第5話 出発するぞ
なぜこんな苦しい生活をしなければならないのだろう。
シオンはもうそんな考えすらめったにしなくなっていた。
いきなり気絶させられて、気づいたら奴隷として売られていた。
ステータスも、「クラス/なし ジョブ/奴隷」となっている。
幸か不幸か奴隷というジョブは、力に対して一〇%のボーナスが入るらしい。
奴隷というのは力仕事が多いからだろう。
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鷲獅子紫苑
人間 16歳 男 レベル: 1
クラス/なし ジョブ/奴隷
HP: 8.5/8.5
MP: 10.2/10.2
攻撃: 9.1 (8.3+0.8)
防御: 7.5
魔法防御: 9.0
敏捷: 12.4
器用さ: 11.6
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知性: 7.5
運: 6.0
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奴隷ジョブにより攻撃10%上昇
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これがシオンの今のステータスだ。
一〇%と聞いて、もしやと思ったら小数点以下が表示された。
他にも認識しないと出てこないステータスはあるかもしれない。
あれからもう一年以上が経過していた。
どうやらこの世界でも、前の世界と一年という期間にそう違いはないらしい。
シオンは売りに出される前にまずは言葉を仕込まれることになった。
といっても、丁寧に国語の授業をしてくれるわけではない。労働の合間に、奴隷としての仕込みを受けながら勝手に覚えろ、といった具合だ。
奴隷たちには調教人がおり、奴隷としての作法や物言いができなければ折檻するという単純な
シオンは当然、言葉が不自由であるため、他の奴隷よりも多く折檻を受けた。
他の奴隷は、仕込みが終わったら次々と売られていった。それが今のシオンよりも幸せなことなのかは、判断がつかなかった。
そんなシオンにも唯一、心安らぐ瞬間があった。
それはシオンに任された、商館の地下に檻に入れられて監禁されている獣人の女の子の管理する仕事をしているときだった。
「シオン、その仕事が終わったらセイレーンの世話をしてこい」
セイレーンと呼ばれたその女の子は、背中に髪と同じ、美しい蒼色をした羽が生えていた。ただ、その羽はシオンから見てもはっきりわかるほど小さく未熟で、とても飛べるような羽には見えなかった。背は一二〇センチほどしかなく、かわいらしい顔をしているが、これでもう大人らしく、シオンよりも一歳年上とのことだった。
地下に降りて行くと、セイレーンが声をかけてくれる。
「シオン君、おはようです」
セイレーンはとても美しい声をしていた。
「うん、おはよう」
同じ奴隷たちの中でも、このセイレーンに近寄るものは誰もいなかった。どうも、怖れられているようだ。
それは、この美しい蒼の羽、そして透き通るような美しい声が、恐ろしい魔物であるセイレーンの特徴と一致するかららしかった。
もちろん、この鳥獣人の子はあくまで鳥獣人であって、決してセイレーンではない。
そもそも本物のセイレーンとは似ても似つかない。しかし、ほとんど目撃例がない上、この地域に生息しないセイレーンを誰も見たことはないし、否定する材料はなかった。
シオンらには知るすべはないが、セイレーンは人型魔物とはいうものの、腕そのものが翼になっており、美しい声で惑わす、というよりは、認識を阻害する波長の鳴き声を発し、相手を
当然、店主であるヤルスは、この子がセイレーンという魔物ではないとわかっている。だが、突然変異でしかありえない青い色の髪と羽、そして澄んだ声は、物好きには高値で売れると踏んでいた。むしろ、セイレーンであるという誤解すら利用して売りにしようと考えていた。
そんなことなど知りもしないシオンはセイレーンの世話を喜んで引き受けたし、セイレーンも、生まれて初めて人間として接してくれるシオンにだけは心を開いていた。
世話をしている間、シオンとセイレーンは、いろいろな話をした。
セイレーンは、鳥獣人の集落で生まれたが、その蒼い髪と羽を気味悪がられ、しかも翼は未熟で育たなかったため、集落を追い出されたこと、子供ひとり群れの外で暮らせるはずもなく、奴隷商に捕まったことなどを打ち明けてくれた。
シオンも、未だに言葉はたどたどしいけれど、自分が外の世界から来たこと、自分の生い立ちなどをがんばって語った。
そんなある日、商館が一気に騒がしくなった。
どうやらこの地域一帯に大規模なガサいれが入るという情報を店主がつかんだらしい。
奴隷商は当然、きちんと認められている職業である。だが、この店はまっとうな商品だけを扱っているわけではない。
ヤルスは憲兵とのつながりはあるが、所詮下っ端役員とである。
上層部が突然決めたガサいれを先に知らせてくれただけでもヤルスは感謝せねばならないだろう。
「お前ら、馬車に乗り込め。一旦この街から離れなきゃならねえ」
地下室の檻やその他の物的証拠、奴隷たちを隠してしまうには時間もないし方法もない。ここは最低限の商品を連れて街を出て、別の街へ行くしかなかった。
「シオン、てめぇはセイレーンを連れて来い。他の奴隷共がビビっちまわねぇように
ヤルスの言葉にうなずき、シオンはセイレーンがいる地下へ向かった。
「どうしたです、シオン君? 上がバタバタ騒がしいようだけど」
セイレーンが聞いてくる。
「この店、憲兵が、調べに、来る。ボクたち、馬車で逃げる。他の奴隷、一緒。だから声、出しちゃだめ」
「――わかったです。一緒に逃げることは……できないの?」
たしかに、憲兵が調べにくるなら保護してもらうには好機だ。シオンもそれを考えた。
憲兵はここら一帯を虱潰しに探りをいれる。当然、あたり一帯を封鎖するが、今回は封鎖される前に脱出するわけだ。
「憲兵来るの、まだ先。それまで、店側の人間から、逃げ続ける、無理。言うこと聞くしかない」
「……それじゃ、仕方ないです。行きましょう」
「待って、布で口、塞ぐ。いい?」
「――そう、わかったです」
シオンはセイレーンに苦しくならないように猿轡をかませた。
「じゃあ、行こう」
シオンたちは地上へ上がった。どうやら馬車はもう用意されているようだった。
「おい、お前らで最後だ、早く乗り込め」
調教人が言ってくる。
シオンはセイレーンの手をとり、馬車へ乗り込んだ。
「ひぃ!」
他の奴隷たちがセイレーンを見ておびえている。
「大丈夫。この子、おどかさなければ、声、出さない」
奴隷たちはシオンがセイレーンを手なずけているのを見て、ようやく落ち着きを取り戻した。
「よし、じゃあ出発するぞ、街を出るまで声を出すんじゃねぇぞ」
ヤルスがそう言うと、馬車は街の外へと走り出したのだった。
その選択が、シオンだけに留まらず、一行にとって最悪の結果を招くことになるとは、このとき誰も知る由もなかった。
もっとも、彼らが街に残ったとして、それがより良い結果をもたらしたとは限らないのだが――。
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