第265話 黒鯱を燃やせ

 薰達が宴の席から退出してから、約一刻(二時間)後。

 さすがに皆、飲み疲れたのか、ぐったりしていた。


 中には、旅籠から来た二人の男のように、眠ってしまっている者もいた。

 そんな中、その緊急の知らせは、夜回りをしていた剣術道場の門下生達からもたらされた。


「民家の脇に、筵をかけられた二人の男が横たわっている。剣術道場で寝泊まりしていた徹さんと、登さんだ」


 その知らせに、俺は眠気が吹き飛んだ。

 それは、あれだけ酒を飲んでいた海留さんも、そして源ノ助さん、さらには三郎さんも同様だった。


 俺達四人は、急いでその現場に急行した。

 倒れていた二人は、共に意識が朦朧とした状態だった。

 そして首筋には、どす黒いあざ、その中心には、小さな針が刺さっていた。


「……こいつは、毒……麻痺の吹き矢だ。どこか建物の陰から撃たれたか……」


 三郎さんが顔をしかめる。


「毒? 麻痺? ……二人は、助かるんですか?」


「今すぐ、解毒剤を飲ませればな……お蜜に持ってこさせよう」


 三郎さんは、そう言って無線で緊急連絡を取る。

 そしてその様子を見ていた海留さんが、大きな声を上げた。


「徹爺、登……薰はどうした!?」


 その言葉を聞いて、背筋に冷たいものが走り、腕には鳥肌がたった。

 俺は緊急で、女子寮に連絡を取る。

 深夜、それも滅多にかかってくることのない緊急連絡だったが、お梅さんが、恐る恐る、という感じで出てくれた。


「お梅さん、夜分すみません! そちらに、薰は帰っていませんか?」


「えっ、薰、ですか……いえ、今日の宴に出たっきり、まだ帰って来ていないはずですけど……」


 俺の鼓動が、ドクン、と嫌な音をたてて跳ね上がるのを感じた。


「……三郎さん、薰は女子寮に帰っていないそうですっ!」


「……なんてこった……こいつはやられたな……」


 そのつぶやきに、海留さんが反応する。


「やられたって、どういうことだっ! 攫われた、とでもいうのか!?」


「ああ、多分そうだろう……この二人に話が聞ければ確実なんだが……」


 三郎さんはそう言うと、腰の袋から、油紙につつまれていた、小さな濡れた布きれを取り出し、それを登さんに嗅がせた。なにか、気付けの薬のようだ。


「うっ……ぬっ……」


 少しだけ目を開けた登さんは、体を起こそうとして、そしてまた倒れた。


「……何か……懐に……入れられている……」


 かろうじてそう声を出した登さん。

 それを聞いて、すぐに三郎さんは、登さんの懐をまさぐり、そしてそこに忍ばされていたものを取り出した。


「……これは、ふみか……」


 三郎さんは、それを苛立っている様子の海留さんに差し出した。

 すると彼は、それを奪うように受け取ると、急いで広げて中身を確認し、そして自虐的な笑みを浮かべた。


「……確かに、これはやられたな……薰は、もう帰っちゃこねえ……」


 その恐ろしい言葉に、俺はさらに血の気が引くのを感じた。


「……そ、そんなバカな……何があったというのですか! ついさっきまで……」


 そんな俺に、海留さんは文をよこしてきた。

 俺は慌てて受け取り、その内容を読んで、愕然とした。


『娘を生きて返して欲しければ、黒鯱を燃やせ』


 ぞくん、と、全身を駆け巡るものがあった。

 今、薰が悲惨な目に遭っている……もしくは、これから確実に遭ってしまう……それだけは理解できた。

 その事実に、絶望と、そして怒りを覚えた。


 しかし、それと同時に、冷静に物事を考える自分もいた。


「海留さん……今から俺は、薰を救出するために、全ての力を使います。俺は約束する。必ず、どんな手を使っても、薰を助け出してみせると!」


 俺の、決意を秘めたその言葉に、海留さんは目を見開いていた。


「……しかし、この状況でそんなことが……」


「バ○スッ!」


 一刻を争う俺は、海留さんの言葉が終わらぬうちに、その場を緊急離脱していた――。

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