第6話 錬金術?
「うふふ、ではそろそろお食事の準備を始めないといけませんので、おいとまさせて頂きますね」
「ありがとうございました、お陰で気が楽になりました」
「うふふふ、いえいえこちらこそ、お陰で若返っちゃいましたから」
それは気のせいです。
しばらく会話を続けたのち、ローリアさんは食事の準備があるからと会釈をし、部屋から出て行った。
☆ ☆ ☆
部屋に残された俺は、テーブル近くの椅子からベッドに座り直し、ローリアさんに頼んで今日一日貸してもらえることになった手鏡を覗き込む。
黒髪、赤い目、白い皮膚。
「赤目ってのはアルビノの特徴だ、皮膚は白く髪の毛は白髪か金髪になる、アニメなんかじゃよくあるが赤目で黒髪なんていうのはあり得ないんだぞ」
コイン収集の趣味を通じて知り合った向井さんの言葉だ。
どうでもいい無駄知識を語るのが好きな人だった。
「それ、昨日テレビ番組でやってたネタじゃないですか」
「えっ、そうだっけ、いやー、たまたま被っちまったなー」
初めて元世界の人を思い出せた。
しかしなんだって向井さんが出てくるのか、両親も、妻か彼女も……彼女はいないな。
記憶にある転移前の自分の顔は、はっきりいってよろしくない、彼女になってくれたり、あまつさえ結婚してくれる女性なんていないだろう。
なんだか釈然としない、へこむ。
だが都合はいいだろう、元世界に妻も彼女もいないのであれば、こちらの世界で彼女をつくることに思い悩むことは無い。
鏡に意識を戻して考える。
ふむ、この顔なら彼女もつくりやすいだろう、黙っていても女性が寄ってくるのではないか?
思わず顔がにやける、うんうん、にやけ顔も悪くない。
ちょっと鏡の中の自分を殴りたくもなったが。
ローリアさんには助けられたな、何かお返しをしたい。
スキルを使って何かできないだろうか?
スキル使うなって言われたけど、部屋を壊さなければいいよね。
「スキルスタート・コンテナ」
気まぐれにコンテナをベッドの上に出すと、コンテナの重量によってベッドが沈み込む。
重さ変えられないんだよ。
最小でティッシュ箱サイズのコンテナを出せるのだが体感で5kgほどの重量になる。
持ち運びするには不便そうだが、中に物を入れたまま出したり消したりは簡単にできるので自分で使う分には気にしなくていいだろう。
液体を入れても漏れないぐらい密閉度は高い、さらに閉めた状態だと中の時間が止まっている仕様だ。
この世界の流通能力次第では輸送チートはできるか?
いや、チートと言っても密輸とか不正はするつもりはないけども、郷に入れば郷に従え精神で法律は守るつもりだ、むやみに敵を増やしたりはしたくない。
ああ、兵士がスキルコンテナは収納スキルの中ではハズレって言ってたな、俺のスキルコンテナは普通じゃなさそうだが、アタリの収納スキルはどんなものなんだろうか?
ハズレがあるならアタリもあるだろう、アタリの収納スキルが存在する時点で輸送チートが出来る可能性は低そうだ。
閉めた状態では中の時間が止まっているのなら冷蔵庫として売るのは有りか?
一度出したコンテナは自分でしまわない限り自然に消えたりはしない。
ブラウン管テレビぐらいの大きさでぎりぎりだろうか、それ以上は重さで床が抜けたりしそうだし、人が持ち運びできる限界を超えて……というのは元世界の常識か、要検証。
ベッドの上のコンテナを見ていると、おやっ? と何か新しい事が出来そうな感覚が沸き上がる。
試してみるか。
コンテナの開いた部分を上にすると、髪の毛を一本抜き取りコンテナの中に入れ、一度閉めたのちに開くと髪の毛がお菓子に変わっていた。
錬金術だねこれ多分だけど、どこかから取り出した、という感覚は無く、変化させたという感覚が確かにあった。
悩んでも仕方ない錬金術だということにしておこう。
パリッ
「うまー」
二枚入りの簡易包装から一枚取り出した煎餅をかじる、煎餅の塩味にクリーム部の甘みがあわさってとても美味しい。
異世界にきてから初めての甘みだからなおさらだ。
原料が髪の毛というのは少し抵抗感を感じるが……他でも出来るかな?
初日にミリアーナさんが持ってきてくれた塩水を収納しておいたコンテナを取り出し、コップ一杯分程度の塩水を錬金術コンテナの中に入れ、一度閉めたのちにチョコレート食べたいと念じながら開くと、一円玉ほどの大きさの黒い塊に変わっていた。
パクリ
「あまー」
もう一度、髪の毛を一本抜き取りコンテナの中に入れ、一度閉めたのちに開くと髪の毛が二枚のチョコレートバーに変わっていた。
何でも作りだせそうな気がするが、原料にするものによって出来上がる物の量に差がでるようだ。
さすがに髪の毛原料の物を人に渡すのは駄目だから原料になるものを手に入れてからになるが、美味しいものでも作ってローリアさんにお返ししよう。
コンコン
「デシアーナです、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
慌ててコンテナを消す。
返事をすると、部屋に入ってきたデシアーナさんは右手に持っていたガラスポットとグラスが乗ったトレイをテーブルに置きこちらに向き直る。
塩水じゃないよね? 無くなったから欲しいっちゃ欲しいけども。
「ローリアから聞きましたが、大丈夫ですか? 体調が悪いとかであれば、早めに申告して下さいね」
「もう大丈夫です、ローリアさんに助けて頂きました、心配をおかけしてすみません」
「あら……何か良い匂い……甘い匂いがしますね」
デシアーナさんはくんくんと、匂いを嗅ぎながら近付いてきた。
顔が近い。
おうっ、すごくドキドキする。
「なんでしょうこの匂い……何か変な物を食べましたか?」
「チョコレートという物を……」
「聞いたことのない食べ物ですね、それは誰に貰いましたか? カッシュと一緒に詰所に戻っている時に見ず知らずの人から貰ったとかではありませんよね? 駄目ですよ知らない人から食べ物をもらったりしては」
今の自分の顔はイケメンになったものの少年顔だ、子供だと思われてるのかデシアーナさんの顔が赤くなったりするイベントが無い、相手にされてないのは寂しい。
「えーっとその、スキルで作りまして」
「スキル使ったんですか? 使ってはいけないと言いましたよね?」
「安全面には十分に気を払っておりますので、問題ないと考えた次第でありまして」
「……そのチョコレート見せてもらえますか? 一度だけスキルの使用を許可します」
「はい……スキルスタート・コンテナ……どうぞこれです」
チョコレートを一枚手渡すとデシアーナさんは、手に持ったチョコレートを少し眺めたあと匂いを嗅ぎ、口元に運ぶとそのまま一口齧った。
「あっ」
「ふみゃっ! パクッ ひゃまい! パクッ ふぉいしい!」
デシアーナさんは顔を赤らめ呆けたような表情になり、あっと言う間にチョコレートを食べつくしてしまった。
俺の髪の毛食べちゃったよ……
デシアーナさんがチョコレートを口元に運んだところで、止めようと意識したが行動は間に合わず、俺は「ごめんなさい……」と心の中で謝ることしかできなかった。
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