第244話 事業見学①

 翌日の朝。


 薰は、道着を着て、お梅さんに連れられて剣術道場にやって来た。

 食事は、既に女子寮で済ませているという。

 味噌汁や干物付きで、とても旨かった、と笑顔で話していた。


 この日も、サラシは巻いていたが、前日までとは違ってあまりきつくしていないのか、胸の膨らみが分かる。

 髪も、昨日はどちらかというとボサボサだったのが、綺麗に櫛で梳かされて、後ろでポニーテール風にまとめられているので、ちょっとボーイッシュで日に焼けた少女、というような感じだ。


 なんかもう吹っ切れたのか、女であることを隠そうとはしていない感じだ……うん、お梅さんの言うとおり、本当は普通に女として見られたがっていたのかもしれない。


 徹さんも、登さんも、彼女を見て、満足げに微笑んでいた。やはり、この二人にとっても、女の子でいて欲しかったのだろう。


 そして、俺は夜の内に、三郎さんから徹さんと登さんの密談について聞かされている。

 まだはっきりしたことは分からないが、


1.最初っから俺に近づくことが目的だった

2.何らかの情報収集を行おうとしている

3.俺を女好きと誤解? して、薰を送り込んできた可能性がある?

4.海賊団と何らかの関連があるらしい

5.松丸藩でも何か暗躍しているらしい


 と、怪しいことだらけだという話だ。

 そして薰については、俺が親身になって心配している時点で、既に相手の策略にはまってしまっていると、三郎さんには笑われてしまった。


 なお、現時点では、三人が敵か味方か判断が付きかねる、ということだ。


 彼等が乗っていた船については、阿東藩の腕の立つ船大工に見てもらったのだが、傷みが相当酷く、また乗れるように修理するには最低でも二十日以上かかるらしかった。


 しかし、彼等は修理に支払えるだけの金を持っていない。

 そのかわり、どんなきつい仕事でもするから、しばらくこの阿東藩で留まらせてもらう事はできないか、と懇願してきた。


 俺達は、彼等が何かの情報を集めようとしていることを知っている。

 しかし、ここはあえてそれに気付いていないふりをして、どんな行動を取るのか観察してみるのもいいだろう、と、三郎さんとも話ができていた。


 そこで、とりあえず阿東藩の、特に俺が実践している事業を見てもらうのがいいだろう、場合によっては仕事を紹介することになるかもしれないから、という流れになった。


 剣術道場や女子寮から一時的に出ることになる。

 そこで、案内役(兼見張り)ということで俺と三郎さん、お梅さんに加え、いわゆる『くの一』のお蜜さんにも参加してもらう事になった。


 ちなみに、薰は男女どちらが着てもおかしくない、旅館で使うような浴衣に薄い羽織りを重ね着、という格好で、近づいて見れば女と分かる、微妙なところだ。

 口紅もさしておらず、化粧もしていないが、少女と分かっていてよく見れば、やはり可愛い。


 そして親、子、孫の三人揃って、阿東藩を練り歩く。


 まずは、早めの昼食を兼ねて、まだ開店前の前田美海店へ。

 料理長も含め、店員が全て女性という構成も驚かれたが、それよりも、出された料理のクオリティに驚愕された。


 最初に出されたのは、『木の葉丼』だ。

 これには親子丼の鶏肉の代わりに油揚げを使っており、その他にもカマボコやネギなどで色とりどりに飾られている。


「こ……この黄色いの、まさか玉子か? こんなに贅沢に玉子を使うなんて……」


 薰の表情は、驚きに満ちていた。

 この時代、玉子はとても貴重な、贅沢食材だ。それをこれほど使っているために、他藩から来た者ならば信じられなくて当然だ。


「ああ、鶏を沢山飼っているんだ。それも、大きな玉子を毎日産んでくれる特別な鶏だ」


「ま、毎日……それって、ひょっとして仙界の鶏?」


「うーん……まあ、そういう事にしておいてもらえるかな」


 品種改良された現代の鶏。この当時の人達からすれば、仙界の特別な生き物、と勘違いしてもおかしくはない。

 いよいよ薰は、俺の事を本物の仙人と誤解したに違いない。

 その後も、アジフライや、茶碗蒸しなど、この時代の人には馴染みのない料理に、三人は驚愕しきりだった。


「薰……俺達は本当に凄い人と知り合いになれたようだな。前田拓也殿……まさに大仙人、そして大商人だ。これほどの料理を出す店を構えており、しかも、これがいくつもある前田殿直営店のひとつに過ぎない、というのだからな……」


 なぜか登さんが自慢げにそう語った。


「ああ、驚いた……けど、噂と全然違う……」


「噂? ……まあ、俺は他の藩ではかなり悪評が多いようだからな……」


 俺は冗談で、自虐的にそう言ったが、それを薰は真に受けた。


「……本当に大間違いだった……みんな、なんでこんなに楽しそうに働いているんだろう……」


 彼女の給仕達を見る眼差しは、羨望のそれに変わっていた。

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