第242話 女装

 俺と三郎さんは、しばらく黒い帆船を映したライブカメラの映像を見ていたが、やがて沖合へと遠ざかり、姿を消した。


「……録画もしたし、この画像は藩主様に見てもらう。あと、東元安親殿にも」


 東元安親殿は、松丸藩筆頭家老の長男だ。松丸藩の沖合に出没しているという海賊と、なんらかの関連があるかもしれない黒い船、見ておいてもらった方がいいだろう。


「それもそうだが……下の連中には見せなくてもいいのか?」


 下の連中、とは、剣術道場の一階で待機している徹さん、登さんのことだ。


「……難しいところですね。見せて反応を見てもいいんですが、知っている事を正直に話してくれるかどうかが分からない」


「そうかもしれないが、俺達がいないところなら、二人で相談するかもしれないだろう?」


「……そういうことですか。確かに、あまり盗み聞きを重ねるのは好きじゃないけど、事が大きくなる可能性があるから、早めに手を打っておいた方がいいかもしれませんね……」


 俺は渋々納得し、映像の一部、船体がぼんやりと映っている画像、はっきり映っている画像、そして大砲らしきものを乗せている画像のそれぞれをカラープリンタで印刷した。


「この最後のは、さすがに切り札として取っておいた方がよさそうだな」


「そうですね。我々がどこまで掴んでいるのか、不明確にしておくのも作戦の内ですから」


 この辺りの情報戦、慎重に行動する必要がある。

 なにしろ、相手はこちらのことをある程度把握していると思われるが、自分達は相手のことを、ほとんど何も分かっていないのだ。


 その後も、三郎さんと今後の動きについて話をしていると、一階から、インターホンで俺達に来客があるとの連絡が入った。


 誰なのかと問い合わせると、お梅さんだという。

 時計を見ると、彼女に薰を預けてから、もう二時間ほど経っていた。

 一体、なんの用なのだろうと不思議に思ったが、門下生の話では、お梅さんは


「俺に会わせたい人がいる」


 と言っているのだという。


 三郎さんとの話も大体終わっていたので、二人とも階段を下り、玄関へ回った。

 そこには、いつも通り少々派手な着物を着たお梅さんと、質素ながら柿色の小綺麗な着物を着た、まだ十代中頃と思われる女の子が、恥ずかしそうに立っていた。

 化粧は薄めで、少しだけ唇に紅を差している。


 こんなあどけない、可愛い子が、女子寮にいたのかな、そういえば、何処かで見たことがあるような気がする……と、そこまで思い至ったところで、俺は鳥肌が立つような思いに駆られた。


「……か……かおるっ!?」


 俺のその一言に、三郎さんも目を見開いて驚いた。

 俺の声に、彼女は、真っ赤になって下を向いた。


「驚きましたか? やっぱり彼女、とっても可愛いでしょう? 私の目に狂いはなかった! 稽古着じゃあ味気なかったから、他の女子おなご達にも協力して、ちょっと女の子っぽく着替えて、化粧してもらったら、ほら、こんなに可愛くなったの。凄いでしょう?」


「あ……ああ、見違えた……ものすごく綺麗だ……」


「あらっ!」


 唖然とする俺の言葉に、お梅さんが目ざとく反応した。


「薰、良かったわね。拓也さんに気に入られたわよ。めかけ……いえ、ひょっとしたら、新しいお嫁さんとして嫁げるかもしれないわよっ!」


「ば……ばかなっ! 俺は誰のところにも嫁になんか行く気はないっ!」


 薰が慌てて反論する……うん、口調は元のままだ。

 それにしても、よく女装を受け入れたな……いや、女なんだから、女装って言うのは変か。


「でも、もう裸見られちゃったんでしょう? 少なくとも、お嫁さんになる条件の一つは満たしちゃったわよ。あとは拓也さんが気に入るかどうかだけ……」


「お、お梅さん! 変な事言わないでくださいっ!」


 俺が慌ててそう否定する。

 薰はドン引きだ……いや、それどころか怯えているようにさえ見える。


 その時、背後から声がかかった。


「薰」という大きな言葉に反応して、徹さんと登さんが、気にして門下生の一人と一緒に、玄関まで出てきたのだ。

 そして彼等も、薰の現在の姿を見て、目を丸くして驚いていた。


「……こりゃあ……驚いたな。こんなに別嬪べっぴんに変われるものなんだな……」


「ああ、ワシも驚いた……いや、薰の器量が良いのは分かっておったが……いままで、まともな女物の着物なんぞ着せたことがなかったからな……ワシでも見とれてしまう。拓也殿、どうですか? 薰を是非嫁に……」


「お爺っ!」


 薰は真っ赤になって徹さんを睨み付けた。


「ふぉっふぉ。そう照れんでもええ。ワシは褒めておるんじゃ」


 その言葉に、薰はむくれていた。

 そんな様子を、俺は微笑ましく見ていたのだが、お梅さんが俺に近づいてきて、わずかに袖を引っ張った。


「……拓也さん、あとでちょっと、お話を聞いてもらってよろしいでしょうか?」


 耳元で、いつになく真面目な口調でそう話すお梅さんに、俺は軽く頷いたのだった。

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