第303話 鬼の形相

 正式な通行許可証をもらった俺は、


「どこか行ってみたいところがあるのではないですか?」


 という如月の問いに対して、


「奥宇奈谷刀を造っている鍛冶屋を尋ねたい」


 と答えた。

 すると、彼女は最初、少し驚いたような表情をしていた。

 そして俺の瞳をじっと見つめた。


 それは、とても真剣な表情で……まるで俺の真意を探ろうとしているかのような視線であり、心の内を見透かされているようにも感じた。

 数秒間、それが続いた後、


「……拓也さん、あなたは本当に悪意のない、純粋なお方なのですね……奥宇奈谷刀に対する好奇心と、そして売り手、買い手の双方に利がある商売にだけ興味がある……そんなふうに感じられました。だから……大丈夫だと思いますよ」


「……大丈夫って、何が?」


「その……奥宇奈谷刀は、言うなれば戦の道具です。使い方によっては、罪のない人を傷つける凶器にもなります。戦国の世ならいざ知らず、今は、太平の世となっていると聞きます。それなのに刀剣を求めるということは……」


「……なるほど、きな臭いものを感じるっていうことだね」


「いえ、もちろん、拓也さん自身にそういう、なんていうか、悪い企みみたいなものは感じられないのですが……」


「そうだな……例えば、俺が取引している相手が、奥宇奈谷刀を悪用するかもしれないって考えたんだな。確かに、俺は松丸藩の依頼によりここに来ているけど、その松丸藩に対して刀剣を売るつもりじゃあない。じゃあ、一体誰に売るのかっていうことになるんだけど……まあ、それに関しては心配ないよ。そういう、純粋にこの時代の刀剣に興味がある……まあ、いわば仙界の好事家に買ってもらおうと考えているだけだよ。人を傷つけるために使用されることは、絶対にない」


 これは本当のことだった。

 現代では決してメジャーな存在ではない奥宇奈谷刀を欲しがるのは、江戸時代のいろんな古美術品を収集している、俺のスポンサー的存在でもある、大金持ちの羽沢一輝はねざわかずきさんだ。


「それに、それでも信用できないって言うならば、それは無理にとは言わないよ。商人は信用第一だ。取引できるようになるまでに時間がかかるなら、それはそれで構わない。そうだったとしても、この村に物資を届けるっていう仕事は続けていくつもりだしね」


「……本当に、純粋な人なんですね……わかりました。できるだけのことはしてみます」


「……できるだけのこと?」


「はい。その……奥宇奈谷刀を造っている人は、なんというか、とても気難しい人なので……我々の村の人間でも、本当に信用できる人としか話すらしないのです」


 彼女のその言葉に、俺は少しだけ、顔を引きつらせた。

 それから約三十分後、彼女は約束通り、俺を奥宇奈谷刀の制作現場へと案内してくれた。


 点在する集落から、さらにぽつんと離れた場所に存在する、古い作りの建物だ。

 モクモクと煙が立ち上っているのが分かる。


 カーン、カーンという、刀を鍛える音が、かなり遠くからでもはっきりと聞こえていた。

 その音が聞こえているということは、つまり、そこで作業をしているということだ。

 さっきの如月の言葉で、かなり気難しい人物であることは分かっている。

 ちなみに、如月自身は大丈夫なのか、と聞いてみると、


「私には、小さい頃からわりと普通に話しかけてくれます。でも、『大した用もないのに仕事場には近づくな』と時々叱られていたので……今日は、用があるから大丈夫だとは思いますけど……」


 あまり人見知りしないと思われる如月でも、その人物のことは苦手のようだ。

 気難しい刀鍛冶か……けれど、逆に言えば、ここで気に入ってもらって商売が成立すれば、今後何かとやりやすくなるんだけど……。


「……でも、君が嫌なら、無理にとは言わないよ」


「……いえ、お塩の恩があります。だから、ここは是非お役に立ちたいです!」


 塩なんかで、そんなに恩義を感じる必要ないんだけどな……。


 とりあえず、俺と如月は、その建物の玄関にたどり着いた。

 そして彼女が、何度かその刀鍛冶……南雲さん、という名前を口にしたのだが、誰も玄関に姿を現そうとしない。

 また、さっきまで聞こえていた、刀を鍛える音も、いつの間にか聞こえなくなっていた。


「……仕事で忙しいのかな? だったら、無理に今日、会う必要はないんだけど……」


「……そうですね……あれ? 向こうの小屋、扉が開いてますよ」


 彼女が指さす方向には、確かに長屋程度の小屋が存在しており、その扉は半開きになっているようだった。


「あそこにいるかもしれません……行ってみましょう!」


 彼女が積極的に、俺の手を引っ張っていってくれる。


「いや、その……気難しい人なんだろう?」


「はい、でも……お役に立ちたいですから」


 彼女も、結構義理堅いんだな。


 小屋の入り口の前に立つ。

 半開きの扉の前で、先ほどと同様に如月は「南雲」という名を呼ぶが、反応がない。


 少しだけ、扉の中をのぞき込んでみた。

 中は暗く、外が明るかったので目が慣れるまで、ほとんど何も見えなかったのだが……しばらくして、その中の様子を見た俺は、


「……凄い……なんだ、この数の刀剣は……」


 そこには、おそらく百を超える刀や槍が、所狭しと並べられていたのだ。


「……誰だ、そこにいるのはっ!」


 恐ろしげな、大きな声に、俺も如月も、仰天して振り返った。

 するとそこには、こちらに向かって全力で走ってくる、鬼の形相をした大男の姿があったのだった――。

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