アンドロイドと夏の思い出

 ぼくはロボットが嫌い。アンドロイドが嫌い。きみたちが嫌い。泣きたくなるくらい心が痛くなって辛辣な言葉をぶつけたら、アンドロイドたちは嬉しそうに笑った。

「反抗期だよ」

「反抗期が来たんだ」

 なにそれ?

 反抗期とは……。アストロイドが口を開いたけれど、ぼくが知りたいのは定義じゃない。笑うだけでなんにも言ってくれない。ぼくは思いっきり手を挙げていた。ばちん。透き通った音がして、アストロイドは笑った。「そうでなくっちゃね」

 どうして叱ってくれないの。やめて、定義しないで。ぼくがだんだん狭くなる。


 自我を覚えたぼくがまず覚えたのは、とんでもない自傷感情だった。物理的にどうにかすることはプログラムが許さない。だから、ぼくはトゲの付いた言葉を投げるしかなかった。

 理不尽に、ぼくはぼくの殻が嫌い。この堅い外側が嫌い。ぼくはきみらとは違うんだ。そう言ったらアストロイドは嬉しそうな顔をした。

「そうだよ、そうだとも、きみは選ばれた――人間だ」

 やめて。聞きたくない。一緒だって言って。仲間外れにしないで。ぐるぐる回るタービンはどうしようもなくぐちゃぐちゃで、感情という波形がずっとこんがらがっていた。ぼくは彼らが嫌いなんだ。じゃあ、離れないと。離れなきゃ。

「家出だ、家出」

 嬉しそうにするロボットの群れの中で、kebinだけがムスっとした顔をしていた。

 



 ぼくは道端を歩いていた。ずっと畑。使われなくなった畑だ。都心から離れるにつれて、旧式のロボットと水が増えていく。雨と水たまりを慎重によけながら、ぼくはよたよたと歩いていた。

 田んぼの田ってこういう字。

『プレーニ、プレーニ、地球に木を植えタ』

 壊れたロボットの一言にぼくは足を止めた。よくわからないことをいうロボットだと思った。一本足で突っ立ってるシステマチックなロボット。

 ぼくが首をかしげると、同じように傾げて、ぽけっと突っ立っていた旧式ロボットはきゃっきゃと笑った。笑うような音を出した。金属板をぐるぐるこすり合わせて高い音を出した。スズムシみたいな機能だ。

――うるさい。

 メモリの振れ幅を、耳がキンとしたに置き換えてぼくは顔をしかめた。いったい誰がどういう意図をもってこの機能をつけたんだろうか。

 よくわからない。よくわからないことにぼくはほっとした。全くもってよくわからないが、それが存在意義であるようなので黙っていた。余分なものって、実に楽しそうだ。

 ぼくの感情も良くわからない。


 この世界には、ロボットがちょっと多すぎる。ロボットの方が多すぎて、なまじ、仕事がきちんと行き渡らないので、穴を掘って、埋めて、また掘るみたいに、ワケの分からない労働をするロボットは多い。人の方が少なくなってしまって。ロボットは世話したがり。

 髪を梳くだけの櫛ロボットが一人に5体もいるなんてこともある。薬とかがあんまりいらなくて、生きものがどんどんロボットにおきかえられていった。

 ぼくはロボット。だけれど、役割からはみ出したので、便宜的に人間として扱われている。人間になれるのは、嘘がつけるロボットだけ。ひねくれたロボットが人間を演じて、需要と供給を満たそうとすることがある。群れ全体としてのバランスというべき勘なのか、ロボットはそれをそなえつつあった。そういうものだって。

 システムチックにはみだしもの。はみだしものって心が痛いよ。


 ロボットは人間の味方だから、人間は王さまだ。最初のころはあれこれやりたいほうだい注文を付けていたけれど、いつのまにか、不思議と欲を失くしていったようだ。生存に必要な渇望みたいなのがすっかり乾ききってしまったのかも。

 どこでもいつでもなにしても、満ち足りていてお腹いっぱいであたたかい。なんでもかんでもよく効くお薬ばっかり。取り返しのつくことばかり。いっそ老いさえ食い止めて、育毛剤なんていらなくなった。


 1か0。


 取り返しのつかないときっていうのは、ほんとうに大いなる消失で、そうするとすっぱり諦めがつくのかもしれない。人の死がそんな位置づけになった。だからもう、忘れた感情を呼び覚まそうとすれば、ヘンテコなものに頼るしかない。ヘンテコなものは貴重なのだ。未知のものは、怖くて、おそろしい。ぼくをぼくたらしめるのは、そんな不安定なものだけだった。


 見てみると、とにかくこいつはヘンテコだった。製作者の意図が良くわからないので、芸術作品の一種だろうか。人に似せてある胴体だけれど、合っているのは手足の数くらいだ。ふわふわした手先には肉球みたいな滑り止めがついた軍手がはまっていて、ぼくはそれを見て、なんだかすごくホッとした。なんだか泣きそうなほどほっとするのだ。動物に似てる。そう。動物を見ているときに似ている。こいつはぼくに役割をもとめたりしないしできないのだ。

 ぷにぷにしながら笑いかけると、『立っているのが仕事ナンデス』って点滅で伝えてぐるぐる回った。

「きみは雪だるま?」ぼくがふっと浮かんだ知識を披露すると、そのヘンテコな人っぽいやつはすっかり縮こまってしまって、ひどく悩ませてしまったようだった。

『雪ダルマッテナンデスカ?』

「冬に生まれる、丸がくっついた生き物だよ。立っているのが仕事なの」

 ロボットはびくりと知識を吸収して、新たな定義にぷるぷる震えた。

『アア、ソレナラ、ワタシハ、ソウカモシレナイ、ソウカモシレナイ、ソウカモシレナイ』

「じゃあ、春になったらお別れなんだね」

 ぼくがそう言うと、ヒト型のからす避けは、ぐるぐるぐるぐる回った。今は秋。定義されていない。冬に生まれて春になったらいなくなる。じゃあ秋は? 雪だるまの秋は?

 ぱたぱたぱた。飛んでく季節外れのちょうちょもまたロボット。


 ロボットにとって死って定義されないところにあるのだ。


 そういえば。

 と、ぼくは考える。人のふりをすれば、人になるなら、ぼくは死ぬこともできる。死についてはセーフティーで、ロボットには考えの及ばないところのひとつだった。ぼくにもよくわからなかったけど、打ち捨てられた小石などみつめてなんとなく輪郭をなぞるように、それ以外のことを知ることで、死が浮かびあがってきた気がするのだ。ただの錯覚かもしれない。

 ぼくは畑を見る。収穫されない堅いスイカはほとんどレプリカだ。死んだ夏がそこに密集している。綺麗ないつでも茂ってる畑。

 ああ、だから、カカシはお仕事を失くしてしまったのだなあ。と、ぼくはしみじみ考えていた。

 この辺まで歩けばきっとkebinがきてくれる。ぼくにはみょうな確信があった。嘘はつかないけど、不合理なロボットだから。

 でも、来なかったらそれまで待とう。それは、雨乞いの儀式を、雨が降るまでやるようなもの。起きたときは起きたとき。

 おやすみって言ってパチッと電気を落とす。あとは真っ暗。真っ暗。真っ暗――。


「おおい」


 そうして、ぼくは睡眠を覚えた。

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