午後十一時
夜も更けてきて、雨の勢いはさらに強まったようだった。
行きつけの女子大小路のバーは私達以外に客はいなかった。
花の金曜日だというのに、か。給料日のあとなのに、か。雨で今日は家路についてしまったから、か。錦に夜の人が流れてしまったせいで、か。
「私、少しお酒に弱くなったかも」
「そうはいっても、一華さんが酔いつぶれるところなんて、見たことないですよ」
「それは当たり前でしょう」
浴びるほどお酒を飲むのは私の口にはあわない。
「お酒は本来、目で見て、舌で味わうものなんだよー」
名駅で赤いワインを飲み、栄で青いカクテルを飲む。
目の前にいる男がモノクロームなものだから、余計に色を視覚で味わいたい。
「んーおいしい」
おつまみのビスケットの塩加減がちょうどいい。
「なんだか楽しそうですね」
「楽しいよー。カオル君といるときは、い・つ・も」
ぎゅっと彼の腕に抱き付いてあげる。
「ふふっ」
人より大きいこの胸が武器になることくらい私はとうに知っている。
「今日の一華さんはいつもより感情が豊かですね」
そして、これくらいじゃこの人は動じないということも。
「そうかな?」
「会ったときは不機嫌そうでしたけど、今はすごく楽しそうですしね」
「やっぱりお酒が回ってきたせいなのかもね―。ふふ」
全然酔っていない。
「さっきと言っていることが違うじゃないですか」
「どっちが本当でしょう。うふふ」
遠い将来の不安で、目の前の幸せをやすやす見逃すような女じゃない。それだけのこと。
「カオル君は……もしかして仕事で失敗しちゃった?」
「……やっぱり鋭いですね、一華さんは」
「それはそう。お仕事柄、人の機微を見抜かないといけないからね。さぁさぁ、お姉さんに話してごらん」
すっと彼から身を離す。
「弱いんですよね」
「うん?」
「こうやって愚痴を言える人って一華さんくらいしかいないんですよ」
のぼせそうな彼の嬉しい一言に、ふふっと私は作り笑いを浮かべた。
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