第4話 モニタの向こう側

ichiro>明日から中間試験だよーやってらんねー

mizuki>あたしのところはもう終わったーw

ichiro>勉強かったりーなー

mizuki>p(o'u'o)q。゚.o。ガンバロウヨ。o.゚。p(o'u'o)q

ichiro>_


 ギィと椅子を鳴らして背もたれに体を預け、思いきり伸びをする。薄暗い部屋で一人の少年が煌々と明かりを放つモニタに向かっている。机の上には教科書やノートが広がっているが、試験勉強がはかどっているとは言い難い状況であった。彼は再びモニタに顔を近づけ、手慣れた様子でキーボードを叩く。


ichiro>しゃーねー、そろそろ勉強に戻るわ

mizuki>は~い、(*´∇`*)ノシ マタネ~♪


 チャットソフトのウィンドウを閉じ、音楽プレイヤーソフトの音量を上げて音楽を流しながら、少年は気だるげに教科書を手に取る。机の上の時計は夜中の12時を迎えようとしていた。それでも暫くすると彼の眼にも次第に力がこもり、勉強に集中できるようになっていった。ノートのページを繰り、試験範囲をチェックすると教科書の例題の解説を読み始める。必要な教科の分の勉強がひと段落した頃には、既に2時間が経過していた。さすがに睡眠も取らなければ翌日に響く、と教科書やノートをそのまま鞄に放り込み、パソコンの電源を切ろうとマウスに手を伸ばす。その時、スピーカーから「ポン」という軽快な音が鳴り、チャットウィンドウが自動的に立ち上がった。このソフトは常駐型で、登録した友人がパソコンを起動しているかどうかが分かり、相手にメッセージやファイルを送ることができるものだった。


sanae >まだ起きてるの~?

ichiro>_


 先ほどとは別の相手からのメッセージ。好きなミュージシャンのファンサイトの掲示板で知り合った同世代の女の子だった。いや、厳密には女の子と思われる、だが、話し方や話題から女の子にちがいない、と彼は思っている。高校には行っておらず、夕方から夜までのアルバイトをしているということで、夜中に起きていることが多いため、チャットに付き合うとついつい夜更かしをしてしまうのだった。普段ならこのまま会話に応じるところだったが、翌日のテストを考え、一応は自制心が働いた。


ichiro>いや、もう寝るとこ。明日テストだから


 相手の返事を待って電源を切ろうと他のソフトを終了させていると、再び「ポン」の音とともにウィンドウが最前面に表示された。


sanae >ごめんね・・・ちょっと相談にのってもらいたかったんだけど

ichiro>うん、今度時間ある時ね


 つい、返事を打ち込んでしまう。すぐに反応が返ってきた。


sanae >迷惑だったよね、いっちゃんには学校あるもんね、ごめんね


 普段の陽気なイメージとは明らかに異なり、放っておけない何かを感じ、結局マウスから手を放し、キーボードを叩いて会話を続けてしまった。話の内容自体、両親の不仲などの深刻なもので、自殺をほのめかすような発言もあって途中で打ち切ることがどうしてもできなかった。


sanae >もすこし、がんばってみるね、ありがとね、いっちゃん


 彼女がようやく落ち着き、前向きな発言になったことに安心し、パソコンをシャットダウンした時には、既に窓の外は白んでいた。寝坊を恐れ、結局寝ないまま着替えて学校に行き、受けたテストの出来は結果を待つまでもなく散々たるものだった。


「おい、お前大丈夫かよ!顔色わりいぞ?」


 クラスメイトのそんな言葉さえ霞の向こうから聞こえる朦朧とした頭で教室を出、襲い掛かる眠気と戦いながら電車に乗って地元の駅へ。改札を抜けそのまま家路につく彼の足取りは力なく、ふらふらとまるで夢遊病者のようでもある。両親が共働きのため無人の家の鍵をあけ、2階の自室へたどり着くやいなや、彼はベッドに倒れこんで眠りに落ちていく。


「ポン」


ハッと顔を起こした彼の目に、いつの間にか起動していたパソコンの画面が映った。自分で電源を入れた覚えもないのに、と不審に思い、重い体を起こして机の前へ。チャットソフトのウィンドウが最前面に表示されている。


mizuki>~(m~o~)/ おかえり~ テストどうだったあ?

ichiro>_


「・・・なんで・・・?」


 混乱している彼の目の前で、次々に受信されたメッセージが表示されていく。


mizuki>ichiroも付き合いイイよね~

mizuki>試験勉強の後4時間とか!

mizuki>それで試験フイにしてりゃ世話ないよね~

mizuki>o(>▽<)o ウキャキャウキャキャ



「なんだよ、これ・・・」


 そこに、またも「ポン」の音とともに別のチャットウィンドウが開く。


sanae >おかえりなさい、いっちゃん。朝までアリガトね。

sanae >でもね、私、本当はね、もうね。

sanae >ねえ、キーボードが真っ赤だよ。

sanae >すべってうまくキーが打てないよ。

sanae >いっちゃんいっちゃんいっちゃn

sanae >ありあgtp



「なんだよ、これッ」



 恐怖のあまり部屋を飛び出そうとした彼は、扉の外に立っていた男に思い切り体当たりする羽目になった。寝不足で足腰に力が入らずよろけて尻餅をついた彼に、目の前の男は手を差し伸べる。


「すみません、大丈夫ですか?」


 その手を掴まず、呆然と見上げる目の前の男は、黒い厚手のコートを身にまとっていた。


「アンタ、一体・・・?」


「君のお母さんから相談されて来たんです。怪しいものじゃありませんよ」


 彼が腰を抜かして立てそうにないのを見てとると、男はズカズカと部屋に踏み込み、パソコンを前にする。


「なるほどなるほど。これは面白い」


 彼のほうを振り返り、男は説明する。


「気づきませんでしたか?昨夜から、この家のネット回線は止めてあるんですよ?」


 呆然とする部屋の主を放って、彼は軽快にキーボードを叩き始める



sanae >あんただれあんただr

ichiro>真額紬、と申します



mizuki>なによ急に入ってきて!出て行ってよ!

ichiro>出て行くのは貴方たちです。

ichiro>さあ、立ち退いてもらいましょうか




Ghost Profile CaseⅣ・了

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