第三章 絶海の覇者

第41話 二度とボクに近づくな

「ううう」


 シオンはあたりを見渡した。しかし、愛しいご主人様たちは影も形もなかった。

 シオンは何かにすがるように≪魔法収納≫の中からジェットから下賜された剣を取り出した。

 そこにジェットの姿を重ね合わせたのか、シオンが剣を抜くと、ミノタウロスの一撃を受け止めた衝撃でもろくなっていたせいか、刀身が半ばからばきりと折れてしまった。


「あ、ああっ! ……ああああああああああああああああああ」


 それを見てシオンはご主人様とのつながりが切れてしまったように感じた。

 急いで折れた刀身を拾い上げくっつけようとするも、それがかなうはずもない。


「ううう……」


 ついにシオンの目から涙がこぼれはじめた。


 その時である。


「だ、大丈夫かい、シオン? ご、ごめんなあ。でも俺、お前と二人きりなりたくてなあ。これからは、お、俺が守ってやるからさあ」


 声をかけたのはシオンをこんな目に合わせた固太りの男であった。

 サルベスである。

 その男を見た瞬間、シオンの中でぷつんと何かがきれる音がした。


 ――いったいなんなのだこいつは。なぜ自分をこんな目に合わせるんだ!


「うるさああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!!」


 シオンの中で怒りと悲しみが混じり合った感情が爆発した。


 ――ビリビリビリビリビリ


 シオンの小さな身体から洞窟全体を揺らすかのような不可視の衝撃が放たれた。


「うおおお、な、なんだこりゃああああ」


 これでもイーサンのパーティでタンクの一人をつとめたサルベスが尻餅をつき、その重圧プレッシャーと恐怖に立ち上がることができない。

 シオンから放たれる重圧が収まるころには、サルベスは息もえになっていた。


「はあ……、はあ……、はやく、早くこの迷宮をクリアしなくちゃ……」


 荒い息をつきながら、シオンは洞窟の入り口ではなく、奥へと向かった。

 それを見てサルベスは慌てて声をかける。


「ま、待て、待つんだ! 一人で『試練の迷宮』がクリアできるわけがない! 一度街へ行って準備しなきゃ……」


「うるさい! 二度とボクに近づくな!」


 引き止めようとしたサルベスに、シオンは冷たい一瞥いちべつをくれつつ去っていった。


 サルベスはその時、確かに見た。


 シオンのC.C.Cクラスチェンジクリスタル四つ・・の光が灯り、それが一つに交わりかけているのを――!


 ――あり得ない。人間が四つのクラス適正を持つなんて……。しかも、それが一つに……!?


 人間のクラス適正は最大三つ。

 上級クラスとも呼ばれる二次職は、基本六職の力を融合させて新たな力を得る。それは中間職のような並列ではなく、完全な融合だ。

 中には力を変質させて特殊な力を得る、特殊職ユニーククラスなどもあるが、そのどれもが基本六職うち三つの力を変質・融合させて成るものである。

 一人の人間が四つの力を持つなど、聞いたことがなかった。


 サルベスがそんなことを考えているうちに、シオンは迷宮の奥へと消えてしまった。


「ま、待ってくれ、シオン! 俺はお前と一緒に……。お前と……」


 サルベスはシオンを追いかけて迷宮の奥へと踏み出した。






 試練の迷宮一階層には、ニワトリに似たモンスター、ドゥルドが出現する。

 太く強靭な脚で駆け回り、短い翼をもつので跳躍すれば短時間の滑空もこなす。

 その機動力と蹴りの威力は、はじまりの迷宮をクリアしたものであっても決して油断はできない。


 そしてもう一種類、ここにはゴーレムが出現する。

 ゴーレムとは、石や粘土で作られた動く人形で、魔法生物系モンスターの一種だ。比較的動きは鈍いが、恐れを知らぬその行動は冒険者の予測をしばしば裏切り、思わぬ一撃をもらってしまう。


「くっ、そ……。数が多い、邪魔だ!」


 シオンは格闘家にクラスチェンジして駆け抜けてきた。

 モンスターといちいち戦っていては早々に力が尽きてしまうことはわかりきっていたので、進路上にいる敵だけを蹴りけてきたのだ。

 しかし、それが結果的に多くのドゥルドをトレインしひきつれてしまうことになった。

 本来シオンの素早さならば逃げ切れるはずであるが、迷宮の構造に迷っているうちに追いつかれてしまったのだ。

 そして今、この袋小路にて大量のドゥルドに囲まれるという事態に陥ってしまった。


「うおおおおお」


 仕方なくシオンは格闘家の『体力』を攻撃力に変換し、ドゥルドたちに立ち向かう。

 ドゥルドの強さは手ごたえからして、はじまりの迷宮九階層並みといったところだと分析した。

 シオンはしばらく、四方八方から跳びかかってくるドゥルドを殴りつけ、蹴りとばし続けた。

 素早さで圧倒している上に、格闘家のブースト攻撃によって大ダメージを出せるために、数分後にはその場は大量のドゥルドの死体とシオンだけになっていた。

 戦闘が終わると、シオンのからだを得も言われぬ快感が襲う。

 レベルアップであった。

 はじまりの迷宮十階層からミノタウロス、大量のドゥルドと連戦してきたシオンであったが、ここにきてレベルが一つ上がったのである。



――――――――――――――――――――

 鷲獅子紫苑

 人間 16歳 男/女 レベル: 11

 クラス/格闘家   ジョブ/ 奴隷/女奴隷

 HP: 49/50   (+10)

 体力:4/58   (+11)


 攻撃: 53+54  (+12)

 防御: 47    (+13)

 魔法防御: 56  (+13)

 敏捷: 35    (+3)

 器用さ: 37   (+3)

――――――――――――――――――――

 知性: 15

 運: 12

――――――――――――――――――――

 奴隷ジョブにより攻撃10%上昇

 女奴隷ジョブにより器用さ10%上昇

――――――――――――――――――――

※()内の数値は前回表示したレベル八からの変動数値



 シュウゥゥと、『体力』のブーストが切れる。

 シオンの体から力がごっそりと減るのがわかる。


「くっ、ここまでか……。武器もないし、『体力』も切れちゃった。……そうだ、ご主人様の剣を直さなきゃ! 街へ行って鍛冶屋を探さないと!」


 こうして冷静になったシオンはようやく無謀な特攻をやめ、来た道を引き返しはじめたのであった。






 一方サルベスは、窮地に立たされていた。


「ぜぇっ、はひぃ、ぜぇ、はひぃ……」


 荒い息は一瞬たりともゆるめられず、もうすでに二十分は全力をふりしぼり続けている。

 間断なく襲いかかるドゥルドたちをしのぎ続けてはいるものの、もはや限界に近いことがうかがえた。

 追いかけていたシオンはもうとっくに見えず、無理して追いかけていたためにモンスターを大量にトレインしてしまった。


「っっぜひゅうぅぅ!」


 ガコン、とドゥルドに一撃を入れた直後、ついにサルベスのからだは限界をむかえ、膝をついてしまった。


「あひゅうっ……し、しお……ぶひゅうっ……」


 そこへ容赦なく群がるドゥルドたち。


「ああああああああああ……」


 サルベスの体はドゥルドの太く強靭な脚に何度も何度も蹴り上げられ、壁に叩き付けられた。


「……あ……う……」


 サルベスは何かを求めて手を伸ばしたが、その腕をもドゥルドに蹴り飛ばされ、ちぎれ飛んでいった。

 その後、サルベスだったものは原形がなくなるまで蹴り続けられ、モンスターに処理されていった。






 シオンは試練の迷宮の入り口まで戻ってきた。

 途中で誰かに呼ばれた気がしたが、冷静に考えてそんなわけもないし、自分には今やるべきことがあるのだから、そんなことは気にしていられるはずもなかった。


 外は夕暮れ。もう陽が沈もうとしている。

 試練の迷宮は丘の中腹にあるらしく、そこからは眼下に大きな街が見えた。

 あれがおそらく迷宮都市であろう。

 家々の屋根に瓦が使われているようだ。背の低い建物がほとんどで、なるほど昔の日本を思わせるというのも頷ける。


 シオンは街へと走り出した。


 力なき奴隷たちが搾取される街、トウザイトへと向かって――。

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