第9話 コンテナで錬金術はおかしいそうです

「お受け下さりありがとうございます、ラストムーロはあなたを歓迎いたします」


 そう言って右手を差し出すミリアーナさんに、握手を返した、すべすべで柔らかい。


「こちらこそありがとうございます、デシアーナさんの従兵になるとして僕は何をすればいいんでしょうか? ……いきなり砦を修復に行かされるような事は無いですよね?」


 デシアーナさんと毎日一緒にいられるんじゃないかと話に飛び付いてしまったが不安も多いし、分からない事だらけだ。

 まあ、不安だからこそ話に飛び付いてしまった側面もある。

 デシアーナさんは俺がこの世界に来てから初めて笑顔を見せてくれた人だし、魔族との戦闘を見た後では頼りになりそうだとの印象が強い。


「それはありません、魔境に移動するとなると護衛や移動用の獣が必要になりますが、今はそのどちらも余裕はありません。まずはデシアとスキルで何が出来るか話し合って下さい、その後はデシアの指示に従って下さい」


 魔境というのは辺境伯が遠征している場所だろうな、昨日みたいな魔族がいっぱいいるんだろうか? いるにしても人間側にもスキルなんていう魔法みたいなのがあるわけだし、大丈夫だろう。

 対抗できるという算段が無ければ遠征なんてしないだろうから。


「女神教の方はいいんでしょうか? そもそも、どういった経緯で保護要請があったとか教えて頂けるとありがたいです、それに保護要請が出ていたというなら引き渡す必要はないんでしょうか?」


 この辺りまだ何も知らない、これまでは聞いても知らないと言われるか適当にはぐらかされた。

 身内になった今なら、といってもなったばかりだが多少は話してくれるんじゃないだろうか。

 俺の記憶が無かったり、異世界から来たという事までは知っているみたいだが、スキルに関しては驚いていたこともあり把握できていないっぽい。


「保護要請は教皇直筆の手紙で、神に感謝せよとかひたすら長く回りくどい文章が書いてありましたが、要は『記憶の無い男の流れ人が地図の場所にいる』『至急保護を頼む』『引き取りに向かうが何時になるか約束出来ない』という内容でした」


 自分達が来ないのは何か理由でもあるんだろうか?

 気になる事は山ほどあるがミリアーナさんも忙しいだろうし全部聞くわけにもいかない、少しづつ聞いていくのがいいだろう。


「スキルの異常性を伝える内容もありませんでしたので、損害賠償を求める予定ですが、コンテナさんの引き渡し拒否の理由にもなりますね」


 あれは酷い目にあった、女神教のせいか、ならミリアーナさんは俺に怒りをぶつける必要はないんじゃ?


「コンテナさんはすでにブケパロス辺境伯領の兵士です、本人の意思に反して引き渡すような真似はいたしません、面会までは断れませんがコンテナさんが女神教へ来るように言われても拒否して下されば問題ありません」


 ここで引き渡しに関する話は終わりなのか、ミリアーナさんが話を一旦区切る。


「他にも気になることはあると思いますが、後はデシアーナに聞いて下さい、お昼の後にでもコンテナさんの部屋に迎えに行く予定です」


 ん? 迎えに行く予定です? 俺が断るとは考えてなかったんだろうか?

 大したことは聞けなかったが時間切れみたいだ、デシアーナさんに聞けるならそれでいいか。


「ではコンテナさんの部屋に向かいましょう」

「一人で戻れますよ?」

「駄目です、迷子になったらどうするんですか……というのは冗談ですが、まだ部屋の外で一人にするわけにはいきませんよ」


 兵士に採用されたが、どうやら鉄格子の部屋での生活はまだ続くらしい。


 部屋に戻る途中で自分の体、記憶喪失、味覚障害の事で相談したら、


「体が変わってしまっている……では明日にでも治療師を呼びましょう、ほとんどの治療師は遠征に行ってますが、老齢の者が幾人か残っています、料理の味はそうですね……味付けを濃くしてもいいのですが体には良くありません、我慢できませんか?」


 治療師とかいるのはありがたい、少しホッとした。


「スキル使用を許可してもらえませんか? それと何か、クズ野菜とか何かいらいない物があれば何とかなりそうなんですが」


 髪の毛以外で効率のいい錬金素材を手に入れたい。

 髪の毛ばっかり使ってるといつかはハゲるだろう。

 ハゲに至る錬金術師、とかとても切ない。


「えっ? ……もしかして他にスキルが増えていたりしませんよね?」


 ミリアーナさんが顎に手を当てて怪訝な表情を浮かべつつ聞いてくる。


「増えてはいませんが、コンテナで錬金術ができるようになりました、デシアーナさんに聞いていませんか?」


 とは言ったものの、チョコレートを作ったぐらいしか言ってなかったか。


「デシアには聞いていませんが……いやいやいや……サラッと何をおかしな事を、錬金術の使い手は知っていますが、コンテナでどうやって錬金術ができるんですか?」


「こう、コンテナに塩水とか何でもいいんですが原料になるものを入れて、閉めて、開けたらすぐに目的の物が出来上がります」


 玄関開けたら3秒でご飯並みのお手軽さだ。

 髪の毛が効率のいい原料になるというのは黙ってよう、俺の髪の毛だけが特別だったら、下手したらハゲるまでむしられるかも知れない。


「塩水? 入れて閉めて開けるだけ!? ……私の知ってる錬金術じゃない……コンテナで何で錬金術が?」


 ミリアーナさんの反応を見る限り、錬金術自体はスキルとして存在するようだ。

 コンテナというスキル自体が、何も無い場所からコンテナを出せるという時点で錬金術の一種な気がするんだが、いや召喚の方が正しいのだろうか?


「……私の知ってる錬金術はまる1日かけて体中に魔成陣を描いて発動させるものです、一回ごとに描き直さないといけない上に、触媒には魔石やミスリル鉱石など魔力純度の高い物が必要なはずですが……」


 そりゃ大変そうだ。

 ミリアーナさんが凄く驚いていらっしゃる、混乱していらっしゃる、家をコンテナにしたときよりも反応が大きい。

 人が驚いているのを見るのって楽しいな。


 俺自身はスキルで新しい事ができるようになった時点で、どうやったらいいか、結果どうなるか、がある程度理解できてしまっているので驚きに至らない、むしろ何でも出来てしまうような気になるので興奮してしまう。


 といったところで部屋に着いた。


「はあ……錬金術の事はデシアに相談して下さい、私はまだ仕事がありますので戻ります」

「なんかすみません……」


 悪い事はしてないと思うが、心の中では反応を楽しんでしまったわけだし、とりあえず謝っておいた。

 ミリアーナさんには謝ってばかりだな、癖になってきたのかもしれない。

 ふと、SM女王様な衣装が似合いそうだとか思ったが、ペタンコな胸を思い出して却下した。

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