第302話 2人の門番
かずら橋を渡った俺と如月は、細い山道を二人だけで進んでいく。
たまに滑りやすい段差のある場所などは、俺が先に歩いて手を引いてあげた。
如月は、一人でも大丈夫だと言っていたのだが、ついつい手を貸してしまう……別に、彼女と手つなぎたいわけではなく、純粋に心配だったからそうしてあげただけだ。
しかし、これが同年代の男の子だったらそうしていたかと考えると、そうは思わないわけで……まあ、男なら手を貸す必要なんかないし、俺が女好きっていうわけでもないだろう。
そんなくだらないことを考えながら如月と一緒に歩くのだが……ふと、彼女が俺を見て微笑んでいるので、まさか、俺の心の中をすべて見透かされているってことはないだろうな、と少し心配になってしまった。
そうこうしているうちに、今度はさっきよりも数段立派なかずら橋にたどり着いた。
向こう岸までの距離も長いが、それに比例して橋の幅も二人並んで歩けるぐらいに広くなっている。
そしてその手前には、槍を持った二人の男が立っていた。
一人は十代後半ぐらい、もう一人は二十代前半ぐらいだろうか。
のんきに談笑していたが、俺たちが背後から近づいているのに気付き、慌てて槍を構えて警戒した。
「イツさん、ムツさん、大丈夫ですよ。この方は、前田拓也様。松丸藩のお役人様に、特別の任務を命じられて、わざわざこの地を尋ねてきてくださった方ですよ」
明るく笑顔でそう説明する如月。
「……いや、しかし、まさか後ろから来るとは……この橋を渡らずに奥宇奈谷の集落にたどり着けた者など、この数十年、一人も居ないというのに……」
二人とも目を見開いて驚いている。槍も構えたままだ。
剣術道場の見学を時々している俺から見ても、なかなか堂に入っている構えだ。
たぶん、かなりの腕前なんだろうな……少なくとも、生兵法しか身につけていない俺よりは強いだろう。
だからこそ、この村にとっての重要拠点であるこの橋の監視をまかせられているのだろうけど。
「前田様は、村の裏手の崖を登ってこられたということですよ」
「な……まさか、あの崖を? それこそ、何百年もそのような者はいなかったはずだ……」
二人とも、ますます驚きで目を見開いていた。
「拓也様は、『仙人』様なので……それで、二人にもご紹介しようと思って、ご足労いただきました。拓也様は商人様でもありますので、あの崖崩れが復旧しましたら、この橋を通ることもあるかと思います」
ここに来る途中、この橋を守る門番にも紹介したい、と言われていた。
まあ、俺が一人でふらふらと村内を散策して、偶然この場所まで一人で来ていて、この二人の門番に見つかれば、掴まるか、最悪槍で刺される可能性があったわけで……なるほど、彼女に案内してもらい、顔合わせができて良かった。
「……まあ、如月がそう言うならば、悪人ではないんだろう……前田様、といいましたね。失礼しました。村の平和を守るのが我らの役目なので、正規の手続きを行っていない者は村に通すことはできないんです」
二人の門番のうち、真面目そうな、若い方の男が、構えていた槍を納め、頭を下げてきた。
「いえ、こちらこそ、なんの連絡もなく突然村を、それも裏手から訪れたので……すみません、普通の道じゃあ、崖崩れに阻まれていて、来ることができなかったので」
と、俺も頭を下げる。
「……まあ、俺たちは如月が悪者じゃないって認めているなら、それを信じるだけだよ。なかなか男前の兄ちゃんじゃないか……外から来たんだろう? だったら、如月、相手をするのか?」
もう一人の、少し年上っぽい男は、かなり砕けた雰囲気で、からかうようにそう如月に声をかけた。
愛想がいいといえばそうだし、不真面目そうといえば、そう取れなくもない。
彼の言葉に、如月は少し赤くなって、
「いえ、前田様は奥様がいらっしゃるということですし、この村の風習も知らなかったっておっしゃっていますし……そういうことにはなりませんよ」
と反論した。
「……そうか。そりゃあ残念だったな……前田殿と言ったな……まあ、気が変わったら如月の相手をしてやってくれ」
その男は笑いながらそう言った。
俺と二人の門番……イツさん、ムツさんと、改めて挨拶を交わし、そしてさっき話に出てきた正規の手続き、というものを取り交わした。
松丸藩の東元安親殿にもらっていた身分証を見せ、自分が怪しい者でないことを示した。
本来は身分を確認した上で、長老に会わせて面談し、悪人ではないと判断されて初めて、この村に出入りするための通行許可証が発行されるのだという。
その許可証そのものは、如月が、すでに長老から預かっており、その長老の署名もほどこされていた。
しかし、それだけではダメで、確認した門番の署名も必要という、実に厳重で面倒な手続きが執り行われた。
如月がこのメインのかずら橋まで俺を連れてきてくれたのは、道案内だけではなく、門番との顔会わせと、通行許可証の発行が目的らしかった。
そして、この許可証の発行自体、実に三年ぶりになるということだった。
こうして、俺はやっと、この奥宇奈谷にとって、正式な客人、取引可能な商人と認められた。
ただ、俺はこの門番二人、特に真面目そうな若いイツが、俺に対して敵意を持っていることに、薄々気づいていた。
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