第8話 いやだ!
助けに来てくれた騎士の格好をした黒髪の美しい女性と、赤銅色の肌をした男の人が何かを叫んでいるのをシオンは聞いた。
だが、無常にも盗賊の剣がシオンの体に入り込んで、抜けていく。
奴隷の着る薄い貫頭衣が裂けて、はらりと地面に落ちる。
シオンは裸同然となり、自分の体がどうなったのかを目の当たりにする。
右肩から左わき腹へと深い傷が走り、血が大量に噴出した。
激痛が走り、崩れ落ち、仰向けに倒れた。
泣き叫びながら走りよってくるセイレーンの姿が見えた。
シオンは、彼女に伝えたいことがあったのに……。
シオンは走馬燈のように延びる体感時間の中で思った。
ああ。
こんなところでボクの人生は終わるのか。
なんて不幸な人生だったのだろうか。
両親をなくし、火事に会い、異世界に飛ばされ、奴隷として売られ、挙句の果てには殺される。
くやしかった。許せなかった。
憎しみを込めて、ステータスを見つめる。
――――――――――――――――――――
鷲獅子紫苑
人間 16歳 男 レベル: 1
クラス/なし ジョブ/奴隷
HP: 1.1/8.5
MP: 10.2/10.2
攻撃: 9.1(8.3+0.8)
防御: 7.5
魔法防御: 9.0
敏捷: 12.4
器用さ: 11.6
――――――――――――――――――――
知性: 7.5
運: 6.0
――――――――――――――――――――
血が流れ出すごとにHPのバーと数値が急速に減っていく。相変わらず、バリバリとノイズが走っているせいで見難い。
バーがもう残り少ない。
とうとう一を切った。
――いやだ!
終わりだった。
――勘違いするな!!
シオンの体から力が抜けていく。
――ボクは……だ!!!
そしてついにHPはゼロになり、バーも完全に消滅した。
ステータスのノイズが激しくなる。
数値も二重になり、表記欄をはみ出している。
そのときであった。
ステータスのノイズが一気にクリアになる。
――ドクン
それは、世界の
――ドクン
それは、シオンのみが享受できる、
――ドクン
それは、システムが処理しきれていなかった
ドクン!!!
今シオンの心の叫びが、そしてこの場にいる人間の認識が、システムへの
――――――――――――――――――――
鷲獅子紫苑
人間 16歳 男/女 レベル: 1
クラス/なし ジョブ/ 奴隷/女奴隷
HP: 8.5/17.0
MP: 20.4/20.4
攻撃: 18.3 (16.6+1.7)
防御: 15.0
魔法防御: 18.0
敏捷: 24.8
器用さ: 25.5 (23.2+2.3)
――――――――――――――――――――
知性: 15.0
運: 12.0
――――――――――――――――――――
奴隷ジョブにより攻撃10%上昇
女奴隷ジョブにより器用さ10%上昇
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そう、シオンは両性具有者であった。
不完全な性のせいで、自然に、女性と子供をもうけられる可能性は限りなく低い。
自然に、男性との子供を身ごもることも難しい。
だが、技術の発展した元の世界において、医療の助けを借りられたならば、どちらとしても子供を成すことが可能であると診断されていた。
ゆえにシオンは、まちがいなく男性であり、女性でもある、完全なる両性具有者であった。
ステータスは、本当は二つ作成されていたのだ。
いままでこの世界の人間には雌雄同体など存在しなかったがため。
ステータスにノイズが入っていたのは、このためである。
数値がときどき二重になっていたのは、このためである。
そしてついに、シオンの身体が衆目にさらされたとき、世界はシオンを正しく認識せざるを得なくなったのだ。
あるいは、ステータスのHPがゼロになり消滅しそうになったとき、
それは裏側に隠されていた、
だがステータスを二つ同時に持つことなど不可能である。
それを一人分に統合するという、かなり強引な
そうすることでしかこの世界のシステムでは説明できなかったのだ。
もちろん、この世界でも、動植物に「新種」は生まれ続けている。
だがそれも、突然誕生するものではない。
そうなるための理由と過程があり、時間がある。
シオンがもし、この世界で産まれたならば、母親の胎内で徐々にステータスが形作られていく過程で「両性」という新しい性別項目が作られたのであろう。その際、ステータスは二枚も作られることはなかったはずである。
しかし、シオンは、転移によって突然この世界に現れた。
ステータスはこの世界に存在すると同時にあるべきものであった。
その対応はシステムには不可能であった。
今、シオンのステータスは全ての数値が二倍になり、HPは半分減ってはいるものの、致命的な状態を脱した。
それに合わせて、シオンの胸の傷は完全に塞がったのだった。
知性のステータスが二倍になったせいか、頭はクリアを通りこして爆発するように思考が広がっていた。
身体も、スロットルをふかせるまでもなく、今までとは比べものにならないほどの力を感じさせている。
ただ、今はセイレーンを護らなくては。
ドルンジが我に返ってしまえば、セイレーンがあぶなかった。
その考えが伝わったわけではないだろうが、盗賊たちは再び動き出した。
そこにほとんど混乱などない。
ドルンジとしても、斬ったはずの、少年か少女かわからない子供の傷が突然ふさがったのには驚いたが、それがどうしたわけでもない。なんらかの回復呪文かアイテムかが効果を発揮したというだけのことだろうし、そうでないとしても、何度でも復活するというわけでもないだろう。
どのみちもう一度斬るだけだった。
目の前の盗賊が再び剣を振り上げた。
それを見てシオンは落ちていた短剣を拾うと、腕を振り上げて相手の剣を迎えうった。
ガキィン
と剣と剣がぶつかり合う金属音がひびき、シオンの短剣はドルンジの剣をはじき返した。
「な、なんだその力は!?」
ドルンジの顔が驚愕に染まる。
その隙にシオンは倒れた身体を起こし、素早くドルンジに斬りつけた。
「は、速すぎるっ!」
ドルンジは一撃目はかろうじて持っていた剣ではじいたものの、あまりに速く重い剣戟に、剣を落としてしまった。
「うあああああ」
叫びながらシオンは必死に攻撃を繰り出す。
続けざまに放った二撃三撃目はドルンジの体を切り裂いた。
「うぎゃああああ……なん、で、こん、な……」
ドルンジは血を噴き出しながら倒れた。その後すぐにこと切れた。
ドサドサとドルンジの魔法収納に入っていたであろう雑多な物が地に落ちた。
他にもあちらこちらで同じような現象が起きている。
死んだら、魔法収納に入れていたものはその場で放り出されるということらしい。
シオンは返り血を浴びた自分の裸身を見下ろした。
「あああああああああああ」
人を、殺した。
人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した。
シオンの思考はその事実だけに塗りつぶされた。
シオンの精神はついに許容を超え、ぷつりと世界をシャットアウトしたのだった。
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