第7話 クラスチェンジ
街道を歩いていると、サツキはふいに不穏な空気を感じた。
「ジェット!」
「ああ。なにか聞こえたな」
街道を外れたところで剣戟の音と争う声が聞こえてくる。
どうやらだれかが襲われているらしい。
「行きましょう、ジェット!」
サツキは返事も聞かずに走り出す。
「ま、待て、サツキ! むやみに飛び込むんじゃない――ああ、くそっ」
後ろでジェットが言っているが無視して走っていると、ジェットもあきらめたように追いかけてきた。
意外と近くだったようで、木々を抜けるとすぐに、商人と思われる男と奴隷の集団、そして盗賊が争っているのが見えた。
「待て!」
盗賊は十人ほどだったが、サツキはかまわずに飛び込んだ。
何が起こった、と戦場が一瞬凍りつく。全員の視線がサツキに集まってくる。
この機を逃すつもりはない。
サツキは背負っていた槍を抜き放ち、一番近くの女奴隷を襲っていた盗賊を刺し貫いた。
「う、うわ――ぐぶぇええ」
盗賊は鮮血をほとばしらせながら倒れた。
そこにジェットも追いついてきて、サツキを護ろうと前に出る。
「ちっ。ぐずぐずしてたからやっかいなのが来ちまったか。……おい、お前ら三人は商人をやれ。ドルンジ、そっちのボウズをさっさと殺してこっちに加勢に来い。俺たち五人でこの威勢のいい嬢ちゃんとお仲間をやるぞ」
おうっ、と声を上げ、親玉と四人がこちらへ向かってくる。
「おい、バンザさん、あいつら、正騎士じゃないのか? ……つーかあの男、あの肌の色、なんだありゃあ!」
「あ、あれは魔人族? 初めて見たぜ」
こちらの格好と、ジェットの赤銅色の肌を見て盗賊の子分が言い出す。
「こんなとこに王国の正騎士はいねえ。騎士か見習いだろう。正騎士とその他の騎士じゃあ天と地の力の差がある。それに魔人族だって人族だ。そうそう変わりゃしねえ。こっちは五人いるんだ、見習い騎士ならなんとかなる」
親玉――バンザというらしい――が部下に答える。それなりに知識はあるようだ。
「たしかに私とジェットは正騎士ではありませんけれど。あまり侮られても困ります」
サツキはアイテムボックスの魔法を意識し、空間の中に手を突っ込む。そして美しくカットされキラキラと輝く、手のひらに収まるほどの大きさの透明な水晶を取り出した。
ジェットも同じく自分のアイテムボックスから水晶を取り出している。
盗賊たちの顔に緊張が走るのが見えた。
「こいつら、
「へ、なるほどな。勇ましくも多勢に向かってくると思えば、そういうわけかい。だが、こっちも
バンザが水晶を取り出し、カチンと腕輪に装着する。
とたんに、バンザから威圧感のようなものがあふれ出す。
だが、サツキはそれを見て勝利を確信した。
「ふ、どうやら一人だけのようね」
「ああ、そのようだ。いつものように俺が攻撃を全て防ぐ、サツキは隙を見て攻撃しろ」
ジェットが応えてくる。
「わかったわ。では――」
サツキは水晶――C.C.C≪クラスチェンジクリスタル≫――に意識を集中する。
すると、ぼっ、と水晶に淡く白い光が灯り、そして叫ぶ。
「我に眠る力よ、敵を討つ『戦力』となれ――」
そう言ってブレストプレートの中心に空いたくぼみに水晶をはめ込む。
「クラスチェンジ、『戦士』!」
サツキの体の奥から力が沸き起こる。
ステータスが大きく上昇していくのがわかる。
同じくジェットもクラスチェンジを開始している。
腕を大きく前に突き出し、水晶を握りこむ。すると手の中の水晶から光があふれ出す。
「我に眠る力よ、守り耐える『胆力』となれ――」
そう叫ぶと、握りこんだ水晶をベルトのバックルにガシンとはめ込む。
「クラスチェンジ、『騎士』!」
ジェットの存在感が、そびえ立つ岩壁のような印象に変わる。
気が弱く、普段なさけない顔をしているが、ジェットは強い。覚醒遺伝によって魔人の特徴が出てしまったせいで、貴族社会で好奇の目にさらされてきたが、サツキはそんなこと気にしていなかった。
まあ、本人はそのことよりも、適正クラスが一つ少ないことの方を気にしているようだが。
「こ、こいつらかなりのレベルだ!」
下っ端の盗賊が叫ぶ。
「ちっ、こいつは本気でかからねえとまずいかもな。――いくぞ!」
バンザがサツキに向かって、剣を振りかぶって走りこんでくる。
さらに遅れて、残りの四人も動き出した。
だが、サツキは何も心配する必要を感じなかった。
ガァンッ
「何っ!」
バンザの、おそらくは戦士のクラスの一撃を、ジェットが左手に持ったカイトシールドで軽々と弾き返す。
さらに後続の四人が追いついてきたところで、
「≪エリアトーンティング≫!」
騎士クラスのスキルを放つ。
「ふっぐぐぐ」「おわあ!」「ぐうう!」
ダメージは無いが、盗賊たちの視線がジェットに吸い寄せられる。
これはトーントという状態異常で、放ったものから目を離せなくなる効果をもつ。
サツキも受けてみたことがあるが、目をそらせば斬られる、というような、本能が危機感をビンビン感じてしまって、目をそらせなかった。
これはジェットがサツキよりも実力的に格上だったからだろう。もし、格下の相手にトーントを使われたら、ものすごくイラっとするとかそんな感じになるのだろう。
こういった効果を総じて「ヘイト」と言う。
そう、騎士というクラスは
ジェットのトーントによってフリーになったサツキは、機を逃さずに相手の一人に突きを入れる。
が、効果が薄まったのか、後ろに下がったので浅かった。と言っても、腹から大量に血を流して戦闘不能だろう。
ジェットが全ての攻撃を受け、サツキが後ろから攻撃する。
これがサツキとジェットの必勝パターンである。
これは当然、騎士として尋常でない適正を持つジェットのありえない防御力があってはじめて成り立つ戦法である。
ちなみにサツキ自身も騎士に適正があるが、ジェットの防御力とは比べ物にならない。というか、サツキもいちおう並の騎士くらいはあるのだが、ジェットの防御力は異常であった。
バンザはこちらの力量に焦ったのか、
「おい、そっちはいつまでかかってんだ。はやくしとめてこっちに加勢に来い」
と、後ろで戦っている四人に向かって言い放った。
「お、おう」
ドルンジと呼ばれていた、美しい顔をした奴隷の少年を襲っていた男が応える。
停滞していた戦場が動き出した。
「やめなさい!」
サツキは焦燥感をあらわに叫ぶが、ここからでは少年の元へは遠い。
「うわあああ!」
少年は短剣を振り回すが、ドルンジは冷静に短剣を裁き、少年に剣を袈裟懸けに斬りつけたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます