第301話 かずら橋

 如月と俺の二人きりでの、村内探索が始まった。


 といっても、日も高いし、如月も純粋に案内してくれるだけなので、決してやましい雰囲気があるわけではない。

 彼女は、ある程度人の心が読めるという。

 ということは、俺にそんな気がないことは重々承知しているはずだ。


 ……いや、実は心の奥底では、相当な美少女である彼女と二人だけの、デートのようなこの探索にドキドキしているわけで……それを無理に隠そうとしていることまで把握されているかもしれない。


 しかし、そんなことは気にしても仕方ないし、知られたら知られたで開き直ればいいのだから、まったく考えないことにした。


 そんな俺に対して、如月は、すっと馴染んできた。

 初対面で、まだ出会ってから数時間も経っていないというのに、まるでずっと以前から顔見知りのように打ち解けている。


「拓也さん、あれが蕎麦を作っている畑ですよ」


 指差された方向を見ると、やや傾斜した、なだらかな広い土地、鮮やかな緑の葉の上に、清楚な白い花が一面に咲いている。


「おお、すごい……なるほど、これが奥宇奈谷の生活を支えてきた蕎麦畑か……」


 蕎麦は、比較的痩せた土地でも実をつけるという。逆に、あまり湿った土地では栽培に適さない。

 単位面積あたりの収穫量は少ないが、稲作が不可能なこの地域で、貴重な食料として代々、大事に育てられてきたのだろう。


 作業しているおばさんは、俺の姿を見て多少驚いていたが、如月と一緒というだけで、何の警戒心も持たず挨拶してくれた。

 俺も会釈を返して、作業の邪魔にならないように先を急いだ。


 少し進むと、深い谷が刻まれている地点へとたどり着いた。

 っていうか、ここも断崖絶壁じゃないか……。


 下をのぞき込むと、数十メートル下に清流が存在するが、その水流は少なく、浅い。

 その周囲は大きな岩がむき出しになっており、落ちたら絶対に助からないだろう。


 三十メートルほど先もまた断崖になっていて、そこから先にも道が続いているようだが、そこまでたどり着くには、幅五十センチほどの、細い細い、「かずら橋」を渡らなければならない。


 これはその名の通り、植物の「かずら」をロープ状にしてできた吊り橋で、橋床には幅五センチ程度の木材が、梯子状にならべられており、その隙間は広く、直下の川面や岩がそのまんま見える。

 踏み外したら、真っ逆さまに転落してしまいそうだ。


 しかも、それらをつなげているのは植物の蔓である「かずら」で、なんとも頼りない。

 如月には、ビビっている俺の心中が見透かされているようで、


「大丈夫ですよ……そうだ、私と手をつないで渡りましょう!」


 と、華奢で白い手を差し伸べてくる。

 うん、この娘は結構な小悪魔かもしれないな、と思いつつも、ここはその好意に甘えることにした (安全に橋を渡るため)。


 しかし、渡り始めると、これがまた風もないのによく揺れる。

 足を踏み外しそうになり、思わず


「うわあぁ!」


 と声を上げて、手すりとなっている「かずら」に掴まる。

 すると、手をつないでいた如月の方がバランスを崩し、


「きゃあ!」


 と、俺の体に抱きついてきた。

 その勢いで、さらに橋が大きく揺れる。


 もう、俺の心臓はバクバク音を立てている。

 それが、自分自身が落ちそうになった恐怖からなのか、彼女が危険な目に遭ってしまったことによる焦りなのか、もしくは、抱きつかれたことの驚きからなのか……。


 しばらくして揺れが収まると、いろんな思いで複雑な表情をしていたであろう俺の顔を見た如月は、吹き出して笑っていた。

 俺もつられて笑ってしまう。


「……ごめん、迷惑をかけた。手をつないでたら、かえって危険だな……俺なら大丈夫。もし足を滑らせて落ちても、仙術が働いて、落ちて死んだりはしないから」


「そんな、迷惑だなんて……でも、そんな便利な仙術があるのですか?」


「君は、俺がウソをついているかどうか分かるのだろう?」


 俺が真顔でそう言うと、彼女は俺の顔を至近距離で真剣に見つめた。

 う……かわいい。


 顔が熱くなるのを感じていると、それを察したのか、彼女の方もすこし頬を赤らめた。


「……本当みたいですね。仙術って、凄いんですね……ひょっとして、空を飛べたりもします?」


「いや……まあ、仙界に帰ればそういう乗り物もあるけど、こっちには持ち込めないから」


「えっ……私、冗談のつもりだったのですけど、本当に空を飛ぶ乗り物、あるのですね……」


「ああ、あるよ。しかも、少なくともこのかずら橋よりずっと安全だよ」


 その言葉に、如月はまたクスクスと笑って、俺もそれにつられて笑ってしまった。

 ……いけない、あんまり仲良くなりすぎると深みにはまってしまいそうだ。


 俺は気を引き締めて、気合いを入れて「かずら橋」を渡りきった。

 最後の一歩、先に渡りきっていた彼女が手を引いてくれて、


「お疲れ様でした。楽しかったですね」


 と笑顔を浮かべる……そのかわいさに、また少し、やられてしまった。

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