食喰総司郎の手記 2

 シドゥーク領へと到着し、公爵家を訪ねた私は、意外にもあっさりと迎え入れられた。

 公爵への目通りはかなわなかったが、別に会いたいというわけでもない。


 老いた使用人の対応は手慣れており、どうやら訪ねてくる転移者は、私が初めてというわけでもない、ということなのだろう。

 とはいえ日本語はほとんど通じず、使用人がメッセージが書かれた紙を一方的に見せてくるだけであった。

 どうやら、洞窟の文字を記した「サツキ」という女性はもうこの世を去ってしまったらしいが、そのサツキという女性が転移者たちのために残した遺産を少し融通してもらえるらしく、その金と領内での借家での生活を保障してもらえた。



 感謝しないわけにはいかないのだろうな。

 サツキという女性はこの世界でこのような恵まれたスタートを切れたわけではなかろうに。

 いや、彼女が無事に一生を終えた最初の転移者であっただけなのかもしれないが。

 公爵の妾にされるというのもよほどの幸運であったのだろうし。

 彼女の功績のおかげで助かった転移者は多いのだろう。



 さて、これから私は領内の街で、この家と金を元に、言語を覚えることから始めるとしよう。

 そう長居する気はない。


 私には元の世界に家族も親しい友人も恋人もいなかったが、研究者として立場というものはあった。

 できるものならばどうにかして元の世界に戻れないものだろうか。

 今だ帰還を果たした人物はいないらしいが、絶対に不可能と決まっているワケではないだろうし、信じたくはない。

 

 だがもし帰還が無理だとしたら、この世界で生きるのには目的が必要だ。

 正直、この世界に好奇心というものもある。当然だが。

 それに、転移の際に聞こえた気がするあの悲痛な叫び。

 

 たすけて……


 あの声は何だったのか。

 それが私の目的となり得るのかどうか。

 解明してみるのもいいかもしれない。


 とはいえ、やはり当面の第一目標は元の世界への帰還、それ以外にはありえない。

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