第40話 必ず会えるわ!

 ミノタウロス二頭の魔石と角を回収し、一同はようやく人心地ひとごこちついていた。


「し、信じられない……。君たちの実力は我々の遥か先を行っているようだな。……とにかく、助かった。君たちが来てくれなければ我々は死んでいたよ」


 イーサンはようやく立ち上がれるまでになり、ジェットに礼を言った。

 ジェットもイーサンにポーションを渡しつつ応える。


「規格外なのはシオンだけです。私もサツキもルリも、実力やステータスを総合的に見れば先輩たちにかなわないでしょう。おそらく、知識と戦術の違いです。……と言ってもそれもシオンが考えたものですが」


 ジェットは弱ったように笑う。

 実際、イーサンたちはミノタウロスに勝つ算段は整えていた。まさかのトラブルがあっただけで。


「ふはは……。あの奴隷の少女が規格外なのは否定しないのか」


「ええ、あの子は天才です。強く、賢く、そして不憫ふびんな子です」


「……そうか。大切な存在なのだな」


「ええ、あの、……はい」


 イーサンはシオンを見つめるジェットの様子をみて、何かを察したようであった。そしてそれ以上、事情を聞きだしたりはしなかった。




 剥ぎ取りの終わったミノタウロスの死体がずぶずぶとダンジョンの床に吸収されていく。

 それをきっかけにか、部屋の奥に二つの魔法陣が光を放ちだした。

 転送魔法陣である。


「ポーションを分けてくれて助かった。それでもここからダンジョンを引き返して街へと帰還するには少々厳しい状況だ。自分たちで倒せなかったのは残念だが、我々も君たちの後から転送装置を使わせてもらうよ。……大見得おおみえきった手前、今更レッテンの街へは戻れないというのもあるがね。ははは」


「ええ、どうぞそうしてください。転送装置を抜けた先は『試練の洞窟』の入口・・のはずです。外へ出ればきっと付近に都市があることでしょう。もし同じ転送装置をくぐられるのでしたら、次の街でもよろしくお願いします」


 イーサンとジェットはそうして一旦の別れを交わした。




「さて、いろいろあって急遽私たちも旅立つことになったわけだけれど、みんな、思い残すことはない?」


 サツキは自らのパーティ一同を見渡す。みんな新天地への期待を秘めた目を輝かせている。


「大丈夫そうね。……そう、ここはまだ私たちの目的地からすれば序盤の通過点よ。進める時に進めるだけ進むわ」


「ああ、そうだな。……ところでどちらに進むか、だが。……私たちは左の魔法陣から進もうと思っている」


「私とジェットに共通の知り合いの正騎士がいてね。私たちの剣の師でもあるのだけれど。……彼が旅をしていた時にお世話になった人たちに、言伝ことづてを頼まれているの。自分は立派な正騎士になることができました、ってことを伝えておいてくれというわけね。……それで問題ないかしら」


「はい、ご主人さまたちがお決めになったことでしたら」


「ルリはどちらでもかまわないので、少しでも目的がある方でいいと思うです」


 シオンは、右の魔法陣から行けるとされる、どこか日本を思わせる土地というのも見てみたかったのも本音であった。

 しかし、元の世界でシオンが住んでいたのは地方とは言え小都市である。日本を思わせるといってもまさかコンクリートの建築物が立ち並ぶわけでもあるまいし、馴染みのある光景が見られるというわけでもない。まったく異を唱えるつもりなどなかった。



 魔法陣は一パーティ六人が充分に入れる大きさで、わずかな光を放っていた。

 そこに、ジェットはそっと足を踏み入れる。

 サツキ、ルリ、シオンも後に続いた。

 すると、魔法陣の光が強くなり、外周から光が立ち上がり始めた。


 転送が始まったのだ。


 誰からともなく感嘆の声が上がる。



 その時であった。



 突然、猛然と走りこんできた男が転送魔法陣の中に走り込む。

 そしてタックルするかのようにシオンに組み付き、抱え上げた!


「うおぉぉぉぉぉぉシオォォォォン!!!!」


 男の勢いは止まらず、そのまま魔法陣を飛び出て隣の魔法陣へとダイブした。


 何が起こったのか全くわからずに茫然とする一同。


「サルベェェェェス!! 貴様、一体何をしているッ!!」


 イーサンの叫び声が部屋にこだました。

 その男はシオンを奴隷へと落とした張本人、サルベス=デッコであった。



「シオン、ああ……。お前は、俺と一緒に行くんだ。はぁ……はぁ……」


「な、何が、この、放せ!」


 シオンは地面に抑えつけられながらも、必死に手足を動かし、暴れる。

 見覚えのない男が自分の名を呼びながら抱き着いて抑えつけてくるのだ。シオンにとって恐怖しかなかった。


「シオン!」


「シオン!」


「しー君!」


 ジェット、サツキ、ルリはシオンに駆け寄ろうとする。

 だが、見えない壁があるかのように、自分たちがいる魔法陣の光に阻まれ、外に出ることができなかった。

 ジェットたちは必死に光を殴りつけるも、ビクともしない。

 その頃には魔法陣から立ちのぼる光が天井付近にまで達していた。


 おそらくこれは転送の際の安全機能であろう。

 転送されるのは魔法陣の円内だけであり、もし転送の際に腕や足など体の一部を転送魔法陣から出していれば、体だけが転送されて、腕などがこの場に置いていかれてしまう。だから、転送が始まる前にまずこの光で外と中を分断するのだ。

 皮肉なことに、この安全機能がジェットたちを外に出すことを拒絶していた。もちろん、外にいるイーサンたちにも手の出しようがなかった。



「どいてっ!」


「あぐおっ」


 シオンは急所に膝蹴りを入れてようやくサルベスの拘束を解き、右の魔法陣から出ようとする。

 しかし、既に光は外界を遮断していたのであった。


「ちょっと、待って! なんだよこれ! ……嫌、いやだあご主人様ぁぁ。お姉さまぁぁ。ルリちゃぁぁぁぁん!」


 シオンは泣きながら呼びかける。


「シオォォン!!」


「シオン、トゥーライセンよ。トゥーライセンで必ず会えるわ! あなたならきっと大丈夫。私たちはそこで待っているわ。もしあなたが先に着いたら、私たちを待っていて。必ずたどり着いてみせるから!」


「しー君、いやあああああああ」


 ジェットは普段の彼からは想像できないほどの声量でシオンに応えた。

 サツキは短い時間で何かを伝えなければならないと必死で考えた。

 ルリは愛しいあるじとの別れに涙ばかりがこぼれ、何も言葉にならなかった。


 そしてとうとう転送が始まり、魔法陣の中が光で満たされていった。

 ジェットとサツキは泣きすがるシオンを励まし続けた。

 その姿が光に溶けて見えなくなるまで……。


「あああああああ――」


 そしてシオンの慟哭も、やがて光に包まれて消えていった。





 彼らの再会は保障しよう。

 ただし、転送先の地では、彼らの想像を絶する冒険が待ちかまえている。

 そして新たな出会いも――。


 だが、彼らが再会するのは、これより実に一年以上後のこととなる。



 第二章、はじまりの迷宮  完

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