(5)
面倒な相手を『処分』したフローレンスは、何事もなかったかのように秋葉原の街を歩いた。太一はいくらかの暇潰しの中で、ゲームを好んでいるようだったから、その専門店らしき店に足を踏み入れる。
少々雑然とした店内に、フローレンスは眉を潜める。フローレンスの故郷において、高度に発達したテクノロジーにより、あらゆるものは亜空間に収納され、散らかるということが原則ない。あるいは、何百年をゆうに超える時をメイドとして過ごしてきたからかもしれないが、とにかく「片づけたい」という欲求が沸いてくるのだ。
しかしここは初めて訪れる店舗であり、フローレンスの縄張りではない。欲求を抑えつつ、彼女は店内を見て回る。
ゲームと言っても相当な種類があるらしい。ただ基本的には子ども向けのものなのだろうか。顔のパーツが大きくデフォルメされたパッケージ・イラストの物が多いように感じる。
周りの視線を気にも留めず、店内をぐうるりと巡りながら、フローレンスは一つのゲームソフトを手に取る。パッケージに銀髪のショートカットをしたメイドのイラストが描かれているのが気になったからだ。
タイトルは『メイドさんとぼく』。メイドと裕福な家の令息の物語だろうか。そんな想像をしながら裏面を見ると、裸になった女性が頬を染めているイラストが小さくプリントされていた。なるほど、つまりはそういう目的で作られたゲームというわけだ。
太一は少しばかり潔癖なところがある。この種の物は好まないだろう。フローレンスはゲームのパッケージを所定の位置に戻した。
動物をデフォルメしたキャラクターもの、精悍な顔立ちの男性がこちらに向けて銃を構えているもの、理想的なプロポーションの女性が踊るように宙を舞う瞬間を切り抜いたもの。どれも太一が好みそうに思えるし、関心を示さないようにも思えた。
結局のところ、どれが良いのかフローレンスには分からなかった。フローレンスは娯楽を必要としたことがないからだ。
こうしたことは専門家に尋ねるのが一番だろう。フローレンスは視線を巡らせ、店員の姿を探した。一番近くにいる者でいいだろう。少しばかりくたびれた、眼鏡をかけた男性店員がチラチラとこちらの様子を伺いながら、棚に並べられた商品のレイアウトを調整している。
フローレンスは躊躇することなく男性店員に近づくと、声をかけた。
「少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか」
男性店員はフローレンスの言葉にびくりと肩を跳ね上げ「ひゃいっ」と上ずった声で答える。それを承諾と取ったフローレンスは話を続けた。
「ゲームを買おうと思ったのですが、何を買えばいいのか分からないのです」
「は、はあ」
淡々と告げられた内容に、男性店員は目を瞬かせる。
「貴方はゲームにお詳しいのでしょう」
「え、ええ。もちろん」
フローレンスの問いに、男性店員は首をカクカクと縦に振った。ゲームショップに勤めているのだから、詳しいのが普通だし、そうでなくても働いている内に詳しくなるものだ。
「十六歳くらいの男性が、どのようなゲームを好むか、見立てて頂けませんか」
フローレンスは端的に用件を告げる。十六歳くらいの男性、という言い回しを店員は不思議に思った。
「え、ええと、その……十六歳の男の子というのは弟さんか、何かで?」
贈り物を見立てるのなら、これも必要な情報である。相手が友人なのか、恋人なのか、家族なのか。例えば恋人に恋愛シュミレーションを送り付けるのもおかしな話だ。
「いいえ」
「ご親戚とか」
「いいえ」
「では、お友達ですか?」
「いいえ」
「恋人?」
「いいえ」
「じゃあご主……雇用主?」
「いいえ」
店員が提示するあらゆる可能性を、フローレンスはばっさりと否定して見せた。
「そ、そうですか」
ではどう言った繋がりで、どう言ったきっかけでゲームを買い与えようというのか。店員は困惑して、荒れた人差し指の爪で頭を掻く。
「それだけではなんとも……どういう子かにもよるかと」
見た目はくたびれていても彼は正しく接客と販売のプロだ。顧客に満足してもらうための努力を惜しまない。挫けずに情報を聞き出そうとする。
「そうですね……」
特に隠すつもりもないフローレンスは、赤川太一という人物のパーソナリティを表現するに的確な言葉を話す。
「あまり一人でいるのを好ましく思っていないようです。お喋りが好きで、男女関係については潔癖なところがあります。明るいけれど、少しおっとりしていて――体を動かすのもそれなりに好きなようです。そう、彼はとても。ええ」
話しながら、フローレンスはやっと彼を表現するにあたって最も的確な表現を見つけた。
「かわいらしい方です」
かわいいひと。それがフローレンスの、太一に対する偽りない印象だ。明朗で、素直で、その癖どこか遠慮がちな少年を、きっと当人は嫌がるだろうけれども、フローレンスはそのように表現した。
「そうすると一人で遊ぶものより、対戦型のゲームの方がいいかもしれないですね」
「対戦型」
「マリカーとか、みんなでわいわいやれるようなものが」
「みんなでわいわい」
フローレンスは、ゲームどころか娯楽のこともよく分からない。彼女の故郷のそれは、この世界と比較して極めて原始的なものしか存在しなかったからだ。無意識に首を傾げ、フローレンスはオウム返しのように問い返す。
「それはわたしもゲームをやるべきなのでしょうか」
この不思議なフローレンスの質問に、この人は少し浮世離れした人なのだなあと、店員は真面目に付き合って答えた。
「その男の子は、貴女とゲームをすればきっと喜ぶでしょう」
「そうですか」
フローレンスは分からないなりに納得したような返事をする。
「マリカーというのは?」
「これです」
フローレンスには『マリカー』が分からない。とはいえ彼女は特にそれは恥じることもないのであっさりと尋ね、あっさりと答えを得る。指し示されたパッケージには。ゴーカートに乗った赤い口髭のキャラクターが描かれている。そのパッケージを見て、フローレンスは『マリカー』が略称であることを承知する。それで通ってしまうくらいメジャーなものであることもなんとなく察して、フローレンスは迷うことなく購入を決めた。
「ではそれを。他にも対戦型のゲームというものはありますか」
「そりゃ、山ほどありますが」
漠然とした問いに店員は少し考える。
「ネトゲもいいかもしれないですね」
「ネトゲ」
「ネットを通して他の人と同じゲームを遊ぶんです」
「なるほど」
「これなんか、キャラクターもかわいいですし。初心者でも割と簡単ですよ」
「ではそれを」
迷うことなく購入を決めたフローレンスに、店員が質問を重ねる。
「その子、こういうかわいい感じの好きなんですか?」
「そうですね――」
デフォルメされた頭身の低いキャラクターのイラストを見て、フローレンスは考え込む。どうだろうか。
きっと太一はこういうものを好むだろう。太一に直尋ねたわけではないが、フローレンスは迷わずそう結論付けた。
「好きだと思います」
彼女らしくもなく、バイアスのかかった答えだ。
男性店員は気分が乗ってきたのか、矢継ぎ早に次のゲームを進める。フローレンスを乗客と見たのもあるだろうが、ゲーム販売のプロたる誇りが彼の口調に熱を加える。
「ならこれとかは? モンスターを捕まえて育てる奴なんですけど。ネット対戦とかもできますし」
「ではそれを」
「後は、運動が好きなタイプならアクション系もいいかもしれないですねえ」
そんなことを言いながら、男性店員はふと思い出したかのように言葉を切る。
「あとは非電源ゲームとかもありますよ」
「非電源」
非電源ゲームとは何か。フローレンスにはゲームがわからない。
単語から察するに電気を使わないゲームのことだろうが、フローレンスには意味が掴めない。
男性店員は見せた方が早いと判断し、こちらですとフローレンスを誘導する。
「ええと、こうボードゲームの類ですね。シンプルなものが多いですが、飽きが来ないです。対戦という意味では、こっちの方が却って奥が深いかも」
先程の一画と比較すると、並んでいる商品は随分と毛色が違った。海外のものが多いのであろう、並んでいるゲームのパッケージイラストは、随分と写実的な物が多い。
「そう言ったものなら太一様だけでなくお嬢様も好みそうですね。チェスというものを、されているのを何度かお見かけしています」
「チェス、というもの」
独特の言い回しに店員は思わず復唱する。
「これは、どういったゲームなのでしょうか」
「これはですね、無人島を開拓して――」
「ではそれを」
店員からルールの説明を聞いたフローレンスは購入を即決する。面白そうだとか、そういう感覚は彼女の中に存在しない。これだけ熱心に説明するということはそれなりに店員が高く評価しているゲームなのだろう、と判断しているだけだ。
「ありがとうございます。ところで――」
当然そんなフローレンスの判断基準など知る由もなく、店員は謝辞を口にすると、ふと思い出したように話を切り替える。
「かなりの荷物になりますけど、宅配便など利用なさいますか?」
「いいえ、結構です」
店員の申し出にフローレンスは辞した。そもそも、吸血聖母の城には、住所などない。店員はそれ以上は何も言わなかった。車で来る客もいるだろうし、本人がいいと言うのならいいのだろうと考えたからだ。店員は次の質問に移る。
「どなたかへの贈り物かと思いますが、ラッピングはされますか?」
「――その方が喜ばれるものでしょうか」
「プレゼントなら綺麗に包んだ方が、きっと喜ばれますよ」
「そういうものですか」
「そういうものですよ」
開ける時わくわくするでしょうと、当然のように言われて、フローレンスはまた首を傾げる。わくわくとは何だ。それは期待だ。期待は良い感情だ。
「では、そのようにお願いいたします」
「かしこまりました」
男性店員は嬉しそうに頷いた。
彼が嬉しそうにしていても、フローレンスは何も感じない。
太一だけが特別なのだ。
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