幕――まだ人間のほうが、ロボットの数よりも多かったころの話

飲みに行くロボット

飲みに行くロボット



「はい、行きます」

”NOとは言えない会社員ロボット”イッシュー1号ポンコツロボットは、もちろん飲み会も断らない。

 イッシュー1号はコンマ0秒で室長の誘いに頷いた。

 それが、ちょっと、うらやましい。


 室長がこっちを向いたので、僕は慌てて表情を作った。センサが人の予備動作を感知してくれるおかげで、僕は誤作動のしようのない、完璧で幸福なアンドロイドである。

「君もいくかね」

 室長はくいっとグラスを傾けるような、とある年代に特有のしぐさをした。

「いえ、行きたいのはやまやまですが、僕には、アセトアルデヒドを分解するシステムがないので」

「残念です」

 室長の代わりにイッシューが答えた。

 抑揚のない1号の声に、僕はことさらにイラッとした。


 くそ。なんだってんだ。


 イッシュー1号。

 彼は僕と比べりゃみそっかすだし、洗練されていないし、愛想もない。ただ、アンドロイドの癖によく食べるので、お偉いさんにとてもかわいがられている。

 計算機能よりも食べる機能が重要だなんて、そんなのあまりに不合理だ。


 僕とイッシュー1号ポンコツロボットは、サラリーマン型のアンドロイド・ロボットの試作機である。僕らは、サラリーマンのアンドロイドの1号機、2号機。ロボット技術をお披露目するためのスーパープロジェクトで生まれた。どちらかが、なんとそのまま会社に雇ってもらえるのである。


「お、おつかれ」

 仕事終わり。

 仕事がロボットの仕事であるから、人みたいに嬉しくなったりはしない。――それどころか。


 会社のトラックの運転手が、イッシュー1号をばしばし叩いて、イッシューもニコッと笑って「お疲れ様です」なんて言った。

 イッシューのせいで、不愉快極まりないものだ。


 実験開始から、3週間。合否がわかるまで、あと7日。

 採用と不採用は、社員の投票で民主的に決まる。

 仕事は僕の方が10倍できる。仕事量は僕の方が少ないのに、である。省エネでエコでいうことなしなのに。まったくもって不合理である。ロボットは不合理が嫌いだ。もうちょっと性能が劣っていたら、こんな差なんて気にならなかっただろうに。

 愛嬌がほしかったんなら、もっとカワイイ働くハムスターロボットでもつくりゃあよかったんだ。


 僕が試用期間を終えて、正式なサラリーマンになったら。

 そうしたら、大量生産で同じ機種がわんさと量産される。……かもしれない。お金がたくさんかかるから現実的ではない。少なくとも僕や奴が動いている間、というわけにはいかないだろう。

 でも、ロボットにとって、成功の一番になるのは、ことさらに誇らしいことだった。


 僕の繊細な感情センサーは、仕事の効率を挙げたり、現場の指揮を高めたりするために、気分というパラメータを持っている。

 ライバル相手に、僕は競争心を持っている。切磋琢磨するすばらしい存在、とでも言いたいところだけど、残念ながら、僕はイッシューのことが嫌いだ。


 イッシュー相手に進路を変えるのもわざとらしくてそのままにしていたら、帰りのエレベーターで、イッシュー1と同じになった。すっと肝が冷えて、ひどい表情になろうと思ったが、監視カメラの存在を思い出したので表情は変わらなかった。

 僕らはしばらく沈黙していた。疑似的な心の中のコンピテンシー能力が悲鳴を上げ始める。ポンコツはにぶちんもいいところなので、陽気そうに鼻歌を歌っているだけだ。居心地の悪さなんてセンサーないんだろうな。

 仕方なしに、こちらから話しかけることにした。

「イッシュー・ワンのバックアップはどちらですか?」

「オガタ博士の研究所です」

「私は、トゥモローズカンパニーです」

「そうなのですか」

 イッシューは少し沈黙していた。その間に、インターネットでも参照していたのだろう。

「とても大きな会社ですね」

「一流ですよ、一部上場なんです」

「立派です」

 僕は、とっくにオガタ博士の研究所を検索していた。小さな研究所。なんだか優越感を感じそうになったところで、ヒットした新聞記事。

 ――不愉快だったので、やめた。面白くない。




 ちょっといいことを思いついた僕は、途中でエレベーターを降りた。そうだ。一部上場に頼れば、いいや。トイレに駆け込むと、早速カスタマーセンターに電話を掛けた。

「マスター各位」

「こちらトラブルシューティング。どうしましたか」

「研究室に代わってください」それで、しばらく待たされて。

「どうした? セレクテッド」

「人と仲良くなるためには、お酒を飲む必要があるようです」

「セレクテッド、それは人間のすることだ」

「仕事に支障が生まれます」

「分かりました」

 断定口調は、このために温存していたのである。おねだりが通じたぞ。そんな気もまもなく、僕は一切の感情を失った。感情センサをオフにされたのだ。


***


 異常ナシ、異常ナシ。

 それから、再び感情が戻ってくるのに3日あった。スイッチをオンにすると、この前ほどいらだってはいなかった。精神材を飲むみたいにパラメーターをいじられたのだろう。

 3日の間、僕はまさしくお仕事の虫であった。――つまらなかった。おそろしいのは、つまらないというのをじわじわ感じ始めるのがスイッチを入れてからというところだけれど。

 イッシューはますます職場での人気を集めているようだった。何もしていない気がした。

 何もしていないのに日付が3日進んだのに、僕の心は擦り切れていた。

 あと4日。

 机から顔を上げると、イッシューと目が合った。イッシューはじっとこちらを凝視して、声をかけるタイミングを待っていたようだった。

 僕だったら、さりげなく視界に入れながら、別のお仕事をするだとか、そういうことができる。

 できるはずなのだ。

「セレクテッドさん」

「なんでしょうか」

「飲みに行きませんか」

 イッシューは、さいきん学んだらしい飲む仕草をした。意外や意外。断るのには、受け入れるよりも、エネルギーが必要である。




 アンドロイドとアンドロイドが、飲み屋を求めて街をうろうろしている。おかしな光景だ。しばらく歩いているうちに、僕は重要なことを思い出していた。

「アセトアルデヒドを」

「分かっていますよ。タンクを貸しましょう」

 イッシューは透明なタッパーを持っていた。

「お持ち帰りをしましょう」

「食べる機能がありません」

「実際に食べるかどうかは、わりと、どうでもいいのです、セレクテッド」

 30分近く歩いて、イッシューの野郎がキャバクラに入ろうとした。お持ち帰りってそういう意味じゃない。僕は慌てて引きはがした。

 客引きの顔が真っ赤になったが、イッシューがスーツの前をはだけると、大笑いで呼吸困難になりそうになった。イッシューの胸には大きく四角で囲まれて、その真ん中にSと書かれていた。そのまま機械部を露出させたまま、イッシューは看板を目当てにてくてくと飲み屋を見つけた。

「2体で、飲み放題で、生2つ」

 イッシューは両手にジョッキをもって、幸せそうに飲み干していた。僕は何が楽しいのか首をひねりながら、はしの練習をする子供みたいにエビフライととんかつをタッパーに移していた。イッシューがはしを伸ばしてきたので払いのけると、「私が頼みました」と言った。イッシューは仕事には無能だったが、食べ物を食べるのにはとても適していた。一通りの揚げ物を食べ終わると、イッシュー1と僕は河岸を変えることになった。


 飲み会がこんなにつらいものだとは思わなかった。


 3件目のラーメン屋では、タッパーに移すことが難しかった。チャーシューと卵をタッパーに移す。タッパーも僕もおなかいっぱいだ。自分くらい繊細になると、やっぱり、人の視線はつらいものだ。ラーメン屋の店主は頑固おやじと呼ぶには年老いすぎた男で、ちらちらとこちらを見ながらも何も言わなかった。

「セレクテッドさん。どちらがサラリーマンになれるか、楽しみですね」

「きっと僕ではないでしょう」

 イッシューはぴたりとどんぶりを持ち上げる手をとめたが、どんぶりの底に残った麺をちゅるっとすするのは忘れなかった。

「イッシューはあだ名がもらえましたが、僕はもらえませんでした」

「セレクテッドには教えておきますが、サラリーマンになる気はないのです」

 僕はいぶかしげにイッシューを見た。

「じゃあ、何になるのですか」

「私は食べられるアンドロイドです、やることは。ずび、決まっています」

 イッシューは考えられる限りバカみたいな笑みを浮かべた。

「替え玉です。食事ができて、リアルであればいうことなーし」

「それで、飲み屋にいるのは全部丸ごとアンドロイドになるんですかね」

 イッシューはしばらく固まって、それから周回遅れで笑い出すに違いなかった。その間に僕は立ち上がったが、イッシューの言った替え玉がラーメンの替え玉とかかっていることに気が付いて、僕の意思とは無関係に呼吸困難になった。

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