第241話 ライブカメラ

 薰をお梅さんに預けた俺達は、一度剣術道場へと戻った。

 すると、徹さんと登さんの二人は、お茶を飲んでくつろいでいた。


 シャワーはまだ浴びていないということだったので、今後についてはまた夕方に話をしに来る、とだけ伝え、一旦、前田邸に帰ろうとした。


 その時、まさにその前田邸で子守をしている優から、無線で連絡が入った。

 相手の声が他の人に聞こえないように、イヤホンを伸ばして装着する。

 なので、こちらの喋る内容に気を付ければ問題ないのだが……。


「ああ、拓也だよ……えっ、黒い船が見えた?」


 思わず、そう声を上げてしまった。

 そしてその俺の方を、驚いた顔で見つめる徹さん、登さんの親子を見て、一瞬、しまったと思ったが、この際なのでそのまま話を続けた。


「ああ、分かった……うん、こっちでもすぐ確認するから。ありがとう、助かったよ」


 そう言って無線を切った。


「……今のは、一体、何だったんですじゃ……」


 徹さんは驚きを隠すこともなく、そう尋ねてきた。


「……まあ、仙術の一種で、離れている相手と会話ができる道具です。あまり気にしないでください」


「あの『しゃわー』も、今の道具も、拓也殿、あんたはやっぱり、本物の仙人なんだな……」


 登さんも、唖然とした顔をしていた。


「……まあ、そうですね。世間ではそう言われています」


 俺はわざと、意味ありげにそう言い残して、一般の門下生や来客は立ち入り禁止となっている、剣術道場の二階へと向った(三郎さんは例外だ)。


 あまり大きくない、二階のその部屋は、丈夫な錠がかけられており、俺はマスターキーを使ってそこを開けた。

 三郎さんも一緒だ。

 そして中に入り、扉を閉める。


「……拓也さん、さっきのわざとだったのか? だとしたら、演技がうまくなったな」


「わざとって言うか、聞かれてもいいかなって思っただけですよ。無意識に、反応が見てみたいって思っていたのかもしれない」


「なるほどな……一瞬、二人とも表情が強ばった。あれは『むせん』に驚いたっていうだけじゃない。やはり『黒い船』と関係があるってことで間違いないな。後で二人が、俺達がいないときにどんな話をしていたのか確認してみるが……油断禁物だ」


「そうですね……とりあえず、今はまず、その『黒い船』の確認が先ですが」


 俺はそう言って、パソコンラックに取り付けられているディスプレイを確認する。

 そこには、海岸近くの高台からの景色が映し出されていた。


 この高台には、神社の祠を模したライブカメラが設置されている。

 屋根の部分のソーラーパネルで発電、バッテリーに蓄電し、ライブカメラと無線LANアンテナに給電されている。


 他にもこのような施設が阿東藩内にいくつか設置されており、電波の中継基地局(ここは大型ソーラーパネルと水力によるハイブリッド電源)を経て、前田邸や、この治安維持拠点でもある、この剣術道場へ映像がライブ配信されてくる。


 録画機能も存在するのだが、リアルタイムで映像を確認し、もう少し詳しく調べたいと思っていたので、優からのその連絡はナイスタイミングだった。


「……本当だ、黒い船体が映っている……でも、ちょっと遠いな……」


 かなり沖合に、ぽつんと黒い帆船が航行しているのが見える。

 しかし距離がありすぎるため、帆船であることが分かる程度のシルエットでしかない。

 俺はカメラを遠隔操作し、画像を拡大した。

 ちなみに、このライブカメラは、光学四十倍ズームまで可能だ。


「……やっぱり大きな帆船、ですね……帆の側に、なにか、紐みたいなものをぶら下げているのか……確かに、一見すると、これだと帆が破れているように見える……」


「わざとそう見せかけているのかもしれないな。なんのためだ……それに、黒く塗ってある理由も分からない」


「……けど、甲板に人はいて、作業しているみたいですね……茂吉さんが言ってたような、誰もいないって訳じゃないけど……さすがに、女の人の姿は見えない」


「まあ、茂吉のは話半分だとして……一体この船、何が目的でこの海域までやって来たんだ。いろいろと分からないことだらけだな……うん? なんだ、あの塊は……」


 三郎さんがそう指摘したが、俺にはよく分からない。


「ほら……甲板の右前方、端の方……船側に当たるか当たらないかぐらいで置かれている、人の体ぐらいの大きさの物だ」


「……本当ですね。船自体が黒いから、よく見えなかった。なんだろう……何か、鉄の塊のようにも見えますね……」


「そうだな……だとすると、あれはヤバイやつじゃないのか?」


「ヤバイやつ?」


「船に乗せられてて、でかい金属の塊。細長い形状で、人の体ほどの大きさがある。そして俺には、あれは軍艦の一種のように見える」


「軍艦……それじゃあ、まさか……あれは、大砲!?」


 軍艦の建造は、徳川幕府によってきつく禁止されている。

 大砲を積むなど、もってのほかだ。

 それを分かった上で、危険を承知で、それほどの火力を得ているのだとすれば……。


「拓也さん……こりゃあ対応を間違えると、阿東藩は戦渦に巻き込まれるか……あるいは、下手をすればお取りつぶしになりかねないぞ……」


 三郎さんの真面目な口調に、俺は血の気が引くのを感じた――。

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