第4話 商談成立だ
サルベスは考えていた。
この少年をどうするか。売って手に入れた金で装備を買う、というのは真っ先に思いついた案であるが、その直前、俺は何を考えていたか。
そう、こいつを俺の奴隷にしてパーティを組むのもアリなんじゃねぇのか?
借金奴隷は借金を返し終わったら解放せねばならない。せっかくパーティを組んで調子よく行っていても、いつかは解放しなきゃならないのでは振り出しだ。
それに比べてこいつを非合法奴隷にすれば、解放しないで済む。タダで手に入れたんだ、元手もかかっちゃいない。経費はかかるだろうが、これから上がっていく効率を思えば安いもんだ。
なにより俺はこいつを手放したくない。……こんだけの上玉だ。男でもかまわねぇ。
レッテンの街を一言で表すならば、煩雑である。
この街は一部、実力主義のようなところがある。
多民族、多種族が入り乱れる場所では、俺の故郷ではこれが正しい、いや俺の国ではこうする、などの主張が出てきて、どちらが正しいかの判別が付きにくい。
もちろん、どこの国でも犯罪である行為に関しては取り締まられるが、ローカルなルールに当たる部分では当人たちで解決するべき問題なのである。
ならば実力が高いものが我を通しやすいのは自然の成り行きだろう。
また、ダンジョンへ挑む冒険者が多く、その分、冒険で親を亡くした子供も多い。街のほとんどがスラム街と言っても過言ではない。
サルベスは奴隷商人を訪ねた。もちろん裏の商売をやっているところだ。以前、どれくらいのものか、金の目星をつけようと金額だけ調べにきたことがあった。もちろんすぐにあきらめたが。
店に入ると、奥から店主がやってくる。サルベスより少し年上、三十路くらいのやり手そうな細面の男であった。
「いらっしゃいませ。私が店主のヤルスと申します。本日はどういったご用件で?」
「ああ、実はこのガキに奴隷紋と首輪を施してほしい」
「これは上物ですな。お客さん、この子、どこで手に入れたんで?」
「そんなことはどうでもいいだろう」
店主の、もともと細い眼がさらに細くなる。
サルベスは奴隷契約さえできればそれでよかったのだが、店主に剣呑な雰囲気が漂い始めた。
「どうでもよくはありませんよ。たしかにこの店は非合法な商品も扱っていやすがね。お客さん、この子はあたしが見る限り、ちと訳アリがすぎるんじゃありませんかね?」
サルベスは簡単にはいかなくなったことに気づいた。
「た、たしかにこいつぁ訳アリだが、そこまでじゃあねぇよ」
「お客さん、この子、転移者だろう?」
しまった、とサルベスは思った。浮かれて着替えさせてもいなかった。この子供の服は商人が見れば一発で転移者と判断するに充分だったらしい。
「そ、それがどうしたんだよ。こいつは俺が保護したんだ、転移者だろうがなんだろうが、俺のものにしてなにが悪いんだ」
サルベスは開き直った。
「ええ、ええ。かまいませんとも。しかしね、お客さん、この子があたしらの言葉を話せないのも理解してますかね?」
その言葉を聞いた瞬間、サルベスに衝撃が走った。たしかに、不意打ちで気絶させてから、少年は目を覚ましていない。言葉も聞いたことが無い。その可能性は充分にあった。
そもそもあの全く意味もわからない壁の文字を読んでいたのだ。言語が違うのは間違いなさそうであった。
「その様子じゃ、今気づいたんですか。それじゃ、奴隷にするにしても、どれだけ苦労するかわかりませんねぇ。そこいらの表で異世界の言葉でしゃべられちゃ、さすがに憲兵が事情を聞きにくるかもしれませんよ」
店主の言葉は妥当であった。そして脅しでもあった。裏の商売をやっているからといって、憲兵と繋がりがないわけではない、と言葉の中に含んでいるのだ。
このまま引き返せば、どうなるか。
サルベスは自分が取らぬ狸の皮算用をしていたことを理解したのだった。
「そ、そうか。じゃあ、こいつを買い取ってくれるわけにはいかねえか」
「ええ、そうしたほうがよろしいでしょうな」
本当は売りたくなんかない。しかし、売らざるを得ないように話を持っていかれたのだ。
サルベスの言葉に店主は、ことが自分の思い通りに進んだことに口の端をゆがめて笑った。店主は、慣れた手つきで少年の体を隅々まで調べあげ、こう言った。
「ほう、これは奇形ですな。言葉を教える手間もかかりますし、このくらいになりますな」
といって、指で金額を示す。
「銀貨五十枚だと……!? なんくせつけて足元見やがって!」
サルベスはさすがに怒りがこみあげてくる。暴れてもいいんだぞ、という雰囲気を出す。もちろん
「やれやれ、お客さん、あまり迷宮都市の商人をなめないほうがよろしいですよ」
サルベスはその言葉にハッとさせられる。ヤルスは、自分が低レベルなどではないと宣言したのだ。その可能性について考えていなかった。迷宮の近くで商売するなら、暴力に屈しない実力が必要なのだ。ただ商売がしたいだけなら、この街ではなく三つの国のどこへでも行けばよいのだ。
「ただまあ、お客さん。お互い先ほどのことは忘れて、今後も
七十枚だって本当はとんでもなく安く買い叩かれているのはわかっていた。しかし、サルベスはその言葉に頷くしかなかった。
「わかった。それでいい」
「商談成立だ」
サルベスは悔しくてたまらなかった。あの少年は自分のものにできたはずだった。そして奴隷を手に入れた自分はどんどん稼ぎを増やし、もっと奴隷を手に入れ、いつかはダンジョンだって攻略できたはずだった。
いや、あきらめられるはずもない。いつか手に入れてやる。あの少年が奴隷として仕込まれて売られるまでに稼いで、あの少年を買えばいいのだ。
そのためにこの金を元手に、アレを買うのだ。とても手が出ないと思っていたが、こうして頭金は手にはいった。
そう、アレさえ――C.C.Cさえ手に入れれば有名パーティに入れるかもしれない。
サルベスは翌日から、まじめにダンジョンにもぐり、貯金をはじめたのだった。
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