第11話 ポテトパニック
しばらく手を握ったままデシアーナさんと見つめあい、この時間が永遠に続かないかなーとかありきたりな事を思ったところで手が離れている事に気付く、少し頭がぼーっとしているようだ。
「そう言ってもらえると私も嬉しいです、でも無理はしないでくださいね、怪我とかしてしまうと元も子もありませんから」
「無理はするつもりはありませんが……でも無理もせずに一か月で出世とかできるものなんですか?」
自分のスキルを思い浮かべるが、今のところ使い勝手が悪い。
応用力はありそうなので、使いこなせれば凄い事ができそうな気がする、それこそ世界を根本的に変えてしまうようなこともできそうな……駄目だスキルを使って何ができるかを考えると気が大きくなりすぎる、失敗した場合の事も考えないといけないのに。
「能力次第ですね、辺境ということもあって早く出世できる人はあっと言う間ですよ。ただし、逆もまた然りですけどね」
責任も伴うってことだよな、実力主義か、役に立たないと判断されたら簡単に切り捨てられそうだ。
デシアーナさんには好意を持っているのもあるが、それ以上に自分の安全を確保する意味で味方についていてもらいたい。
気恥ずかしいが好意を前面に押し出していこう。
「その……デシアーナさんが僕の側にいてくれるぐらいには、どれぐらい出世したらいいんでしょう? 役職だとか全然わからないので」
「辺境伯や私たちの指示に従ってさえ下さればあっと言う間ですよ、辺境伯が無事に帰還すれば私からも頼んでみますね」
「危険な事でなければ指示にはもちろん従います、よろしくお願いします」
「そうだ、お給金をお渡ししておきますね、これは契約金としてで給料の前渡しでは無いので一か月後にも給金はおお渡しします、まだ一人での外出は許可できませんが、治療師に診察してもらった後にでも一緒に服などを買いに行きましょう」
おおっ、デートだと思っていいんだろうか……気が早いよな、うん。
でもいいのかな? デシアーナさん忙しいんじゃないだろうか? 嬉しいしここは甘えておこう。
デシアーナさんから小さな巾着袋を受け取る。
巾着袋には金貨が4枚入っていた。
金貨は目で見た感覚と手に持った感覚からの推測だが、重量は3.5グラム、直径は3センチほどで、転移前の世界での1オンス金貨より薄いがその分大きい。
縁や表面は少しデコボコしており、表面に女性の横顔が、裏面にはクローバーと十字が組み合わさった模様になっている。
純度ははっきりとはわからないが、転移前の世界ではプレミアを考慮しないで1枚10万円ほどにはなるだろう。
記憶喪失の回復は少しづつだが進んでいると思う。
趣味であったコイン収集、好きだった映画やドラマ、アニメや漫画や小説なんかは鮮明に思い出せるものも増えてきた。
しかし自分の名前、年齢、職業、趣味で知り合った向井さんを除く家族や知人、どんな人生を送ってきたかといった重要な記憶はさっぱりだ。
さて、この世界で初めてお金を手に入れたわけだが、まだ一人で外に出られないというならお金を節約してもしょうがない、少しでも自分の立場を良くするために使うべきだろう。
「デシアーナさんは何か欲しい物はありますか?」
「欲しい物ですか? そうですね……今は芋でしょうか」
チョコレートかあるいは装飾品等の返答を想定していたのだが、かなり意外な答えが返ってきた。
カッシュが言っていたことを思い出す。
そういや、この世界じゃ野菜が畑では収穫できなくて、野菜を体から生やしたモンスターが動き回っているんだったか。
芋なんて大量生産されスーパーにでも行けばいくらでも買えるというのは転移前の世界での話だ、こちらの世界では貴重品として扱われていてもおかしくはない。
「スキル使ってみてもいいでしょうか?」
「そうですね……一度だけですよ」
デシアーナさんは少し困り顔になって考え込んだ様子になったが、許可が出た。
錬金術の触媒はまだ塩水と髪の毛でしか試していない。
こんな力を手に入れたんだからと、色々試してみたい気持ちは強かった。
金貨を触媒にしたら何となくだが凄く美味しい芋が作れそうな気がする、根拠なんて何もない気分的なものだけど。
スキルを使って出したティッシュ箱サイズの錬金コンテナに、金貨を一枚入れて、コンテナを閉めて、開けると、
ポップコーンが弾け飛ぶような勢いでじゃが芋が飛び出してきた。
宙を舞い、天井にぶつかって跳ね返る芋、芋、芋。
芋が潰れるほどの速度ではないが、跳ね返った芋が体に当たると少し痛い。
デシアーナさんは芋が当たっても痛くないのか避ける様子も無くただ少し驚いたといった感じだ。
「わぁ……凄い一杯出てますね……どれぐらい出るんですか?」
「あたっ! ……いや、こんなに出てくるとは……どれぐらい出るんでしょう?」
二人して芋の噴出を眺めながら頭を手でかばいつつ、はて?と頭を傾ける。
「ちょっと! コンテナさんこれ止めて下さい」
いつまでも止まる様子の無い芋に危機感を覚えたのか、急に慌てた様子になったデシアーナさんが椅子から立ち上がり叫ぶ。
俺も慌てて立ち上がる。
「えええっ、どうやって、どうやって止めればいいんですか?」
どうやったら錬金術ができるかは、錬金術ができると思った時点でに理解できていた。
記憶喪失になっても歩行できるのと同じような、まるで習慣であったような感じで。
しかし、止め方とか全くわからない。
「コンテナしまって、回収して下さい!」
そうか、回収すれば済む話だ、コンテナの回収は触れるだけでいい。
言われるまま、コンテナに手を触れ回収を念じる、とコンテナが消えた
コンテナは消えたのだが……
「と、止まりません! 手から、手から漏れてるううううううー」
右手からポシュポシュと飛び出す芋、芋、芋。
芋はすでに膝あたりまでを覆い隠している、このままでは遠からず芋に飲まれて遭難してしまうだろう。
隙間はできるだろうから呼吸は大丈夫のはず、しかし、重みに耐えられるかどうかは怪しいところ。
いやいや何考えてるんだ、立ちすくしたまま埋もれる事を想定している場合じゃない、テーブルの上に乗って……も時間稼ぎにしかならない、今は部屋のドアを開けるべきだ。
「うわっ」「きゃっ」
なんて考えていたら足を滑らせて仰向けに倒れてしまった、デシアーナさんも巻き込まれたように倒れてしまう。
芋に滑ってしまって身動きがしにくい、本格的に不味い、異世界転移初となる生命の危機が芋だとは想像もしなかった。
「あああ、もう、もう吸い出しますから目を閉じて下さい!」
「えええ、なんで目なんか」
疑問を口にしながらも目をギュッと閉じる。
と、一瞬の後、顔を両手で掴まれる。
更に、次の瞬間、唇になにやら柔らかく湿った感触があり。
キスされてる? キスされてる! うわっ心臓バクバクいってる、胸!胸あたってる、背中に芋がゴリゴリ当たって痛い、うんんんんん? 舌入ってきた、デシアーナさん大胆過ぎるだろ。
チュウウウーーー
、うおおおお、何か吸われてる、積極的過ぎないか? この世界じゃこれが当たり前なのか? いや、嬉しいけど、嬉しいけどーーー。
ジュルルルーーー
うおえええあああ、舌吸われてる、めっちゃ吸われてる、何か頭真っ白だ、何も考えられない。
というところでデシアーナさんの唇が離れたので目を開ける。
視界か自分の身体かどちらかよくわからないけどふわふわ揺れているような、心臓のバクバクが頭の中で反響しすぎてヤバい。
ん? そういや芋はどうなった?
と思い、手を見ると芋の噴出は止まっていた。
「ふう・・・・・・ふう・・・・・・はあっ、はあ、な、りゃんとかろまりまましたれ」
デシアーナさんがカミカミだ、表情を観察すると心配になるぐらい顔が赤い、目が潤んでて呼吸も荒い。
デシアーナさんの薄く紫かかった銀髪が俺の耳に絡んでくすぐったい。
「しゅ、すみませ、うえっ」
謝ろうとしたら、俺の上に覆いかぶさったままのデシアーナさんの口から垂れたヨダレが俺の顔にペチャっと落ちた。
「あ・・・・・・ごめんなさい、綺麗にしますね、ん」
ヨダレが落ちたところ、俺の顔の右頬をデシアーナさんがペロリと舐め上げる。
本能をくすぐるような感覚が体を走る。
「どうし……ちゃったんですか? 何か変ですよ」
流れからするとスキルを止めるために何か、多分魔力を吸い出すためにディープキスをしたのだろうけど、キスの余韻というには過剰なぐらい、デシアーナさんの様子がおかしい。
「魔力を・・・・・・はあ・・・・・・吸い過ぎてしまったようで・・・・・・はあ」
「吸い過ぎたら……どうなるんですか?」
「その・・・・・・感情の抑えが効かなくなります・・・・・・」
それってつまりそういうことなんだろうか? 発情的な? いいんだろうか? このまま流されてしまっても。
「我慢はできないんですか?」
俺の方が我慢できなくなっている、ここで我慢できると答えが返ってきても、俺は我慢できないと告げるだろう、義務的に聞いただけでしかない。
「私じゃ、ダメですか?・・・・・・」
「ダメなわけないです」
「良かった・・・・・・私こういうのは初めてなので痛くしてしまったらごめんなさい」
焦燥感と不安が入り混じったデシアーナさんの顔が、微笑みに変わる。
そこは男の俺の方が気遣うところなんじゃないだろうか?
それともこの世界じゃ男の方が痛いとか?
「僕も多分初めてで、でも男なので痛くはならないと思うんですが・・・あぐっ!」
記憶喪失なので本当に初めてなのか分からないが、気持ち的には間違いなく初めてだ。
デシアーナさんが体重をかけてきた事で、背中の腰辺りの芋がぐりっとなって痛みが走る。
「ごめんなさい・・・・・・んっ・・・・・・もう少しゆっくりしますね」
ゆっくり優しくいただかれてしまった。
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