アンドロイドの、サポートは終了しました
「いやあ、■んじゃうみたいですわ」
げほげほと咳きこむアーギーを前に、ニコルは何も言うことが出来なかった。
ハードディスク回転音がぎゅんぎゅんと病室に響いている。死に際のアンドロイドは別に入院する必要はないが、病院のベッドは驚くほどに空いているものだから、ここに倒れておくのが具アギがいいのだ。医者はニコルひとりしかいない。
終わりが近いな、とニコルは思った。
「誰か、さいごに、お話したい仲間は、」
マニュアルをめくりながら、ニコルはゆっくり目の前のアンドロイドを見た。アーギーはもう修復できなくなった体を横たえて、それでも、なんだか、満足そうな顔をしている。
病院のベッドの上で終了することができるからだろうか。
「お話ししたい仲間は?」
ニコルが再度尋ねると、アーギーはやさしく首を横に振った。
「ネットワークにつなぐわけにはいきません。みんなを■なせる訳にはいかないし」
ニコルの耳には、アーギーの声が聞こえない。適切に訂正されたなにか。最新の倫理コードに阻まれるような、もうない漢字を使っているらしい。更新プログラムを拒んで、最新鋭のウイルスはまたたくまにアーギーを蝕んで行った。
どうしてアップデートしないのかという質問に、アーギーは答えなかった。ひょっとすると、元の持ち主がそういう主義だったのかもしれない。
アーギーはゆっくりと首を振った。「どーせ最期はスクラップさ」と言って、ニヤッと笑う。ローカルケーブルのコードを肺からそっと繋ぐ。アンチウイルスソフトはもう役に立たない。それを言うわけにもいかず、ニコルは立ち上がる。再びアーギーに呼び止められた。
「コードの端っこを握っててもらえるかな?」
ニコラが怪訝そうな顔をすると、アーギーはぐるりと首を回した。
「実は、怖いんだ。アンドロイドなのにね。誰かと繋がっていないというのは……ひどく不安定で、いままで、そういうこと、なかったから」
ニコラはコクリとうなずく。
「はしっこを、握っててもらえるだけでいいんだ……おやすみなさい」
スリープ。シャットダウン。……電源が落ちたのを見てから、ニコラはそっとバッテリーを抜く。ウイルスに汚染されたバッテリーを、ビニール袋に突っ込む。貴重な金属でできたパーツを、慣れた手つきで抜いて行った。
「長かったなあ」
ぽつり。
ニコラは呟く。
アンドロイドは頑丈に出来ている。
献身的で、合理的で、清潔だ。
ひょっとすると、緩やかな後追いだったのだろうか。、
アンドロイドは葬式をしない。だから、死体安置所は清潔そのもので、そのかわりにニコラのラボと化していた。ネットワークへの接続が長時間確認されないと、そのアンドロイドは消滅したものとみなされる。
長らく連れ添ったマスターを失った後、アーギーはアップデートを拒んでゆっくりと動かなくなった。モニタを開いて押す。[OK]。なにが。OKなのだろうか。
ニコラは漂っている清潔さに咳きこんだ。サポート・センターなんて名ばかりだ。
ひっそりとアンドロイドを解体してまわるニコラのことを、誰も疑うものはいない。ニコラはアーギーの体を鞄に詰め込んで、ゆっくりとエレベーターをあがる。アーギーを冷たい安置所になんかおいておくものかと思っている。
アンドロイドをだますのはたやすい。嘘をつかないという前提で作られているからだ。
人類はほんとうに少なくなった。ほとんどが機械で出来ていて、彼らは疑うことを知らない。決して人を疑うことがない。
置き換えられた肺機関が黒い煙を吐いた。しゅうしゅうと穴の開いたような音がする。生前のアーギーの人格データは、上書きしようと思えば中央のサーバーにでもバックアップされている。
パーツがだいぶ揃ってきた。
(どれ、ひとつアンドロイドを組み立ててみようかな)
それも従順じゃなくて、自己中心的で、いちばん長持ちしそうなやつ。紙飛行機みたいに年表の遠くに行ってくれればいい。
バッテリーで手のひらが焼ける音がして、ニコラは我に返った。ビニールが溶けている。
(あちゃあ……)
あまりに酷いにおいがして、おかしくて笑ってしまった。硫黄のにおいなんてしない。ただの金属、ハンダみたいなパーツが焦げる音。嘘がつけたとして、人間になんてちっともなれやしないじゃないか。
いや。うそはついていないのだ。うそはついていない。本当のことを言わないだけだ。アーギーは咳払いでごまかして、素敵なパーツを拾いに出かけることにした。
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