶の味なんて分からないけど、強すぎないバラの匂いがふわっとした後に甘いようなしっとりとした感じの紅茶の匂いがムクっと起き上がってくるというか……。
オレの反応を見たランがくすりと笑った。
「わたくしのお気に入りの紅茶専門店『リオンヌ』の、バラのフレーバーティーですわ。香料は使わずにバラの花びらだけで香りを付けてますの」
いや、さっきから何かウメノがチャチャも入れてこねえと思ってたんだけど、コレを味わってたからか。
「だが手掛かりが全くないというワケでもないぞ」
中身を飲み干したカップをソーサーにかちゃりと置いてカリン先生が口を開く。
ん、手掛かりなんて残されてるか?
「この保健室に盗聴機を仕掛けたってことは、ヤツラのうちの少なくとも一人はこの学校の関係者だということじゃないか。生徒か教師かは分からんが」
そうか。夜間に忍び込んだという可能性もなくはないが、鍵のことやセキュリティのこととかを考えるとそれは限りなくゼロに近いもんな。
反対に昼間なら誰でもが入れるし、このコンセントタップ型の盗聴機ならカリン先生の目を盗んで設置してくのもそんなに難しくはなさそうだ。でもさ、その前提として……
「だとしたらオレたちが魔術士だと知ってるヤツが学校内にいるってことだよな?」
オレたちが保健室に出入りしていることはわりと知られている。
グループにランがいるお蔭でいろんな憶測こそ飛び交っているけど、オレたちの繋がりを「魔術士チームである」と指摘したものはない。オレの知ってる限りじゃ、だけど。
そもそも、魔術士の存在自体が一般の人間にとっては全く身近なものじゃないからな。いるのは知ってるけど見たことはない、って程度に。
その上、未成年者の魔術士となると、その珍しさはツチノコみたいなものじゃないだろうか。
んで、そのツチノコがこれだけ集まってるとなると、その確率の低さは天文学的な数字になるはずだ。もちろんこれは偶然なんかじゃないが。
オレたちがひとところに集まってるのはカンパニーの斡旋あってこその結果だ。
でなければオレみたいな中流に満たない家庭の息子が、こんな「良家の子女」が集まる学校に入学できるワケないからな。
そう考えると――
「もしも魔術士さんがいるんでしたら、わたしたちにも紹介されるんじゃないかな?」
だよなあ、アヤメ。この措置はそもそも、色んなリスクとか危険がある未成年魔術士を、カンパニーがある程度の保護下に置くためにやってることだ。
まあ言ってみれば、
「お前ら弱っちいからツルんどけ」
ってゆうことだもんな。
だから、もし他に魔術士が入学してるなら絶対オレたちのとこに連れてくるはずなんだよな。
そう言えば、カンパニーの監督下にない魔術士とかっているのか?
「なあ、ラン。カンパニーを通さずに魔式のダウンロードって……」
オレの訊きたいことが分かったんだろう。中途半端な質問の仕方だったのにランからはキッパリとした返事が返ってくる。
「カンパニーの担当者の方からは、何社かは異界との通信技術を開発中の企業はある、と聞いてますわ」
オレが口を開く前に、カリン先生がランに質問を重ねる。
「実現したところは?」
「今のところはまだないそうです」
「公表してないだけかも知れんがな。それにしてもまるで電話会社みたいだな。公社があっても、技術を開発してそれに続く企業は出てくる」
って、ことは……
「なあ、もし他の会社でも魔式ダウンロードできるんだったらさ、ソッチの方が安かったりしねえのかな」
学割とか家族割とか……って、家族割はムリか。
「特殊な技術だからな。
もしも選べるようになったとしても、ジェネリック企業の利用は、運営がある程度安定するまでは静観しておく方が無難だろうな」
先生の言葉に頷くと、オレは紅茶の最後の一口を大事に飲み干してから口を開く。
「それに考えてみたら、異界体をハントした時に、報酬が出るのかどうかってのも分かんねえもんな」
もちろん学割なんてのも本気で期待したワケじゃない。
「おそらく報酬は出ない、と思いますわ。
カンパニーは国の機関ですから、異界体のハントも運営目的のひとつですけど、そこに利益はありません。
今後、もし後発企業が異界ビジネスに参入したとしても、利益のないものに報酬を出すとは思えませんもの」
「ふむ。ブランドロイヤリティを上げるためのプロモーションなんかではやるかも知れないが、恒久的なものではないだろうな。
あるいはバグハントが利益を生み出す仕組みを作りあげるかも知れないが、それもすぐには無理だろう」
いや、ちょっと待って。なんか、漢字とかカタカナ語が増えてきて、ランと先生が何を言ってるのかがもうよく分からん。それに、
「あー、アレだ。あの美味しいミルクティ、最近流行ってまつおね」
コイツも絶対に分かってない、と思う。
だけども、自分で言った言葉の中に、ふと気に掛かるものがあるような気がしてオレは考える。なんだろ? 報酬に関してか? いや、そうか。
「なあ、ラン。魔式のダウンロード履歴が分からないのは分かったけどよ、報酬の方はどうなんだろ?」
そうだ。カンパニーの振り込み履歴をあたれば、いつ誰に何の名目で報酬を出したかなんてのはしっかり残ってるはずなんだ。
お金のことだから流石に守秘義務のガードは固いかも知れないけど。
「あの日、キュクロープスをハントした報酬がどこの誰に出されたかなんてのは、やっぱりランのお父ちゃんの名前出しても教えてもらえないもんなんかな
?」
「報酬……」
オレの言葉を口の中で反芻するように呟くと、ランは愁いの眼差しをあげる。
「訊くの忘れてたましたわ。てへ」
ラン……ぺろっと舌出して頭にゲンコって……。
頭が良くて行動力もある超セレブお嬢様のドジっ子な一面――くそう、萌えるじゃまいか!!
■□
ランの、今日家に帰ったらもう一度カンパニーに問い合わせてみる、との言葉を潮に保健室ミーティングは解散。
教室に戻ると昼休みもほとんど終わりかけ、ちょうど予鈴が鳴り響いた。三つ寄せた机にいる二人の友人たちには会話もない。
一人は本を読み一人は微動だにせず瞑想をしている。
だけど、これは仲が悪いとかオレが抜けて場が白けたとかそういうことじゃない。この二人は元々こんな感じなんだ。
予鈴が鳴ろうがオレが戻ろうが一瞬たりとも本から目を離さない、人畜無害そうなのっぽの男が甲斐 三郎。
図書委員なんかをやってる立派な書痴で、今も傍らに四冊の本が積まれている。
滝に打たれてる修験者みたいに眉間に深いシワを刻んでいる、小柄だがガッシリと引き締まった体つきの瞑想男は渡辺 明。
一年にして剣道部のホープ。今やっているのも実は瞑想じゃなくて、剣筋や手の内のイメージトレーニングなんだとか。
とにかく変わってるというかマイペースというか、自分の価値観と他人の価値観を擦り寄せる必要性などをたぶん想像すらしたことがないであろうこんな二人だからこそ、ちょくちょく保健室ミーティングに出向くオレを詮索することなくやっかむこともなく、どころか、基本無関心(のっぽの図書委員はちびっ子サクラに興味はあるようだが、遠くから見ているのがいいそうだ)でありながらも自然体で受け入れてくれているんだろう。
何というか、とっても変わってはいるけどとっても良い奴らなんだな。
そんな変わり良いヤツのウチの一人、渡辺 明が剣の世界からこちらに戻ってきて口を開く。
「お、昼休みももう終わりか」
「予鈴鳴ったの気付かなかったのかよ」
「え、予鈴鳴ってたの?」
明に向かって言った言葉で、サブローが本から顔を上げる。
まったく揃いも揃ってコイツらは。この分じゃオレが抜けてたのさえ気付いてないかも知れないな。
「机戻さないとな」
「そう言えばさ、ユキト」
サブローが弁当箱の蓋を閉じてクロスに包みながら言う。つか、コイツは弁当箱すら片付けてなかったのかよ。
「こないだ、夜に長井と歩いてるの見かけたよ」
「ああ、バイトの帰りだな」
「お前、バイト始めたの?」
バイトという言葉に反応して、剣道男の方が驚いた顔をするけど
「いや、言ったぜ? もうけっこう前に」
「ボクは憶えてるよ。パスタ屋だっけ?」
本中毒は得意満面にいうけど
「ぜんぜん違う! コンビニだよ、セブン・ライフズってコンビニ 」
「ああ、あそこね。僕は家の反対方向だけど、図書館行く時に通ることはあるよ」
うん、それと一字一句違わない返事を二週間ぐらい前にもお前は口にしたんだぞ。
コイツラ人の話を全く聞いてねえし。前言撤回だ。
やっぱ良いヤツラじゃねえ。ただの変わりもんだ。
「っていうかサブロー、長井知ってんの?」
「やっぱあれ隣のクラスの長井だよね。 ボクは中学も一緒だったんだ」
「そうなんだ奇遇だな。なんか塾の帰りにコンビニに寄るらしくて、最近バイトあがりによく一緒に帰ってんだよ」
そういえば、この話はまだしてなかったかも知れないな。
「あれ、そうなの?」
「なんかオカシイか?」
「だって長井ってボクん家の近所のハズだよ? ユキトの家の方だったら反対方向だよね」
ん、どういうことだ?
「おいユキト、先生来たぞ」
サブローの言葉の意味を考えこみそうになるオレを、アキラがつっついて現実に戻す。そうだ、五限目の世界史はミニテストやるとかいってたっけ。やべぇ。
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