第245話 事業見学②

「あら、薰もここで働きたくなったの?」


 彼女がうらやましそうに給仕の女性達を見ていた様子に、お梅さんが少し意外そうに声をかけた。


「いや……男みたいに育てられた俺には、こういう……なんていうか、気遣いがいるような仕事は無理だ。料理もできないし、敬語もうまく使えないし……力仕事とかなら自信があったんだけど、でも、やっぱり男には勝てない……だから、ここにいるみんながちゃんと仕事していることが凄いと思う。けど……みんなずっと動き回ってて、楽な仕事とは思えないのに、こんなに楽しそうにしているのが不思議で……拓也さんがいるから、そういうふうに見せているだけとか?」


 薰が、結構切り込んできた。


 その様子に、従業員達は一瞬顔を見合わせたが、すぐに笑顔になった。


「いいえ、私達は、本当に楽しいから、楽しそうに見えて当然なの。もちろん、基本的にはずっと立ちっぱなしで大変だし、失敗して落ち込んだりすることもあるけど、何日かおきに休みも貰えているし、すごく働きがいのある仕事だと思ってるの」


 給仕のお里が、笑みを絶やさぬままそう言った。


「……それに、さっき薰さんが、自分は料理も気遣いも苦手って言ってましたけど、拓也さんやお夏さん、お梅さんはきちんと、一人一人にどんな仕事が合っているか決めてくれるんですよ。たとえば、接客が苦手だけど、こつこつと決められた仕事をこなすのが得意な人は、機織はたおりの仕事を任せられたり。拓也さんは女性ができるいろんな仕事を用意してくれていますから、ある程度希望を言えば紹介してくれると思いますよ」


 従業員達の中では年下の桜が、薰の不安を取り除こうとしたのか、そんなふうに話しかけた。

 どうやら、事前情報として、薰が他所の藩から遭難してきて、帰るあてもなく、しばらく仕事を探そうとしていると伝わっているようだった。

 男として育てられた少女、という事情も、ある程度知っているようだ。


「いや、俺は……まあ確かに、松丸藩に帰るまでは、なにか仕事をしないといけないのは分かっているけど……」


 料理も接客も苦手な薰にとっては、ここで働く事は難しいと感じているようだ。


「……もう男に混ざって仕事をするのは無理と言われた俺が、他の事でやっていけるのかな……」


 ぽつんと呟いたその一言が、彼女の悩みの深さを物語っていた。


 仕事を紹介することだけが目的で、ここを見せたわけじゃ無いから、そんなに焦ったり、落ち込んだりすることはないんだけどな……けど、今後女としてどうやって生きていくかを考えている彼女にとっては、こちらの思惑とは異なり、多少なりとも落ち込む要因になってしまったのかもしれない。


「……でも、漁師として育ったなら、海女あまの仕事、できるんじゃないのか?」


 そんなふうに切り出したのは、ナツだった。

 その言葉に、表情を曇らせていた皆の表情が明るくなる。


「海女……それって、どんな仕事なんだ?」


「素潜りで、アワビや伊勢エビやウニを取ってくる仕事だ。松丸藩には無いのか?」


 ちょっと意外そうに、ナツは尋ねた。


「……いや、松丸藩ではそういうのも男の仕事なんだけど、阿東藩では女の仕事なのか?」


「ああ。あまり力が必要ないからな。男ほど息は続かないかもしれないが、そもそも男は網を上げるとか、そういう力仕事にかり出されるんだ」


「……そ、そうだったんだ! 松丸藩では、普通、女は掃除や洗濯、飯炊きとかの仕事をするって相場が決まっていたから……だったら、素潜りは得意だ!」


 薰の表情に明るさが戻った。

 ただ、この時代、この地方の海女って、ほとんど全裸で海に潜っているんだけどな……まあ、この後藩内を見て回るつもりだから、その時にどんな感じなのか教えてやろう。


 一瞬だけ、ふっとシャワーを浴びているときに見てしまった薰の裸体を思い出し、それがとても綺麗だったことを思い出して顔が熱くなったが、それを悟られることはなかった。


「海女も良いけど、今は養蚕事業の方が手が回らない状況なんだ。まずは、そこを見てもらっても良いかな。徹さん、登さんにもやってもらいたい仕事があるんだ」


 俺がそう口にすると、二人とも、なぜか少し慌てた様に頷いたのだった。

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