理想の恋
ある夏祭りの日、あたし――東雲くるみは衝撃の光景を見てしまった。
その日、あたしは幼馴染の
出店であたしは綿菓子を買い、蓮はリンゴ飴を買い、二人で食べつつ適当に話しながらぶらぶら歩いていると……目の前に、それは飛び込んできたのだ。
最初に見つけたのは、甚平姿の男の人。片手で綿菓子やイカ焼きを器用に持ち、他にもいろいろと入っているのであろう袋を腕に引っ掛けている。人懐っこい笑顔が浮かぶその童顔と、特徴的な跳ねた茶髪をふわふわ揺らしながら歩くその姿に、あたしは見覚えがあった。
心の中で確信を持って、思わずつぶやく。
――あ、桜井先生だ。
桜井健人先生は、あたしが通っている学校に勤務する先生だ。
非常にフレンドリーな人で、生徒の方も彼と話しやすいのか、彼が学校にいる時、周りには常に多くの生徒が集まっている。授業も分かりやすいので、男女問わず生徒たちからの人気は高い。
あたしも授業を持ってもらっているし、話もするので、彼のことはよく知っていた。しかし授業の回数自体少なく、また彼は授業がある時間以外あまり学校に来ていない(どうやら正式な教師ではなく、他に仕事があるらしい)。そのため、普段顔を合わせることは少なかった。
その桜井先生が、祭りに来ていた。しかも甚平姿で。
凄い偶然もあるものだと思いながら、声をかけようと歩き出した時。ふと彼の隣を見て、あたしは足を止めた。
彼は一人ではなかった。なんと、女の子を連れていたのだ。
山吹色の浴衣を着て、肩ぐらいの長さの黒髪を浴衣と同じ色のリボンで一つに結った女の子。もともと小さな体をさらに縮こまらせるようにして、恥じらうように、少し俯き気味に歩いている。片手には食べかけのクレープを持っていた。
最初、あたしはその子が誰なのかわからなかった。よく顔を見ていなかったからというのもあるけれど、女の子らしく着飾ったかわいらしい姿があまりにも印象的だったからだ。
桜井先生の彼女かな? すっごくかわいい子だな。でも、どっかで見たような……?
そんな風に思いながらじーっと見ていると……今まで黙っていた蓮が不意に、あれ、と声を上げた。
「あの子、もしかして奈月さんじゃない?」
「うそぉ!?」
思いがけない言葉に、あたしは耳を疑った。
「またまたぁ。蓮ったら、適当なこと言わないで」
「適当じゃないって。よく見てみなよ」
穏やかな声に導かれるように、あたしは目を凝らしながら彼女をよく見た。
肩くらいの黒髪に、小さな背丈。まだ大人になりきれていないような、あどけなさの残る横顔……。
あたしは言葉もなく、しばらく穴が開くほどに彼女を吟味していた。そして……。
「え、うそ。奈月!?」
出てきた結論に自分で驚きながら、思わず大きな声を上げてしまった。周りの人たちがじろじろこちらを見てくるのに気付き、しまったと口を塞ぐ。
「くるみ」
蓮がたしなめるようにあたしの名を呼ぶ。あたしは羞恥で顔を厚くしたまま、恨めし気に隣を見た。
「うぅ、ごめん……。だってびっくりしちゃったんだもん」
「僕も最初は自分を疑ったさ。まさか、って。でも……」
蓮が思案するように腕を組む。
「桜井先生って、確か街外れの塾で講師をしていらっしゃるらしいし……奈月さんは、その生徒なんじゃないかな」
あたしが知らなかった情報――桜井先生の他の仕事のこと――をさらりと口にした彼を、思わず横目で睨んだ。
「なんであんたがそんなこと知ってるのよ」
「聞いたもん」
「先生から?」
「ううん、叔父から」
蓮の叔父こと青柳龍次さんは、街外れの方で塾を経営している。奈月も高校入学と同時に塾に通い始めたと言っていたし――おそらく、彼女の言っていた塾講師というのが、桜井先生なんだろう――彼の言葉は、全面的に正しいのだと思う。
「でも、ただの講師と生徒にしては……怪しいわよ?」
チラリと二人の様子を見る。二人ともあたしたちのことには気が付いていないらしく、周りの多くの人々に紛れながらとことこと歩いていた。
桜井先生はいつものように笑顔を浮かべていた。けれど、それはいつも学校で見せるあどけないものとはちょっと違う……ふんわりとした、優しいものだった。
彼女――奈月は、相変わらず恥じらうようにうつむき加減で歩いていた。よくよく見ると、その頬は赤く染まり、薄紅色の唇は柔らかな弧を描いている。
おまけに、そんな幸せそうな顔をした二人の手は、離れまいというようにしっかり繋がれていて――。
見ているだけで思わず笑みがこぼれてしまうような、そんな光景だった。
「しっかり問い詰めてやるんだから」
心にたくらみを秘め、あたしはニヤリと笑みを浮かべた。
「まずは、桜井先生……覚悟してなさい」
「全く、程々にしておきなよ……」
隣で、蓮が呆れたように呟いた。
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