第42話 あなたの事情を聞かせて

 街に着くと、シオンはまずギルドを目指した。なにせ、ご主人様から少しばかりお金を持たされてはいるものの、剣を直してもらうための資金に足りるかわからない。ちょうど、ドゥルドを一匹、≪魔法収納≫に入れてある。これを買い取ってもらうのだ。

 それから街の情報も欲しい。鍛冶屋が集っている地域などを教えてもらおうという算段だ。


 遠くから見下ろしたときに、ギルドらしい建物が街の中心付近にあるのが見えていたので、だいたいのあたり・・・をつけて走る。途中、すれ違う人々からの視線が突き刺さる。昔の日本風ということで、シオンと同じく着物を着た人も歩いてはいるが、さすがに着物和風メイド(ショートパンツにロングブーツ、奴隷首輪付き)がものすごいスピードで走っていればその注目は当然だろう。




 街は広く、いくらシオンでも何度も休憩を挟まなければならなかった。声をかけられるのを避けるために、裏道を使った。見知らぬ土地でそんなことをすれば当然方向を見失ったが、屋根の上を進めばいいことに気づき、シオンはパルクールを開始した。正式なパルクールのやり方など知りはしない。だが、屋根から屋根へと飛び移り、降りては塀を飛び越える。シオンの敏捷と身体能力があれば障害物などなく、街のすべてが道へと変化した。目指す方向へと一直線に。


 ――夜のとばりが下りたトウザイトの街の、街灯や家々から漏れる光も届かぬ屋根の上を、影が駆け抜けていった。






 ギルドに到着すると、シオンはとにもかくにも受付けへと向かった。レッテンと負けず劣らずの大きな建物で、構造もさほどの違いはない。特にそちらに目を向けずとも、併設の酒場で冒険者が騒いでいる様子もうかがえる。

 美人の受付けのお姉さんに声をかける。少し目はつり上がっているが、美しい金髪に人形のように整った顔立ち、華奢な体つき――エルフの女性であった。


「あの、すみません」


「ようこそ。……あら、こちらのギルドは初めてですか? どういったご用件でしょうか」


「あのボク、今日レッテンからはじまりの迷宮を抜けてきたんです。この街の情報とか、地図とかあったら欲しいんですが」


「!! ……冒険者の方でしたか。では、レッテンで登録されたときのギルド証を見せてくださいますか?」


 エルフの受付嬢はシオンの奴隷首輪を見ていくらか思案した様子だったが、結局何も言わずにそう言ってきた。

 シオンはレッテンで登録したときにもらった魔力紋の写しを取り出して渡した。シオンの魔力紋と名前やパーティ情報、そしてレッテン冒険者ギルドのサインが入っている。


「ありがとうございます。では、当ギルドでも同じように鑑定水晶で魔力紋を取らせていただきます」


 いわれるままにシオンは指先に針を刺して鑑定水晶に血を垂らす。水晶が放つ光を受けて、受付嬢が用意した新たな魔力感応紙に、シオンの魔力紋が浮き出る。それをレッテンで登録した魔力紋と比較し、レッテンギルドのサインも本物であると確認することによって、レッテンで登録された正式な冒険者であることが証明されるのだ。

 エルフの受付嬢は新たに作った二枚の魔力紋用紙にシオンの名前とトウザイトギルドのサインを書き込み、そのうち一枚をシオンに渡す。


「……問題ございませんでした。こちらが当ギルドでの登録証になります。レッテンギルドの登録証もお返ししておきます。次の街の……ええ、次の街のギルドへ到達された場合も、その街のギルドで同じように登録できます」


「ありがとうございます。これで冒険者としてこのギルドを利用できるんですね」


「ええ、そうなるわ。――ねえ、あなた、主人はどうしたの? ……答えたくないならいいんだけど」


 エルフの受付嬢は事務作業が終わったと同時に口調を改めた。これはプライベートトークということだろう。

 どうやらシオンのことを逃亡奴隷か何かと疑っているようだ。いや、そうでなくとも、おつかい・・・・じゃああるまいし、奴隷一人でくるなどワケあり・・・・でないわけがない・・・・・いぶかしんで当然といったところだろう。


「ご主人様たちとは、はぐれてしまったんです。別々の試練の迷宮へと飛ばされてしまって……。だから急いでここの迷宮をクリアして、次の街でお待ちしなきゃいけないんです」


「急いで、ってあなた今日ここに到着したのよね……? それに今、あの迷宮は……。――いいわ、ちょっとこの後、休憩時間だから少し待っていなさい」


 有無を言わさぬ調子でそう言ったあと、受付嬢は同僚に一言二言告げてから席を立った。


「こっちよ、ついてきて」


 そう言って受付嬢はカウンター内にシオンを招き入れた。言っていたとおり、向かうはギルド奥にある職員用の休憩所だろう。


 シオンは大人しくついていくことにした。はやる気持ちはあるが、やみくもに街を走り回るよりはここで鍛冶屋の場所を教えてもらった方が早いだろう。






 休憩所は簡素なものだったが、アリーと名乗ったエルフの受付嬢とテーブルに向かい合って座った。水を出してもらえたのでシオンはありがたく頂いた。


「さて、それじゃあまずはあなたの事情を聞かせて頂戴」


 シオンは素直にここまでの経緯を語った。ご主人様とはじまりの迷宮を攻略したまではよかったが、別のパーティの人間に無理やり違う魔法陣に押し付けられ、別々の魔法陣に飛ばされてしまったことを。


「そう。あなたの主人は奴隷を大切に扱う方だったのね。首輪の遠隔苦痛も使っていないようだし、こんなに可愛らしい格好もさせてもらっているのだものね」


 奴隷は逃亡すれば命はない。主人は首輪を使って逃げた奴隷に苦痛を与えられる。奴隷は主人の元へ帰って許しを乞うか、そのままどんどん増していく苦痛に喘いで死んでいくしかない。……帰ったところで待っているのは地獄かもしれないが。だがサツキとジェットに限っては間違ってもシオンにそんな措置はしないだろう。


「はい。ボクは急いでご主人様の元へと帰らなければなりません。……そうだ。レッテンからの魔法陣で飛べるもう一つの試練の迷宮の場所がわかりませんか? もしかしたらここの迷宮を攻略するよりも直接そっちへ向かった方が早く着けるかもしれませんよね?」


「それは不可能よ。普通なら、他の地域の試練の迷宮どうしはそうやって移動も出来たかもしれない。でもね、ここは島国なの。そして、おそろしい海獣が出る海を渡れる船は無いわ。さらに、伝書鳩も使えない。空にも危険な生物は多く、無事に海を越えられる鳩はいないの。……つまり試練の迷宮を越える以外にこの島から出ることも、外と連絡をとることもできないってわけ」


「そんな! 何か他に方法はないんですか?」


「少なくともギルドは把握していないわね」


 シオンは連絡すらとれないと聞いてガックリとうなだれた。


「……そうですか。じゃあやっぱり攻略するしかないんですね」


 そんなシオンに追い打ちをかけるようにアリーは続ける。


「かわいそうだけど、それも今は無理なの」


「えっ、どういうことですか!?」


 そしてアリーという受付嬢は告げる。


「このトウザイトの試練の迷宮は、二年前からただの一度も攻略されていないのよ」

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