第10.2話 デシアーナ②
「お姉ちゃん、執務室に来て、コンテナさんのスキルの事で話があるから」
コンテナさんの部屋を出てすぐ、ミリアが声質を変えて話しかけてきた。
「うん、わかった、何かあったの?」
「執務室で話すわ」
廊下では話したくないらしい、他の誰かに聞かれたら困るような内容なのかな?
執務室に入ると、ミリアが振り向きざまに両肩に手を乗せてきた。
「お姉ちゃん! コンテナさんをうちに取り込もう! スカウトしちゃおう!」
「はあっ? 女神教の保護要請があった人を横からかっさらうの? 確かにコンテナさんのスキルは強いけど、でも不味いでしょそれは」
女神教は辺境伯領ではほとんど布教活動していないといっても、国教に指定されていることもあり王都などでは貴族を中心に影響力も強い。
私の名前デシアーナと、妹のミリアーナも女神アーナ様由来で名付けられたものだったりするから、女神教がファドーグ王国で影響力を持ち始めてから随分と長いものだ。
母が子供の頃ではそうでもなかったらしいからここ30年ぐらいで勢力を伸ばしたのだろう。
個人的な感情では非常に惜しいとは思うが、女神教と敵対してまで取り込む価値は見受けられない。
何より、辺境伯の留守中に判断して良い領分を逸脱しているんじゃないの?
「コンテナになっちゃった私の家に、シングレヴのスキルで殴ってもらったんだけど傷一つつかなかったの」
「ええっ? シングレヴのスキルってあれでしょ、ゴーレムとか一撃で粉砕するっていう」
「うん、そう、足悪くしちゃってからは辺境領内の村を回って開墾に邪魔な岩とかバキバキ粉砕して回ってるシングレヴ」
「それって……」
「うん、魔境の戦況をひっくり返す切り札になる」
ミリアの目が鋭くなる、旦那さんも魔境への遠征に行ってるのだから何とかしたいという気持ちは強いのだろう。
魔族領から辺境伯領へは定期的に強力な魔物が溢れ出てくるのだが、近年は特に酷く、今回の遠征はかなり無理を押した体制で臨んでいる。
魔物を阻む障壁として城塞群と長壁が魔境には築きあげられているのだが、かつては隙間なく鉄壁を誇ったそれも今では修復が追い付かず、常駐している守備兵だけでは守り切れない事態も増えてきている。
魔境で魔物の侵入を防がなければ食糧を食い荒らされるが、かと言って城塞や長壁の修復を優先すると狩りに回す人手が足りなくなり食糧が不足する。
そんなじり貧の状態が続き限界を迎えつつある。
コンちゃんのスキルがそれほどのものなら、今度は逆に女神教へ引き渡すわけにはいかなくなってくる。
「で、どうだった? コンテナさんの反応」
一転して顔を緩め、微笑を浮かべたミリアが聞いてくる。
「凄く可愛かった! おめめパッチリで、肌とかこっちが羨ましくなるぐらいしっろいの! 困ったような顔も可愛かったー」
コンちゃんはラストムーロどころか辺境伯領内には滅多にいないタイプだ、たまにいても成人してから1年ぐらいで山賊みたいになっていたりする、なぜか男はみんなガッチリしたのしかいない、まあ華奢だったら生き残れないってのもあるんだろうけど。
王都では、魔力が強い人間は筋肉がつきにくいと教わったが、辺境伯領に来てからは眉唾だとしか思えなくなった。
「アハハッ、お姉ちゃんの反応はいいからさ」
「うん、胸ばっかり見てたわね」
「いけるんじゃない? もう狙ってみたら?」
「えー……そりゃ見た目はバッチリだから付き合えたら嬉しいけど、少年の下心を利用するようなのはちょっとね……」
後半は尻すぼみになった。
コンちゃんを利用する事を前提にするなら、私が子供を産めない身体であることを告げるのは当分の間……最低でも辺境伯が帰還した後、女神教との交渉が終わるまではしない方がいいだろう、告白して好ましい反応が返ってきた事は無い。
「応援するわよ、仕事なら私の方に回してもらえたらいいから積極的に会いに行くようにしなよ」
会う時間が増えるだけなら単純に嬉しい、まっ、いいか。
☆ ☆ ☆
翌日、昼食を食べる為に食堂へ向かう私の元に、見張り塔から暴走魔族がラストムーロ市街へ向かっている事を知らせる一報が届いた。
連絡役の兵士をそのまま案内役にして襲撃予測地点へと向かう。
襲撃予測地点ではすでに魔族が魔法障壁への突撃を始めていた。
魔法障壁の反応を見る限り出力の調整は上手くいっているようで、壊れないギリギリのところ狙って展開できている。
なるべく節約しないと魔法障壁用に製錬した魔石が足りなくなってしまうだろう、製錬前のものはまだ余裕はあるものの、製錬には時間がかかる。
兵士や市民も事前の訓練通りとはいかないまでも、大きな混乱も無く避難はスムーズに行えている。
一部、取り乱している兵士がいるが臨時雇いの者だろう。
ブケパロス辺境伯領内の村から徴兵するにあたって、村側の負担を軽減する為に素行に多少問題のある人間も受け入れることになった。
当然厳しく訓練を行ったが、訓練期間は短く練度は充分だとは言い難い、それでも混乱に乗じて窃盗に走る者や女性を襲う者などはもういない。
2名ばかりどうしようもないのが先日川辺で動かなくなった状態となって発見されたが、酔っぱらって水練の真似事でもしたのだろう。
「小隊長、怪我人の有無、魔石の残量、その他把握している事項について報告を」
「はっ! 隊長代理殿、中度負傷市民2名、中度負傷兵士5名、いずれも障壁内の治療院へ輸送指示完了しております。
魔石の残量は最大出力で30分、適時調整で1時間の見込みであります、その他ありません」
ここは私が対応した方がいいだろうと思い、魔族から一定距離を取るように、逃げ道を塞ぐように、と指示を出す。
ふと、視界にゴリラに手を掴まれ駆け寄ってくる妖精を見つけた、あの妖精はコンちゃんだ、比較対象があるせいで可愛さが跳ね上がっている。
「何でコンテナさんがここにいるんですか!? カッシュ、あなたが勝手に連れ出したんですか? 懲罰ものですよ!」
私もまだ手とか握ってないのに! コンちゃんが汚された! ゴリラがうつったらどうすんのよ!
「はっ! 隊長代理どの、本人がどうしても力になりたいと申しまして」「ミリアーナ隊長代理の指示だ、コンテナの性格を把握しておくにはいい機会だろうってさ」
カッシュが話しかけてくる、後半は私だけに聞こえるよう声に指向性を持たせていた。
……ミリアが暴走気味だ、コンちゃんが怪我でもしたら一大事なのに。
「はー……コンテナさんは市民登録もまだですから一人で魔法障壁に近づくと危ないですよ、怪我をされても困りますので魔法障壁の内側で待っていて下さい、スキルは使わないこと、あなたのスキルは直接見たわけではありませんが報告を聞いた限りでは街中で使うには危険すぎます」
良い子にしててね?
「そうですね、僕もあれに当てる自信はありません」
うんうん素直でよろしい。
「そろそろ、魔法障壁の魔石がもちませんね、今から私があの魔族を倒しに行きますがくれぐれも勝手はしないように、カッシュはコンテナさんのそばについていなさい」
本当は私が側に付いて抱きしめていてあげたいが、カッシュに魔族の相手をさせるわけにもいかない。
「はっ! 隊長代理どの、了解であります!」
カッシュが正式な敬礼をしてきた、辺境伯領では誰もやらない方だ。
「あれ、倒せるんですか?」
コンちゃんが不安そうに尋ねてきた、心配してくれているのが分かり心がほかほかしてくる、やっぱりこの子はセクハラをしてくるだけのおっさんどもとは違う。
魔族に寿命は無いが、歳を経るごとに魔力が増加の一途を辿るせいで、やがて耐えられなくなった精神が故に暴走し命果てる。
同族に被害を出さない為に、魔族は暴走する前にダンジョンの帰還不可能なほど地下深くまで潜り、そこで生涯の幕を降ろすのだがこうして襲撃してくるような者がいるという事は例外もいるのだろう。
ただの伝承なのでどこまで正確なのかは分からないが。
「暴走状態も長いようですし弱っているのでしょう、あの程度なら、まあ何とかなるでしょう」
スキルを使えば一瞬で片が付くが、使わなければ手間取るか。
だが私が着ているメイド服はサイクロプスやオーガの一撃であっても魔力が失われない限り吸収してしまえる、あの程度の相手なら致命傷を負わされる事はない。
「行きます!」
周囲に宣言すると同時にガーターバンドからナイフを抜き、空中の魔族に向かって投げ放ちつつ接近を試みる。
このバンドはナイフを使いたい時にだけ取り出す事ができ、更に自動回収能力がある便利なものだが『ガーターベルトとセットで女性が太股に身に着けた状態』でないとナイフを取り出せないという制限がある。
製作者は誰なのかは知らないがよほどの変態に違いない、お陰で随分と安く買えたが。
「ギャッ! ググッ!」
一投目のナイフは魔族の左脇に突き刺さった、人間相手であれば刃先が心臓に届く必殺の一撃。
しかし魔族は悲鳴を上げたものの、落下するような様子も無く、ダメージになっているか微妙だ。
「「おおっ! すげえ!」」
走っているせいで揺れている胸を見ての声だろう、後方の兵士達から歓声が上がる。
おっさんどもの下品な歓声なんて嬉しくない。
ちらっと振り返るとコンちゃんが口を半開きにしてこちらを見ている、仕方ないなあ、もう。
二投目の投げナイフは、こちら側へ向き直った魔族が腕を振るうと、腕から伸びた身の丈の半分程度の長さを持った白銀の刃に弾かれるてしまう。
「「「うおおー! いいぞー! 何であれで行き遅れてんだ? やっちまえー!」」」
「私はまだ23です! 行き遅れてませんから!」
ギャラリー化した兵士達がうるさい、コンちゃんが頬を赤く染めていて可愛い。
本当の年齢は25歳だ、もう少し低めに言ってもいいと思うのだが、ミリアが『夫婦で10年間お金を貯めて家を買った』と言いふらしているのでバレないように妥協している。
続くナイフの連投で魔族は地面に落下したものの、自己再生能力が強いようで、ナイフでは傷を負わせた側から回復されてしまう。
「チッ! 意外としぶといですわね、仕方ありませんか……スキルリリース・リスパルミアーレ」
後方では兵士達の悪ふざけに感化されてか市民の姿まで混じるようになっていた、事故があっても面白くない、スキルを使って早期に決着を付ける事にする。
スキルを使うと胸から溢れだした魔力が光の粒子となって背中に翼を形作り、更に光の粒子がナイフに集まり輝く光の刃となる。
翼の方は空を飛べるわけでもなく、ただの人気取りにしかすぎない、兵士や市民を味方につけておくには必要なパフォーマンスだ。
魔族に向かって光の刃を縦横無尽に振るうと、魔族は悲鳴を上げる間もなく光の粒子にのまれ消滅した。
実にあっけないが、スキルの持続時間は2分も無いから倒しきれないと後が続かない。
振り向くと兵士や市民が、スキルを使用した事で小さくなってしまった私の胸を見て大げさに悔しがっていた、その中にはコンちゃんの姿もある。
兵士や市民の人気が変な方向に向かっている……
コンちゃんもあっさりと影響され過ぎだろう、お調子者な男達を近付けないようにしないと。
一瞬だがゴリラ化したコンちゃんを想像してしまい背筋が寒くなる。
うん、全力で保護しなきゃ。
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