第6話 戦え!

 ヒュンッ……ドス


 放たれた矢が馬車に突き刺さる。


「畜生、なんだってこう次から次へと災難が降りかかるんだ」


 ヤルスが悪態をつく。


 シオンは、もういい加減にしてほしかった。この世界に来てからというもの、自分はどれだけの災難にあったことか。

 だが、怯えるセイレーンを抱き寄せ、自分の恐怖心を紛らわせる以外に、シオンにできることはなかった。




 一行は一路東へ、アルバシア王国を目指していた。東のアルバシア王国、北のギアマール公国、南のグルモース教国の三択であったが、店主であるヤルスが頼れる伝手つてがアルバシアにあるらしい。

 ちなみに西は山脈が広がり、その向こうは海である。



 早朝にレッテンを出て数時間、昼休憩を経て馬車は街道をゆっくりと進んでいた。そこで襲撃を受けた。行く道をふさがれ、街道を外れて逃げようとしたものの、大型馬車であるために瞬く間に追いつかれてしまった。

 十五人ほどの盗賊グループである。



「護衛を雇うヒマがなかったのが災いしましたな」


 奴隷調教人がヤルスに言う。


「ああ、護衛がいないのを見て仕掛けてきたんだろう。しかしそれにしても数が多い。こんな規模の盗賊グループがあるなんて聞いたことねぇぞ」


「最近できたんでしょう。迷宮で行き詰った連中が装備と金を求めて堕ちたか。だとすればそこまで強くは無いかもしれません」


「……気休めだな。マルバド、奴隷共に武器を渡して戦わせろ。俺もC.C.Cシースリーを出したらすぐに加勢する」


「――わかりました、旦那。……おい、お前ら。あいつらに捕まったら男はこの場で殺され、女はたっぷり慰み者にされたあと結局殺されるんだ。覚悟を決めろ。武器を持って戦え!」


 奴隷たちは悲壮な顔をしながらも、その言葉が正しいと理解したのか、武器を手に外へと飛び出していく。

 こちらの人数は女も含めて十一人。とても太刀打ちできるとは思えなかったが、だからといってシオンたちは盗賊に勝つ以外に生き残るすべは残されていなかった。




「はっはあ。出てきやがったな。お前ら、油断なんてしてやがるとこっちもやられかねねーぞ、気合入れろよ。死んでも知らねーからな」


 盗賊の親玉らしき男が仲間たちに檄を飛ばしている。何人かは死んでもいいという覚悟で襲ってきているのだろうか。そうなったとしても分け前が増えるとでも思っているのかもしれない。


「くそ、C.C.Cシースリーはどこへ仕舞ったか。おいシオン、お前は残ってここらの荷をほどけ」


 ヤルスが自分も近くにある荷をほどきながら言ってくる。


「は、はい。わかりました」


 シオンは、C.C.Cシースリーがいったいなんなのかも教えられずに荷をほどきにかかった。


「それからセイレーン、お前は戦わなくていい。お前が死んだら大損だ。流れ矢に当たらないように隠れていろ。たいした戦力にもならないだろうしな」


 たしかに、セイレーンは体格的には小さな女の子だ。しかも飛ぶこともできない。もちろん、シオンたちが全滅すれば見つかってしまうだろうが、勝てる未来があったとすれば、ヤルスにとっては商人として再出発するための金づるなのだろう。


 シオンがそんなことを考えながら荷をほどいていると、


「それだ。こっちに渡せ」


 とヤルスが言ってくる。

 シオンは手元にあったキラキラとした石の入った腕輪のようなものをヤルスに渡した。


「よし、じゃあ外の加勢に向かうぞ。レッテンの商人が他の街の商人とは違うってことを思い知らせてやる」


 ヤルスが飛び出していく。

 シオンも、武器をもっていかねばならない。


「んー!」


 セイレーンがなにか言いたそうにしている。

 シオンがセイレーンの猿轡を解いてやると、


「シオン君、行っちゃダメです!」


 と縋り付いてくる。

 シオンはその手をやんわりと外し、


「でも、戦わない、みんな、死ぬ。なら、少しでも、勝つ可能性、上げる」


「だったら私も――」


「だめ。君は、隠れていて。きっと、護ってみせる」


 そういうと、シオンは短剣を掴んで外に飛び出した。




 外は思ったよりもひどい状況だった。

 こちらは奴隷が三人、盗賊は五人が死んでいた。これで数の上では七対十だ。

 善戦しているとも言えるが、こちらの、おそらくは最大戦力であった調教人が死に、あとの二人も男奴隷がやられていた。

 ほとんど男奴隷が残っていない。

 残るはヤルスとシオンを含めて男が三人、女奴隷が四人だ。

 


「おやおや、また増援かと思ったが、こんなにかわいらしいボウズが出てくるとはなぁ。お前は殺さずに楽しんでもいいなあ」


 盗賊の親玉が下卑た視線で言ってくる。


「さあ、もう終わりだ。男を殺せ!」


 盗賊が一気にかかってくる。


 シオンは必死に短剣を振った。

 めちゃくちゃに振ったが、敵の持った剣をまぐれで弾き飛ばすことに成功した。


 ちらりと見ると、ヤルスは二人を相手に互角に打ち合っていた。

 そこに女奴隷が、奇声を上げながら、まっすぐナイフを突き出したまま敵に向かって走り出した。


「ぐぼぉぁぁ」


 横合いから思いもよらぬ援護攻撃を受け、敵の盗賊が脇腹から大量の血を流す。

 しかし、女奴隷の一撃は敵を死にいたらしめるにはおよばず、刺した男に逆に斬られてしまった。


「ああああああああ」


 女奴隷はのたうち回って息絶えた。

 ヤルスはその隙を逃さず、弱った男を簡単に切り伏せていた。


「女は生かして捕らえるつもりだったが、こちらも損害がでけえ。もともとの目的は金と荷を奪うことだ。かまうこたぁねぇ、もう皆殺しにしちまえ」


 盗賊の親玉が部下たちに対して命令する。


 その言葉を受けて、シオンに向かってきている一人と、ヤルスが新たに相手にしている三人以外の四人が女奴隷に向かって行った。



「ふん、よくやったぞ。お前らもどうせ死なばもろともだ。突撃しろ!」


 ヤルスは女奴隷たちに言うが、目の前で起こった惨状を見て、女たちはすくみ上がっている。

 瞬く間に女奴隷たちは斬り殺されていった。


「ちっ、くそがあ!」


 ヤルスは三人を相手にし、じりじりと押されていた。

 シオンに向かってくる一人も剣を拾ってにじり寄ってきていた。

 もはやこれまでか、と思ったそのとき、

 

「待て!」


 と、その場に響き渡る声。


 それはその場にいる誰もが予想しない、女神の声だった。

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