バイト!!

ピッ――



「648円になりまーす。お箸はお付けしますか?」


バーコードをスキャンした商品をビニール袋に入れてから、オレはそう訊く。



時は放課後。場所は学校とウチの中間地点にあるコンビニ『セブン・ライフズ』

キュクロープスプスプス横取り事件から二日が経った昨日、オレは犯人たちを探すにしてもとりあえずはバイトでもして最低限の魔法を使えるだけのお金を稼ぐしかないとの結論に至った。

そしてそのまますぐにアルバイト募集の張り紙のあったこの店の面接を受けたんだ。

……いや、実はみんなが、そうしろそうしろとうるさいから仕方なくなんだけどさ。

とにかく、オレのこの誠実な人柄は多くを騙らなくても、もとい語らなくても、分かる人には分かるようだ。面接をしたへらっとした雰囲気の眼鏡の店長は履歴書もろくろく読まないまま「明日から来れますか?」と訊いた。

そして今日が初出勤。

一通りの説明を受けた印象では、仕事そのものはそれほど難しくはなさそうだったんだけど、何も分からない状態でお客に対応するというのはひどく緊張して、それだけでものすごく疲れる。

バイトの終わるPM10時までまだ二時間以上あったが、7時半頃にはオレはもうクタクタだった。


「すみません。会計をえむえるびーでお願いしたいんですけど」


会社帰りのサラリーマンらしきスーツ姿の客がそう言った。

MLBのやり方、どうだったっけ?……あれ、説明受けたかな??


「店長、すいませーん」


オレはバックヤードに向かって声を張り上げる。

発注をしているのか何だか知らないけど、メガネ店長は少し手が空くとすぐに奥に引っ込んでしまう。分からないことが多い今日、オレは度々声を張り上げさせられていた。


「お客さんがMLB使いたいそうなんですけど」


少しの間があってから、顔だけは笑顔の店長が面倒くさそうにのっそりと出てくる。


「あ、すいません。ウチMLBは使えないんですよ」


ひょこっと頭を下げると、オレの方にも「そういうことだから」とだけ言い残してとっとと戻っていく。その背中越しにカクセイだとかチェインだとかぶつくさ呟いてるのが聴こえてきた。あの人ゼッタイ仕事してねえ……。

サラリーマンがカバンの中を引っ掻き回して財布を見つけ出すのを待ってから会計を済ませた後、少しの間客足が途切れた。

オレは教えられたことの復習の意味で、レジに並ぶ収納代行や宅配なんかのボタンを一つ一つ見ていく。

ここはMLBは使えないんだな。

MLB――Mバンキングとかメタネットバンクとか銀行によって色々と独自の呼び方を付けてはいるけど、正式名称は今さっきのサラリーマンが言ったMLB=meta-line bankingだ。

簡単に言うとPCや携帯などの端末を使わずに、視界にオーバーラップして現れる仮想モニター上のやりとりで銀行取引を行うサービスだ。

インストールといっていいのかどうか分からないけど、このサービスの利用方法はとても簡単だ。外科手術が必要だったりすることもなく、オペラグラスのような形の専用の機械を覗き込んで、そこに表れる指示に従って視線を動かしたり目を閉じたりするだけで基本的な機能は使えるようになる。

普及してきたのはせいぜいがここ一年ぐらいだから、ここクラスの微妙なローカルチェーンのコンビニだと取り扱いがなくてもまあ仕方ないのかな。大手コンビニチェーンならたぶんもうほとんど導入されてるんだろうけど。

また、オレを含め、ほとんどの魔術士が魔式をダウンロードする時にも、MLBを使ってカンパニーにその通信費を支払ってるんだ。

コレが開発される前は、カンパニーへの通信費の支払いはクレジットカード決済が主流だった、らしい。だが、魔法を使うのに後払いというのはやっぱり色々とトラブルも多かったらしく、MLBが登場するやいなや、カンパニーは通信費の支払いのデフォルトをこれに決めてしまった。

まあその頃は、まだオレが魔法を使うようになるなんて思ってもみなかったから詳しいことは知らないんだけど。

だけど使う側からしてもこれはありがたい。何の端末も持たずにリアルタイムで預金高を確認しながらお金のやりとりができるってのはとても便利だ。

現金も携帯もICカードも使わずに買い物ができる手軽さから、さっきの客のように日常の買い物にMLB使う人が増えてきているけど、何というか、オレたち魔術士からするとまるで魔法を使う時のために開発されたかのような技術なんだよな。


……と、いうか、事実そうなんだ。あまり大っぴらにはされてないけど、MLBの技術の開発を行ったのは実はカンパニーだ。


今でこそカンパニーは、異界からの魔式ダウンロードやバグの侵入を監視する政府の機関のようになってはいるけど、そもそもその実態は研究所なんだ。

ある時、色々な研究を行っていた民間の研究施設が、異界の存在を発見した。そしてその世界の法則を“魔式”という形で取り出す技術や、呼びもしていない法則が“異解体”という形でこちらに侵入してきた場合の対処方法の研究をメインでしていくことになる。

やがて異界の重要性が明らかになると、政府がその研究のスポンサーになり、さらに制度が整備されて文科省管轄の『国立異界科学研究所』となった。

と、ここまでは公民の教科書にも載っている話。

で、こっからはオレに魔術士の才能が顕れた時に、カンパニーに相談やら魔術士としての登録やらをしに行った時に受けた説明なんだけど

国立異界科学研究所の中にある、乾 羽二(いぬい はねつぐ)主任が率いる『臨床事例研究班』――通称『乾研』は魔術士の魔式ダウンロードや異界体討伐時のデータを積極的に集めるために、自然と魔術行使者たちの窓口的役割を果たすようになった。

国異研自体は利益を追求する機関じゃないけど、異界とのデータ通信にはそれなりに、いや、莫大な費用が掛かるらしく、その全てではないものの利用者も費用を負担することになる。その代わり、その埋め合わせとして、異界からの侵入データ(この世界にとってはプログラムのバグのような存在だから、そのまま単にバグと呼ばれたりもする)の駆除に報酬を出すことにしたそうだ。

だけど、魔術を使うために魔式をダウンロードするにしても、異界体バグの駆除にしても、そのどちらからもデータが収集できるわけだから、乾研からすればウハウハなんじゃないかとは思う。

とにかく、そうして職業としての魔術士というものができた。

そしてその魔術士たちはいつしか乾研のことを、乾 羽二の漢字の音からとって『カンパニー』と呼ぶようになったんだ。

ちなみに、魔術士の才能というのは異界に居る、あるいは在るとされる「神々」とコンタクトを……


――おっと、お客が来たようだ


「いらっしゃいませー」


で、とにかく、MLBを開発したのもカンパニーなもんだから、魔術士の間ではもっぱら「魔術士に課金させるために開発した技術だ」なんて言われているんだ。


「いらっしゃいませ、にココロがコモってないでつ。ココの店員、ウワの空ぢゃないんでつか?」


一つ10円の棒状スナック菓子を五本レジカウンターに置いたお客がそんなことを言う。


つか、何しにきやがった。あるだけの味コンプリートしてんじゃねえよ。

見るとまな板の後ろには他の三人も揃ってる。


「えー、54円になります」


だが無駄口は叩かず、職務に徹するオレ。手早くバーコードを読み取りそれだけを言う。

なのに、このおバカは


「なんで10円の物を五個買って54円になるんでつか!?」


大袈裟にカウンターに身を乗り出してまでナンクセを付けやがる。

「消費税知らねえのか?」


「コレ一本なら10円なんでつお!」


「まとめたら税金付くんだよ」


「そんなのオカシイぢゃないでつか。でも、だったら一本ずつ別けて五回会計してくれお」


「やだよ、めんどくせえ」


一円以下の端数の扱いに関して取り決めもしていない政府はオレもオカシイと思うが、コイツの4円のために、今のを取り消ししてまた五回も会計処理するなんて気にはなれない。そもそも取り消しのやり方おぼえてないし。


「4円ぐらい出せよ」


「このバカモンが! 4円を笑うもの4円に泣くんでつお。だいたい、こないだのハント横取りされたせいで、オイラだって金欠なんだお」


そうなんだ。

あの横取り事件で損したのは何もオレだけじゃない。

一番被害額が大きかったのがオレというだけで、ウメノも肉体強化魔法を使っていたし、ランの区界魔法なんて、たぶん鶴撃ちに近いぐらいのお金が掛かってるはずなんだ。


「どうかされましたか? ユキト君、何か揉め事かい?」


声の方を振り返ると、いつの間にかやたらと爽やか風な笑顔のメガネ店長が立っている。

……いや、風なだけだ。何だか胡散臭さが全開だ。

揉め事じゃないのは見て分かるだろ。きっとモニターでレジの様子を視てて、女の子がたくさん来たから出てきただけなんだ。


「この店の店員はキョウイクがなってないでつ」


嬉しそうにクレームを付けるウメノに店長はにこにこと対応している。

だけど、おい。

視線がチラチラとチェックのスカートから伸びる太ももに落ちてるぞ。


「消費税のことですね。すみませんでした。ほらユキト君、レジやり直して」


「分かりました」


こんなんでも店長で、オレは今日入ったばかりの新人で。

仕方なくオレはレジをやり直す。ああ、めんどくせえ。


「お次お待ちの方、こちらのレジにどうぞ」


言って店長は隣のレジに移る。

ウメノの次にいたランがそちらに向かった。持ってるのはコンビニスイーツ、抹茶味のロールケーキか。お嬢様でもこんなとこのお菓子食うんだな。


「ユキト君のお友だちですか?」


そう訊きながら商品を受け取った店長の手が、ふいに止まった。

もしや――

隣の様子を窺うと、何かに気付いたらしい眼鏡の奥の目が一点で固定されているのが見て取れた。ああ、もちろんその視線の先はランの胸。

……いや、店長……おっぱいガン見し過ぎっす。


「はい。同じクラスのご学友ですわ」


店長の不審な動きに気付いているのかいないのか、令嬢は堂々たるロイヤルスマイル。

男として気持ちは分かる。そしてその嗜好は同士と呼んでも差し支えない。

だけどなあ……


「ああ、なんとイヤラシイ目なのだろうか……。まるで舐めまわすかのような視線がランの胸を蹂躙していく……」


って、なんだ、ナレーションかと思ったらランの後ろに並んだサクラか。

でもチビッ子。普通に声大きいぞ。立ち読みしてる兄ちゃんもコッチ見てるし。

ぎょっとした様子の店長が慌ててサクラの方を見るが、チビッ子の口からそんな台詞が出たとは思えなかったのか、首を傾げてまたランの胸に目を戻す。って戻すなよ。

それにもしそれが空耳だとしたらアンタかなりヤバいと思うぞ。


「ありがとーございましたー」


ようやくウメノの五本のうまいぼ……もとい棒状スナック菓子の会計を済ませて棒読みでそう言うと、次にはお菓子やデリカが山のように入った買い物がドンとカウンターに置かれた。あれ、他のお客が来たのか?


「あと、から揚げチャンとアメリカンドッグと肉まんとピザまんください」


って、アヤメじゃないか。どうするんだ、こんなに買って……。


「この時間ってお腹ぺこぺこだから、コンビニ寄るとついつい買い過ぎちゃうよね」


「あ。うん、そうだな」


いや、ついついってレベルじゃねえし。本当に食べるのか?

どうやらオレは変な顔をしていたらしい。少し頬を赤らめたアヤメは照れたように付け足す。


「晩ごはん前にしちゃ、ちょっと多かった、かな?」


なるほど。これ食べた後は、晩ごはんもちゃんと食べるつもりなんだね。



■□



ソイツがやってきたのは上がる時間の間際だった。

店長はランが帰るとソッコーでバックヤードに戻っていき、その後もレジが混むか、オレが何かを訊きに行くかしない限り立てこもり続けたので、その時もレジにはオレ一人だけだった。差し出された週刊の漫画雑誌。


ピッ――


「240円になります。袋にお入れしますか?」


同じ学校の制服だなあ、とは思っていた。

だけど、見知った顔じゃなさそうだったので、特に気にも止めずにお金を受け取ってお釣りを渡した。


「夏目ユキト君――」


不意に名前を呼ばれた。しかもフルネームで。


「え」


顔を上げて相手をもう一度確認する。ワックスで無造作にはね散らされた髪はほんの少し茶色。二重もくっきりとした中々のイケメソだけどやっぱり知らない顔だ。

いや、どこかで見覚えがあるような……。


「3組の長井 竜」


オレの戸惑いを見て取ったのか、くすりと笑いながら向こうはそう名を名乗る。それもやっぱり知らない名前。ちなみにオレは2組なので、隣のクラスということになる。


「羽戸さんや、海野さんと仲いいよね?」


そうだ。

3組ってことはランやアヤメと同じクラスなんだ、このイケメソ。そしてこの瞬間、オレの明晰な頭脳は相手の目的を悟った。

まあなんだ。つまりはこの長井とかいうイケメソは、ランかアヤメに気があるんだろう。そしてオレを通して、メルアドかなんかを交換したい、と。

改めて言うまでもなく、ランもアヤメもよくモテる。

いや、二人ともちょっとモテ過ぎなんじゃないかというぐらいなんだが、実はその二人だけでなく、チビッ子サクラも特定の筋にはかなりの人気だし、ウメノですらクラスの男どもがカワイイたらなんたら言っているのをよく耳にする。

オレからすると、みんなアタマ膿んでるんじゃないのかって感じなんだが、実態を知らずに遠目に見てる分にはまあそんなものなのかも知れない。

実際には魔術士であるという繋がりでつるんでるだけのオレだが、そんなことを知らないヤツらからすると、美少女たちに一人だけ混じった男子生徒なんてのは、当然のように嫉妬の刃を向ける対象になる。やれハーレムだ何だとからかわれるぐらいなら可愛いもので、何故かいきなり決闘を申し込まれたり、不幸のチェーンメールが山ほど届いたりと、この高校に入学して最初の一ヶ月ぐらいはかなりの苦労をした。

だけど、それもわりとすぐに下火になりゴールデンウィークを過ぎたあたりにはほとんどなくなった。

たぶんオレたちの雰囲気から、そんなにいいものじゃないということが伝わったのだと思うが、実はオレがランの身の回りの世話をする召使いであるとか、サクラの実の兄で高校入試で一浪したため同じ学年にいるのであるとかの噂が根強くあるのには困ったものだ。

そして、嫌がらせが無くなった代わりというワケでもないのだろうが、オレを通してランたちと親しくなりたいという輩がちょくちょく現れるようになった。つまり、この長井もそういうことなんだろう。


「あ、羽戸も海野も彼氏は募集してないみたいだぜ」


最初の頃はオレも律儀に取り次いでいたんだけど、ランもアヤメも、サクラやウメノさえもが「断ってくれ」一辺倒なもんだから、近頃じゃ効率を考えてとりあえず断ってから事後報告するようにしている。


「あれ。いや、別にそういうつもりじゃないんだけど、彼女たちとよく一緒にいるところを見かけるから、たまたま夏目くんのことを憶えてて」


あの手この手で食い下がるヤツも多いが、長井のこのちょっと驚いたような顔は演技ではなさそうだ。


「ここでバイトしてたんだね。ボク、この店にはわりと来てるんだけど初めて会うな」


「いや、実は今日から。長井……くんはこんな時間まで何を?」


向こうはくん付けしてるんだし、こっちもそうしないとダメだろうな。


「塾の帰りだよ」


答えて学校指定のではないカバンを掲げてみせる。中にテキストとかが入ってるんだろう。

塾か。まだ一年生も折り返したばかりだというのに熱心なことだ。


「おはよーございまーす」


お客が来たと思い「いらっしゃいませ」と言い掛けるオレに明らかに昼夜を間違えた挨拶で返したのは、初対面だけどおそらく深夜帯勤務のアルバイト。時計を見るとあと5分で10時になるとこだった。


「夏目くん、もう上がり? 良かったら途中まで一緒に帰らない?」


心もちはしゃいだような調子でそう言われると、断るのも難しくて、オレは曖昧に承諾した。

あんまり得意じゃないんだよな、そう親しくもない人間と二人っきりってのは。





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