第288話 平家の末裔

 奥宇奈谷へは、歩いて最低三日かかるという。

 それも、道が倒壊していないときの話だ。


 そんな山奥でも、以前は行商人が荷物を抱えて通っていたというのだから、その商魂のたくましさには恐れ入る。

 とはいっても、雪が積もる冬の期間や、酷暑の季節はさすがに行くことができなかったというが。


 その行商人だが、奥宇奈谷を定期的に訪れる者は、わずか五人ほどのようだった。

 主に持って行くものは、生活必需品である塩や、現地の人には贅沢品となる魚の干物、それにわずかながら米も持って行っていたという。


 なぜ米なのか、と思ったのだが、奥宇奈谷ではその地形の関係上水田が作れず、米は一切穫れないのだという。

 では、村人は何を食べて生活していたのだろうかと思ったのだが、彼らの主食となる穀物は蕎麦とのことだった。


 また、それでは、年貢はどうやって納めていたのだろうかとも考えた。

 蕎麦の実を納めようにも荷車さえ通れないような山道、運ぶだけで大変な労力になってしまう。


 行商人の一人に話を聞いてみると、農産物に関しては特別に免除になっていたのだが、その代わりに質のいい刀剣を納めることになっていたのだという。

 刀剣の類いであれば、それほどかさばらず、そして価値も高い。

 良質の砂鉄が採取できる奥宇奈谷では、片刃の刀『奥宇奈刀』が特産であり、よく切れることで人気があり、高値で取引されるらしかった。


 なぜそんな山奥にそれほどの技術が存在していたのか。


 実は、この地方の人々は、平家の末裔なのだという。

 源平合戦で敗れ、落ち延びた平家の武士たちは、ここまでは追ってこないだろうという秘境の地、奥宇奈谷を住処とした。


 しかし、彼らは常に、源氏の追っ手に怯える暮らしだったのだという。

 そこで源氏の襲来に備えて装備を調え、武芸にも励んだ。

 何代にも、何百年にも渡って。


 今でもその名残として、武具を作る技術が受け継がれ、独自の剣術の鍛錬も怠っていないらしい。

 もちろん彼らとて、今では源氏の勢力が攻めてくるということはないと知っている。

 それでも、ずっと受け継がれてきた伝統として、戦火に巻き込まれることなきよう、今でもわざと村までの道を険しくし、外界との行き来を厳しく制限して、独自の文化を築きあげているのだという。


 しかし今回、その制限が裏目に出た。

 唯一の連絡道だった山道が、大規模な崖崩れにより、修復不能なほどの大ダメージを受けてしまったようなのだ。


 こうなってしまっては、村人たちの安否情報すら把握できない。

 そこで俺の出番となったわけだ。


 少しずつ進んでいって、腕時計型時空間移動装置『ラプター』で地点登録を繰り返せる俺ならば、秘境である奥宇奈谷にもたどり着けるはずだ。

 ただ、最近出没するという山賊には気をつけねばならないが……。


 奥宇奈谷で特に困っていると思われるのが、やはり『塩』のはずだと聞かされた。

 米は、必要とされるのはほんの少量。食用ではなく、何かの神事に利用するのだという。


 その他にも、意外にも『文(ふみ)』、つまり手紙の運搬も任されることがあるらしい。

 どの時代、どの地方でも同じだが、不便な山奥を出て、町での生活に憧れ、それを実践する者もいる。そんな彼、彼女らが、故郷に宛てて文を出すことは、自然なことだろう。


 しかし、それらも今は届けることができず、貯まってしまっているという話だ。

 うーん、やはりこんな気の毒な状況ならば、俺が赴いてなんとかするしかないような気がする。


 といっても、大規模な崖崩れが原因なんだったら、俺でもなんにもできないかもしれないのだが……。

 とにかく、現地を訪れて様子を見てみるしかない。


 俺は実際に奥宇奈谷に物資を運んでいたというその行商人の一人に、そこまでの道順を記した大雑把な地図を渡してもらった。

 本当に大雑把なのだが、目印となる村の奥の山頂はかなり標高があり、また、独自の形状をしているので、わりと遠くからでも確認できるらしかった。


 それと、その五十歳近い行商人からは、気になることを言われた。


「兄ちゃんは若いから、もし無事にたどり着くことができたら、気に入られて『特別な』歓迎されるかもしれねえな……」


 それに対して、俺は


「特別って、どういうことですか?」


 と尋ねたのだが、


「ま、それは行ってみてのお楽しみだよ……俺も若い頃は、ずいぶんといい目を見させてもらったもんだよ」


 と、ニヤニヤしながら言われたので、なんか凄い気になった。


「それって、危険なことじゃあないんですか?」


 とさらに食い下がると、


「とんでもない。そんなことを言っちゃあ、バチが当たるってもんだよ。あの村にとっては、すごく大事なことなんだ」


「だったら、もったいぶらずに教えてくれてもいいんじゃないですか?」


「いや……それが言えねえんだ……そういう約束っていうか、契約っていうか……そうそう、うかつに口に出してしまうと、『祟り』を受けるかもしれねえ」


「……祟り?」


 不気味な言葉に、俺はちょっと寒気を感じた。


「はははっ、そんなにビビることじゃねえって。大丈夫、約束を守りさえすりゃあ、いい思いだけさせてもらえるよ……そういやあ、あの村には何人か年頃の、きれいな娘がいたな……ま、俺はもう歳で、相手にされねえし、山賊も出るようになったったという噂だし、道が元に戻っても行くことはねえだろうがな……」


 結局彼は、最後まで真相を語ってくれることはなく、釈然としない思いを抱きながら、俺は旅に出たのだった。

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