第44話 無理なもんは無理じゃ

 シオンがギルドの職員休憩室から出ると、併設の酒場に目がいった。そこには相変わらず騒ぐ冒険者たちの姿がある。入る前となにも変わっていない。そこには、人間、エルフ、ドワーフ、獣人、魔人、さらには見たこともないような亜人族まで、実に多種多様な人種がいた。おそらくはパーティを組んでいるのだろう、多くは同種族で固まって飲んでいるが、中には混成パーティもある。


 ……そうなのだ。ここは試練の迷宮都市。全世界に点在するはじまりの迷宮を踏破した者たちが集う場所の一つ。レッテンなど比べものにならないほどの人種のるつぼ。よく見ればギルドの職員も利用者に配慮してか、様々な人種が働いている。そう、ここはすでに、人間の街ではない・・・・・・・・。シオンはここに至るまで誰も通らないような裏道を走り、大通りもすぐそこの酒場にさえ目もくれずにいたので気づかなかったのだ。


 だが、シオンに今そのことを省みる余裕はなかった。シオンの目は酒場の魔人に吸い寄せられていた。レッテンは魔人領から遠かったせいであまり見かけなかったが、ここでは魔人すら珍しくない。急激に寂寥感が刺激され、目に涙が浮かんでくる。シオンはとぼとぼとギルドを出て行った。


 シオンの思考が行き着く先はやはり剣であった。今はこの折れた剣が、奴隷首輪と並ぶご主人様とのつながりのように思えた。この剣を修復することでジェットと何かつながりが回復するような、そんな気さえしていた。

 シオンはギルドで教えてもらった鍛冶屋を目指して走り出したのだった。






 すっかり陽は暮れ、魔石街灯とわずかに家々から漏れる明かりのみとなった街。飲食街と花街に負けず劣らずの明るさ賑やかさを放っている区画がある。鍛冶屋街だ。

 トウザイトの中心から少し離れた一角に、主だった鍛冶屋は集中している。冒険者ギルドからもそう遠くないのは、需要を考えれば当然といえた。

 あちらこちらから聞こえてくる鉄を打つ音。シオンは期待に胸をふくらませた。

 しばらく様子を見て回ったが、どの店がいいかなどわかるはずもない。受付嬢のアリーに聞いて来ればよかったと思いつつ、いまさらだと振りかぶる。

 シオンは意を決して一軒の鍛冶屋へと入っていった。




「わあっ……すごい!」


 入ったとたん、目に飛び込んでくる数々の武具。二メートルはあろうかという槍、分厚く禍々しい斧、シンプルながら丁寧に鍛造された剣。その一つ一つがレッテンのものとは比べものにならないほどの存在感を放っている。試練の迷宮に挑むための武具なのだから、当然であろう。


 この街の武器は全体的に大きい。元のシオンの世界ではあり得ない程の大きさである。

 元の世界での武器は、武器は一センチ一ミリ単位で長さが違った。その最も大きい理由は、長い武器は重いからだ。剣が一センチ長くなれば、先に金属の塊が一センチ分追加されることを意味する。それを振るうことによってかかる遠心力は加速度的に上がっていく。だが、この世界の冒険者はそれを振るう力がある。そして重さは威力なのだ。


 シオンが並ぶ武器に目を奪われていると、店の奥からずんぐりとした人影が出てきた。この店の店主である。


「む、奴隷か。物乞いなら帰れ」


 シオンの首輪を見てあからさまに落胆した様子をみせるのは、腹まで伸びる立派なひげをたくわえた、筋骨隆々のオヤジであった。だがそれらよりも特徴的なのはその身長である。明らかに成人しているであろうのに、その背はルリより少し大きい程度。

 ドワーフであった。


「待ってください、物乞いじゃありません! 剣をなおしてもらいに来たんです」


 店の奥に去りかけたドワーフをあわててひきとめるシオン。

 ドワーフは振り返っていくらか興味をとりもどしたように見えた。


「お金は多少は持っています。だからこの剣をみてもらえませんか?」


「……どれ」


 ドワーフはシオンから剣を受け取ると、ふむ、と一瞥してから鞘走らせる。

 剣は半ばからぽっきりと折れていた。鞘の中には折れた剣先が残されている。ドワーフといえば鍛冶は得意中の得意と聞いている。査定の間、シオンはようやくご主人様に会えるかのような錯覚さえ覚えていた。

 だが……。


「……鍛造品か、まあまあの仕事じゃが、こりゃ無理じゃな。剣先が残っとるから溶接するくらいはしてやってもええが、一度折れたもんは元にもどらん。一度溶かして打ち直すか、このまま供養してやることじゃな」


 返ってきたその言葉はシオンにとって受け入れがたい事実であった。

 周囲に飾られたすばらしい武具を手がけたであろうドワーフが、まさか匙を投げるとは思わなかったのだ。


「そんな! ……なんとかなりませんか?」


「無理なもんは無理じゃ。溶接しても強度は落ちる。武器としてはもう使えん。――どんな想いがこもっておるかは知らんが、この剣は役目を終えたんじゃ。本望じゃろうて」


「それじゃだめなんです! あなたに無理なら、誰かできる人を知りませんか?」


「ふん、ワシに無理ならこの世に可能なドワーフなどおらんわ」


 シオンは差し出された剣を受け取り、しぶしぶと店を出たのであった。






 それからシオンは片っ端から鍛冶屋をまわった。ドワーフの店主にもいくらか当たったが、帰ってくる返答は同じであった。


 シオンは途方にくれた。ジェットのいつも困ったような表情が目に浮かんでは遠のいていく。そしてサツキの美しく凛々しい横顔が、ルリの上目遣いの楽しそうな顔が――。




 シオンは泣きながらふらふらとあてどもなく歩き、ついにへたり込んでしまった。迷宮攻略、予定になかった最下層ボス攻略、転送からのいろいろ……。朝から何も食べていない。いくらシオンといえど、限界はとうに超えていた。今まで剣を直す一心で保たせてきた体が、希望とともに折れてしまった。

 シオンはそのままどことも知らぬ路地裏で眠りに落ちてしまったのであった。

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