第5話 顔

 デシアーナさんのスキルは「魔力を蓄える」というものだそうで、一日もすれば胸もまた膨らむそうだ。

 良かった、危うくこの異世界唯一の癒しが失われるところだった。

 記憶喪失、鉄格子部屋、周囲に知り合いゼロ、どんな生物がいるかもわからない異世界、自分が今後どのような取り扱いを受けるかさえわからない。

 時間の経過とともに混乱が収まるにつれ、代わりにストレスがのしかかってくる。

 少しでもストレスが解消できるなら悪乗りもやぶさかではない。


 今はカッシュに付き添われて詰め所への帰還中だ。


「ああー……10日分無給ってマジかよ、かみさんにどやされちまう……」

「さすがにアレは怒られて当然ですよ、職務放棄もいいところじゃないですか」

「お前も乗ってたじゃねえか」

「そうですね……怒ったデシアーナさんミリアーナさんとそっくりだったな……」

「そりゃあお前、双子だし、同じメイド服着てるし、胸までしぼんでたら見分けつかんがな」

「胸しぼんでるとか聞かれたらまた怒られますよ?」

「お前、言うなよ?」

「言いませんけどね……」


 現場で調子に乗って悪ふざけをしていた兵士達は、その週の給金が無し、カッシュだけは俺を連れ出した分を合わせて10日分無給との沙汰が下された。

 懲罰対象となった兵士5名は全員が臨時雇いでそこまで期待されていなかったのと、デシアーナさんの権限ではあまり厳しい懲罰も下せないらしい。

 ただし、本来の隊長、あるいは辺境伯が帰還してから追加の沙汰が下るらしく、懲罰対象の兵士達は顔を青くしていた。

 救助活動、避難誘導等をほったらかしてアレは駄目だろうな。


 俺も同罪なので言えた立場ではないが・・・・・・

 野次馬をしていた市民が奥様方にぶん殴られている様子もうかがえた。

 ビンタじゃなく、見ていたこっちが痛くなるような右ストレートが顔面に綺麗にはいっていた。


 軽傷者が数人いたそうだが、バリア内への兵士による避難誘導、市民による自主避難が上手く重傷者が出なかったのは幸いだろう。

 辺境伯出征における準備として、市民と街に残る兵士達との合同で避難訓練を重ねていたらしい。

 臨時雇いでも大半の兵士は真面目に救助活動と避難誘導をしていたそうだ。


 被害が少なかった理由に魔族がバリアに突撃を繰り返していただけだったというのもあるだろう。

 暴走状態にある魔族は強い魔力に惹かれる性質があるらしい、誘蛾灯に突っ込む虫のようなものか。


 ☆ ☆ ☆


 部屋に入り、ベッドに寝転がる。


「なんか疲れた……」


 ふと、自分の顔をぺたぺたと触る。

 髭が生えていない!?

 元世界で働いていたという記憶はおぼろげながらある。

 趣味に500万円もつぎ込めるぐらいだから、数年は社会人をしていたはずだろう。


 自分の身体が自分のものでは無い?

 その可能性に気付き愕然とする。

 全身が心臓になってしまったかのようにドクンドクンという音がこだまする。

 今すぐ自分の顔を確認したい、元世界の自分の顔は思い出せない、がそれでも確認したい。


「誰か! 誰かいませんか! お願いです! 誰か来てください!」


 鉄格子のせいで内側からは完全に開かないドアを、手の痛みを感じながら、ドンドンと叩く。


「どうしました! コンテナさん!」

「鏡、鏡ありませんか!? 自分の顔を確認したいんです!」

「っ! わかりました! わかりましたから落ち着いて下さい」


 すぐに駆けつけてくれたのはローリアさんだった。

 ドアと鉄格子の隙間から伸ばした手でローリアさんの腕を掴んでしまい驚かせてしまったが、優しい声をかけてくれ、すぐに手鏡を持ってきてくれた。


「どうぞ……」

「驚かせてしまってすみません……」


 謝罪しつつ、ドアと鉄格子の隙間から差し出された手鏡を受け取る。

 手鏡を覗き込む。

 手鏡の中の自分の顔を見ると同時に、自分の顔を思い出す。


 記憶の中の自分は

黒髪黒目肌色の皮膚太めの眉に丸い鼻、醜いとまではいかないが自分でも褒めるところの無い顔


 鏡の中の自分は 

黒髪赤目白い皮膚細い眉に細い鼻、整ったパーツが適度な距離を持って配置された均整のとれた顔


 ははっ、イケメンになってやがる、まるでハリウッド映画に出てくる少年男優のようじゃないか。

 気持ち悪い、地面へ身体が膝折に崩れる。

 ショックが大きい、頭から血の気が急速に引いていくのを感じる。

 元の身体には、元の世界には、帰れるんだろうか?


 いや、いいじゃないかイケメンになったんだ、自分がイケメンになったらとか何回も妄想したはずだろう?

 記憶を探るが思い出せない、だが自分の顔があまり好きではなかったという記憶は確かに存在した。

 前向きにいこう、これは悪いことじゃない、幸運なことのはずだ、今はギャップに戸惑っているだけで、慣れてしまえば顔が変わって良かったと思えるはずだ。


 手鏡に涙がポタポタと落ちた。

 ふと頭に感触をおぼえ、次の瞬間柔らかいものに包まれる。


「大丈夫ですか? 不安なんですよね? こんなところに閉じ込めてごめんなさいね、大丈夫ですよ、あなたに危害をくわえようとする人は誰もいませんから」


 ローリアさんの声がすぐ近くに聞こえ、心が落ち着いていくのを感じる。

 しばらくそのままでいたが、ローリアさんから体を離す。


「ミリアーナさんには家のことで怒られて転ばされましたけどね」


「ふふっ、聞いていますよ、勝手にミリアーナさんのそばを離れようとしたからですよ、何も知らないまま一人で街中を歩くのは危ないです、私みたいなおばさんか、変な趣味を持ったお兄さんにさらわれてしまいますよ?」


 この世界に来た日、厳つい外国人顔の兵士達に囲まれた場面を思い出し、尻がキュッとした。


 二人して笑った。

 きっと、もう大丈夫だ。

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