第10話 利用されるとわかっていても
部屋に戻ると、片手で持てるサイズの木箱から白い粉を一つまみ手に取り、自分の全身に振り掛ける。
白い粉といっても危ないお薬などではなく、スライムを乾燥など幾つかの工程を経て出来上がる洗剤みたいなものと聞いている。
スライムはそこら中にいて、スライム粉の製造は農村の子供や女性の収入源だそうな、モンスターと言うよりは植物に近い印象を受ける。
体に振り掛けた粉は床に落ちるまでに淡く光ると消滅していく、魔力に反応して臭いや汚れを消していくそうだ、体も服もまとめて。
とても手軽で便利だがそっけない、そろそろお風呂入りたい。
「お風呂ですか? 王都では娯楽として流行していると商人の方が話していました、ラストムーロにはありませんね」
とはローリアさん、お昼の食事を持ってきてくれた彼女に聞いてみた、入浴文化は娯楽としてしか存在しないのだろう。
服など着た切りだが、今のところ臭くはなっていないと思う、多分、味覚障害とかあるし嗅覚は大丈夫なのか自信は無い。
デシアーナさんに病気の診察と称してクンカクンカさせて貰えないだろうか?
「スライム粉というのは便利ですが安い物なんですか?」
「安い物もあれば、とても高価な物もありますね、誰もが使う物ですから種類は豊富ですよ、こちらの部屋に置いてあるものは高価な部類ですね」
高価なんだ、結構気軽にパラパラやってたよ。
☆ ☆ ☆
昼食も食べ終わりローリアさんも部屋を出て行ったので、ベッドに座り直して考え事、椅子は硬くて長時間座ってると痛い。
髪の毛が効率のいい原料になるというのは黙っていようと決めたばかりだが、一人になってよくよく考えてみればすぐにバレてしまう事に気が付いた。
デシアーナさんにはすでにチョコレートを食べられてしまっている「味が違う、あのチョコレートは何を原料にしたのか」と聞かれれば、言い逃れできない。
こりゃダメだ、デシアーナさんには正直に話して謝ろう、謝って髪の毛はむしらないで下さいとお願いしよう。
そんなことを考えているとコンコンとノックの音がした。
「デシアーナです、よろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
返事をすると、ドアを開けてデシアーナさんが部屋に入ってきた、大きな胸が復活していて顔色も良い。
腕時計を見ると3時過ぎになっている、多少のズレはあるかもしれないが、この世界も24時間で1日が巡っていると思われる。
「昨日はすみませんでした、一口のつもりが全部食べてしまって……その、凄く美味しかったものですから」
「いえ、そんな謝らないで下さい、こちらこそ謝らないといけない事が・・・」
デシアーナさんが申し訳なさそうに謝罪してきた、今日からデシアーナさんが上司だというのにこちらが申し訳ない、だがここは俺の髪の毛がチョコレートの原料であったことを詫びるチャンスだろう。
「実はあのチョコレート、僕の髪の毛を原料にして錬金術で作ったものでして……本当にすみません!ごめんなさい!」
ペコペコ謝った。
「えっ? ……原料? それは髪の毛を触媒に使ったという意味ですよね? 何で謝るんですか?」
「髪の毛を原料にしたものを食べるのは……嫌ですよね?」
話が噛み合わない、この世界の人的には髪の毛を食べるのは嫌じゃないのか?
「髪の毛そのものや、髪の毛がそのまま入った物を食べさせられるのは嫌ですが、髪の毛を触媒にして作り出した食べ物を食べるのは嫌じゃありませんよ」
少しはにかみ当然だろうという表情のデシアーナさんに言われて『原料』と『触媒』の違いがポイントらしいと気付く、肥料をそのまま食えるわけはないが肥料を使って育てられた食べ物は気にせず食べられるとかそんな感覚だろうか?
「なるほど……嫌じゃなかったら良かったです」
「嫌じゃないので簡単に作れるのなら良ければまた食べさせてくださいね、でもスキルの使用は治療師にみてもらってからですよ」
「たまにならまた作らせてもらいますが……もしかしてスキルを使うと何か体に悪い影響があるんですか?」
スキルの影響なんてデシアーナさんの胸ぐらいしかまだ知らない、元がペタンコならあれは良い影響だと思う、しかし男の俺が胸でっかくなったりしたら非常に困る。
今の自分の顔を思い浮かべて割と似合うかもしれないと思ったのは黙っていよう。
スキルの使用に際しては体に違和感も何もないから特に考えず使ってたが……
「体に影響が出る場合は自覚できるようになっているので、何も感じないのなら問題は無いと思います」
なら大丈夫だろうとホッとする、本当に?という気持ちもあるが疑っても精神がすり減るだけだ。
実際、スキルを使っても全然何も感じない、むしろ何万回でも使えそうな気がする、大陸中をコンテナで埋め尽くせそうな気さえする。
「ただ……記憶と体はスキルを得た代償だと思います」
なにそれ恐い、聞いてない、でもおかしい、順番が合わない。
「スキルを得た代償ですか? 記憶はこの世界で目が覚めたときにはもうありませんでしたし、体もこの体だったと思います、スキルを初めて使った時から何か変化したとかはありませんでしたが……スキルって習得するのに代償がいるんですか?」
「スキルによりますね、コンテナというスキルは通常でしたら習得には代償はありません、生み出したコンテナが傷ついたりすると使用者に酷い痛みや疲労感などがダメージとして返ってくるそうなので、それが代償と言えば代償なのでしょうか、家を壊しても何も感じなかったとしたらその点は大丈夫なのでしょう」
初っ端から大破壊したけどその時は体に異変はなかった。
「記憶を失った後で何も変わっていないのでしたら、記憶を失う前にすでにスキルを得ていたのではないでしょうか? どういう経緯があったかまでは分かりませんが、普通はスキルを使えるようになっても最初からあれほど強力なものにはなりません、少しづつ慣れるとともに強くなっていくものですから」
「それは……記憶がないので何とも言えませんが、流れを考えるとそうなりますね……」
異世界転移と同時に記憶を失ったと思い込んでいたが、転移してから記憶を失うまでに空白期間があったとしてもおかしくはない、むしろそう考えた方が辻褄が合うような気がする。
「ところで敬語のままなんですか? 軍隊とか兵士のやり取りって上官からは命令口調だったりもっと固いイメージがあるんですが」
考え込んでしまって間があいたので話を変えてみる。
「コンテナさんの立場ってかなり特殊なんですよ、女神教からの保護要請自体はまだ有効ですし、私の従兵になってもらったのもコンテナさんのスキルの検証をしながら同時に身の安全を確保するのが目的ですから、それにコンテナさんのスキルならすぐに出世しそうですしね」
立場が特殊だというのは自覚がある、できればもっと自由が欲しいけど、助けてくれる知り合いもいない世界じゃ利用されるのが目に見えていても少しでもマシな方へすがりつくしかない。
しかし出世はしたいとは思わないなあ……給料は多い方が嬉しいけど、給料はほどほどで気楽な方がより嬉しい、スキルを有効活用して左団扇で暮らすのが理想だ、デシアーナさんみたいなメイドさんが付いていたら言う事は無い。
「あまり出世したいとは思いませんね、人の上に立つとか柄じゃないような気がします」
「そうですか? 私としてはコンテナさんが活躍して出世すると嬉しいのですけども、大規模な遠征で隊長代理なんて任せられていますが私の普段の役職は護衛メイドなんですよ、要人の身の回りの世話をしつつ安全を確保するのが役割ですね、コンテナさんが出世したら代理職が終わっても側にいられるかもと思ったのですが……」
前半何か期待を込めたような笑顔で、後半少しだけ残念そうな顔で語るデシアーナさん。
あ、そうか、辺境伯が帰ってくるのが一か月後だったか? 一か月でお別れ?何それ悲しい……ん? デシアーナさんは俺と一緒にいたいのか? 何か好感度上がるような事あったっけ? チョコレートか? チョコレートしか思い浮かばない、チョコレート目当てか……。
「頑張って出世します、僕もデシアーナさんと一緒にいられたら嬉しいです!」
デシアーナさんの手を握って言ってみた、柔らかくて暖かい。
デシアーナさんはニッコリ微笑んで手を握り返してくれた、嬉しさがこみ上げる。
デシアーナさんにチョコレートをせがまれたら断れる気がしない。
俺がハゲる日は近いのかもしれない。
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