魔法少女チームの戦い

高校に入って初めての男の友だちができました……と、いうワケでもないんだけど、バイト上がりにちょくちょく塾帰りの長井と一緒に帰るようになった。

いや、ホントに男友だちがいないってワケじゃないんだぞ。

確かに魔術士グループでいることも多いオレは他の男子からは少し浮いた存在かも知れないけど、それでもクラスには休み時間にふざけ合ったり昼に弁当を一緒に食べたりする友だちもいたりはする。若干二名だけだけど。

ちなみにウメノも同じクラスだが、アイツこそクラスでは完全に浮いていて、昼休みには大抵一人でふらっといなくなる。

学食を利用する生徒も多いから、教室から出て行くこと自体は別に不自然ではないんだけど、ウメノは学食には行っていない。じゃあどこに行っているのかというと、それはオレも知らない。訊いても教えてくれないし、後をつけたりとかもしてないからな。

とにかく、夜も遅くに自転車を押して歩く、20分かそこらの道のりの間にするあれやこれやの話で、オレと長井は急速に打ち解けていった。


二週間ほど、オレは魔法とは全く関わりを持たない生活を送っていた。

相変わらず預金残高がないから魔法は使えないし、コンビニの給料日はまだ先だった。

そんなある日。昼休み。教室の一番後ろの窓際。

三つの机を合わせて、心地よい風と日差しを浴びながら、若干二名の友だちと弁当を食べていたオレの傍に一人の女子が立った。ウメノだ。


「ちょっと顔貸すでつ」


「どうした。弁当食い終わってからでもいいか」


と応えたつもりだったが、ちょうどご飯をかき込んだところだったので、モゴモゴという音だけが漏れる。まあ意味は通じるだろ。


「弁当持ってくればいいでつ」


ほら、通じてた。


「もう終わるからよ。ちょっと待っててくれよ」


「ぢゃあ先に保健室に行ってるでつ」


そう言って、ウメノはくるりと背を向けた。

珍しいな、オレが他の友だちといる時に声をかけてくるなんて。



保健室に着くと全員が揃っていた。

そういえばここに来るのは久しぶりだな。


「で、なんだってんだ?」


「ホシ捜しわ、進んでまつか?」


さっきもそうだったけど、ウメノの声がどことなくとんがっている気がする。


「いや、捜すってもアテはないし、オレは今魔法も使えないしな。そうだ、バイト忙しくって毎日クタクタなんだぜ」


面接時には週三日ぐらいの勤務を希望していた。

……はずなんだけど、何やら追い込まれている雰囲気を醸し出している店長に「シフトをもう少し増やせませんか?」と訊かれ、深く考えずに頷いたことで、オレの勤務は毎日になってた。

もちろんキュクロープス横取り犯への怒りは消えてはいなかったけど、現実的に今のオレにできることは何もなかった。


「ユキトさんのお給料日はまだ先なのでしたよね」


ランが口を開いた。


「15日締めの末払いだから、まだ一週間先だな」


「わたくしたちで話し合ったのですけど」


ランは少し言い淀む。


「え、なに?」


「ユキトさん抜きで、一度ハントを行おうかと思いますの」


オレ抜きで異界体のハント。

って、でも……


「攻撃魔法がないんじゃないか?」


そう。魔術士というのは、誰もがどんなタイプの魔法でも使えるというものじゃないんだ。

何系の魔法を使えるかというのは完全に個人差で、魔弾系、氷雪系、区界系を使いこなす魔術師がいるかと思えば、使えるのは治癒系のみに限られる魔術士もいる。

これは、異界に在るどの「神」と契約できるかによるんだけど、例えばオレたちパーティーの場合だと飛び道具系の魔法を使えるのはオレだけだったりする。

ちなみに、ランは区界系と感知系。ウメノは肉体強化系。サクラが幻術系で、アヤメは治癒系を得意としている。


「わたしが少しなら火焔系も使えるから……」


サクラの消え入るような声。


「オイラとのコンボならバグのレベルさえ落とせば何とかなるお」


反対にウメノにはやる気が漲っているように見える。

そか。オレ抜きの場合、決定力には欠けるが、その分カンパニーに注文をつければいいんだ。だったら何の問題もない。


「いいんじゃないか」


オレはそう答える。

ほんの少しだけ胸に隙間みたいなのを感じるけど、反対する理由もない。


「用がそれだけなら、もう教室に戻るな。友だち待ってんだ」


別に大した話をしていたわけじゃないけど、途中で抜けたような感じになってるから、何となく気に掛かる。


「……あの、ユキトくん」


踵を返しかけたオレに、アヤメが声をかける。

気ぃ遣わせちまったかな。


「中学の頃の友だちの友だちからメールが来たんだけど、とっても体に良い石鹸を売ってみる気はない?」


ん、何の話しだ?


「お肌がツヤツヤになって買った人にも喜んでもらえて、ユキトくんが紹介した人がその石鹸を売っても売上の何パーセントかがユキトくんに入ってくるらしいの。で、さらにすごいのがその人がまた誰かを紹介したらその人の売った分からまでユキトくんにお金が入る仕組みなのよ。今度その石鹸を売ってる人たちのパーティーがあるらしいから、私も行ってみようと思うんだけど、一緒にどうかな?」


……うん、アヤメ。

それ完全にマルチだ。やめとけ。



■□



何となく肩透かしを食うような出来事は続くもんで。

毎日バイトが終わる頃合いになると顔を出していた塾帰りの長井が、昨日今日と来なかった。

昨日はウメノたちがオレを抜きでバグハントを行うと宣言したばかりだったので、あっちでもこっちでも必要とされてないような気になっちまう。

……なんてのはもちろん冗談だけど。

それでもバイトあがりに真っ直ぐ帰る気になれなかったオレは、特にアテもないまま夜道を散歩してみることにした。

一日マジメに授業を受けて、そのあとのバイトまでをこなしたオレは流石に疲れている。

アテのない散歩と言えども結局、ただ足の赴くままにではなく、少し遠回りの道を選んで家に帰るだけになりそうだ。歩くのもしんどいので、自転車に跨がりタラタラとペダルを踏む。

ここ数日で残暑もマシになり、昼間はわりと爽やかに感じる日も増えてきていたけど、その分この時間になると冷えてくる。今後の重要な予定のことを考えているつもりで、気付けばテレビのCMなんかのようなどうでもいいことを考えてる。

そんな風にして半ば無意識で自転車をこいでいると、帰るのが億劫になるほどの遠回りはやめておこうと思っていたのに、気付けば町並みは見慣れないものになっている。一戸建てや五階建てほどの小さめのマンションの数が減り、代わりに工場や資材置き場になっている空き地やトラックで埋まる駐車場が目立つようになってきていた。

そこでオレはその感覚を感じとった。

皮膚の一枚下にそよ風がさらりと吹いたような独特の感覚。

これはたぶん、ランの区界魔法『グレイスフル・タイム』だ。

バグハントを行うエリアをこの世界から一時的に区画しつつ、仲間たちの集中力を研ぎ澄まさせる高位区界魔法。

対魔術士では『リトル・ガーデン』ほどの隠形効果はないが、仲間のコンディションを上げる効果もあるため、より値も張る。

そう。どうやらオレはたまたま、ウメノたちがバグハントする現場に出くわしたらしい。たぶんすぐ近くだ。

眼の前を横切るのは、片側三車線もある国道。その上を並んで走る高架道路と私鉄の高架線路。あたりに人通りはない。上の道路も下の道路も時たま大型のトラックが過ぎ去っていくだけの、特に変わったところのない、工業地域の風景。

だけど――

目には見えなくても、すぐ近くで魔術士と異界体バグとの戦闘が行われているのは間違いない。

オレは意識を集中して空間の少しバラけている所を探る。シールやセロテープなんかの端を指先の感覚で探ってめくるのに少し似ている。あんまり同意してもらえるとは思っていないが、オレはなんとなくこの探る作業が好きだったりする。


「見つけた」


思わず漏れる呟き。

手探りで見付けたそこに、さらに手を突っ込んでガバッと開くイメージ。

オレの前に一瞬前とは少しだけずれた世界が一気に広がる。

風景は変わらない。だけど、本来ならば動くべき様々なモノがその動きを止めている。

魔術士とバグ以外のモノが存在しない、魔法によって切り取られ閉じられた疑似世界。

オレの予想した通り、車の消えた国道のど真ん中に見慣れたメンバーたちの姿が見えた。

しかしアイツらが対峙しているのは、オレが予想していた異界体バグではなく――


「人間と戦ってる……のか?」


どうして、ここにウメノたち以外の人間がいるんだ?

そりゃま、そこに在るとさえ知っていれば今オレがやったように区界に入り込むことは難しくない。と、いうか魔術士にとっては必修スキルだ。ハントの時間に遅れてった場合、仲間が作った区界に入れなきゃ、戦いに参加もできないからな。

だけど、なんでヤツらが――あ、相手はもちろん、あの黒ずくめの軍団だ――ここに区界があることを知っていたんだ?今回もまたどっかからハントの情報が漏れたってことか?

だけどオレですら今日ここでバグハントをするなんてことは知らなかったんだぜ。いや、誰かが漏らしたってんなら、少なくともその誰かがオレじゃないってことだけは証明されたのか。

黒ずくめたちの人数は今回もやはり二十人ほどだ。少し距離をとりながら、ウメノたちを半円状に取り囲むように散開している。

中の一人、黒いキャップを被った比較的小柄なヤツが、何やら手振りをした。たぶん魔式ダウンロードの呪文を唱えたのだろう。

間を置かずして宙の亀裂から降り注いだ魔式が、そいつの前で一丁の大きなリボルバーの像に変化する。

さらに銃は、砕け散ったかのようにバラバラになり、破片は無数の散弾へと変化する。


散弾はほとんど間を置かず、乱射された。



「――!」


オレは叫び声もあげられない

散弾はあの時と同じ魔法『豆鉄砲』

だが、距離が近すぎる。ウメノたちが避けられるワケがない。


チカッ チカ チカ チカチカ――


突然の瞬き。

ウメノたちの前まで飛んだ散弾が全て小さな光が煌めくのと同時に消え去る。

あれは『妖精の悪戯』

サクラが予め防御線として魔法を発動していたんだ。

と、なると――


「ぐあっ」


「ぎゃっ」


黒ずくめたちの間から悲鳴があがる。

オレからは見えなかったが、ヤツラの背後の空間から自分たちの撃った散弾が飛び出したんだろう。

『妖精の悪戯』は、目に見えない妖精が物を消し去り、別のところから出す――かなりトリッキーな魔法だ。

使う側も難しそうな魔法だけど、妖精に気に入られでもしてるかのように、意外にもチビッ子サクラはかなり巧いこと使いこなしている。たぶん妖精がロリコンなんだ。

意味の分からない怒鳴り声を上げながらガタイのいいハットの男が前に出て、何かをやりかける。

それを豆鉄砲を撃ったキャップが慌てた様子で止める。

魔式のダウンロードをやめさせたのだろう。当たり前だ。

自分たちに返ってくるのに、飛び道具を使おうとするヤツが迂闊すぎる。

一瞬の膠着状態だ。こうなるとサクラの一手が効いてくる。

人数差こそ大きいが、敵の魔弾系は封じたようなものだ。

あとはヤツラがどんな魔法を使えるかだが……。

ここは向こうがどう出るか様子を見て――


「ほあちゃーっ」


と、そこで響き渡る奇声。

跳び出したのはウメノだ。

あのバカ! 考えもナシに!!

えせブルース・リーは瞬時にハットの男までの距離を詰めると軽く身を沈め――


「ほぉわっ」


足を振りあげた。

上体にくっつきそうな180度の開脚。ほぼ真っ直ぐに天を向く足裏。


ゴスンッ――


ウメノのかかとが、まさに撃ち抜くといった勢いで男のアゴを蹴りあげた。響いた音がここまで届いてくる。

ハットも落ちないまま、男はぐるんぐるんぐるんと扇風機のように回転して頭から地面に叩き付けられる。

いったい何回転してんだよ。つかアレ、死んだんじゃ……?

ウメノ、あいつバケモノか。まあ肉体強化魔法は使ってんだろうけどさ。

さらにウメノは、すぐ近くに迫っていたヤツの脇をするりと抜けた。流れるような動きだ。

だが、その向こうにまた別の男が待ち構えている。そいつが慌ててコブシを突き出す。ウメノはフィギュアスケートのスピンのような動きでそれを躱す。

そのまま動きをとめず、


「おぁたっ」


身体を沈み込ませつつ、また別の男の足元に、スライディングのような蹴りを放つ。

ウメノの蹴りがヒットした敵の脚が膝から変な方向に曲がったのがここからでも見て取れる。

倒れ込む敵は魔式の召喚に意識を集中していたらしい。何が起こったのかを理解できてない様子のまま倒れ込む。続けて放たれた、地を掃くように旋回するウメノの蹴りが、その頭部から意識を飛ばす。


「お前はもう死んでいる……」


立ち上がったウメノは気絶した敵を見下ろしてそう言うと、またすぐに近くの敵にステップインして強烈な横蹴りを喰らわせる。

たしかに人数では圧倒的に敵の方が多い。しかし多少はバラけて距離が開いているとはいえ、肉体強化魔法――おそらくは『ナイト・コード』――で運動能力が強化されているウメノにとってはどいつもこいつも一人残らず攻撃圏内だ。

向こうが魔法を発動させるよりも、ウメノが距離を詰めて一撃をお見舞いする方が遥かに速い。

つか、あちょーはケンシロウの方だったのか。

だけど――


「ひでぶっ」と、気合い一声。助走をつけて跳躍すると、ウメノはまた別の呪文の詠唱に入りかけていた敵に飛び膝蹴りを叩き込む。


――それはやられる側の掛け声だ。


それにしてもウチの魔法少女たちの側は、まるで準備万端のように見える。

ロリコン妖精の魔法に守られてるとはいえ、ランが目を閉じているのはたぶん何らかの感知魔法を使っているからだ。離れた所に伏兵が隠れている可能性を考えてのことだろう。

キュクロープスの時の事があったから警戒するのは当然としても、流石にこれじゃまるで……。


「つっ!」


ウメノが突然声を上げた。右の肩を押さえている。

睨みつける目線の先にはバタフライナイフを弄ぶ、黒バンダナの男。


「女ぁ、そこまでだぜ」


サングラスで顔の上半分は隠れてるけど、大きく歪めた口元は下卑た笑いを形作っている。

と、次の瞬間、バンダナは一気に踏み込む。

速い!

これだけ離れてても肉眼で確認できないほどの速度だ。

銀色の弧を描ききったバタフライナイフ。そしてスカートごと切られたウメノの太ももに滲む血。やっぱり敵にも肉体強化魔法を使っているヤツがいたんだ。

多分『クロック・ラビット』あたりの速力強化魔法だ……まあソイツはもう、ゲロ撒き散らして悶絶してるけど。

オレには見えなかったけど、カウンターでミゾオチに掌底、ってとこか。


「ウメちゃん、ご飯使って!」


アヤメが言う。


「おっと、そうでつたぬ」


ウメノはブレザーのポケットから白くほわっとした光の粒を取り出すと口に放り込む。

ケガをした肩と太ももに柔らかな白い光が宿る。

あれはアヤメの携行用治癒魔法『ハピネス・ランチ』だ。

やはり準備万端。人数差をものともしないどころか、完勝ムード。

そして、さっきから気になっていたんだけど、辺りには異界体バグがいた痕跡すらない。こいつぁ……。


「罠……か?」


黒ずくめたちを嵌めるための罠だったのか?

どこからどう情報が漏れていたのかが、分かったのか?

それで、それを利用してヤツラをおびき出したのか?

準備をしていた甲斐があったのだろう、完全にこちらペースで進んでる戦いももう終わる。

これまで見た限りじゃ、黒ずくめどもの使える魔法もランたちに比べるとそれほどのバリエーションはなさそうだ。

いや、相手の手を巧く封じてしまってるからそう見えるのか。いずれにせよ、これでヤツラを締め上げれば、その正体が分かるだけでなく、キュクロープスのハント報酬も取り返せるかも知れねえ。

と、そこで突然――


ヒタリ――


「冷てっ」


思わず声が出る。

首筋に何か冷たい物があたっている。って、これナイフ……だよな?

冷たさの正体を理解したオレは、背筋にまた違った種類の冷たさを感じる。

下手に動くと切られてしまいそうに思えて、振り返えれない。

だけどナイフの刃は容赦ない。ぐいと強く押し付けられ、ほんの少し横に引かれる。

一瞬痒く感じられ、直後に熱い痛み。


「痛っ!」


「動くな。声もだすな。逆らえばもっと深く切る」


ドスの効いた凄みのある声。言われなくても怖ぇえから動けねえよ。

ていうか、クソ! こんな所まで伏兵潜ませてやがったのか。完全に油断しちまってた。

……て、あれ?

これってオレ、足手まといってヤツじゃね?
















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