第二章 はじまりの迷宮
第14話 私の妹になりなさい
朝、安宿のベッドの上でシオンが目覚めると、両隣にはサツキとルリが一緒に眠っていた。
シオンが起きたのを察したのか、サツキが目を覚ます。
目の覚めるような精悍な美人であった。
宝塚の男役もこなせるような。
この世界の人たちの面立ちの中に、どこか日本人的な特徴も垣間見える。
それに加えて一七〇センチ前後という長身痩躯。
そしてこちらではあまり見かけない黒髪は、黒鉄のようにつやを放っていた。
旅の間や戦闘時はその長い黒髪をポニーテイルにしているが、部屋でくつろぐときや寝るときは、ほどいたり緩く三つ編みにしたりしている。
「あら、シオン。起きたの? よく眠れたかしら」
シオンは昨夜、泣きはらしたせいで
これほどの爽快感を感じることはこの世界に来てからというもの、無かったかもしれない。
いや、それどころか、その前からも……。
「はい。とてもいい気分です。サツキご主人様」
その言葉に、サツキは微笑みを返した。
「それはよかったわ。それじゃあ、顔を洗って、食事にしましょう。……ルリもそろそろ起きなさい」
むにゃむにゃとルリも目を覚ます。
三人は身支度を整えたあと、隣の部屋にいるジェットに声をかけて宿の食堂へと降りて行った。
朝食を終えたあと、サツキはジェットに目配せをし、切り出した。
「二人とも、聞いてちょうだい」
シオンとルリは居住まいを正し、はい、と答えた。
「私たちの目的は以前話したとは思うけれど、念のためにもう一度話しておくわ」
シオンは、これは自分のためにやってくれているのだろうな、と正しく理解した。
シオンは、幼児退行していたときの記憶がほとんどなかった。
それも当然、シオンは自分の心を守るため、外界をほとんどシャットアウトしていたのだから。
だが、自分が幼児退行していたということはぼんやりと
「私とジェットは、正騎士になるために旅をしているの。そしてそれは迷宮を攻略して、遥か遠い地、トゥーライセンへ到達し、私たちの国アルバシア王国へと凱旋することを意味しているわ」
アルバシア王国正騎士とは、普通の騎士とは一線を画す存在であり、その試練を乗り越えた者のみがなれる、名誉ある職業であった。
それと同時に、大貴族の三男と次女である彼らには別の意味もある。
彼らの家には既に世継ぎがいる。
両家の長男はどちらも優秀であり、補佐および代理となる次男もおり、安泰であった。
とはいえ、彼らは文官。騎士たちをまとめるのは簡単ではない。
そこで、もし身内から正騎士が出れば、正騎士たちを束ねる正騎士長に抜擢されることは間違いない。
戦時になれば、彼らが率いるべき正騎士たちを、身内が束ねてくれたなら、それほど心強いことはないのだった。
決して疎まれて家から追い出されたわけでも、家を飛び出したわけでもない。
彼らは、万が一命を落とすようなことがあってもよく、そして戻れば家に大きな貢献ができる。
何より本人たちがそれを希望したために、正騎士を目指す旅に出たのであった。
加えてサツキとジェットには少々特殊な事情もあった。
三男のジェイスリードは覚醒遺伝によって魔人の特徴を色濃く出して生まれてしまった。
それ自体は別に忌避されることではない。魔人も人族の一種であるのだから。だが、やはり人間族の国である王国では少し悪目立ちしてしまうことは避けがたいことであった。
それを憂いたシドゥーク大公はライオード侯爵家との縁を結ぶためもあって、ジェイスリードをサツキの婚約者候補として、専属騎士にした。
サツキはかなりおてんばな次女として育った。
幼い頃からジェイスリードと共に騎士の訓練をしたりしていた。
そんなある日、サツキとジェイスリードと数人の護衛と侍女は出先で盗賊にあってしまった。
ジェイスリードは護衛とともにサツキを守るために必死に戦ったが、侍女は殺され、危うくサツキも捉えられそうになった。
間一髪で助けが間に合ったのだが、サツキは侍女を殺されたショックで軽い男性恐怖症になってしまったのだった。
サツキの男性恐怖症は現在でも残っており、ジェイスリード以外には触れることはできず、ジェイスリードもほとんど軽く触れることくらいしかできない状況であった。
つまりは、どこかに嫁ぐということはできそうにないのであった。
「……そんなわけで、あなたたちは私たちについてくるか、ここに残るか選んでもらうわ。私たちについてくるなら、危険な旅になる。もしここに残りたいならそう言ってちょうだい。――そうだったわ。シオンは転移者なのだから、私のシドゥーク領に行けば援助してもらえるはずよ。奴隷からは解放してあげる」
その言葉にシオンは即座に首をふった。
「――いいえ、ボクはサツキご主人様とジェイスリードご主人様についていきます。戦いでも必ずお役に立って見せます! ですから置いていかないでください!」
「私もシオン君と一緒ならどこにだってついて行きます!」
シオンとルリの必死の懇願に、サツキは少し考えたあと、それを了承した。
「わかったわ。置いていくなんてことしないわ。だから安心なさい――それと」
サツキはシオンの目を見てこう言った。
「どちらもご主人様では紛らわしいわね。シオン、あなた、私の妹になりなさい。これからは私のことは『お姉さま』と呼んでくれると嬉しいわ」
「えっと……サツキお姉さま?」
「ああ、いい響きね……」
と感慨にふけるサツキ。
ジェットは言葉はほとんど発しなかったが、サツキをも含めてこの場にいるものたちに優しいまなざしを向けていた。
シオンは今はまだ充分に理解しているわけではない。
だが、シオンはこの世界でついに「保護者」を手に入れたのだ。
あるいは「家族」と言い換えてもいい。
これがシオンの心を本当の意味で救済することになると、このときサツキもそこまで考えて発言したわけではない。
そしてそれによってシオンがこれからどのような活躍をするのかも。
しかし、結果的に彼らの伝説は今この瞬間から始まった。
――
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