遺伝子・スロット・シミュレーションソフト
『<遺伝子・シミュレーション・ソフト>は、プロットされた遺伝子情報から、人をシミュレートするソフトです。これによって、将来のがんのリスクを計算したり、etc.......etc......。』
耳障りの良い言葉の羅列が終わると、赤い三角の中に、<注意>と書かれた注意書きが表示される。
『目的外の使用はお控えください』
あたしは、クラスメイトの特徴をひとつづつ入力して、シートにさらりと転写していく。生年月日。年齢。両親。ルーツ。彼女が引っ込み思案であるとか、案外ゆっくり喋ることとかは、画面からは全く読み取ることができない。
ソースコードはAとTとCとGの組み合わせ。延々と連なる遺伝子情報が、画面の後ろで絶え間なくうごめいている。しばらく読み込みに待たされると、なんだかあいまいな表情をした少女の姿が画面に映し出される。
カーソルでつっついたら、くるっくる、くるくる回る。
クラスメイトのあの子。
話したことはない。
なかなか、カワイイ。
くせのないさらさらの黒髪で、ちょっと下がった眉がなんだかカワイイ。こればっかりは画面からわからないけれど、信じられないほどいいにおいがするのだ。美少女はそうに決まっている。ふと我に返ると、私は画面登録のプロフィールを偽って、あの子とのかわいい赤ちゃんを夢想していた。
こんなことに使うつもりはなくて、ほんとは、ちょっとおもしろがってるはずだったのに。
でも、遺伝子・シミュレーション・ソフトは、いつのまにか大きなモニタの画面のはじっこに押しやられていた。防御行動をとっているなんて、これじゃあ言い訳がきかないじゃないか。
これは、授業中にノートの隅で遊ぶみたいにして、こっそりやる遊び。しかし、いったい、このソフトを適正に使う人は何人くらいいるんだろう。そうしていると、カーソルの下にポップアップが浮き上がってきた。『メールが届きました』。うっかりイヤホンは外していた。慌ててENTERを連打していたら、染色体の数までいじってしまって、画面にはうねうねとしたシャコみたいな不思議生物がいた。
うげえ。これじゃあ、ウィルスだよ。
とたんに気持ちが萎えて、限りなくあの子に近づけていたデザイナーベイビードールは保存しないで、クリック。終了。すっかり初期化してしまった。でも、途中経過はしっかり保存していたんだっけな。もう何人か入れ込んで遊べば、「最近使用したファイル」は流れ去って、コンピューターのログから消える。
シュミレーターの上にはメガネもそばかすもないすっきりした顔。だから、見た目なんてよくなるに決まってるじゃないの。
メールの内容は『【高額当選】一億円を……』そこまで読んだところで、ばかばかしくなってそれもゴミ箱に入れる。
ちょっとうとうとして、ぼーっとしていると、今度はあの子からのメールが来ていた。
あたしが待っていたのは、こっちだ。一度びくりとした分、驚きはさっき構えていたよりも少なかった。なんだか拍子抜けしているという感じがした。
『今度の日曜日ひま? 見たいって言ってた映画が……』
あまりに早く返事をするとバカみたいに気軽に遊べないから、知らなかったことにしておく。4人で遊びに行くのだ。あたしとあの子はまだ、友達の友達。私は再び、遺伝子・シュミレーション・ソフトをいじり始めた。
自分とあの子、ブレンダーで50パーセント、50パーセントずつ。
勝手に相性占いしているような気味の悪さがある。
世の中にはいろんないかがわしいものがあるけれども、でも、こういう遺伝子スロット生物系学習装置のほうが、アホみたいに直接的なエロ広告よりずっとずっと生々しくて、おっかないくらい、えっちだ。素体のあたしは自分を投影するにつれておぞましさが増すからほとんどデフォルトだけど、髪型だけそっと似せてある。あたしを現す記号なんてそれっきりで十分で、漫画の主人公だったらこんなものよ。
ダメもとでプルダウンからプロフィールの性別を変えた。――きっとエラーが出ると思ったのだ。
読み込み。
カチリ。
私の意に反して、XX染色体とXX染色体がまじりあって子どもの影が浮かぶ!
その光景は痛いくらいに胸を突いた。エラーにならない。半分だけ、あの子にそっくりだ。もう半分は。
しばらくしてからぱちんと意識が戻る。あ。あ。半分ずつ。特徴。姉妹ってことか。きっとそうやって、腹違いの子とか種違いの子を探すのよ。そうだ。あんまり似ていない。考えすぎていてなんだかかあっと頬が熱くなる。最新プログラムをインストールしたパソコンもおんなじくらいにカッカとしていた。
よく見ると全然、似ていない。
そこまでやって、私はようやくあの子からのメールのことを思い出す。何があっても、次の日曜日はひまに決まっている。
映画、映画。今度の日曜日には、歯医者があったけど、やっぱり、今度ってことにしよう。そう決めてから、「空いてるよ」って書いた。空いてるというか空けたんだけど。
文面に悩み、いくつかびっくりマークと絵文字を削った。媚びたハートがバックスペースに押しつぶされてぱちんと消えた。
***
映画はとても楽しかった。
ちょっとずつ友達になろう。
帰ってきた私は、遺伝子・シミュレーション・ソフトがそのままになっていることに気が付いた。画面にいたのは必要以上にかっこいい私だ。これがモニタじゃなくて、鏡だったらいいのにな。遺伝子・シミュレーション・ソフトの姿は前にいじったときと、微妙に変わっているような気がした。
なんだか、また、胸をえぐられたような感覚がまたした。
理想の私は、不利な特徴をすべてそぎ落とした後の、それから化粧を剥いだような私は、他人のようにぞっとする無機質だ。
二次元じゃないと耐えられない。3Dデータのあたし。モニタの奥で、あたしのお友達が、にっこりおさげを振って、笑った気がした。
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